瀬文焚流×当麻紗綾
![]() 暗闇の中、当麻は瀬文の病室の前に立っていた。 人通りが少ない消灯後にこっそり病室を抜け出してきたのだ。 あの事件の後、当麻と瀬文が入院して数日が経過したが、2人はまだ一度も顔を合わせていなかった。 当麻は柄にもなく少し緊張しながら瀬文の病室のドアを開けた。 暗闇の中窓からわずかに月明かりが照らす部屋で、いびきをかきながら爆睡している瀬文の姿があった。 「よっこいせ」 当麻は近くにあった椅子に腰掛け、瀬文の顔を覗きこんだ。 意外とまつげ長いな、となかなか見ることのできない瀬文の寝顔を眺めていると、 「………当麻おまえこんなところで何してる」 「あ、起きた。てかまだ11時ですよ寝るの早すぎですよどんだけ〜」 「起きた、じゃねぇ。起こすな。だいたい消灯時間は10時だ。」 「てゆーか個室うらやまっ。」 「人の話を聞け。」 久々の瀬文とのいつもの会話に、当麻は少し口元が緩るんだ。 「久しぶりっすね。瀬文さん。」 「…お前は、まだ絶対安静じゃねぇのか。」 係長や美鈴から聞いたのか、瀬文は眉間にしわを寄せながら身体を起こした。 「あたしはもう大丈夫っすよ。大部屋だし。それより瀬文さんはどうなんですか。」 「別に俺は大したことはない。だいたいお前何しにきたんだ。」 両腕に包帯巻いて、目の焦点も合わずに一体何が大したことないんだ、と当麻は心の中で毒づく。 実際瀬文の両腕はまだあまり動かず、目もぼんやりとしか見えていなかった。 この人はいつもそうだ。自分のことは二の次で人のことばかりで。 当麻は瀬文にずいっと顔を近づけた。 「…あたしの顔、見えますか?」 「…ぼんやりとは見える。」 2人の視線が交わる。 …… そのまま瀬文は引き寄せられるように顔を近づけてきたので、当麻は息をつめた。 瀬文の吐息が当麻の鼻にかかる。 彼の熱っぽい視線に射抜かれ、当麻は金縛りのように動けなくなった。 瀬文は辛うじて動く指で、当麻の顔を確かめるようになぞる。 額、瞼、頬を至極ゆっくりと、慈しむように撫でる瀬文の手つきは意外に優しい。 その手が唇の端に触れた瞬間当麻は不覚にもびくりと震えてしまう。 はっとしたように瀬文は当麻から手を離し、 「…これくらいの距離ならちゃんと見える」 と呟き、照れたように視線を外した。 離れた手が名残惜しい。 当麻は瀬文にもっと触れていたくて、彼の背中にそっと腕を回した。 瀬文の匂いが鼻を掠め、少し早めの心音が聞こえる。 この人は生きている。 失わなくて本当によかった。 光は、瀬文さんのほうだ。 「…少しだけ、このままでいさせて下さい。」 返事の変わりに瀬文は黙って当麻をそっと抱きしめた。 月明かりの下、2つだった影は1つに重なった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |