引力(非エロ)
瀬文焚流×当麻紗綾


その日は依頼されていた事件が解決し、依頼主である老夫婦がお礼にと、まるで屋敷のような自宅で食事を振る舞ってくれるというので、当然のように食いついた当麻と共にご馳走になった。
地下に専用の貯蔵庫を作っているほどワイン好きな夫婦に薦められるがままに呑んだそれははかなりうまくて本数がかさんだ。

気のいい依頼主に見送られ呼んでもらったタクシーに乗り込んだ。

「センパーイ!コラ、瀬文!起きろ!」

当麻にガクガク揺らされて目が覚める。どうやら車内で寝ていたらしい。

立ち上がるとなんとなく足元がふわふわした。

気がついたら当麻に肩を支えられ部屋の前にいて、何故家を知っている、とかそういやコイツわざわざ送ってくれたのか、とかがぼんやりとよぎったが、なんだか気分がいいので考えるのをやめた。

「鍵どこですか、酔っ払いハゲ」

と聞かれたので軽く殴って鍵を差し出した。
部屋に入ると、ベッドに座らせられ、上着を脱がされ、水を与えられた。
俺はベッドを立つ気にはならず、ぼんやりと浮遊感を楽しんでいた。
珍しくも当麻がかいがいしく世話を焼いてくれたことに何とも言えない感情が沸き上がる。
やはり気分が良かった。

「少し飲み過ぎたか…」
「瀬文さんも酔っ払ったりするんすね」

そう言って当麻にもう一杯水を渡された。
水がうまい。

「…てかなんでお前平気なんだ。お前も相当飲んだだろ」
「あたし超ーー強いんで☆」

胃袋だけでなく肝臓も普通ではないらしい。
ドヤ顔の当麻を殴りたかったが、世話をかけたことに免じて我慢した。

「じゃ、タクシー待って貰ってるんであたし帰りますね」
当麻は俺にかまけて床に放り投げていたキャリーを拾うと、身を翻してドアのほうへ向かった。

「おい、待てよ」
「?」

当麻の背を見てふと引き止めたくなって咄嗟に声をかけた。
ドアに向かおうと部屋の廊下に出たところで当麻はキョトンした顔でこちらを見る。
やっぱ魚顔だ。
その魚が帰るのが名残惜しいなどと思ってしまうのは、相当酔っているのか。

「なんすか?」

俺は廊下まで歩き、手でこちらに来いというジェスチャーをする。
素直にこちらへ戻ってきた当麻の肩を引き寄せ、廊下の壁に押し付けた。

訳がわからず一瞬身構えた当麻に覆い被さり、すっぽりと腕の中に捕獲した。
驚いて少し上を向いた、ぽってりとした唇に自分のそれを押し付け、数秒触れて離す。
呆然とした顔の当麻と目が合う。

「…おやすみ」

なんだか居心地が悪くなってぼそりと呟いた。
当麻の顔がみるみるうちに紅く染まってきたのを見て、今の自分のどうかしている行動が物凄く恥ずかしくなってきた。

「じゃあな」

とそっけなくドアを閉めようと当麻の身体を外に押し出そうとしたが、急に当麻が俺の服を掴んだ。

「なんだ」
「瀬文さん…今のもう一回して下さい」

投下された爆弾に思わず体が固まった。
当麻を見遣ると、頬をほんのりと紅潮させ、少し潤ませた瞳でこちらを見てくる。
さっきまでは妙に大胆な振る舞いができたが、今度は少し躊躇いがあった。
しかし、大きな瞳で見つめてくる当麻にゆっくりと吸い込まれるように顔を近づけ、唇を重ねた。
そっと弾力を確かめるように触れ合い、ゆっくり離す。
どこもかしこも薄い印象の当麻の唇は意外なほど厚くて悪くない、というよりもかなり気持ちいい触れ心地だった。
二人で目線を離すことができない。
当麻が俺の服をキュッと握ってきて、その部分が痺れるように熱くなった。

もう一度、磁石が引き寄せられるように唇を重ねる。
下唇を軽く食んで、柔らかさを楽しむ。
当麻が無意識だろううちに少し口を開いた隙をつき舌を滑りこませ、触れ合わせる。
背筋にぞくりと電気のような感覚が走った。
ぎこちない動きの当麻の舌を追いかけ絡めとる。
徐々に激しさを増す舌の動きに「んっ…んっ…」と声を漏らす当麻の声が耳にぞくぞくと響く。
かわいい。
普段の悪態からは考えられないほどかわいい。
舌で唇をなぞったり口の中を探る。舌の裏側を撫で上げたり、前歯の裏を強く擦ってみるとびくんと反応が返ってくる。
いつの間にか、俺は両腕で当麻を抱きしめて、自分に強く引き付けていた。

「はっ…ン…ン…っ…」

絶え間無く漏れる当麻の艶めいた声を聞いて当麻も感じているんだ、と頭の隅で思う。
閉じていた目を薄く開けると、真っ赤で今にも泣き出しそうな当麻の官能的な顔が映り、酒では全く変わらないコイツの顔を自分が染め上げていることにひどく満足感を覚えた。

途端、当麻の膝がガクッと折れて俺になだれ込むように床に崩れ落ちた。
唇は離れ、お互い息が上がっている。
自分の口から当麻の口の間に、唾液が長く糸を引くのを見て急に我にかえった。
今廊下で当麻と抱き合っているこの状況に後悔はなかった。が、完全にやりすぎた。
ほぼ残っていなかった理性のカケラを総動員して、慌てて力の抜けたような当麻を立たせて、下で待っているタクシーまで連れて行く。
当麻も、何の文句を言うでもなくされるがままについてきてボソッと「…おつかれやまです」と呟き帰った。



何でこんなことになったんだ。
自室に帰ると今更ながら心臓の早鐘が体中に響く。
酔いなんていつの間にかどこかに吹っ飛んでいた。
脳裏には先程までの当麻が焼き付いて離れない。
いい年して、キスでこんなにも余裕を失うなんてありえない。
しかもあの当麻相手にだ。
でもあのまま続けていたらもう自分を止めれなかった。

…その先に進んでいたのか?…当麻と?
抱きしめた時の体の感触がまだリアルに残っていて、思考がなんだかマズイ方向に向かいそうだったので邪念を払うが如くシャワーを浴びた。






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