酒と未詳と男と女(非エロ)
瀬文焚流×当麻紗綾


「瀬文、さん…っ、しっかりして、くださいよっ」

当麻に名前を呼ばれ、はっとする。

どこだ、ここは。

考えようとするが、頭が働かない。

「てか、重いんすけど!しっかり立てよハゲ」
「はげてねぇよ、ぶす」

反射的に罵倒を返すも、呂律が回らない。
自宅の前のようだが、なぜここにいるのかが思い出せない。

「酒弱いくせに飲みすぎなんだよ…ほら、家つきましたよ、鍵出してください」

弱い?自分が?酒に?

昔から限界を越えるような飲み方はしたことがない。
ただ、自分のペースで飲んでいると周りが先に出来上がるので、強い方だと思っていた。

「瀬文さん、聞いてますかー……チッ」

ぼんやり考えていると、しびれを切らした当麻が紙袋から勝手に鍵を出し、玄関を開けた。

「ちゃんと歩いてくださいよ」

促され、壁を支えに部屋に入る。
足元が覚束ないまま上着を脱いでベッドに倒れ込むと、当麻が水を差し出してきた。

「瀬文さんでもこんなになるんですね。ちょっと意外です」
「おれは、よってない」

上半身を起こし、片手で体を支える。

「酔っ払いはみんなそう言いますよね。台本でもあるんすか?」

水の入ったグラスを受け取ろうとして、少し溢してしまった。

「あぁっ…もう、タオルっ、どこすかっ?」

慌てる当麻にタオルの場所を指で示しながら、仰向けに横になる。
認めたくはないが、自分は酔っているらしい。
ネクタイを緩めながら記憶をたどる。

確か今日は、当麻が『つ○八の唐揚げが食べたい』と言い出して、唐揚げを食べながらやたら酒を飲むもんだから注意したら挑発されて、

…その後の記憶がない。

「おまえは、だいじょうぶなのか」

当麻は自分と同量かそれ以上は飲んでいたはずだが。

「全然大丈夫です。私お酒強いんで☆…見てないし」

声のトーンから察するに、決め顔でもしたのだろう。
当麻は相当酒に強いのか、一緒に飲んでいるうちにペースを崩されてしまったらしい。

しかしこいつの胃袋はどうなっているのか。
いや、酒の強さに胃袋は関係あるのか?
むしろ肝臓が…

「瀬文さん、瀬文さーん」

ベッドの横に座り込み、当麻が頬をぺしぺしと叩いてくる。

「水、飲んでください」

冷たい掌が、火照った顔に心地いい。

思わず頬を擦り付けると、ぎょっとした顔をする。

そういえば、当麻の困った顔はあまり見たことがない。
動揺するとどんな顔をするのだろう?

「とうま」

呼びかけながら手を握る。

「な、なんすか」

ビクッとするが、口調は強気だ。
当麻の方に体を向け、もう片方の手で髪を弄ぶ。

「とうま」
「っ…なんすか!?」

予想外の行動に、慌てているようだ。

もっと、困らせたい。

「さや」
「っ……!」

目を見ながら囁くと、頬が真っ赤に染まった。
さっと目を伏せる仕草がいじらしい。

長い睫毛だな。

「おまえ、かわいいな」
「いつもは、ブスとか言うくせに…」

悪態にも力がない。
当麻は、こんなにかわいい女だっただろうか。
この年になっても、女という生き物はさっぱり解らない。

「ひゃっ」

ちゅっ、と音を立てて掌にキスをすると、肩が跳ねた。
弄んでいた髪にも同じようにする。
もはや当麻は耳まで赤い。

「さや」

顔を引き寄せ、唇を重ねる。
すぐに離してもう一度、今度は深く。
ぎこちなく動く当麻の舌を自分のそれで捕まえ、絡めて吸う。

頭の芯が蕩けそうだ。

長い時間をかけて堪能してから、ゆっくりと離れる。

「…困るんですけど」

当麻は赤い顔のまま、そう呟いて下を向いた。
言い訳はない。
単純に、困った顔に欲情した。
普段なら理性でどうとでもなるが、アルコールで麻痺した頭では押さえられなかったのだ。

「…すまん、おまえがすごくかわいくてな。いやだったか」

素直に謝ると、当麻は下を向いたまま絞り出すように

「嫌じゃないから、困ってるんです」

と言った。


理性はまだ、戻ってきそうもない。






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