澱みの時
瀬文焚流×当麻紗綾


『あ、当麻ですけど今からお邪魔していいすか、てかもう玄関まで来てるんで開けて下さい』

そう言うと一方的に電話が切れた。

こちらの都合は全くお構いなしに、当麻はいつも突然部屋を訪れる。
それはいつも週末で、チャイムは鳴らさず玄関前から電話をしてくる。
深夜に、チャイムを鳴らさずにくるのはこいつなりの配慮なのだろうが、その気遣いを少しは自分にも向けてほしいと思いながら、瀬文は玄関へ急いだ。
ドアスコープを覗くとキャリーにコンビニ袋を引っ掛け鼻をほじる当麻がいた。
それは魚眼で見え、まさに魚顔だな…なんて思う。

出会った初っぱなからこいつは遠慮なんて言葉を知らない生き物のように、ずけずけと人の領域に入り込んできた。
それが一体どんな思惑なのかをまるで悟ることができない態度…むしろ思惑なんて存在しないような姿に瀬文は呆れたが、いつしか慣れた。
そしていつの間にか当麻の奔放さを黙認し、それが「当麻らしさ」だと結論づけた。
飛び抜けた頭脳の持ち主であることに間違いはないしその才能も推理力も脱帽な当麻の、二面性とも言うべきこの奔放さはむしろ個性だと言える。
万人に受け入れられるものではない身なりや振る舞いや言葉遣いにしたって、味覚にしたって、こいつはかなりぶっ飛んでいる。
それをひっくるめて瀬文の中の「当麻らしさ」は形成されていた。

そしていつの間にか、当麻は「たった一つの光」になる。


深夜の玄関で、帰れ入れろ的な悶着をするつもりはないので速やかにドアを開けた。

「あ、はやい」

もっと待たされると思ったのか、当麻はキャリーを持ち直すと瀬文を押しのけて玄関に押し入った。

「何の用だ」
「え、用がなきゃ来ちゃいけないんすか」

瀬文の問いも構わず、当麻はローファーを脱ぎ捨て我が家同然に上がり込んだ。
あらぬ方向にひっくり返ったローファーを揃え、うんざりしながら後を追う。
当麻は真っ直ぐにリビングのソファーに向かい腰掛けると、持参したコンビニ袋をガサガサと広げ始めた。

「ちゃんと瀬文さんの分も買ってきましたよ、ほら」

得意げにコンビニ弁当を差し出した。

「ふわとろオムライス。瀬文さん好きでしょオムライス」

…どちらかと言えば、まぁ好きな方だった。

「そんな重いもん、夜中に食えるか」
「えー、じゃあいいですよ、あたしが食いますから」

ふてくされた顔で引っ込めたオムライスを瀬文がひったくる。

「いいよ、明日食う」

オムライスは、プラスチックの簡素な容器の中で斜めに寄ってしまっていたものだから、瀬文はそれをなんとか平らにしようと振りながら冷蔵庫へ収めた。

テーブルには買ってきたコンビニ弁当やらスイーツやらが並べられ、当麻はすべての蓋を開けると交互に食べ始めた。
部屋に様々な臭いが広がり混ざり合う。窓を開けたかったが我慢した。
瀬文へ買ったものと同じオムライス(自分の分は温めてもらったらしい)を美味そうに頬張り、お決まりの台詞を呟く。

当麻が瀬文の家にやってくる時はいつもこんな案配だった。
瀬文はただ、なぜか我が家で黙々と食事する当麻を隣で黙ってみている。
すると瀬文の前に、第二のお土産としてプリンが差し出された。
プリンも嫌いではないので、ありがたくいただくことにする。

初めて当麻を部屋に上げたのは成り行きだった。
あの日は悪酔いし、当麻に介抱されるという人生の中でも上位に入る惨めな出来事を経て、更に勢いで当麻とそういう関係になってしまった。
しかし成り行きとは言え、後悔はなかった。当麻が自分を拒否しなかったからだ。
その後、何か変わったことがあったとすれば、こうして当麻が自分の部屋を訪れるようになったことくらいで、不思議なくらい本当に他に何も変化はなかった。
週末に突然携帯が鳴る、こんな時間にかけてくるのは一人しかいなかった。
そしてこうして、そうするのが当たり前のように、当麻は瀬文宅へ上がり込んではくつろいでいる。

「…………お前、何で夜中に俺んちに来るんだ」

プリンの合間に瀬文が訪ねた。
すでに後はスイーツだけになった当麻は、小さなカップルについたクリームをカラカラと掬っていた。

「大丈夫ですよ、誰にも見られないように来ましたから」

的外れな返答だが、こいつがそんなことまで考えて行動していたとは正直思わなかった。

「…そんなことは、別に気にしてない」

「じゃあ良いじゃないですか、別に」

スプーンをくわえたまま、当麻が真っ直ぐに見つめてくる。
じっと見つめられ、何も言い返せなくなり瀬文は黙って目を逸らし残りのプリンに戻った。

時々、当麻の視線に圧倒されてしまう自分がいた。
こいつの目はいつも真っ直ぐで、何を考えているのかを見透かすような、自分が出しかねたその先も解っているような気持ちにさせられる。

『聞かなくてもわかってるくせに』

そう言われた気がした。
思い違いでなければ、単にこいつは自分に会いに来ているだけなのだろう。

二人が、お互いに口にできない言葉の間でいつもぎくしゃくとしてしまっていることは初めからだ。
口を開けば余計な言葉たちが自然に罵り合いを始めてしまう。
そうやっていつもしなくてもいい口論や張り合いをしてしまう。
だから、あえて言わなくてもいい、と当麻の目が言っているようで瀬文は口をつぐんだ。

…普通、言葉に出してはっきりした気持ちを確かめたいなんて思うのは女の方じゃないだろうか。
その時点で、何か当麻の思う壺というか負けている気がして嫌だった。
だから、つい瀬文は形勢を自分へ向かせたくなってしまう。

スイーツに夢中になっている横顔に身を寄せた。
一瞬、驚いたようにハッとして当麻が瀬文を振り返る。
こういう時の当麻の顔が好きだった。
不意のことに怯んだその素の表情に何とも言えない征服欲を感じる。
こんなことくらいで…こんなことでしか、自分は当麻より優位に立つことができない。
瀬文は当麻の唇を塞いだ。

当麻の口は甘いクリーム匂いがした。
触れるくらいの軽いキスで唇を離す。
心の準備ができていなかったようで、当麻は目を開けたままで硬直していた。

「…………まだ食べてるんですけど」

ようやく口を開いた当麻は頬を赤らめていた。
怒ったような困ったようなその顔が、可愛く見えてしまうのは重症だろうか。

「もう充分食ったろ」

そう言って瀬文はまた唇を重ねた。
今度は深く、柔らかい唇を吸い肩を引き寄せた。
触れた肩はびくりと震えたがその手をふりほどこうとはしなかった。


甘い唇を貪りながら体に手を這わせた。
気分が高揚してしまい、自分でも抑えがきかなかった。

「……っは、今日……なんか、激し…っん」

ようやく唇を解放された当麻が荒い息を吐いた。

「お前が悪い」
「あっ」

耳朶に歯を立てると小さく震えて声を上げた。
裸にした当麻の体は何かを期待しているように熱くて、それがさらに瀬文を高ぶらせた。
耳を舐めながら小さな乳房を掴み先端を摘んでやる。

「は…っあん」

小さな先端はすぐにかたく起立して、刺激すると当麻は一層甘い声を上げた。
耳朶から首筋へ、鎖骨から乳房へ、瀬文の唇と舌が蛇行しながら下りていく。
なぶるように掴み、乳房を舐め先端を吸った。

「んっ」

口に含んだそこは指で感じるよりもかたく卑猥に熱を帯びていた。
舌で愛撫しながらもう片方の乳房を柔く掴む。すでにもうその先端も起立していて、期待に応えるように摘み捻ると当麻は熱く息を吐いた。

いつもは砂漠のように干からびて色のない印象の当麻が、ベッドの上だとこんなにも艶やかに色めくとは思わなかった。
純粋に可愛いと思ったし、この姿を誰にも見せたくないと思った。
普段悪態をついているその口から同じ声で喘いでいるのに別人のようだったが、今抱いているのは紛れもなく当麻で、当麻が声を上げる度に脳が痺れ、体がうずくのが分かる。

膝を割り脚を開かせると、当麻は顔を反らした。
伸びっぱなしの髪は、初めて会った時よりだいぶ長くなっていた。
その髪で顔を覆い、嬌声が溢れる口を両手で押さえている。
恥じらう姿に更に苛めたくなる欲望が湧いて、瀬文は膝を抱え上げた。

「え?!や……あっ」

抵抗しようとするが遅かった。力で押さえ込まれた当麻の腰は瀬文に軽々と持ち上げられてしまう。
まるで当麻にその部分を見せつけるような格好にすると、瀬文はもう熱く潤んで溶け出したそこに舌を這わせた。

「っ!」

息を呑む音が聞こえ、当麻の腰がびくんと跳ねる。
触れるだけでくちくちと音がするほどに濡れたそこはいやらしく匂いたっていた。
指で押し開いて、一番敏感な部分を唇で擦るようにしてやると、抱え込んだ当麻の膝が痙攣をはじめた。

「あっ、あ、やぁ…っあ」

頭を振り、瀬文から逃れようと体をよじる。
この体勢では刺激が強すぎたのだろうと、ゆっくりと腰を下ろした。
膝を立て開かせた脚の間に身を置き、太腿を抱えるように腕を回して熱く濡れたひだを開く。

「ん………あっ」

舌を長く出し舐め上げるようにするとそれがいいようで、当麻の体から力が抜け中からは熱い蜜が溢れた。
抑えきれない声が漏れる。それがもっとほしがっているようで、瀬文は入り口に指をあてがい、ゆっくりと中へ入り込んだ。

「あ…う」

当麻の内壁は熱く瀬文の指さえきつく感じる程に吸い付いてきた。
ほぐすように、押し上げながら中を探っていく。
舌と指で愛撫される当麻は、もう自ら脚を開いてそれを感じていた。
切なそうに声をあげ、瀬文の腕を握り締める姿が愛らしかった。
瀬文の唾液を混じらせ伝い流れた蜜は、指に掻き出されてシーツまで濡らしていた。
なじんてきた指に力を入れると、当麻が体を強ばらせる。

「は…あ、あぁ、あ、ん」

指の動きに応えるように当麻が声を上げた。
瀬文は口を離すとひだに添えていた手を緩め、今度は指の腹でかたく腫れた芯を擦る。

「あっ!ああ、だめぇっ!」

腰を仰け反らせ、震える当麻の太腿が痙攣したかと思うと、びくびくと大きく何度も跳ねた。

達した当麻はすっかり女の顔になっていた。
きつくくわえ込まれたままの指をゆっくり引き抜き、肩で息をする当麻に寄り添う。

「んー……」

腕を回し抱いてやると、当麻は気怠そうに瀬文に背を向け深く息を吐いた。
細い肩が瀬文の腕の中で上下した。

力なく添えられた左手を握ってやると、僅かに指先が動いた。
白いうなじにはうっすらと汗が浮いて、うねった髪が貼り付いている。
それを解こうと触れるだけで、当麻は体を震わせて小さく声を上げた。

「……当麻」

愛おしくなり思わずその背中を抱きしめる。
敏感になった体はそうされるだけで震えてしまい、回された瀬文の腕にしがみついてくる。
髪に顔を埋めるように首筋に口づけると再び当麻は息を荒げはじめた。

…まるで蝋燭のようだと、瀬文は思った。
火をつけてやると、とろとろと身を溶かして燃え続ける。
いっそ、燃え尽きるまで溶かしてやりたい…

「ん…」

組み敷いた当麻を見下ろし、改めて細い体だなと実感してしまう。
よく警察官が務まるものだと思っていたが、ただガリガリにか細い訳ではなかった。
腕も脚もすらりとしまっているし、浮き出した骨はむしろ魅力的だ。
胸も小さいなりに柔らかく瀬文は好きだった。
いつも何の洒落気もないスーツの下にこんな体を隠している…人は見た目では分からないものだが、それをこうして堪能できる自分が何か特別な気がして嬉しかった。

瀬文はすでに充血して勃ち上がった自身を当麻の熱いそこにあてがった。
当麻が不安げに見つめてくるので頬を撫でてやると、少しだけ穏やかな顔になる。
溢れた蜜を馴染ませると、ゆっくりと中へ侵入した。

「あっ、う…」

首を上げてそれを見ていた当麻の頭ががくりと後ろに倒れた。
当麻の中はいつも初めてのように窮屈でひどく熱い。
もう何度かそうしているはずなのに、そこはまだ瀬文を受け入れることに慣れてはいない。
当麻は眉を寄せて体を強ばらせた。

「…痛いか」
「いいえ」
「じゃあ力抜け」

かたく締め付けられた入り口を突破するように、瀬文は自身を突き入れた。

「ああぁっ」

深くくわえ込まれた密着感と粘膜同士が擦れ合う快感で、瀬文の口からも吐息が漏れた。
そのままゆるゆると抜き差しを繰り返す。
当麻の表情がゆるんで、徐々に瀬文のものを受け入れることに慣れてきた内壁が潤み、動く度に音を立てはじめた。

「あ、あ…んっ、あう、あ」

瀬文の速度で揺さぶられた当麻も、感じてきたのか甘い声を上げはじめた。

当麻の赤い唇は暗がりでもよく見えた。
半開きかと思えばきつく結ばれたり、時折舌で舐めては濡れて光ったりする。
まやかしのようなそれに吸い寄せられ、瀬文は顔を寄せその唇を吸った。

「ふ……っは」

舌を差し入れると苦しそうに隙間から喘ぎ、背中に腕を回して抱きついてくる。
唇も舌も性器も、吐息まで絡ませて長い間感じ合った。
ぬるぬるした快感に背中から総毛立つようでお互いに声が漏れた。
震えた当麻が腰を浮かせてきたので角度をつけて深く突いてやる。

「あぁっ!あ、あんっ!」

当麻の声色が変わった。更に腰を反らせて瀬文を受け入れようとする。
当麻に応えるように、奥へ奥へ突き上げた。

「ここが良いんだろ」

耳元で囁いてやると素直に頷く。
快感を認めて欲しがる姿は堪らなく愛らしかった。
瀬文が速度を上げると、しがみついた当麻はあっという間にまたいってしまう。

ぐったりと胸を上下させて快感に顔を歪めた当麻の唇が、濡れてあやしく光っていた。
腕の中ですっかり自分の思い通りになってしまった当麻を翻弄している状況に満足しながら、瀬文はその唇に触れ指を割り入れる。

「んう…ふっ」

当麻は何も言わなくても瀬文の指に舌を這わせた。
深く痛いくらいに瀬文をくわえこんだそこが、またひくついて熱くなる。
既に二度も達しているのに、そこも食欲と同じように貪欲に瀬文を求めてくるところがいかにも当麻らしい。
ゆっくり腰を動かしてやると、甘く息を吐いて体をくねらせた。
恍惚の表情を浮かべて瀬文の指をしゃぶる赤い唇から目が離せない。

「…エロい顔してんなお前」

そう言われるとますます濡れてくるので堪らなくなり、瀬文は指を離すと当麻の腰を掴み今度は自分の快感を得るために腰を振った。

「んっ、はぁ、あ、ああ、あ、あんっ」

火のついた体はまたすぐに昇り詰めようと強ばって、口からは唾液と共に嬌声がこぼれた。

「あっ、ああ、あ、せぶみ、さ、ああ、あっ」

言葉にならない喘ぎの中から自分の名前を聞き、何も分からなくなるような一瞬の後、瀬文は自身を引き抜くと熱い欲を当麻の腹に吐いた。

喉の渇きをおぼえて目を開けた。

部屋は遮光カーテンのおかげで薄暗いが、細く伸びた光が部屋の中に差し込んでいる。もう、夜は明けているんだろう。
瀬文は気だるい体をゆっくりと起こした。
布団をめくりベッド下へ足を下ろす。裸足にフローリングの冷たさが沁みて一気に目が冴えた。

ふいに、振り返る。
隣には黒く渦巻いた長い髪。

伏せ寝の顔は伸ばし放題の長い髪にすっかり覆われ、この位置からでは見えない。
だが、随分と気持ちよさそうに眠っているのはその吐息から判った。
よく食べ、よく喋り、よく眠る…なんとまあ欲望に素直なやつだろう。

瀬文は、当麻に向き直るとその渦巻きをかきあげた。
穏やかに目を閉じた顔がそこにあった。
それを確認してから立ち上がると、昨夜のまま床に脱ぎ散らかした服をかき集め、寝室を出た。

部屋を出た瀬文はぼんやりと明るくなったリビングを抜けると、脱衣場にある洗濯機に抱え込んだ衣類を詰め込んだ。
スーツやらスカートやらはバサバサと払い、ハンガーに掛けてやる。
洗濯機の動き出す音を背に浴室へ入ると、熱いシャワーを浴びた。


思えば、今まで自分の中に形成されてしまった「当麻らしさ」と戦っていたのかもしれない。
目に見えている当麻しか向き合わずに、こいつの中にある部分を見ようとしていなかった。
それは、その先にいる自分と向き合うことになるからに他なくて、瀬文はそれを避けていた。
認めたくない部分があるから…当麻にかなわない自分や、本当の気持ちに気づかないふりをしている自分を。

もしあの日、初めて当麻を組み敷いた時、当麻が自分を拒否したならきっとこの気持ちはそこで終わっていて、今までと変わらない日常の繰り返しをしていただろう。
でも…あの時、当麻は瀬文を受け入れた。

静かに寝室へ入ると、当麻はまだ眠りこけていた。
ベッドサイドのハミルトンを手に取ると、7時を回っていた。まだ早い。
ベッドの端に腰掛け、缶ビールのプルタブを開ける。
今日は休みだし、もう少しゆっくり寝せておいてやろう。どうせ昨日もあの時間まで未詳にいたに違いない。


『………痛いです、時計』

昨夜、当麻にそう言われ腕時計を外したことを思い出す。

情事のあとはこうしていつも深い眠りに落ちる。
こうなるまで、当麻が熟睡している姿は見たことがなかった。
いつも何かに没頭しているか悪態を付いている当麻が目を閉じて静かにしているのは不思議な光景だった。
それが、自分の家のベッドだから更におかしなことだ。


――― あの日、勢いでベッドまで連れ込んだこの女は、自分にとんでもない言葉を発した。

「瀬文さん、あたし処女なんで痛がったりするかもしれませんけど、構わずヤって下さい。
そんであたしが抵抗しても、無理やりして下さい」

既にもう後には引けないような状況下で、当麻は瀬文の目を真っ直ぐ見て言った。
それでも嫌がられたらすぐに止めようと思っていた瀬文の決心とは裏腹に、当麻は殆ど抵抗しなかった。
慎重に慎重に挿入しても、ギチギチとした特有の圧迫感は紛れもなく処女のそれで痛ましくさえ思ったが、当麻は弱音を吐かなかった。
破瓜の痛みは相当なものに違いないのに、きつく握りしめた当麻の手は決して瀬文を制止しようとしなかった…
興奮と酔いに任せて殆ど良くしてやれないまま、当麻の初体験は幕を閉じた。
目を覚ますと腕に抱いていたはずの当麻はおらず、シーツに赤い名残が散っていた。
翌日、どんな顔をして会えばよいかも分からない気持ちのまま未詳へ着くと、デスクにはコンビニのプリンが一つ乗っていて、そのカップの下には千円札と紙切れが挟まっていた。
資料プリントの裏の白紙面を再利用したメモ用紙には、当麻の字で『シーツ代』と書かれていた。

その日からも当麻は当麻のまま、瀬文は瀬文のままで何ら変わりなく二人の時間は過ぎた。
ただ、当麻は毎週末にこうして瀬文の家に訪れる…
理由を聞く間もなく目で説き伏せられ、流れのままセックスをした。
大概、翌朝目を覚ますと当麻は既にいなくなっていた。

だから今日こうして当麻の寝顔を見つめながら、瀬文は何となく安心していたのだ。

普段と違って極端に口数の少ない当麻の意図は全く分からない。
でも、こうして毎週必ずやってくる当麻を毎週待っている自分がいるのも、悔しいが事実だった。

いつか、こいつの口から自分の欲する答えがきけるだろうか?

そう期待するのは贅沢かもしれない。
それでも、あえて口にしないでいるこの歯がゆさに胸が締め付けられるようで、瀬文はそれが何故かおかしくて、少しだけ笑った。






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