今日くらいは
松田幸久×野田恵


千秋の彼女との初対面(@風呂場)のあと、
妙に彼女の事が気になって、また千秋の家に遊びに行くことにした。
あの千秋があんな変態と?世の中どうなっているんだ?
ワインを手土産に家の前まで行くと、前の住人にくっついてオートロックの門の中に入った。

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ピンポーン

ドアが静かに開く。

「ま、松田さん…なんでここに?」
「おー千秋、飲もうぜ。のだめちゃんはいるか?」

俺が部屋をのぞくと、

「え?…あれ、松田さん」彼女がひょっこり顔を出した。
「ばっ、ばか、引っ込んでろ。あの…ちょっと今日は勉強が」
「やらしいな、なんの勉強だよ。お、いい匂いするな」

青い顔の千秋を置いて部屋にあがりこんだ。

「え、これ千秋が…?」

テーブルにはうまそうな料理が並んでいて、俺は彼女が作ったのかと思ったが。
彼女が嬉しそうに、先輩が作ったのだ、と言ったので驚いた。

「まあそうです」

千秋がハァとため息をついた。

「よほど彼女に入れ込んでるんだな…」

俺は豪勢な料理を見ながら、さすがに押しかけた事を少し悪かったと思った。

「先輩は日本にいた頃からいつものだめにご飯作ってくれたんデスよ」
「そ、それはお前が茶碗持って毎日食いにくるからだろ!」

二人のやりとりをつまみに、茶々を入れながらワインを飲んだ。

千秋のやつ、自覚してないだろうけど普段より表情が柔らかい。
彼女の前ではあんな顔するんだな。幸せそうで少し腹が立つ。
俺がカロリーヌと別れた(ふられた)ばかりだというのに。
でも…今日はなんだかすごく心地いい。
この子の前だと自分を作らなくていいからだろうか?だからあの千秋が惚れたのか…

「ねえのだめちゃん、千秋はベッドではどう?役不足じゃない?なんなら俺が相手…」
「おいっ!」

彼女に伸ばしかけた手を千秋に払われてしまった。

「いてーな、オレ様の指に何かあったらどうするんだ」(白目)
「そんな繊細じゃないでしょう」

千秋が腹立たしげに言う。

「繊細だよ?じゃなきゃ女も夢中にさせられないし。わはは」
「………」

千秋がため息をついた。
千秋は明らかにこんな話題を避けたがる。
なのに彼女の方は興味津々といった感じ。面白いやつらだ。

「どうやったら指だけで夢中にさせられるんデスか?」

純粋な質問に、俺は妙に感動した。

「なになに、やっぱ千秋じゃ不満?」
「いや、先輩は大好きデス。…でも心は結ばれてるんデスけど、身体はまだまだなんデス」

ワインで赤くなった彼女が、きゃはっ、と照れながら言う。
俺はあっけにとられて千秋を見た。まじかよ。まだしてないの?
千秋がサッと青ざめた。

「のだめ…おまえ酔ってる。もう帰れ。」
「やだーまだ先輩といマス!」

そんな会話を聞いて、だんだん腹が立ってきた。
彼女が俺のものじゃない事が。これって嫉妬??俺も少し酔ってるのか?

「じゃあ千秋、俺もそろそろ帰るけど。行こうのだめちゃん」

彼女の手をとって強引に立たせると、玄関の方へ連れて行った。

「千秋を夢中にさせる方法を教えたげるよ」
「ふぉー?!」子供のように目を輝かせる彼女。
「あんた、何を…」
「彼女は俺が部屋まで送るよ、またな千秋」
「待て、のだめ…」
「いいから心配するな、お前の彼女に手は出さないよ」

戸惑う千秋の前でバタンとドアを閉めた。

酔った身体に夜風が心地よい。
さっき触れたときの、彼女の体温と感触がよみがえって、
手は出さないと言ったけど自信はもてない。

「あ、でものだめのうちここなんで」

彼女が隣りの部屋を指さす。

「ああ、でもちょっと歩こうか、さっきの話もあるし」
「あっそうデスね…でも」

何か言いかける彼女の手をとった。

「むきゃ、先輩に怒られちゃいマスよ」
「君が転んだら大変だから」

そうごまかして手をつなぐと階段を降りた。

大通り沿いの歩道をゆっくり歩く。時間はまだ22時くらいだろう。
時折家路を歩く人や、夜道を散歩するカップルとすれ違う。綺麗な夜だ。
彼女はしっかり歩こうとしているけど目はとろんとしている。

「千秋とはいつから付き合ってるの?」
「んー、一緒に連弾したときからだから、2年近く前?
…あ、でもそれはのだめが先輩を好きになったってだけなんデスけどね」

彼女が一瞬寂しそうな顔をする。

「でもその後は色々がんばって、先輩といられるよに…。追いつきたくていろいろ…。すごい進歩なんデス」

今度は得意気な顔。そうしてきっぱり前を見すえた。

「ははっ」

思わず笑いがこみあげた。可愛いなあ。若いときってこんなだっけ?
千秋や自分の思いに対して計算なんかなくてまっすぐで。
襲えなくなってしまった。

「どうしたんデスか急に」
「いや…なんでもない」

ククッとまだ笑いがもれる。
不思議そうにこちらをみる彼女の白い肌が柔らかそうで、
ふと彼女の顔を両手でつつむと、驚いた顔を自分の方に引き寄せた。
そして彼女の口にできるだけ優しくキスをする。
自分でも驚いた。俺は一体何をしている?
彼女も何が起こったかわかってないらしい。無反応でされるがままになっている。
それをいいことにそのまま唇を味わった。こんなキスは久しぶりだ。
彼女と触れているだけで身体が熱くなる。
やめられなくなる、と思った瞬間、なんとか唇を離した。

「ね、のだめちゃん」
「え?」
「千秋にちゃんと今みたいにキスするんだよ」

彼女のきょとんとした顔。

「えーと、さっき言った夢中にさせる方法?」
「うきゃー!今の、キスだったんですかー!!」(白目)

俺の手を振り払って、パニックになっている。

「も、もうのだめ帰りマス!」一人で今きた道をフラフラと戻りだした。
「待ってよ」

慌てて肩をつかむと、キッと睨まれた。

「ごめんごめん。千秋には言わないから」

言わないから?俺はちょっと考えて言った。

「…だから、もっかいキスしていい?」

彼女が唖然とした顔で俺を見る。

「もっかいさせてくれたら千秋には言わない。でもさせてくれないなら千秋に言っちゃうかもな」

意地悪く笑う。

「ひどいデスそんなの!」

ああ確かに。子供相手に。でもまだ帰したくなかった。
街灯の逆光になって表情はわからないけど涙を浮かべてるのかも知れない。でも…
返事を待たずに彼女を抱きしめると、力なく抵抗する身体を抑えこんだ。
そしてキス。
さっきの感覚がよみがえる。
今度は強引に唇の奥にも入って、彼女の体温を直に感じた。
このまま彼女の気持ちが俺に傾けばいいのに、とガラにもなく思った。

***

ふっと息をついて体を離しても、彼女は何も言えない様だった。結構酔っていたし。
こんな調子じゃ、今のこと忘れちゃうかな。

「帰してあげるけど、今日はもう千秋に合わない方がいいよ。俺の匂いがついてる」
「なっ」

目を丸くする彼女の腕をひいてタクシーをとめる。
お金を渡してアパートの名を告げると、彼女を乗せた。

「おやすみのだめちゃん。…千秋に泣かされたらいつでも呼んで」

恨めしげな目をした彼女を乗せてタクシーは走っていった。

あーくそ、何やってんだ。普段の俺なら無理にでも持って帰るのになあ。

<今日はもう千秋に合わない方がいいよ>

あんな事言ったけど、ほんとはあんな色っぽい顔で千秋に会わせたくなかっただけだ。
今日くらいは俺の事を思って寝てもらおう。ざまあみろ千秋。


のだめと松田が帰って急に部屋が静かになった。
落ち着かないまま食事の片付けをしている。

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まさか松田さん、のだめのうちにあがりこんでないよな?
いや、いくらのだめでもそこまで馬鹿じゃないだろう。
まあ念のために。それにおやすみくらい言わないと。

外に出て隣の部屋のチャイムを鳴らす。
出てこない。
ドアを叩いてみる。

「おいのだめ?」

中からは物音ひとつしない。
いいようのない不安が襲った。
嘘だろ。二人でどっか行ったのか?
ありえねえ!!!

アパートの玄関に車の停まる音がした。
のだめか?…やっぱりのだめだ。
ふらふら階段を上ってくる彼女を部屋の前で待つと、
いつも通りの鼻歌が聴こえてほっとしたが…
顔が赤いのは酒のせい…だけか?

そして、のだめは俺をみつけて一瞬困ったような顔をした。
ショックだった。あいつは俺を見かけて困った顔をした事なんてない。
これまで一度だってない。

自分を精一杯抑えながら、「心配したぞ、とにかくうちに来いよ」と声をかける。
のだめは一瞬ためらったが、ドアを開けて待つと素直に入ってきた。

パタン。

鍵をかけて、のだめの身体をドアに押し付けるように抱く。
いつもの体温と、背中に回される腕に思わず安らいで、追求するのは止めようかと思った。
その時。
慣れない香りが鼻をついた。
これは…松田の香水?
全身の血がかっと熱くなって、のだめの肩をつかんだ。

「松田さんと何してたんだ?」
「…さ、散歩デス」

言いながらも目をそらす。

「目を見て言え」
「散歩デスよ!」

今度は俺をにらんだ。

「…わかった」

とてつもない焦燥感にかられて、ひとりで部屋の中に戻った。
のだめが一瞬泣きそうに見えた。

ベッドに腰掛けると、疑問が次々とふってきた。
そもそも俺に嫉妬する権利なんかあるのか?
さんざん放置しているくせに?
いや、でも最近は大事にしてきたつもりだし。
でも二人のあいだに何かが足りていない。何がいけないんだ?

気がつくと、目の前にのだめが立っていた。

「ごめんなさい、松田さんとふたりで出かけて…」

珍しく愁傷な様子で謝ってきた。
その姿に胸を打たれて、

「いいよ、もう…」

そう言うと、ほんとうに許す気になった。(松田は許さないが)
こいつはずるい奴だ。こいつの言葉は心からストレートに出ている感じがして安心する。
のだめを信じられなかったら俺は誰も信じられない。

「まあ、おまえはもうちょっと気をつけろよ。そんなんでももてるんだから」

うつむいて憎まれ口を叩く。

「わかりましたヨ。もうあんな顔しないで下サイね?」

彼女もちょっと笑った。
どんな顔してたんだろう俺。

「ごめん」

今度は俺が彼女の顔を見られない。

「なんで先輩が謝るんデスか?」

突然のことに彼女は目をパチパチさせた。

「違うんだ、もうそーゆう事じゃなくて」
「え?え??」

のだめは混乱してまた泣きそうになってる。

「…ずっと言わなきゃいけなかったんだ。
いつもおまえが傍にいてくれたから、おまえが帰ったあと急に寂しくなって。
もう一人でいたくないんだよ」

そう言いながら、のだめの背中に手を回し、彼女を引き寄せた。
そのままベッドに倒れこめば、彼女はおれの上に重なることになる。
突然のことに驚いたのか、のだめは無意識に抵抗した。

その状態のまま、彼女がつぶやく。

「今日の先輩は、一緒にパリに来たときみたいデスね」
「ん?」
「あのときも、飛行機の中でのだめにしがみついてましたから」

そう言ってクスクス笑う。

「ああそうか…」
「もう大丈夫デスよ」

そう言って優しく俺の頭を抱いた。
その言葉で、必要としていたものがすべて満たされた。
そして二人でベッドに倒れこむ。

***

なぜ今までこうせずに生きてこられたんだろう?

熱にうかされたように彼女を求めてしまう。
彼女は快楽か苦悩か、少し幼くみえる顔をゆがめて、いつもの余裕がどこにも見られない。
その姿が俺の本能を煽って、ますます苦しめるようなことをしてしまう。
ずっとこうして独占したかったんだ…
妙なプライドがいかに自分を孤独にしていたか思い知って、胸が痛んだ。

「愛してるって言えよ」

彼女の顔を覗きこんで残酷に囁く。
声がかすれて、自分の言葉とは思えなかった。
彼女もさっきまでと違う俺の様子に、かなたをさまよわせていた目を見開く。
そして、

「嫌デス…」

とつぶやいた。

「えっ」

予想しなかった答えに思わずたじろいだ。

「なんで…?」

情けない声で聞いてしまう。
彼女は目を閉じて何か考えてる様子だ。口を開くまでの間が永遠にも感じられた。

「言葉にできる様な、かんたんな想いじゃないんデスよ…」

そう言ってまっすぐ俺を見つめた。

------俺の負けだ。
こいつはいつだって俺の理解の範疇を超えていくから。

***

明け方、先に目を覚ましていたのは彼女だった。
身体を起こして何かを見つめている。
なにをみているんだろう。
視線の先をたどると、天窓から白い月がのぞいていた。

俺もおまえの引力から逃れられないみたいだな

身体を起こして彼女の髪をそっとなでた。






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