少年俊彦
三善俊彦×野田恵


「ったく、あの二人いちゃいちゃいちゃいちゃ…!」

少年俊彦はいらついて、目的も無くキーボードを叩いている。
ディスプレイには、カチカチと落ち着き無く株式相場のレートが分刻みで
切り替わり、三善カンパニーの株価は、俊彦の心を表すかのように
上がったり下がったりを繰り返していた。

3月

千秋とのだめは、休暇を利用して、ここ、三善家に帰省していた。
心を通わせた二人は、以前ここで暮らしていた時とは比べ物にならないくらい
親密になっていることは、誰の目にも明らかだった。
照れ屋で意地っ張りの千秋は、人前で甘い言葉をささやいたりする事は無く
相変わらずのだめに悪態を付いたり、時に首を絞めたりしていたが
ふとした瞬間、愛しそうに見つめたり、のんびりと寄り添って庭でお茶をしている姿は
恋する男のそれだった。
また、のだめも安心して、当たり前のように真一の傍で笑っている。

飛行機にも乗れず、日本でくすぶっていた真一が、今、確かな実績を
重ねつつ、こうして日本でわずかな余暇を楽しんでいる姿に
三善家一同、微笑ましく思い、まるで家族の一員のようにのだめをも受け入れていた。

ただ一人、俊彦を除けば_________

「真兄の目ぇ腐ってんのかな。あんな変態女と…。
歴代の彼女とタイプが違いすぎるよ。あんな、ピアノだけしか取り柄が無いような…。
料理だっておにぎりばっかだし、ノックも無しに人の部屋入って来るし
由衣子だって、あいつと遊ぶといつもなにかしら破壊するようになっちゃったし!」

一人でぶつぶつとつぶやきながら、あいかわらず明々と点滅するディスプレイを見つめながら
俊彦はキーボードを叩き続ける。

「俊彦く〜ん!」

当たり前のように、バタンとドアを開けて入ってくるいつもの姿に、視線だけちらりと向けて
再びパソコンに向かう。

「何か用?」
「ご飯出来たから呼びに来たんデスよ〜。あっ!またパソコンいじってる!」

俊彦の肩越しにひょいとディスプレイを覗くのだめ。
接近し、耳元で話しかけてくるのだめに、意図せず俊彦は顔を赤くしてしまう。

「ちょ…!ど、どうせおにぎりだろ!今大事な仕事してるんだから邪魔しないでよ!」
「し、仕事…?働き者ですね〜。でも、人間はご飯で出来てるんだから、
食べなきゃダメですよー。食わざるもの働くべからずデス!」
「逆だろ!?もう、分かったから…」

のだめの肩を左手で押しのけようとしたその時、その手は
焦点を外し、首筋に当たってしまった。

「ひゃっ!」
「あ、ご、ごめん」
「冷た〜い…血の巡りが悪いんですかね。
のだめ、暖めてあげますよ…」

言うが早いか、俊彦の両手を包みこむのだめ。

「わっ…!何すんだ…」
「いいからいいから…」

俊彦の傍にしゃがみこみ、手を握り続けるのだめ。
実際に暖められた手から温もりが伝わってきて、俊彦は心地よさに、振りほどけなくなっていた。
また、椅子に座ってのだめを見下ろすアングルは、ワンピースの胸元から谷間が覗き
ますます俊彦を動けなくさせていた。

数分の後、ぎゅっと力強く握ると、のだめは立ち上がった。

「さっ、冷めちゃうから行きますよ」
「うっ、うん……先に行ってて…」

俊彦の真っ赤な顔に気づいたのか気づかないのか、のだめは、早くきてくださいね、と
声をかけて、階段を下りていった。

しばらく、同じ体勢から動けなかった俊彦は、ふと我に返ると、今の出来事を反芻しだす。

「なんだあの女!?今の何だ!?静まれ心臓!大丈夫!俺は三善家の跡取りだ!」

白目で、頭をかきむしりながら、なんとか冷静に戻ろうとする俊彦だったが、
その頭には、さっきののだめの姿が焼きついて離れなくなっていた。

「遅いな俊彦…」
「すぐ来ると思うんデスけど…。今日は自信作なのに〜」
「の、のだめちゃん、見慣れたおにぎりだけど、どこら辺が自信作…?」
「よくぞ聞いてくれました!実は具の梅干は、日本で漬けてたのをフランスまで持っていって
暖め続けた、一年漬けなんデス!」
「お前…一体何しに行ってんだ…?」

そんな会話を一同で交わしていると、俊彦が気だるそうにダイニングに入ってきた。

「遅いぞ俊彦」

千秋が声を掛けるが、俊彦は真一と目を合わせようとしない。

「ごめん…」

そう一言言って、椅子に腰掛けた。

「何かあったのか?」
「な、何が!?さぁ、今日のご馳走は何だい?」

(何かあったな…)

のだめ以外の全員が悟っていたが、あえて問いただすことも無く、晩餐を過ごした。

食後の時間を、真一とのだめは一つ部屋で過ごしていた。
大きな出窓から、外の景色を眺めているのだめを、その腕にすっぽりと包むように、逃さないように
背後から出窓の桟に両手を付いて寄り添う真一。
月明かりが二人を煌々と照らしていた。

「俊彦…なんかあったのかな」
「え?なんかあったんデスか?」
「いや、さっき変じゃなかったか?気づかなかった?」
「いつもよりいっぱいおにぎり食べてたのにはびっくりしましたけど…
変なのは血じゃないデスか…?」
「てめー…」

そう言いながら、征子のネグリジェの脇腹をこすぐると
のだめは、身をよじって逃げ出そうとするが、真一の両腕に阻まれた。

「ひゃひゃひゃ…や、やめてください、先輩!」
「ぷっ、もっと色っぽい声出せよ」

じゃれ合いながら、ベッドにさりげなくのだめを押し倒す真一だった。

翌朝、窓から差し込む光に目を開けると、隣で寝息を立てている真一の裸の肩に
ブランケットを掛け直し、のだめはベッドを後にした。
物音を立てないように、衣服を身に付け、部屋を後にする。
目指すは俊彦の部屋だった。

ドアをノックして、部屋に入ると、俊彦は制服のネクタイを締めているところだった。

「俊彦君…今からがこデスか?」
「見れば分かるでしょ…何か急ぎの用事でも…」

そう言いながら鏡から目を離し、のだめの方を振り返る俊彦だったが
またもや白目を向いて顔を赤くしてしまうのだった。
のだめは征子のお下がりのネグリジェを身に着け、その大きく開いた胸元には
昨日真一によって付けられた所有の跡が、花びらのように無数に散らばっていた。

「千秋先輩が…心配してましたよ…?なんかあったのかって」
「あ…はぁ…!?し、真兄が何!?」
「ど、どしたんですか?熱でもあるんですか…顔真っ赤デスけど」
「きょ、今日朝練あるから!急いでるんだけど!」

そう叫び、のだめの顔を見ようともせずに、風のように走り去っていく俊彦だった。

「パソコン部の朝練…」

そう不思議そうに、一人つぶやきながら、のだめは首をかしげた。

部屋に戻ると、丁度真一も目を覚まし、体を起こし、伸びをしているところだった。

「はぁっ…おはよ…どっか行ってたのか?」

そのまま、視線をのだめに向けると、腕を頭上に伸ばしたまま、固まってしまった。

「俊彦君とお話しに…」
「その格好でか!?」
「え…そですケド…でも、全然お話出来なくてー、嫌われてんですかね、のだめ」
「ばかっ、鏡みろ!」
「え…」

促されるまま鏡台の元に行き、真一の言いたい事が分かると、のだめも赤面してしまう。

「ほわぁぁぁ…」
「俊彦には刺激が強すぎだ…」

うなだれて猛省する二人だった。

俊彦が学校から遅めに帰ってきた時、のだめはピアノを弾いていた。
フランスに帰るとすぐに、進級試験があるため、気は抜けないのだった。
由衣子はその傍でうっとりと耳を傾けている。
穏やかな日暮れ。

しかし、真一は、俊彦が部屋に入るのを確認すると、その閉まるドアに滑り込んだ。

「うわぁっ!真兄、な、な、何!?」
「いや、謝ろうと思ってだな…その、今朝の…」
「べ、別に気にしてないから…」
「そ…そうか…」

男二人、沈黙の時間が過ぎる。

「お前、さ、最近学校の方はどうなんだ?」
「…父さんみたいな事言わないでよ、別に普通だよ」
「叔父さんみたいって…可愛くなくなったなお前。昔はもっと…。」
「真兄だって、昔のがセンス良かったよ!あんな無神経で変態な女と一緒にいるから
変になっちゃったんじゃないの!?」
「な…!確かにあいつは無神経で変態だし、ズボラで自己中だけど、
あれはあれでそれなりに…」

ピアノの音がひと際大きく鳴り響いた。
超絶技巧のショパンのffは、二人を黙らせ、同時にクールダウンさせた。

その和音に聞き入っていた真一は、ふいに俊彦の顔が耳まで赤くなっているのを見た。

「お前…」
「違う!断じて違うからね!」

あたふたと慌てる俊彦に、真一は優しい眼差しで声をかける。

「あいつ…結構すごいんだよ…(色々と…)」
「うん…(巨乳だし…)」

同じ思いで、ただ黙り込む二人だった。

数日後、のだめと真一がフランスに帰る日がやってきた。
由衣子はのだめの足にからみついているし、征子は自分の着なくなったステージ用の
衣装をのだめに渡すようにまとめている。
叔父さんは、ユーロに換金可能な小切手を渡してくるしで、朝から三善家は
慌しく流れていた。
しかし、俊彦の姿だけがその中に無い。

「やっぱり、のだめの事嫌いなんですかね…」

隣の真一にぽつりとつぶやいた。

「や…そんなことないんじゃないか?むしろ…」

そう言おうとした時、俊彦が息を切らせて部屋に入ってきた。

「ど、どしたんですか、俊彦君…」
「間に合って良かった…はぁっ…これ…!」

そう言って俊彦はのだめに手を差し出した。
その手の上には、上品なピンクサファイアのピアスが、台座に光っていた。

「の、のだめにデスか…?こんな高価なの…もらえないデスよ…」
「か、株で儲けたから…それに、ステージに立つ日ももうすぐだと思ったし…」

のだめは涙目で、俊彦を見つめ、真一はそんな俊彦を苦々しくにらんでいた。


飛行機から見下ろす景色が段々小さくなっている。
いつもはのだめの腕につかまり、小刻みに震えている千秋は、ただ腕組みして
目を閉じていた。

「先輩…みんな暖かくて…のだめ、また帰って来たいナ…」

のだめが感慨深げにつぶやくその隣で、ルビーのネックレスを
いつ、どういうシチュエーションで渡すか考えていた、負けず嫌いな男、千秋真一。
しかし、流し聞きしながらも、のだめの『帰る』という言葉に反応してしまう。

(まぁ、仮に三善家がこいつの帰る場所になったとしても、絶対あの家では暮らせない!危険すぎる!!)

そう考え、寝たふりを決め込む千秋だった。






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