2年ぶりの再会
黒木泰則×野田恵


やっぱりスケールが違う・・・
ここオーストリアの地でなんとか地に足をつけて
市民オケに所属する黒木は思い悩んでいた。

井の中の蛙・・・
お山の大将・・・

故郷を離れ遠い異国の地に来て、初めて自分の実力は日本でだけ通用するもの
なのだと思い知っていた。
世界で通用するとは思っていなかった。
ただオーボエが好きで、この繊細な音色に惹かれてずっと
吹き続けてきた相棒、伴侶とも言えるオーボエが、周りとの
距離を感じるにつれてなんだか悪意を持っているように思えてくる。

「いつも味方でいてくれるとおもっていたのに・・・」

インナースペースに入り込んで、練習後、オケの日本人メンバーに
教えてもらったこの日本小料理屋"春日"で日本酒を煽っていた。

「好きだから、オーボエが好きだからという動機ではもう限界なのか・・・。
上を目指してたつもりはないが、演奏欲に駆られた結果、今、僕はここにいる訳だけど・・・」

金魚鉢の中の出目金に話しかけても、寂しくなるだけである。

「帰ろう・・・」

ねじり鉢巻の怪しい台湾人、ツァオのいつものように片言の
「アリガトぉーー」という宇宙語に後押しされ、黒木はのれんを掻き分け
暗い雑踏に足を踏み出していった。


「千秋先輩!」
「なんだ・・・」

早朝5時。のだめのピンポン連打に起こされ、ドアを開けた千秋は
視界がカラフルな世界で彩られた。

「見てくださいこれ!!」

カラフルの正体。こちらでいう明星のようなアイドル雑誌"アシッジュ"の見開きだった。

「お前・・・こんな朝っぱらから・・・」

眠りを妨げられ、のだめの意図を無視し、怒りを露にし、胸倉をつかむのだった。

「ジャンが・・・!!」

聞き流せないライバル、白王子の名前を聞き、朦朧とした目線で
足元の雑誌に目を向けると、確かにあのジャンがカメラ目線でこちらを見ている。

「はぁ?なんだこれ・・・?」

のだめから拳を離し、足元のジャンを拾うとはっきりしつつある頭で
記事を追った。

「ね!やっぱりジャンですよね!あの人有名人だったんデスねー
あなたが選ぶ2004年イケメンランキング5位ですよ!
サインもらっとけば良かったのに!!
あ、でも千秋先輩はマイナーランキングだったら1位だったかもなのに!
ぎゃぶーー!!」
「マイナーで悪かったな・・・。はぁ、こんなこと伝えるためにわざわざ起こしにきたのか?
平和な奴だな。じゃ。」
「あーーー!!待って!まだナシはついてませんよ!!」
「はぁ・・。分かったから入れ。」

あくびをしながら、のだめの頭をこずいて中に促した。


「黒木君!!」

レッスン前の譜読みをしていた黒木はこの地では違和感を感じる日本語で
呼びかけられ、顔を上げた。
彼、須藤は、この市民オケでバイオリンを弾きながら、音楽院に通っている日本人だ。

「あぁ・・おはよう。どしたの?」
「君、バカンスどうするの?予定決まってる?」
「いや、一回日本に帰ろうかと・・・おじいさんの墓参りしたいし・・・」
「あぁ、そう・・・で、でも墓参りよりエキセントリックなバカンス過ごそうよ!
シンディーのおばさんがノルウェーのオスロにいて、招待してくれるんだって!
あぁーオーロラ見たいなー見たくない人なんているわけないよね!」
「そ、そりゃ人生で一回見れたらいいなとは思うけど・・」
「決定!!じゃあ俺あと何人かに声かけなきいけないから行くね!」
「・・・」

日本で己の生き様について今一度考えようと思っていた黒木は
こうして半ば強引にノルウェーにオーロラツアーに出かけることになってしまったのだった。
まだオーボエとは仲直りしていない。
もやもやとした絶望感にも似て、灰色のベートーヴェンを一人奏でるのだった。


「はぁーーー!!寒いですねー!千秋先輩!」
「お前が連れてきたんだろ・・・。いっとくけど俺ここの言葉はわからねーからな。
自分の身は自分で守れよ。」
「新婚旅行なのに冷たい夫デスね・・・」

オスロの地に降り立ち、ムートンのブーツのつま先を見つめ、のだめは唇をとがらせた。
コンセルヴァトワールは今2週間の休暇を迎え、千秋も次の公演はまだ先。
束の間の休息であったが、のだめの強引さに加え、千秋自身も息抜きがしたかった。

「夫じゃねぇ!」
「はいはい・・・むっきゃーーー大道芸ですよ!ピエロ!
千秋先輩見に行きマスよ!!」
「あ、おい!のだめ!!」

大道芸のジャグリングに誘われおおはしゃぎで駆け出すのだめ。
その足の速さに(ハリセンとのバトルの成果)千秋は人ごみの中にのだめを見失うのだった。


やった!風船一番乗り!
ピエロの配る黄色い風船を子供をかきわけゲットするのだめ。
ピエロは帽子を脱ぎ、東洋人に向けるがチップの習慣のない日本人。当然無視である。

「千秋せんぱー・・・あ、あれ?」

振り返ったのだめは懐かしい黒髪を見つけられなかった・・・。


シンディの叔母の家に着き、一通り歓迎パーティーを受け、みな一様に酔っ払っていた。
ただ一人、黒木を除いて。
いまいち洋酒では酔えない黒木は酔いつぶれた友人たちを尻目に、暗い気持ちを抱え、
頭を冷やすために外に出ることにした。

「さむ・・・」

自分の白い息をみつめ、つぶやく。
一体僕はここで何をしてるんだろう・・・
寒さに耐えかね、来た道を戻ろうとする黒木の前にうなだれて歩く一人の少女。

「・・・・・・・・・」
「う・・・う・・・じあきぜんばい・・・」
「・・・?恵ちゃん・・・?」

なわけないか・・・酔ってるのかな。

「ぎゃぶーーーーーー!ダンケシェーン!!くろきん!!」

間違いでは無かった。2年ぶりの再会が、こんな日本の裏側だったなんて・・・

僕を見つけた彼女は一目散に飛び込んできた。
よほど長い間さまよっていたのだろうか。
頭をなでると、その髪は冷たく触れ、その体は小刻みに震えていた。

「だ、大丈夫・・・?恵ちゃん・・だよね?」
「う・・う・・・ダイジョブ・・・のだめ、一人でこんな
知らないとこで・・うっ・・どしていいかわかんなくてっ・・」

やっぱり本物だ。
なんでここにいるのかは分からないけど、とにかくこの冷え切った
体を暖めなきゃ・・・。

黒木は泣き止まないのだめを促し、シンディーのおばの家へと再び
戻っていった。

「あは!クロキー、どこでそんな少女買ってきちゃったのぉ?」

家に入り居間を抜けようとした時に酔っ払った友人たちに
下品なジョークを飛ばされながらも反論することもなく
のだめを客室に通し、紅茶を入れる。
ポットがしゅんしゅんと湧き上がる湯気を見つめ、この非現実な事tuduki実に
とまどっていた。

「ヨーロッパ・・・来てたんだ・・千秋君の噂は聞いてたけど、まさか
恵ちゃんまで連れてきてるなんて思わなかった・・・
あ、でもひょっとして恵ちゃん、一人で観光旅行してたり・・なわけないか・・」
「…何をぶつぶつ言ってるの」
「わぁっっ!」

一人あーでもないこーでもないと悩む黒木の後ろに目の据わったシンディーが立っていた。

「な、なにって色々と・・・」
「クロキ、さっきの子・・・本当に拾ってきちゃったの?」
「ち、違うよ。ただの友達・・・それで、こっちで困ってるみたいだから
とりあえず、今晩泊めてもらっていいかな。
って言ってももう客室に勝手に通しちゃったんだけど・・・」
「そりゃあ構わないわよ。どうせ今夜はみんな酔ってて訳わかんないわ。
部屋も余ってるしね。
ただ、いつもなんか思い悩んでるクロキが家に入ってくるなり
真っ赤な顔して小さな女の子連れてくるんだもん、びっくりしたわよ。」

小さな女の子・・・
含み笑いをするシンディーに何か誤解されてるような気もするけど
とりあえず彼女の元に行きたかった黒木は、ありがとう、と小さくつぶやき
カップを手に客室への階段を上がっていった。

ノックを二回。
中からの返事は無い。

「恵ちゃん・・・入るよ?」

ガチャリと音を立ててドアを開けると、膝を抱いて、恵はまだ泣いていた。
暖炉の赤さに照らされて泣いている彼女は本当に子供のようで、こんな状況なのについ微笑んでしまう。

「恵ちゃん、そろそろ泣きやんで話してみて。多分力になれるから。」
「はい・・・」

顔を上げた恵にティーカップを渡し、黒木はそっと彼女の横に腰掛けた。

「千秋先輩と、一緒に来てたんですけど、先輩・・・迷子になっちゃって・・・
で・・・探してたらこんな時間になっちゃったから・・・うっ・・・
お金も無いしどしていいかわかんなかったんです。人も誰も歩いてないし・・・」
「うーん・・・千秋君とはぐれたってことはさ、今頃向こうも恵ちゃんのこと探してるんじゃないかな。
泊まる予定だったホテルとかは?携帯とかは持ってないの?」

恵はふるふると首を横に振る。

・・・・・弱った。
とりあえず連れ帰ってきたものの、保護者と連絡手段が無いのでは正直どうしていいか分からない。

「有名どころのホテルを一個一個当たるしかないか・・・電話帳取ってくるよ」
「あ、待ってください!確か、スパで有名なホテルかもしれません。
先輩、当日までのお楽しみって、名前教えてくれなかったけど、のだめがずっと
そこがいいって言ってたからひょっとしてそこかも!」
「スパで有名って、エクリンスターホテルか・・・セレブ御用達の」
「そなんですか?あー、確か星のマークはあった気がします!」

「・・・恵ちゃん・・・」

電話帳を取りに立ち上がりドアに手をかけていた黒木は、再び彼女の傍に膝立ちになった。

「ピアノは・・・続けてるの?」
「えっと、いちお頑張ってますよ。フランスの音楽院に受かって・・
急にどうしたんですか?そんな怖い顔・・・」
「いや、別に・・・電話かけてくるよ。もし千秋君がまだホテルにいなくても
ここの電話番号にかけるように伝言残しとくから」
「あ、そか。ありがとうございマス。」

のだめは笑顔で応えた。
つい先ほどまで、知らない土地でどうしていいか途方に暮れていたのだめは
おもわぬ再会で、危機から救われつつあった。
黒木の心に渦巻いている思いを知る由も無かったのだった。


くっそー・・・あいつどこ行ったんだ・・・

道行く人に、のだめの風貌を伝え、手がかりを得ようとしてた千秋は
その頃、段々と暗くなっていく町並み、同時に少なくなってゆく人影に
のだめと同じように途方に暮れていた。

「すいません、この辺で日本人で、小学生ぐらいの女の子歩いてませんでしたか?
髪はこれくらいで・・・」
「知らない」

まばらになっていく人影に、一人一人声をかけても
もうここでは情報が得られないだろうと千秋は半ばあきらめつつあった。
疲労はピークだった。
焦りと不安が千秋の中に広がっていき、最悪の予想までしてしまいそうだ。
最初のような安易に見つかるという期待は消えうせ、オスロ警察へ歩みを進めたのだった。

「電話・・・こないデスね・・・」

3杯目の紅茶を飲み干し、のだめは隣に座る黒木に話しかけた。
暖炉からはパチパチと薪がはじける音がし、二人を赤く照らしていた。

「心配?」
「ぎゃぼ!そりゃそうデスよ。先輩あぁ見えて結構抜けてるから・・・。」
「そうなの…?僕の中の千秋君はきっちりしてるイメージなんだけど…志が高くて自分に厳しいから」
「そいうカズオ度の高さでたまに損してマスよねー」
「カズオ…?よくわかんないけど、でもこっちでしっかり実績作ってるとこなんかは
尊敬に値するよ。僕なんかこっちに来てはみたものの、成長してる実感もないし…。
恵ちゃんだって大学院受かって着実に夢追いかけてて…正直うらやましいな…」
「そんなことないですよ!のだめだって先生に赤ちゃん扱いされて、色々悩んでますよ…
だから黒木君も自分だけなんて思わないでくだサイ。
そだ!パリに遊びに来てくださいよー。三人でエッフェル塔見にいきましょう!」

自分だって今大変な状況なのに、一生懸命言葉を選んで励ましてくれる。
また、つい誰にでもネガティブな部分を吐露してしまう己の弱さに嫌気がさしつつも
黒木はのだめに対して暖かな優しさを感じた。

「恵ちゃん・・・」
「オペラ座もありますよ!」

誰かに甘えたかった。誰かに認めてもらいたかった。
そして、そんな自分に両方を許してくれるかつての思い人が自分の左隣にいる。
黒木は左手で彼女の腰を抱き寄せ、そのまま彼女の言葉を遮り荒々しく

唇を重ねた。

・・・そっと彼女から離れると、のだめは目を大きく見開いて微動だにしなかった。

「恵ちゃん…?ご、ごめん!つい…」

焦ってなんとか言い訳をする黒木に焦点を合わせることもなく、
のだめの瞬きも忘れた瞳から大粒の涙がほろほろと流れ落ちた。

「なんで…そんなことするんデスか…?」
「なんでって…………ごめん!ほんとに魔が差した…じゃなくて、あの、なんていうか…」
「魔……?」

やめてくれ…

「ついキスしたんですか…?」

僕を否定しないでくれ…

「のだめ、千秋先輩のことだけ…」

歪んだ愛情の源は千秋君へのコンプレックスだったのかもしれない…
それでも僕は…

「恵ちゃん………っごめん!」
「やだ…やめ……っ!」

何か糸が切れたようだった。

指揮者として確実に実績を積み重ねてる千秋君。
ピアニストとして一歩一歩進んでいる恵ちゃん。
二人は恋人同士で、バカンスをリッチなホテルで過ごす…。
それに比べて僕は…。

嫉妬と羨望と愛しさが滅茶苦茶だ。
こんな事をして、日本での居場所さえ失う事になるかもしれないのに…。
反対に、彼女なら許してくれるかもしれないというずるい考えもあった。

そんな事を考えながら本能的に彼女を押し倒してしまった。
両手を床に押さえ込んで彼女の表情を伺おうとするが
顔を背けてしまってよく見えない。
彼女の手首を通じて、僕のものか恵ちゃんのものかどちらかわからない
小刻みな震えが伝わってきた。

「おねがい…やめて…!やめてください!」

泣きながら僕をにらんできた彼女に再び唇をそっと重ね、吐息のかかる
距離で、ごめん、と小さくつぶやき、彼女の首筋に唇を寄せた。
押さえ込んだ手首から痛いくらいの反発を感じていたが、次第にそれも弱々しくなる。
聞こえるのはすすり泣く声と薪がはじける音だけだ。

彼女の左手の戒めを解いて、そのまま彼女の胸を服越しに触ると、ビクっと体が一瞬はねた。
それは快感から来るものでは無く恐怖から来ているとは分かっていても
今の僕を興奮させるのには十分だ。
今度は右手をワンピースの裾から滑り込ませ、彼女の右足を撫ぜる。
そして、その手で厚手のタイツを半ば強引に引っ張った。

「だめ…ちょっほんとにやめてください…!黒木君…!やだ…」

茫然自失だった彼女も下半身を露にする行為に再度抵抗する。
体を起こし、なんとか黒木の手を押さえようとする。
しかし、その抵抗も空しく、彼女の足は暖炉の赤さに照らされ、同時に
スカートはめくれ臍までむき出しになっている状態だ。

「やだ……」

必死になってスカートを元の位置に戻そうとする彼女に、再び覆いかぶさろうとしたその瞬間
のだめは黒木の頭をその胸に抱きしめた。

「え……恵ちゃん……!?」
「よしよし」
「……!」

そのまま優しく頭を撫でられ、黒木は次の行動が取れずにのだめに身を任せている。
柔らかくて、なんて暖かいんだろう…

どれくらいの時間そうしていただろうか…
ただのだめは黒木を抱きしめ頭を撫で続けるのだった。

「あの…恵ちゃん…」
「落ち着きましたカー?」

のだめはそっと微笑んで黒木の顔をのぞきこんだ。

「……怒らないの……?」

のだめは優しく首を横に振る。

「黒木君の方が…いっぱい傷ついてるから…」

そして、再度黒木を抱きしめ背中を撫でるのだった。


オスロ警察についた千秋は警察官に事情を説明した後
とりあえずチェックインが遅れる旨を伝える為、手帳に書き記した
エクリンスターホテルの番号をプッシュした。

「あの、今日予約していたチアキですが…」
「シンイチチアキ様ですか?伝言をお預かりしております…
キロキ様からです---------」

キロキ?そいつの家にいるのか…?
とりあえず無事で良かったが、あいつノルウェーでもう知り合いが出来たのか…?
全くあいつのことだからきっと変人なんだろうな…

今のだめがかつてのライバル黒木と抱き合っていることなど創造だにせず
安堵のため息と共に間抜けなことを考えつつ、今度はシンディーの家の番号をプッシュしている千秋だった。

静かにのだめに身をまかせ、子供のように甘えていた黒木の耳に、静寂を切り裂くように電話のベルが響く。

「あ…千秋先輩かも…」

黒木を抱きしめながら、のだめの声は弾む。
恐らくその推測が当たっているだろうと二人とも感じてはいたが
どちらともなんだか動けずにいた。
電話のベルが止む…と同時に階下からシンディーの大声が聞こえる。

「ちょっとクロキー!男から電話だけどー!私英語話せないのよー!
多分あなたにだと思うんだけどー!」

「恵ちゃん………出るよ」
「あ!はい!私も英語喋れませんからおねがいしマス!」
「いや、千秋君相手なんだから日本語でいいんじゃないかな」
「あ、そか…」

なんだか照れてしまってお互いの顔が見られない。
黒木は自分の赤い顔を隠すように客室を出て、電話に向かった。

『Excuse me.So…』
「千秋君、僕だよ。黒木です。」
『はぁ………え!黒木君!?なんでこっちに…?のだめは!?』
「お、お、落ち着いてよ千秋君。彼女なら無事だから……あ、今代わるよ」

階段の途中から心配そうに見下ろしていたのだめだが、黒木のアイコンタクトを察して
ダッシュで受話器に向かってくる。

「先輩!!もー!何してたんですか〜!いい年して迷子なんて…のだめ探したんですヨー!」
『な……!お前なぁ……!………まぁその、なんだ事情は会って聞くから
とりあえずそこの住所を言え!』

おおはしゃぎののだめの背中を見ながら、黒木はこれで良かったんだと思った
同時にのだめに対する感謝の気持ちが溢れてやまなかった。

恵ちゃんだったから、間違いを犯さずに済んだ…
こんな弱い、今にも挫けそうな僕を癒してくれた…
それだけで十分だ…

「20分くらいで着くそうです!!」

受話器を置いたのだめは満面の笑みで振り返る。

「そう、良かったね。それと……本当にごめん…ありがとう…」
「なに言ってるんですか!(千秋先輩と)同じ釜のR★Sオケじゃないですか!!」
「…?う、うんそうだね…でもほんとにありがとう」

そう言って黒木はのだめを力強く抱きしめた。
これで、最後だ。
恵ちゃんへの思いを完全に断ち切り、明日からはもっと自分を信じてあげよう。
今日恵ちゃんの腕の中で生まれ変われたような気がするから…!

その後、迎えに来た千秋と黒木はしばしの再会を喜び合ったが、なにせ誰もが疲れ果てていた。
ゆっくりとした時間を過ごすことも無く、のだめと千秋はやっとの思いで
ホテルにチェックインできたのだった。

「おい…反省会だ…」

千秋はぐったりと体をソファに預け、ため息をつきながらのだめに向かって声を掛ける。

「な、何がですか?のだめ地中海スパに行ってきますよ…無事に再会できて良かったです。
それじゃあ、先に寝てていいので…」
「おい、なぜ目を逸らす…?」

そう言いながらのだめの右肩を掴み、こっちを向かせようとした千秋は
彼女の首筋に赤く残る印を見つけた。

「…ていうか、なぜ素足にブーツ…?」

首筋から足元に視線を移した千秋の中に、疑惑は広がるばかりだ。

「お前…まさか…」
「な、何ですか…」
「黒木君と……」

威圧感を持って見下ろしてくる千秋に二の句を告げないのだめだったが
今日の事は千秋には絶対言ってはいけない事だった。
言ったら、黒木君の名誉を傷つけてしまうから。

「まぁいいや。言いたくなったら言え。俺…今日は疲れたから寝るよ。
誰かさんのせいで…全く」

何かを察したかのように、急に追求をやめ、ベッドに身を預けた千秋。
その優しさに、のだめは涙が出そうになる。
思わずその背中に寄り添った。

「千秋先輩…今日…心配してくれました…?」
「全然」




数日後

オーストリアの市民オケの練習場。
ひと際華やかなオーボエの音色を響かせている黒木がいた。
その色は以前のような灰色でも、日本にいる時のようなピンクでもなく
未来への希望を感じさせるような虹色の音色だった。






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