愛の玉手箱。(非エロ)
佐橋皆人×月海


吾はミナトの正妻じゃ。
しかし…ミナトは……ミナトは、吾をどう思っておるのか……。
今日も正妻の役目として、アルバイトに行くミナトの見送りをしておる。
妾や草野、果てには大家殿まで見送りとは…。これは正妻である、吾の役目であろうに。

「――それじゃ、行ってきます」

片手を吾らに向けて振るミナト。
その時ふと、吾は気付いた。 吾こそが正妻であると自覚させる方法に。
ミナトは明日は休みで、明後日はまたアルバイトだと言っておった。

実行は明後日にしよう。 明後日が楽しみじゃ!

「…月たん…こわい……」
「月海さん? お顔がゆがんでます〜」
「ち、違うっ!“ゆがんで”ではなく“ゆるんで”いるのじゃ! ……はっ!?」
「あらあら…こんな朝早くから、慎みのない考え事でも?」
「お、大家殿っ! 吾はそんな考え事などしておらぬ!」

…ミナトが居なくなった途端、吾にいじられ役が回ってくるのは何故じゃ……。

「時に大家殿。 今日は用事などは……?」
「いいえ、特に入ってませんよ?」
「ならば、その…修行を…――」

〜〜〜〜

今日は昨日と逆で、俺が皆の見送り。
何でも、皆で買い物に行くんだとか。 俺も手伝います、って言おうとしたんだけど…
「佐橋さんには軽くでいいので、お掃除をお任せしてもいいですか?
お勉強もしなくてはいけないでしょうし…」
と大家さんに言われて、留守番になった。

結ちゃんに、くーちゃん、大家さんの3人。
松さんはいつも通り、201号室…っぽい。エロ魔人オーラが201号室から出てる。
そして月海は……昨日、帰って来てから全然見てない。
夕飯の時も…。
大家さんに聞いても、何にも知らないみたいだし…結ちゃん達も、何も知らないみたいだ。
月海…俺の事…ヘタレだから、嫌いになっちゃったのかな……。

「…? おにいちゃん?だいじょーぶ?」
「……あ、ごめん! ちょっと、ね…」

胸がズキズキと痛む。それでも、出来る限りの笑顔で見送りをした。

皆が見えなくなった頃、玄関で立ち止まる。 軽く掃除って言われても、なんだか気が気じゃない。
俺はやっぱり…月海の事も…?


突如、遠くから走って来る音が聞こえた。 結ちゃんが忘れ物でもしたのかな?
なんて思う暇もなく。

「!?」

俺の背中に思いっ切り衝突した。

結果、めでたく床と粘膜接触。
床は羽化してくれなかったけど。

誰かは分からないけど、俺の背中に覆い被さっている。何か柔らかいモノが当たってますが…。
多分、結ちゃんだろうと顔を向けた。

そこには――

「いたた…だ、大丈夫……っ!?」

「う゛ー……誰じゃ!吾に衝突した愚か者…は……!?」

――そこに居たのは、月海だった。
背中には月海が居た。目を開けた途端、俺に気付いて、目を丸くする。
それは俺も同じで――月海が居た事に驚き、目が丸くなってると思う。

「月海…!?」
「ミ、ミナトか…。ミナトならば良かろ…」

月海はゆっくりと俺の背中から降り、散らばった買い物袋の中身を片付け始めた。
俺に背を向けてしゃがみ込み、リンゴやトマト、玉葱や人参を袋に入れていく。
でも俺は……

「な、なっ!?どっ、どうしたのじゃ、ミナト!?」

月海に強く抱きついて、緩みそうになる涙腺を抑えながら答える。

「月海…昨日の夕方からずっと、姿、見せなかった…から…、俺っ…俺……!月海が、心配で…」
「…吾を…心配……?」
「月海…俺の事…嫌いになって、避けてるんじゃないか、って…。
月海に、何かあったんじゃないか、って…」
「違うっ! 吾はいつだって…ミナトの事が…だ、大好き、じゃ…!
何もありはせん…。吾は最強ゆえ…心配するな」

結局、ゆるむ涙腺を抑え切れず、泣いてしまった俺を…月海は俺を優しく抱きしめてくれた。
暖かく…いい匂いに包まれて…暗く、霧に包まれていた様な気持ちが晴れていく。
同時に、月海が俺を想ってくれている気持ちも伝わって来た。

「しゃんとせんか、ミナト。吾が汝を嫌うなど、あるわけがなかろう?」
「月海…」
「汝に心配されるのは悪くないが…心配をかけ過ぎるのは悪い事、じゃの…」

月海はそう言ってニッコリ笑い、俺の涙を袖で拭ってくれた。
涙が拭い去られるのと同時に、暗くなっていた気持ちが完全に晴れる。
こんなに情けない男でも…月海は大好きだと言ってくれた…それが嬉しくもあり、悲しくもあり。

「しかし、妻でありながら良人に姿を見せぬ、というのは妙な話であった。
ミナト……」

唇にふわりとした感触。人形の様に綺麗な顔が目の前にある。

気付けば月海は離れていたものの、たった数秒の感触が、数時間もの時間に思えてきた。

「ミナトを愛する妻の証、じゃ……」

頬を赤く初め、気恥ずかしそうに視線を反らす月海。

嬉しくて笑うと、月海もニコッと優しく笑ってくれた。






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