久能ちゃんの帝都脱出前夜モノ
番外編


題「夜空に届け歌声よ」



賑やかな喧騒を一歩離れた縁側で静かに座る少女がある。
少女は歌う。独り、夜空に向け

♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜……

その歌声は透き通り心に染み渡る、そんな歌声を微かに響かせ、その少女は歌を紡ぐ。

ココ出雲荘に一夜の宿を借りる事になった1羽のセキレイと1人の葦牙。
そのセキレイ、久能だった。

「♪〜〜♪!!え?」

ふ、と歌を止め振り返ると、ソコには篝が佇んでいた。

「もう止めてしまうのかい?」
「!!ふぇ?あ、え〜〜っと、」
「はは。篝でいいよ」
「は、はい〜」
「ふふ。で?何をしてるんだい?」
「え、ええとと、あの、すいまじゃ〜ん!」
「いや、そんな驚かなくても」

生来の臆病者である久能は篝に対しては腰が引けてしまう。誰に対してでもそうであるが、極度の人見知りだ。
それでも逃げ出さないのは、この出雲荘が現在自分とハルカを守ってくれている事を認識しているからだろう。

「そ、すいません!私」
「ふふ。別に構わないよ。でも、もう歌わないのかい?いい歌なのに」

微笑む篝に焦りまくりながらも久能は慌てて首を振る。

「わ、私の歌なんて人様に聞かせる様なものじゃないです〜〜」

何故か涙を流しながら訴える久能に苦笑を漏らしながらも

「でも聞きたがってる子も居るんだけどな。ね?くーちゃん」
「え?」

久能が振り返ると篝とは反対の廊下の隅で、くーがこちらを伺っていた。

「おいで、くーちゃん」
「…(こくん)」

くーはすごすごと久能の横に来て

「続きは?」
「え?」

せがまれ戸惑う久能に篝は静かに促す。

「僕も聞きたいんだけど、いいかな?」
「え、…はい!」

今まで自分の歌に聴衆など居なかった久能は、嬉しそうに頷くと、再び縁側に腰掛け手を組み歌う。夜空に向け、美しい歌を。

くーは久能の横にちょこんと座り目を閉じて聴き入る。
篝は壁に凭れ掛かり、やはり目を閉じ静かに聴き入る。

♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜……

やがて静かに歌が終わると

パチパチパチパチパチパチパチパチ、と小さな拍手が。

「いい歌をありがとう」

そう言って静かにその場を後にする篝の耳に、背後でくーが久能に話し掛ける声が届く。

「ねぇおねェちゃん」
「ん?なんですか?」
「うんとね、このお歌は、どんな歌?」
「え?そう。この歌はですね……感謝と祈りの歌なんです」

どこか清々しく、そして眩しそうに夜空を見上げる久能に、くーは問う。

「感謝、とお祈り?」と。

「はい」と微笑む久能は、くーを懐に抱き寄せ静かに語り出した。

歌への想い。

「この歌は、私達セキレイの……ガーディアンへのモノなんです」

ピタリ。と篝は立ち止まる。

「がーでぃ、アン?」
「ふふ。くーちゃんには難しいですね。私達セキレイを護ってくれる方です」
「護ってくれるの?」
「ええ」

笑みをくーに向ける久能の表情は穏やかなものだ。

「私は一度だけ逢いました。まだハルカ様にも逢えないで、他のセキレイに襲われていた時に何処からとも無く現れて、私を逃がしてくれました。
他にも彼の方に助けて頂いたというセキレイに会ったこともあります」
「くーは?くーも護ってくれてる?」

身を乗り出すくーの頭を撫でながら「もちろんですよ」と微笑んでみせる。

「くーちゃんの事もきっと見守っていてくれた筈ですよ。だってくーちゃんは皆人さんに逢えたじゃないですか」
「うん!くーお兄ちゃん大好き」

くーの笑顔に釣られ久能も笑顔を見せる。

「それはきっと運命。私達セキレイと葦牙様の運命の出会い。でも私みたいな力無いセキレイなんて、すぐに他のセキレイに倒されるか、誰かに無理矢理羽化させられるしか無い。
そんな力無いセキレイを護り、運命の葦牙様に出会う事を見届けてくださっている。ガーディアンとはそういう方なんです」
「ふ〜〜ん。凄い強いんだね」
「ええ。とっても強い、そしてとっても悲しい人」
「?どうして?」

久能の表情に陰りが見えたことがくーには不思議だった。

「…セキレイは108羽。皆が皆、強い訳じゃない。私の様に力無い者や、くーちゃんの様に幼い者の居たでしょう。たった独りのガーデアンで全てを護れる訳は無いです。
きっと葦牙様に出会う事無くこの街を去ったセキレイも居たでしょう。
望まぬ縁を結ばれて、羽化させられたセキレイも居たでしょう。
護ると云う事は戦うと云う事。全ての戦いが容易いモノでは無かったでしょう。
それでも尚、ガーディアンは私達の剣となり、盾となってくれたんです。
その身が傷付いても、その心が傷付いても、私達弱いセキレイを護る為に、独り立って戦ってくれている……」

「だから……ありがとう?」

気が付けばくーの手は久能の手に重ねられている。

「はい。この場には居ないあの方に、せめて届けと歌うんです。
私はハルカ様に出会えました。アナタのお陰で、運命の葦牙様に出会う事が出来ました……ありがとうございます。私は今、幸せです、と」
「じゃあ、くーも一緒に歌う!」
「くーちゃん?」

久能の目に笑顔のくーが写る。

「くーも今幸せだもん!だからくーもありがとうだから!」
「そう。そうですね、一緒にありがとうを…そして祈りましょうね。あの人も運命の葦牙様に出会って、幸せになれますように…」
「うん!」

そして2羽のセキレイは歌う。
精一杯のありがとうと、精一杯の祈りを込めて。

♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜……
♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜♪〜〜……


「素敵な歌ですね?……焔」
「……………あぁ」

何時から居たのかは分からない。ただ篝の背に、美哉は佇む。
その目に写るは2羽の歌鳥。
その顔に一杯の慈しみを浮かべ、美哉は静かに歌を聞き、その歌う姿を目に焼き付ける。

霞み滲んで見る事が出来ないであろう、背後で震える守護者の変わりに……


居間に戻った美哉は皆人の前に真剣な表情で立つ。

「佐橋さん。帝都脱出、きっと成功させてくださいね?」
「へ?大家さ……はい!」

訝しげな皆人ではあった。が、美哉の瞳を見て、その真剣な目を見て、皆人もまた視線に力を込める。
その視線に笑みを返し、美哉はその場を後にした。

明日の成功を祈りながら。






SS一覧に戻る
メインページに戻る

各作品の著作権は執筆者に属します。
エロパロ&文章創作板まとめモバイル
花よりエロパロ