千秋カンタービレ
千秋真一×エリーゼ


「あら千秋、お勉強?」
「…ブホッ」

千秋真一は、呼ばれて顔を上げると同時に頬を染め吹き出した。

「なんて格好してるんですかエリーゼ!」

言いつつ、あからさまに不自然な様子で目を逸らす。
エリーゼは千秋の向かいの椅子に腰掛けると、その長い足を組んだ。
裾から伸びた長く細い脚は、華奢なミュール以外何も身につけていない素足。
それに気づいた千秋は、ますます目のやり場に困る。

「あら、あなたこそなんて格好してるのよ」

長い金髪がそよ風と戯れるようになびき、美しく光を反射する。
いつもかけているメガネはコンタクトに変えているようで、
およそ普段のエリーゼとは印象がかけ離れていた。
そして、イメージを狂わせる要因の中で最も大きいものが、その服装。
エリーゼは水着にパレオといういでたちだった。
2/3のカップからは、たわわなバストがまるで窮屈だと悲鳴をあげるようにあふれ、
わずかな布で繋ぎとめられている中心部分は、くっきりと深い双丘の谷間を惜しげもなく披露していた。

……メロン…………?
一瞬呆けてあの大きな丸い果物を二つ想像するが、違う違うと首をぶんぶんと横に振った。
…勿論、心の中で。

外人らしいしっかりした骨格には無駄な肉がなく、大作りだが華奢な肩口から、
くっきりと浮く鎖骨、対比するようにボリュームのある重そうなバストへのラインは絶妙だ。

「開襟シャツに黒ズボン。一体ここをどこだと思ってるの?
いい?千秋。ここは避暑地、白い階段を降りれば彼方まで続く碧い海!」

エリーゼは、伸びやかな腕をベランダから望める景色に広げ、芝居がかった声でその絶景を賞賛する。

「きらめく波間から繰り出される繊細かつ大胆なくだりは、
かのウィーンフィルにも奏でられないほど鮮烈にして魅惑のメロディ。
鮮やかな日差しがフルートのアパッショナートに例えられるとするならば、
プライベートビーチにセットされたパラソルが生む影はファゴットの心地よいカンタービレ。
あなたは青さに任せて気の赴くままに、その若い時間を奏でるべきなんじゃなくて?」
「…………。」

饒舌に語られ、千秋はしばし頭をかかえる。
これはもう、泳げないんだよ、とか毒づく程度の問題じゃない。なんなんだこの人は。
エリーゼが身振り手振りを示すたびに、その大胆な両胸は、たわわに揺れる。

「…暑さで頭がおかしくなったんですか、エリーゼ」

するとエリーゼは、今度は急におとなしくなり、得意気に千秋を見下ろしてみせた。

「なぜ海に出ないの?」

千秋はふーっと息をつきながら、問いかけるエリーゼに向き直った。

「…別に、海が嫌いな人間がいたっておかしくないでしょう」
「あなたのお友達は皆、はしゃぎまわって海で遊んでるわよ」
「友達じゃありませんから」
「千秋の彼女、あの意外にバストの大きい…
「彼女じゃありません!」

エリーゼが言い終わるより早く千秋は声を上げ、瞬間、しまったと冷や汗を流した。
彼女のテンポに乗せられた。
そう気づいた時にはもう遅かった。

「…彼女じゃない割には、誰のことかすぐわかったようねぇ〜?」

エリーゼはふふんと微笑を浮かべる。
ぐ…っと言葉に詰まる千秋。

「しかも、彼女でもなんでもない女の子のバストのこと、よく知ってるようねぇ?ん?千秋」

確かに。
シュトレーゼマンのこの別荘(いつこんなもの買ったんだ)に臨海学校だ!と称して
遊びにきているのは、のだめ、峰、清良、真澄、…そして強制連行させられた千秋の5人。
峰と真澄は置いておくとして、清良はスタイルは良いがどちらかと言うとスレンダーなので、
胸もさほど無いような具合が一目瞭然。
エリーゼは、まだ千秋たち全員の関係をよく知るはずがない。

“バストが大きい”という言葉で、エリーゼがのだめを指していると察してしまった千秋の読みは、
皮肉にも失敗だったのだ。
しかし千秋はそんな動揺を見せず、普段より饒舌なエリーゼをよく観察した。

「……酔ってますね?」

千秋が確信を持って言うと、なんの事?というようにエリーゼはとぼけてみせた。

「そんな状態で海に入るのは危険ですよ」

千秋が冷静に諭すと、エリーゼはまた余裕の笑みを零した。

「酔い覚まししてるところよ。暑いから先に着替えちゃったけどね」
「…熱いのは酔ってる証拠でしょう……」

千秋は話題を逸らすように言うが、しかし本気で呆れてもいた。
通常の相手なら、この程度で会話の主導権を自分に持っていけるはずだった。
しかし。

「…で、質問の答えは?坊や」

エリーゼは見逃してはくれなかった。

千秋は深いため息をついて、観念する。

「…そんなの、服着てたって誰にでも予想つくことじゃないですか。
まあ、総じて男性の方が目がいきやすい箇所だということは否定しませんけど」
「…サイズはいくつくらいなのかしらね?」

エリーゼは、まるで幼い弟や未熟な後輩をからかうように、千秋の顔を覗き込んで意地悪く微笑んだ。
両肘をテーブルにつき、掌に頬を宛てて、挑発するように首をかしげる。

…勿論、彼女の両肘に挟まれた胸は、彼女の意思とは関係なく、
居場所を狭められて、きゅうきゅうに前へと張りつめる。

…ああ、水着って結構頑丈なんだな。今にも、はちきれそうじゃないか。
千秋は、思わず釘付けになってしまい、再び慌てて目を逸らす。

…馬鹿だな、オレ様としたことが、今更何こんなことで慌てているんだか…。
と、思いつつも、やはりそれは、実際間近で目にするととんでもなく魅力的な代物なのだ。
かの鈴木姉妹もかなりの…だったが、なんといっても迫力が違いすぎる。

「そこまでは、はっきりとなんてわかりませんよ」
「…っていうことは、大体ならわかるの?」

…くっ……。
その頃には、このエリーゼという美人秘書が、自分よりも何枚も上手だということに気づく。
今更だが。
シュトレーゼマンさえ萎縮するほどの敏腕(豪腕?)秘書なのだから容易に予想はできていたが、
それでも自分が誰かに負けるという想像はしたことがなかったのだ。
千秋は言葉に詰まったまま、返答を返せない。

「私のこの胸……」

エリーゼはなんと、千秋の頬に手を宛てて自分に向かせると、ことさらに胸を強調してみせた。

ぷるるん、なんてもんじゃない。
ぶるん、という擬音が聞こえる錯覚に陥るほど、それは、たわわに揺れた。

「これで、Gよ。…ふふっ、サイズ的には案外小さいでしょう」

…おい、この女とんでもないこと言ってるぞ。
これで小さいっていうのは、世の大部分の女性の人権を否定することになるんじゃないのか?

「これを基準にするといいわ。さあ千秋、彼女の胸のサイズは?」

エリーゼは、どう見ても自分をからかっているだけだ。千秋にはわかっていた。
女というものは、気に入った男には、
積極的に恋愛やら女性特有の話題やらを口にしたがる傾向にあるものだ。
それは、いわば、恋とも呼べない、ただの面白い会話遊びのようなもので。
相手の性を意識する場合もあれば、そうでない、日常会話の延長のつもりの場合もあるだろう。

…無用心な話だが。
この場合のエリーゼは、間違いなく後者だった。
自分の上司の可愛い弟子、しかも年下で才能が有りマスクもそれなりとなれば、
からかいたいのも仕方のないことだろう。千秋はそう思った。
自分で才能があるとかカッコいいことを当たり前のように認識しているところが、
千秋の千秋であるゆえんだが。

…どうやらエリーゼは、まだ千秋というオモチャをからかい足りないらしい。
千秋はため息をつくと、考えるまでもなく答えた。

「…多分、C…いや、Dくらいだと思いますけど」
「へぇ。その根拠は?」

…くっそ、この女……。

「あなたの胸とは比べ物にならないけど、平均より大きめのは確か。
となればDくらいが適当でしょう」
「ふうん」

エリーゼはテーブルから身を起こして、腕を組んだ。

…あぁ、さっきよりも谷間がくっきりと。ここはどこだ。六本木か。何のサービスだ。セクハラじゃないのか…

「本当に、憶測って感じの答え方ね。触ってれば確信持ってわかってるでしょうに」

…何を、とんでもないこと言ってるんだこの人は。

「だから、俺はのだめとは何でもないって言ってるでしょう」

千秋は呆れたようにため息をついた。
しかしその表情に、先ほどは見られなかった僅かな動揺があるのをエリーゼは見逃さなかった。

「下着にサイズが書いてあるでしょ?」
「そんなの見られるわけがないでしょう!」

…おいおい、話が変な方向にいってるぞ。
千秋はだんだんと焦り始めるが、どうも調子がつかめない。
どうしても、エリーゼから逃げられないのだ。

「そう」

…エリーゼは拗ねたように答えると、テーブルの上に広げられたスコア(総譜)に目を落とした。

「サロメ?」
「えぇ。この間、面白い演奏しているところがあったから、気になって」
「千秋が気になるなんて、どこのオケ?」

千秋は首を横に振った。

…やっと普通の会話になったぞ。

「いや、ただの一般大学の学生オケですよ。
技術的にはそれほどでもないんだけど、音が、いやに綺麗だったんです。
…ああいう音ってどうやって作り出すんだろう。
弦楽器のビブラートが妖艶で、でも決して管楽器を埋もらせない。
管楽器は、はっきりと個性の違う音色なのに、上品…いや、上品というよりも妖しく絡まりあって、
まるでオケ全体が一つの楽器であるかのようにまとめあげられた、
繊細なビロードのようにブレンドされたサウンド……」

千秋はその演奏を思い出して、恍惚と語る。
そんな千秋の様子を、エリーゼは興味深そうに見入る。

「ビオラとチェロの、低音でも高音でもない微妙な音域で奏でられるあの魅惑的なメロディ。
指揮者は一人一人の音色をからめとって、まるで魔法のように混ぜ合わせて……」

そこで千秋は、エリーゼが不敵な笑みをこぼしていることに気づいた。

「な…なんですか、その目。いや、でもそうだ、あのメロディは、多分あなたみたいな目をして、
ヨカナーンの首を求めて扇情的に踊っていたにちがいない……」

千秋は、エリーゼに釘付けになってしまった。
不敵に微笑むエリーゼ。
目を細め、ふっくらとした唇は微笑みの形に薄く開かれ。
華奢な首、肩、すらりと伸びた腕。
たっぷりと余りあるたわわな胸は、まるで誘うかのように薄い布で申し訳程度に包み隠されているだけ。
テーブルの下からはみ出している脚は、白く、程よい肉付きによって彩られ、おいしそうに組まれている。

…おいしそうに?!
千秋は頭を抱えた。

「…冗談がすぎますよ、エリーゼ。…もう……」
「あら心外ね。私何もしてないわよ?
ふふっ、若いっていいわね。想像力が豊かで」
「…………。」

またしても墓穴を掘ったような、しかしやはりエリーゼに翻弄されたような、
面白くなさそうな表情で黙りこむ千秋。
敵わない年上の女性に甘えるようなその様子に、エリーゼは笑い声をあげてしまった。

「悪かったわね、からかいすぎちゃったかしら?」

千秋は、そっぽを向いて、拗ねたような表情をする。

「お姉さんが悪かったってば」

エリーゼはそんな千秋の頭をくしゃくしゃと撫で、その手を千秋の頬にすべらせた。
思わず、微かに身じろぎしてしまう千秋。…予想はついていたのに、だ。
エリーゼはそのまま、指先を千秋の身体に添わせていく。首筋…肩…腕…そして、指先。

「…ピアニストの手、ね」

エリーゼは千秋の指先を取ると、その1本1本に軽く触れながら、感心したようにささやいた。
千秋の肌は男性にしてはキメ細やかだというのに、造りは完全に男性のそれだった。
堅く、無骨な骨格。大きな掌。
根本的に女性とは異なった、男性特有の、エロチシズムを感じさせる長い指。

「…オレは指揮者になりたいんですけどね」

ふふふっと笑い、そうね、と答えるエリーゼ。

…エリーゼのようなタイプの人は初めてだ。
千秋は、自分の指先を興味深そうに手に取るエリーゼを見ながら思った。
千秋は大抵のことに長けていたから、年齢に関係なく、
自分がこうも簡単にあしらわれるような体験に乏しかった。
多くは、対峙するまでもなく、千秋を別格に見ていたから。
そう、大学において影で「オレ様千秋様」と呼ばれるように。
そして、自らもまたそんな自身をどこか認めていて、自信にさえしていた部分がある。

…でも。
千秋は思った。こういう状況も案外悪くないもんだな、と。

エリーゼは相変わらず飽きもせず、千秋の指先を弄んでいる。
彼女の指先はしっとりと滑らかに整えられていて、
仕事に差し障りがないようにするためか短めに揃えられた爪は、
慈悲深いベージュに彩られて光沢を放っていた。
華奢な白い指先が、千秋の右手を優しく包み込み、懐柔する。
手首から甲を伝い、指が分岐する山になった関節をこりこりと押し揉まれる。
そのまま指先までつっと撫でると、爪の縁をゆっくりとなぞる。
指先は、ソフトに。演奏者である千秋をねぎらうかの如く、上下から挟んで、柔らかく。
それはマッサージにも似て、知らず知らずの内に千秋の心をほぐしていた。
しかしあえて言うなら、油断、にほかならなかった。

「どう、千秋。気持ち良い?」
「えぇ、まあ。でも、そんな触り方しないでくださいよ。
…なんだか、いつも受けるマッサージとはちょっと違う」

それもそのはずだ。
エリーゼはなにもマッサージをするつもりで触れているのではなく、
千秋の指先を、千秋のモノに見立てて愛撫していたのだから。
だから千秋が、心地良さと共に徐々に高まりを伴う快感に支配されていくであろうことは、
エリーゼの思惑通りだった。

「…エリーゼってば。もう、やめてください。なんだか、おかしい……」

エリーゼがさわさわと指先を撫で回すたびに、何故だか面妖な感覚を覚える千秋。
やめろと言う割には自ら手を引っ込める様子は全くなく、
いつしか椅子の背もたれに深く身体を沈め、両足は少し開かれ、
膝はだらしなく外側に向けられていた。

「…千秋は、オクテなのね」
「…え?今何…」

エリーゼは、千秋の指の又を魅惑的になぞる。

「…ッ………。」

千秋は僅かに顔を歪ませた。

指の又は、手の中で最も皮膚の薄い、柔らかい部分。
そして、意識しない限り触れない部分。その不意打ちは、千秋にとってあまりに酷だった。
その部分に触れられた感触は、自身のモノを舐め取られる快感にも似ていて。
千秋は、抵抗する術もなく、快楽に引きずり込まれた。
エリーゼは、その反応を見て、待ってましたとばかりに微笑んだ。
千秋は逆らえない。
振り切って席を立とうとすれば、いつでもできたのに。
エリーゼは、再び柔らかな指先で、そこをまさぐった。

「エリー…ゼッ…やめてください……」

前言撤回。この状況は、多分非常に、マズイ。
しかし、エリーゼは手を休めるはずもない。

「やめて欲しいの?」

またしても、エリーゼはからかうように問いかける。もう勘弁してくれ。

「…やめて、欲しい……」

どうつくろっても、弱々しくなってしまう、掠れた声。
千秋が伺うように上目遣いでエリーゼを見ると、彼女はこの上なく甘く、優しく微笑んでいた。
背後の森から流れてくる涼しげな風や、さわさわ…という微かなざわめきが、
千秋を更に心地良くさせた。
海に降りるみんなの誘いを必死に断って。
MDから流れる妖艶な響きに身を任せながらパート譜の1段1段を追い、
スコアを1ページずつめくり、書き込みを施す。
鼻歌だって出ていたかもしれない。
そんな風に至福の時を過ごしていたはずなのに。

…あぁ、オレには今何が起こっているんだ…?

「じゃあ何で逃げないの?」

エリーゼは2本の指で千秋の繊細でありながら鍛えられた無骨な指をつまみ上げ、
つつ…と先端まで辿った。
千秋は、片目だけを細め、唇をぐっとひきしめた。

…指の皮膚って、こんなにも薄かったのか……?

「…ピアニストは、指は弱いのかしら」

エリーゼは、試すようにからかうように微笑んだ。
しかし、もう千秋はそんなエリーゼの表情を探ることができなくなっていたから。
なぜなら彼は、エリーゼを直視することができないから。
けれど、俯き加減の千秋の表情は、
明らかに非日常の事態が引き起こされていることを物語っている。

「逃げたければ、逃げればいいんじゃない?」

エリーゼはそう言うと、千秋の手を持ち上げた。
そして、エリーゼのそのふっくらとした唇へ。

「エリーゼ……何を……」

熱に浮かされたような焦点の合わない目で千秋がその動きを追うと、エリーゼはゆっくりと舌を出し…

「…ッう、く、…んぅぁ……」

千秋の指の又、先ほど千秋が最も顕著な反応を見せた箇所をぺろりと舐め取った。

「…あ、ダメ、エリー……」

千秋の指の又でゆっくりと何往復も舌を這わせる。
その度に上がる、千秋の切ない呻き。
まるで拷問のように永い間そこをいたぶったかと思うと、唇で食むように、指先を辿る。
勿論舌先も交えながら。

「やめてくだ、さい、エリー…ゼ、ダメ、あぁ、それ以上、…ぁ、ダ……」

行き着く先は、爪の生え際。
チロチロと、舌先を器用震えさせながら、爪の縁を辿ってゆく。
そして、まるでエリーゼの舌先に合わせるかのように、千秋の身体も時折震える。

「……ん、く……ぁ……」

千秋は、熱に浮かされたように顔をしかめ、目を瞑ってその愛撫に耐えていた。
腰が。僅かに前後に動いていることも気づかずに。

「…う、あ、エリーゼ、も……」

もっと。
喉元まで出かけて、千秋はハッと口をつぐんだ。
身体の震えも止まり、同時に、身体の血管という血管が激しく脈打っていることに気づいた。

…オレは、今、何を……。






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