呼んだらだめ
千秋真一×野田恵


「せ…真一くん、今日は『のだめ』って呼んだらだめデスヨ。罰金デス!」
「えっ?なんでまた急に…」
「だって…ふたりだけで過ごす時は、名前で呼んでほしいから…」

そんなやりとりから始まった久々の休日。
オレの仕事が長引いて昨日の夜は一緒に過ごせず、珍しく朝から待ち合わせた。メトロの駅に現れたのだめと軽いキスを交わす。
で、いきなりのお願いがこれだ。いつもながら読めない奴。

「じゃあお前は、自分のことなんて言うんだよ。いつも『のだめ』って言ってるくせに」
「ち、ちゃんと『わたし』って言いマス!だって、の…わたし、もう24だし、いつまでも自分のこと名前で呼ぶなんて子どもみたいだし…真一くんのことも名前で呼びマスから」

(なんだなんだ?大人宣言か?)

ちょっと面食らったが、どうなるか面白そうだ。

「わかったよ。それで、の…恵は今日、どこに行きたいの?」
「え、えっと、モンマルトルのサクレクールと、凱旋門と、コンコルド広場と、モンパルナスタワーと、チュイルリー公園と、あっそれと、バトームーシュも乗ってみたいデス!」
「…盛り沢山だな…全部回れるかどうかわからないぞ」
「でも、わたしまだパリの街をちゃんと知らないんデス。案内してくだサイ!」

抱き寄せて耳元でささやく。

「でも夜は、オレの部屋に来いよ」

耳まで赤くなる姿もかわいい。今すぐにでも連れて行きたいほど。
でもまずは、ひと筆描きのパリめぐり。こういう日もいいかもな。

ターニャにこないだ、言われちゃった。

「いつまでも子どもっぽいままじゃ、千秋もかわいそうよね。
そろそろ『のだめ』って言い方、卒業したらどうなの?」

たしかに『先輩』と『のだめ』じゃ、遠い関係のままみたいで。
ほんとは違うのに。真一くんが「大人の女」にしてくれたのに…
だから今日は、『わたし』って使ってみよう。ちょっと背伸びでも。
真一くん、びっくりするだろうな。少しは大人扱いしてくれるかな。

+++

『のだめ』禁止ルールを守るのは、けっこう難しい。
だけど…なんだか新鮮だ。『恵』と呼ぶのも、『真一くん』と呼ばれるのも、
ガラにもなく胸の奥がこそばゆい。
『わたし』と言うのだめの妙な擬音は相変わらずだが、それも普段より
少ない目だ。何か思うところがあったのか。
オレにとっては呼び方はどうでも、のだめはのだめだ。でも、
そんなたわいないことに懸命になる姿が、いじらしく、可愛くて…
のだめとつないでいない方の手で、ほほに手を伸ばす。

「し、真一くん?どしたんデスカ…?」
「冷たくなってる。寒いんじゃないのか?そろそろ帰ろうか」
「…そデスネ。お部屋で、あっためてくだサイ…」

ああ、たっぷりとな。

+++

久しぶりの、真一くんの手料理。やっぱりおいしい。
食べながら、いつ切り出そうか考えてた。
今日の、もうひとつのお願い。ちょっと恥ずかしいけど…
真一くんに愛してもらえるのは、言葉にできないくらいうれしい。
でも、いつも嵐みたいに激しくて…自分が自分でなくなるみたい。
もっと、わたしを味わってほしい。真一くんにも、もっと気持ちよく
なってほしい。だから、だから…

「今夜はゆっくりで、おねがいしマス…」
「?」

ベッドで最初の口づけの後、また読めない発言だ。

「いつものが、早すぎるってこと?」
「そうじゃなくて…すごく激しくて、ときどき意識が飛んじゃうし…
わたしも、もっと落ち着いて真一くんを受けとめたいンデス。
それに、ゆっくりしても、すごく感じ合えるっていうし…」
「…だれが言ってたんだ、そんなこと」
「か、風のうわさで…」

また、ターニャに吹き込まれたのか?まあいい。お前が望むなら…
ゆっくりと、愛し合う。
そうだな、焦ることなんてないんだ。

+++

口づけて舌を絡ませる。息苦しいほど丁寧なキス。
彼女の耳たぶと首筋を舐めるように味わい、胸にそっと唇をつける。
もうすでに呼吸が速い。
静かに唇を滑らせ、先端を口に含む。蕾はすっかりふくらんでいる。
一方の胸に手を這わせて弾力を楽しみながら、唇と舌で蕾を味わう。
舐め上げ、転がし、吸い付き、ちょっと甘噛みも…
彼女の胸が大きく上下する。大丈夫だよ、走らないから。

「…このぐらいで、どう…」
「だいじょうぶ…気持ちいい…」
「じゃあ、ここは…?」
「ああっ…だめ…しんいちくん、ゆっくり…おねがい…」

荒い息でささやく彼女は、オレの髪や耳や首筋を細い指でまさぐり続ける。
いつもは意識したことのないその動きに、思わず感じてしまう。
ふたつの蕾をたっぷり味わった後、唇を少しずつ滑らせていく。
さっき指で確かめた彼女の中心は、すっかり濡れそぼっていた。
腋の下や胸に指を這わせながら、その場所へと唇で道をたどる。
そこはすっかり潤って色づき、オレを誘っていた。
今すぐにつながりたいほど。だが、その前に…

そっと舌を当て、いつもより緩やかなリズムで動かす。
それでも彼女の体は大きくうねり、吐息に声が混じり始める。
静かに指を差し入れながら、舌と唇で愛撫を繰り返す。彼女の潤いはいつも以上だ。

「ゆっくりでも、感じるの…?」
「…うん…すごく…」

オレは満足して、行為を続けようとした。と、その時、

「しんいちくんのも…してあげる…お口で…」
「…い…いいのか…」

彼女の体を横向きにして、頭の方へオレの脚を伸ばすと、ふるえる手に抱えられた。
すっかり熱くなっているオレ自身が、柔らかい口に含まれる。
その控えめな刺激に、一瞬クラッときた。
うっとりとなりながらも、彼女自身への愛撫を続ける。
彼女の喘ぎと吐息が、オレ自身を伝って感じられる。甘い感触…
と、彼女の口が与える動きで、オレも思わず声が出てしまう。

「…めぐみ…ゆっくりで、いいんだよ…」
「ハイ、ごめんなサイ…」

彼女が与えてくれる刺激は、さらに緩やかになった。
それでも、そっと上下させる手と口の動きで、オレはスパーク寸前だった。
もう、我慢できない…

「めぐみと早く、ひとつになりたい…」
「…わたしも、そうしてほしいデス、しんいちくん…」

+++

彼が、私の中に入ってきた。
そっと、でも力強く、体の中心に固い彼自身を打ちつける。
優しい波にもまれるように、私の体がくねる。
いつもよりずっと緩やかな動きなのに…

「…しんいち…くん…いい…気持ち…」

広い背中も、固い腕も、耳にかかる熱い息づかいも、そして体を貫くものも、
いつもよりはっきりと感じられる。なのに、ああ…
また高い波が来て、私を押し上げる。どんどん、高みへと。

なぜだろう。こうして肌を合わせていると、自然に名前で呼び合える。

「めぐみ…どう…」

もうすでに我を忘れている様子だったが、彼女は目を開け、潤んだ瞳でほほえんだ。

「しん…いち…」

苦しいほどの愛おしさを感じ、その目に口づけ、唇をむさぼった。
腕も脚も絡み合ったままで、舌を結び合う。
体の中心をゆっくりと引き抜き、また深く突き上げる。
何度も、何度も。そのたびに彼女が身をよじり、踊らせる。
その揺らぎがオレの体に伝わる。柔らかい波に揺られているようだ。
こんな感じは初めてだ。泳ぐって、こんな感じなのかも…
いつもならもっと激しく、欲望のままに加速する。
でも…今感じている高まりは、同じぐらい強い。いや、もっと…
それは彼女も同じらしく、吐息がしだいに喘ぎ声に変わっていく。
彼女の中心がオレを締め付ける。たまらずオレも声を漏らす。

突然、オレの高まりが頂点に達した。あっと思う間もなく放出する。

そっと体をはずそうとしたが、彼女の中がオレを締め付け続ける。
え…?そんなことが…

オレの中心は、彼女の中でまた復活しようとしていた。
一度、二度、引き抜いては突き上げる。そのたびに熱い固さを取り戻していく。
彼女の体が波打ち、オレの吐息も早くなる。

「…めぐみ…もっと…動いても…いい?」

彼の問いかけ。答えたいけれど、声が出せない。
身体の中心から指の先まで、しびれるような波が伝わり続ける。
永遠に続くような波にもまれながら、やっとのことでうなずいた。
いつもの彼の激しさも素敵。でも、ゆっくり愛し合う刺激が、
こんなにも強いなんて。
わたしの中の彼が、また高まっていくのがわかる。
このまま続けて…もっと、動いて。もう一度、欲しいから。

+++

あまりの高まりにうっすらと涙さえ浮かべ、かすかにうなずく彼女。
少しだけ、動きを速める。彼女の喘ぎ声も加速する。
波が、高くなっていく。悲鳴にも似た甘い声が大きくなるのを胸の下に聞きながら、
オレの声も波に混じる。
やがて一番大きな波がふたりを捕らえた。絡まり合う声と吐息。
彼女とオレは同時に達し、墜ちていく感覚に体をゆだねる。
こんな海なら墜ちてもいい…

+++

「ね、真一くん…」
「ん?」
「明日の朝、学校まで送ってくだサイネ」
「ああ…でもお前、学校のカバン持ってきたのか?」
「ぎゃぼ、忘れてた…」

ふっ、この擬音。いいんだよ、そのままで。
オレはのだめを抱き寄せた。

「じゃ、恵の部屋に荷物取りに行って、カフェで朝メシだ。それから送ってってやるよ」
「ハイ…」

幸せそうな横顔に口づけ、オレも目を閉じる。
明日は少し早起きしよう。ちゃんと送ってやらなきゃな。
一緒に暮らすようになれば、こんな心配もいらなくなるのに。
そんな日が来るんだろうか…来るんだろうな、いつか。






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