やっぱり(非エロ)
瀬文焚流×当麻紗綾


あれから、何事もなく時が過ぎてもう、7月だ。
嵐の前の静けさの様で少し不気味だが、ケガも順調に治り未詳の通常勤務についている。事件も客も来ない、非常に暇だ。

当麻の左手は、傷跡は生々しいままだがリハビリの成果により、少しは動くようになってきているらしい。最近では、ギプスを止めて派手な色の手袋をしているだけだ。
チョットだけ、ほんの1ミリだけ、ごくたまに、良かったなと思う。

未詳に復帰してから、自分と当麻の間には、微妙な変化があった。あの図々しさで、俺を遊びに誘うのだ。勿論殆どは断っているが、アイツは、懲りもせず、飯に連れて行けだ、映画に連れて行けだと、ズケズケと言ってくる。

何を考えているのか、全く解らないが、多分当麻の中で自分は、先輩や同僚でなく、友達という括りになっているのだろう。


しかし、一番の変化は、別にある…。それは、誘われる事が嫌では無いという事だ。それこそが一番の変化…いや、問題だ。

「瀬文さん、瀬文さん、今度の日曜暇でしょ。」

「決め付けるな。」

「〇〇ホテルで、ケーキのバイキングやってんすよね。行きましょーよ。90分食べ放題っすよ。たかまる〜。」

「行きたきゃ、一人で行け。俺は、行かん。」

「…ちっ、折角誘ってやってんのに、付き合い悪ぃなー。」

「俺が、いつ誘ってくれと言った。」

「あっ、そか、瀬文さんは、オッサンだからケーキより、和菓子の方が良かったですか?」

「誰が、オッサンだ!!」

「瀬文さんっすよ。」

「んっだと、コラッッ。」

と、毎回こんな調子だ。


ある日、野々村課長が、新聞屋から貰ったという、プールの入場券2枚を持って来た。

「よかったら、当麻君と瀬文君に、あげるよ。雅ちゃんを、誘ったんだけど、海の方が良いって言うから。」

と、嬉しそうに言った。

「瀬文さん、行きましょ〜よ。タダですよ。タ・ダ!!」

「行きたきゃ、一人で行け。」

「また、それですかぁ。ボキャブラリーが貧困っすよ。てか、瀬文さん、泳げないんでしょ〜!カナヅチなんでしょ〜!!超ウケる〜。」

「何だと、泳げるわ。!!」

「強がんなくても、いいですよ。筋肉は水に浮きませんから。プップップ」

「泳げるっつってんだろ。」

「じゃあ、証明してください。」

「やってやろうじゃねーかっっ。」


当日の朝。

俺はなぜ、あそこで挑発に乗ってしまったのだろう。当麻と2人でプールって…。
あいつのことだ、何の根拠も無いが、スクール水着で来るだろう。絶対他人の振りしてやる。そして速攻、証明して帰ってやる。そう思いつつ、プールに向かった。

プールに到着すると、当麻はまだ、来ていない。入場券は、あいつが持っている。


「あのバカ、こんな時も、遅刻すんのか。」

30分程待っていると、白いワンピースを着たポニーテールの女が、話かけてきた。


「プールにも、スーツで来るんすね。」

暫く凝視すると、それが、当麻だと解った。
髪を結えているし、地味スーツじゃないし、なによりトレードマークの赤いキャリーをガラガラさせていない為、話掛けられるまで気付かなかった。


「当麻かっ!?」


「おそっっ!他に、誰が来るんすか。っか、逆ナンとか思ったりしました?」


「アホか。行くぞ。チケット。」

ズンズンと歩き出す。

「はい。はい。チョット待ってくださいよ。リュックの外のファスナーの中です、チケット。取ってくださいよ。」

なる程、当麻でも、それなりのカッコウをすると、ちゃんと女に見える。
正直、調子が狂う。

「それで、その包みは何だ?」

「私と瀬文さんの、弁当ですよ。」

それが弁当と言うのならば、5段はある重箱になる。普通ならば、4人前以上だ。本当に、よく食う奴だ。


「お前が、作ったのか?」

「作ろうと思ったんですけど、完璧に寝坊しちゃって、起きたら、おばあ様が作ってくれてました。」

当麻は、そうでなければ、これ以上調子を狂わされては、困る。

「チョット、瀬文さん。弁当持ってくださいよ〜。超重たいんすから。それから、飲み物は自分で調達してください。」

思いっきり無視してやった。


「おい、瀬文、無視すんなっ!!」


貴重品を預け、更衣室で着がえて、当麻との待ち合わせ場所に向う。
リュックを背負い、弁当を持つ後ろ姿が見える。いよいよ、スクミズとご対面だ。少し躊躇していると、当麻に2人の男が近付いてきた。
あれは、まさか…。ナンパ!?あの、当麻が、ナンパされてる!?衝撃が走る。
左の男が、当麻の左腕に手をかけた。
気がつくと、その男の腕を払っていた。


「触るな。」

ハッと、我にかえって。

「これ、俺の連れなんで。行くぞ。」

当麻の左腕を持って歩き出した。男達からドンドン離れて行く。
もう充分離れたと思える場所まで来ると、腕を放し、クルリと振り返ると、怒鳴り倒した。

「何やってんだよ!!」

当麻は、目をパチクリさせ。


「私のせいっすか。?」

そう、当麻のせいでは無いことは、解っている。しかし、イライラするのだ。


「お前が、ボーっと、突っ立ってるからだろ。」

「瀬文さん、何熱くなってんですか?」

俺とは対照的に、当麻はご機嫌の様だ。また、そこがイライラ倍増する。


「もう、いいじゃないですか。それより早く泳ぎましょうよ〜。」

ニコニコ、当麻は言う。


今日は、世間一般にも休日である。故に、家族連れやカップル等で、混んでいる。ここは、流れるプール形式だが、芋洗い状態で、ただ人々がプール内を行進しているだけになっていた。
荷物を置き、座る場所をなんとか、確保する。


「いったい、どこに泳げるスペースが、有るんだ。」

誰に問うでもなく、一人呟く。


「わりと、普通の水着っすね。」

当麻が、ガッカリ感丸出しで、話しかけてくる。


「原色とか、ブーメランとか、赤ふんとかだったら、超ウケたのに〜。」

瀬文の水着は、深緑色で膝丈のいたって普通の、トランクスタイプだった。


「フッ、お前のスクミズ……じゃ、ない!!」

「だから、遅っ。」

当麻は、スクミズではなかった。紐パン白ビキニだった。素直に驚いた、意表を突かれた。


「………。」

「なんすか。ビキニ着ちゃ犯罪ですか。何罪ですか。紐パン白ビキニ着ちゃったら、結構似合っちゃって、目に毒だね罪ですか。」

「自画自賛か。」

「結構良いでしょ。ねえ、ねえ、瀬文さ〜ん。」

ウザい、ウザいが確かに似合ってる。目のやり場に困る。
しかし、気付かれたくない。

「うるさい、魚ちゃん。」

「ギョッギョッ、今ですか〜。今チョットキックは無理です。」

意外とアッサリ返された。

「水着、ワンピースだと、トイレ行く時とか着替える時とか、大変なんですよ。ビキニだと楽なんで。」

白いリストバンドで、手術痕を隠した左手を、ヒラヒラさせながら、事も無げに言う。
そうだった、当麻の左手は、本調子には程遠く指先に少し力が入る程度だった。

当麻が、左手のことを冷静に話せば話すほど、悲しい気持になる。自分が、何もしてやれない歯痒さで、やるせない。

「さあ、泳ぎましょう。」

「当麻、泳ぐスペースは無いぞ。」

「いつもの気合いは、どうしたんですか。やっぱりカナヅチ…。」

「バカッ、ここで泳いだら、怪我人が出る。」

「それも、そか。じゃあ、歩きましょうよ。せっかく来たんだし、水に浸かりましょ。」

とりあえず、芋洗い行列に加わることにした。 2人そろって、軽く準備運動をして、芋洗いの中に入っていく。
思いの他水は冷たく、馴れるのに、暫くかかる。その間も、行進は続く。 ただ水の中を歩いているだけだか、気持ち良い。
2人揃って軽く準備運動をして、芋洗いの中に入って行く。

思いの他、水は冷たく、馴動をして、芋洗いの中に入って行く。
思いの他、水は冷たく、馴れるのに、暫くかかる。その間も、行進は続く。

ただ水の中を歩いているだけだが、気持良い。プールも、たまには悪くないと思う。
ふと気付くと、当麻がいない。 後ろを振り返ってみるが、人が邪魔で、当麻が確認できない。仕方なく、端に寄っていき、当麻が追付いて来るのを待つことにする。
程なく、当麻の姿を確認したが、隣りには、男がピッタリくっついている。
なんだアレは、一時間もたっていないのに、二度目のナンパか。 いったい、どうなってんだ。あの、当麻が…。

はっっ!そうか、ビキニだ。あのビキニが魔法をかけているに違いない、ビキニが原因だ。

真直ぐ、当麻に向かって進んで行くと、

「あっ、瀬文さん、ドンドン行かないで、くださいよ。」

と、呑気に言う。
隣りにいた男は、俺を見ると

、「なんだよ、男持ちかよ。」

と、吐き捨てて、ニヤリと笑い足早に、離れていった。

「瀬文さんが居ないと、サヤ超モテモテで、困っちゃう〜。」と、クネクネしやがった。

殴りたい。今猛烈に、殴りたい。が、ここでは無理だ。関係無い人まで巻き込む畏れが有る。
俺!押えろ、俺なら出来る。気合いだ。

「それ以上、一言でも言葉を発したら、沈める。」

むんずと手を繋いで、歩きはじめた。これなら、問題が起きないだろう。
暫く歩いていると。

「瀬文さん、チョット、チョット。」

「なんだ。そんなに、沈められたいのか?」

当麻を見ると。真面目顔で。

「緊急事態です。」

なんだ、いったい何が、起った。 当麻は、水面を見ている。
覗きこむと、ユラユラ揺れる…紐。

「紐、ほどけました。っか、多分さっきの奴が、ほどいていったと思われますが。」

「先に言え。いや、結べ。」

「無理ですよ、手繋いでますし。繋いでなくても、左手これなんで、結べません。」

「俺に、結べと?」

「はい。結んでください。」

これは、緊急事態だ。けして、いかがわしいことではない。人助けだ。さっきの奴、今度会ったら打殺す。

「どのぐらいの強さで、結べばいいんだ?」

「結構強めで、お願いします。」

強めって、このぐらいか。

「痛ってーよ、瀬文、内出血しちゃうだろーがよー。」

人の親切心を、こいつは。

「お前が、強めって言ったんだろ。」

「誰が力いっぱいやれっつったよ、この筋肉ハゲ。」

「ハゲじゃねーし、力いっぱいでもねー。」

小競り合いの末、無事結び終え、何だかんだと言い合いながら、グルグルと手を繋いだままプール内を散歩した。

俺は一生、この珍獣を理解できないだろうと、諦めた。
先に、帰ってしまいたい。しかし、今日の珍獣は、魔法のビキニを着ている。何が起こるか、解らない。
結局、考えても埒が明かない為、自分も寝ることにした。

「瀬文さん、瀬文さん。おいっ、瀬文、起きろ。」

「うるせーよっ。」

「もう、16時過ぎてます。起きてくださいよ。」

ハッと、起きると、他の客も帰り支度をしている。

「お腹空きました。なんか、食べに行きましょう。」

三時間以上も、爆睡していたらしい。不覚。
手早く帰り支度をして、珍獣の腹の虫に餌を与えに行くことにした。
当麻が、暴れ出す前に、なんとか駅近くの居酒屋に入り、事なきを得る。

「瀬文さんは、お酒飲んでも、いいですよ。」

「今日は、飲まん。」

「あっ、そうですか。」

といいながら、次々と、空の皿を積上げていく。
暫くすると、

「はーっ、落着いた。」

満足そうに、当麻は呟く。

「そろそろ、会計するぞ。」

「へ〜い。」

会計を、すませて、外に出た。

「じゃあな。」

そう言って、背を向けて歩きだした。

「瀬文さん。」

呼び止められ、振り返ると、当麻は髪を結えていたゴムを、はずしていた。

「今日をのがすと、又、ずっと先になりますよ。」

何を言ってるんだ?

「何の話だ?」

「人生なんて、何があるか解らない訳です。だから、今日だけかもしれないって、言ってんですよ。」

「だから、何の話だ?」

髪を振乱して、当麻が真直ぐ近付いてくる。凄い迫力に、後退りしそうになった。
50cm程の距離で止まると。

「私達、ちゃんと両想いですよって、言ってんですよ!!」

軽くフリーズする。
いつ、そんな話になったんだ。俺は、「じゃあな。」としか、言ってないはず。

「瀬文さん、本当に脳みそまで、筋肉なんすね。」

全く、理解できん。

「気付いてないんですか?気付きたくないんですか?どっちですか?」

だから、何を??

「だ〜ぁ、だから、バカは嫌いなんだよ。瀬文さん、チョット前から、私を殴らなくなったんですよ。」

そうだったか…。

「今日だって、前の瀬文さんなら、先に帰ってたでしょ。」

まあ、考えたけど…。

「私が、ナンパされたって前なら、ほっといたでしょ。」

そう…かな?

「何より、休日にプールなんて、私とは、何があっても絶対来なかったはずです。」

…。

「どうですか。」

全速力で逃げ出したい。気付きたくない。気付いてしまえば、元に戻れない。

だが、そういうことなのだろう。いつ、そうなったのかは、正直解らない。でも、結局、そうなのだ。

「俺は、お前が好きなのか。」

「だ〜か〜ら〜、遅っっ!!やっと、解ったんですか。」

なんだか現実味は無いが、在るべき所に、在るべき物がキッチリおさまったような、ホッとした気分になった。

「そうか、俺は、お前が好きなんだ。」

「私が何の為に、映画だ、御飯だって、誘ってたと思ってたんですか?」俺に、奢らせようと企んで誘ってたんだと思ってた。

「言っときますけど、私は1人で映画も、カラオケも行ける人です。因に、1人焼肉も平気です。」なんとなく、そうだろうなとは、思ってた。

「私、もうずっと、餃子食べてないんですよ。」

俺の頭は、どうかしてしまったに違いない。餃子を食べてないと言われて、トキメイてしまった。

「そうか。」

「そうです。」

意識してしまうと、とってきた行動が、途端に恥ずかしくなる。俺は、何を考えていたんだ。

「今日の水着だって、瀬文さんの為に買ったんですよ。」

「そっ、そうか。」

「良かったでしょ。ギャップに萌えたでしょ。ねぇ、ねぇ、瀬文さ〜ん。」

何故、俺は珍獣を好きになってしまったのだろう、真剣に悩む。

「じゃあ、行きましょうか。」唐突に当麻が言う。

「どこに?」

「ホテルですよ。別に瀬文さん家でも、いいですけど。」なぜ、そうなる。

「ホテルなんて、行かねーよ。家も駄目だ。」

「私ん家でも、いいですけど、おばあ様いるんで、不便すよ。」

「なんで急に、そういう話になるんだ。」

「急な話じゃないです。ずーっと考えてました。」

「俺にとっては、急な話だ。」

「それは、瀬文さんが、気付くの遅いから悪いんですよ。」
こいつは、本当に解っているのだろうか。

「ホテルに行くってことが、どういうことか、解ってんのか?」

この問いに、

「バカにしてんすか。それぐらい、解ってますよ。」

間髪入れず、答が返ってくる。
考え込む。俺は、どうするべきなのだろう。

「ちっっ、ハゲ、よく聞け。」

「ハゲじゃねー。」

「聞け!!私は、瀬文さんと、したいんです。瀬文さんだから、したいんです。瀬文さんとだけ、したいんです。」

絶句する。

「そう思わせてるのは、瀬文さんです。」

当麻を、そっと抱き締めて、諦めのため息をつく。俺は一生こいつには、かなわないし、理解もできないだろう。
それでも、きっとずっと側に居たいと、思わされるのだ。






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