千秋inフィンランド
番外編


「さあ、今夜はパァーっとやりまショ〜パーッとね〜〜」

すっかり風邪が完治した途端、これだ。
それにしても、なんでここフィンランドにまでキャバクラがあるんだ?
右手にプラチナブロンド。左手にブルネット。
マエストロ・シュトレーゼマンは両手に花状態でにやけた顔をしている。
手はしっかり腰に回されていて、時折なで回すような動きをしていた。

「どうしてそんな顔をしてるんデスカー、千秋」
「あまり飲み過ぎないでくださいよ、全く……風邪がぶり返したらどうするんですか」

千秋の両隣にもホステスが侍らされていて、水割りだの、煙草の火付けだの、なにか世話したくてそわそわと千秋を伺っている。

「そしたら千秋がやればいいでショ」
「簡単に言わないでください!!」

これから毎年エリーゼがバカンスをとる間、この師匠の面倒は自分が見なければいけないのだろうか……。
あんな作戦に負けていなければ、こんな事には……
千秋は目眩に頭を抱えた。

「疲れた……」

靴を脱ぎ、ベルトをはずすとベッドへダイブする。
飲み過ぎたシュトレーゼマンは酔いつぶれ、最悪な事にタクシーはつかまらず、
結局のところ千秋がおぶってホテルへ帰ってきたのだった。
千秋もついつい飲み過ぎていたようで、短い道のりとはいえ体に応えた。
もう、あの事務所やめたい……
時計を見ると午前2時を回っていた。
起きているかな、あいつ。
電話、してみようか?
ユンロンって……ユンロンって誰なんだよ……
俺の部屋で何をしてるんだ、のだめ。
シャツのボタンをはずしながら、大きく、ため息を一つつく。
そういえば、あのネックレス。
勢い余って買ってしまったけれど、いったいどうするつもりなんだ、俺は……。
どう、言い訳をしたらいい?

「…………風呂入らなきゃ」

自分の思考を遮りたくて、千秋は無理矢理に体を起こした。

濡れた髪をタオルで拭いていると、部屋のチャイムが鳴った。
誰だ?こんな時間に……
バスローブを羽織り、前を合わせる。
いぶかしげにドアスコープで確認すると、キャバクラでシュトレーゼマンの隣にいたモニカだった。

「こんな時間にごめんなさいね。起こしてしまったかしら?」

何事かと思いながら、千秋はドアを開けた。

「大丈夫です。起きてましたから……それより、何の用です?」
「歩いてきたら冷えてしまったわ。……部屋に入れてくれる?」

いったん躊躇したけれど、千秋は彼女を部屋に招き入れた。

「すいません、こんな格好で」

千秋は、ボクサーパンツの上にたっぷりとしたパスロープを羽織っているだけだった。

「いいのよ。気にしないで。濡れた髪がセクシーだわ」

モニカは紅い唇の端をあげて微笑み、ウインクをして見せた。
誘われている。
そんな事は薄々感づいていた。

「あ、あの、えーと……それで用件は?」
「あなた、私のライターを間違って持っていったみたいなの。代わりにあなたのが店に残っていて……」

モニカは、脱いだコートのポケットから、千秋のライターを取り出した。

「……どうもすみません。わざわざここまで足運ばせちゃって……」

千秋はクローゼットのコートのポケットに手を突っ込み、モニカのライターを探した。
胸の内ポケットにふくらみを感じ、手を入れると自分のものではないライターを見つけた。

「あった…すみません、間違えてしまって……ちょ、ちょっと、何を…!」

モニカはそのふくよかな胸を千秋の背中に押し付けながら、強く抱きしめた。
その手はバスローブの中に入り込んで、千秋の胸板をやさしく擽る。

「やめ…!!」

身を捩ってモニカを振りほどこうとしたが、酔いに力が入らない。
勢い、もつれ合いながらベッドに倒れこんでしまう。
モニカは千秋に馬乗りになり、ハイネックセーターを脱ぎ捨てた。
自分の置かれた状況に絶句すると共に、千秋はモニカの迫力ある肢体から目を離せずにいた。
黒いレースに縁取られたブラにの中に、窮屈そうに収まっている豊満なバスト。
胸の谷間は甘い芳香を放ち、誘うように揺れている。

「ミルヒーにね、冗談半分に言われたのよ。あなたを慰めてやって欲しいって」

……あのジジイ……!!

千秋は、数日前に交わしていたシュトレーゼマンとの会話を思い出した。

「どうしてそんなにカッカするのー」
「あなたがいいかげんな生活をしてるからでしょう!!」
「…わかった。千秋、溜まってるんデショ」
「な…何を言いだすんですか!!」
「だから怒りっぽいんデスよ。あ〜イヤですね〜」
「…ジジイ……」
「彼女いないんだから、楽しめばいいんデス。言い寄る女性はいるのに、なぜ据え膳食わないデスか?男の恥というものデス!…アバンチュールも音楽家に必要なことデスよ」
「俺はあなたみたいに節操無しじゃないんですよ……!」
「それとも誰かに操立ててマスか?のだめちゃん?ん〜、でものだめちゃんは彼女じゃないんでショ〜?」
「……」
「あ、それとも…千秋、まさか、チェリーボーイ……」
「…殺すぞ、ジジイ」

確かに、溜まってる。
最後に女を…彩子を抱いたのはいつだったか思い出せないくらい、SEXしていない。
事後のむなしさから、マスターベーションはあまり好みではない。
それでも、どうしても吐き出したい時にだけ、半ば事務的に自己処理してきた。

「ミルヒーは冗談のようだったけど…私自身があなたとしたくって来たの」

モニカはめくれたスカートを更にたくし上げ、官能的なガーターベルトを千秋に見せつける。
そして、より深く密着しようと腰を千秋に擦り付けた。
柔らかな内腿の感触に気が遠くなりそうだ。
そして、目の前の乳房。薄いレース地から乳暈が透けて見える。それが徐々に近づいて……。
モニカは覆い被さるように体を倒すと、大きな胸を千秋の胸に押し付け、前後した。

「あぁん・・・」

突起がこすられ、モニカは鼻にかかった甘い声をあげた。
両手首をやさしく押さえつけられて、ぎりぎりのところで千秋は戦っていた。
耳にかかる吐息。やさしく甘く、耳朶を擽る唇。

「……ぁ」

思わず、声が漏れ出てしまう。
モニカはその声ににっこりと微笑み、唇を重ねてきた。

紅く、そして柔らかな唇だった。
頬にかかる髪からココ・シャネルの香りがして、千秋はモニカの舌を甘んじて受け入れた。
歯列をなぞられ舌を引き出されると、濡れた音が部屋に響く。
モニカは紅いマニキュアで彩られた指先で、千秋の胸板を擽った。

「意外と、逞しいのね…」

悪戯っぽく微笑んで、すでに合わせの乱れているバスローブを大きく広げた。
脇腹をなでる優しいタッチに、千秋はくぐもった声をあげる。

「う・・・あっ・・・・・・」

滑らかな指先で千秋の乳首を撫で、赤い爪先で突起をはじく。
それが合図であるかのように、体中の血液が中心部へと集まり始める。
抵抗、できない。
モニカは身体をずらし、浮き出た鎖骨にキスの雨を降らせた。
徐々に顔を下ろし、舌先が乳首へと伸びる。
濡れた音を立てて、モニカは千秋の乳首を優しく舐った。
こんなことは、されたことが無い。
千秋は初めての快感に身を捩り、白い喉元をさらけ出した。
ボクサーパンツへ入り込んだモニカの指が恥毛をなで、首をもたげはじめた千秋のペニスに指がかかったとき、千秋はベッドのスプリングを軋ませてモニカを組み伏し、その胸に顔を埋めた。

差し込む日の光に、千秋は目を覚ました。体が気怠く、うまく言う事を聞かない。
眠い目をこすり、ベッドの中で何度か寝返りを打つ。
鼻をくすぐる、コーヒーのアロマ。

「おはよう、シンイチ」
「えっ……?!」

千秋はベッド脇に立つモニカを見て飛び起きた。

「ゆ……昨夜……俺……えっっ?!」
「……素敵だったわ、シンイチ……私あんなの初めてよ」

やっちゃったのか……?……俺…………。

「コーヒー、まだ暖かいわよ。飲むでしょ?」
「い、いや……水……水を……」

千秋は昨夜の記憶を一生懸命たどってみるが、思い出せない。
モニカがライターを取りに来たところで、どうしてもその先に記憶が進まない。
明らかに動揺する千秋。やったんだ……マジかよ……
モニカからエビアンを受け取り、半分を飲み干す。
サイドテーブルのラッキーストライクに手を伸ばしたところで、モニカが肩をふるわせて吹き出した。

「な……なに?!」
「なんて顔してるの、あなた」

モニカは腹を抱え、長い黒髪を振り乱して笑った。

おぼろげに記憶に残るセクシーなモニカと裏腹に、意外なほどにけらけらと良く笑う。

「安心していいわよ。私たち何もしてないから」
「はあっ?!」
「ほんとに、"あんなの初めてよ"」

モニカは千秋の口に銜えられたままの煙草を抜き取り、自分で火をつけてから千秋の口に差し戻した。

「その気になったと思ったら、私の胸に顔埋めて寝ちゃうんだもの。がっかり〜」

千秋は最後までいかなかった安堵感と、自分の格好悪さに頭を抱えた。

「……ゴメン」

何を言っていいのかわからずとりあえず謝る千秋に、モニカはさらにけらけらと笑った。

「ねえ、シンイチ」
「……はい?」
「"のだめ"って誰?あなたの恋人?変わった名前ね」

千秋は水を吹きだして、大きく咳き込んだ。

「なっ……何でその名前を……?!」
「あなたが眠ってるとき、何度もその名前を口にしてたわ」

俺が、寝言でのだめを?

「それは多分悪夢だから……大学の後輩だけど、恋人じゃない」
「あら、違うの?……とても愛しそうに、何度も呼んでたわよ」

千秋は、自分の血が逆流していくような感覚を覚えた。

……とても愛しそうに、何度ものだめの名前を……?!

「だから、あなたが寝ちゃった後無理矢理襲ってやろうとしたけど辞めたわ。あんまりにも優しい声でその名前を呼ぶんだもの。気が引けたの」

絶句して言葉が出ない。

「好きなのね?その人の事、とても」

千秋は、否定も肯定も出来なかった。
思い当たる事はいくつもあって、けれどもその度無視し続けてきた。
思わぬところで突きつけられる現実に、千秋は愕然とした。

「さ、行かなきゃ。学校に遅れるわ」
「……学校?」
「ええ、そうよ。私、本業は学生なの。あのお店は、アルバイト」
「モニカ、君いくつなの?」
「……二十歳だけど。言わなかったっけ?」
「えっ?!……嘘だろ?」
「なによ、その反応。傷つくわね。どうせ老けてみられるわよ」

日の光の元で頬を膨らますその顔は、そう言われればあどけなさもあって、千秋はゴメン、と笑った。

「……行くわ。素敵な夜をありがとう。最後に、キスしてくれる?」

千秋は黙って目を閉じたモニカに顔を寄せた。
モニカは自分の頬に優しい唇を感じた。

「……ゴメン、もうこれ以上は出来ない」

モニカは目で頷いて、千秋から体を離した。

「また、フィンランドに来たらお店に寄ってね…そのころまだ働いているかわからないけど」
「そうするよ。……いろいろありがとう」

コートを手にし、モニカはドアへ向かう途中で振り返った。

「一つ、言い忘れてたわ」

何?、と千秋が問いかける。

「あなたが寝てしまった後、あなたのペニスを元気にしようとしたんだけど、何をしても駄目だったのよね……。飲み過ぎると勃たない体質みたいだから、のだめさんとやるときは飲み過ぎないように気をつけた方がいいかもね!」

そう言うとモニカはニヤッと笑い、「Bye!」と部屋を出ていった。
千秋はぐったりと疲れた上に、二日酔いの頭に「寝言でのだめの名前」と「飲み過ぎると勃たない」が交互に浮かんで苦しめた。

「とりあえず、シャワー……」

青ざめた顔におぼつかないあしどりで、千秋はシャワーに向かった。

明日は、パリへ戻る。
千秋はまだ答えを出せず、熱いシャワーで酔いを醒ます事に専念した。






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