ピンクモーツアルト
千秋真一×野田恵


庭の方から、千秋くんと恵ちゃんが手を恋人つなぎしながら、パーティ会場にもどって来た。
少しばかり千秋くんが羨ましいなと思って見ていたら、城主の孫たちが近づいていって、たちまち恵ちゃんがさらわれて行った。
ピアノの所へ手を引かれて行く。
興味があって見ていると、恵ちゃんが孫の一人といっしょにピアノに座った。
やがてピアノの音が聞こえてきた。
これは恵ちゃんじゃなくてあの子供のか。
キラキラ星の主題がややゆっくりめのテンポで聞こえてくる。
主題のあと、極端に音が増えるアレンジの1曲目から、かなりたどたどしくなり、ほほえましい笑い声が、ピアノの周りで湧き起こる。
あ…恵ちゃんが低音のサポートをはじめた。
ピアノのまわりは、だんだんと客たちが集まり出して、恵ちゃんはすっかり見えなくなってしまった。
僕も近くに行こうかなかなと考えた時、千秋くんを思いだし、会場内の姿をさがす。
いた。
恵ちゃん達のちょうど反対側の壁にセットされた椅子の一つに千秋くんは酒のグラスを片手に座っていた。

千秋くんもピアノの音に聞き入っているようだ。
近づいていくと千秋くんと目があった。

「黒木くん、おつかれ」
「恵ちゃんの所に行かないでいいの?」
「いつも聞いてるからここでいい…」

熱い台詞を口にして、ふっと微笑んだあと、急に照れたのか千秋くんの顔が赤くなる。

「黒木くん、さっきの演奏良かったよ。」

バツがわるいのか、付けたしたように話を変えてきた。
僕は気が付かないふりして応じた。

「ありがとう。楽しかったよ。千秋くんの演奏も良い演奏だった。千秋くんのヴァイオリンを聞かせてもらうのは、R☆Sの練習以来だね。今日は得したよ」
「イヤ、ひさしぶりでちょっと…好きな曲が選べて助かったよ」

けっこう照れ屋なんだな千秋くんは。
しばしふたりで流れてくるピアノに耳を傾けた。

「恵ちゃんの演奏…すごかったね。僕は感動して震えがきちゃったヨ」

また、ふっと千秋くんが笑った。

「アイツさ…3年前まで楽譜がろくろく読めなかったんだぜ」
「ウソ!何、千秋くんと同じ学校だったんでしょ。」
「…俺もヤツがなんで音大受かったのか、未だに謎だ」

千秋くんは遠い目をして語り出した。

「そのくせ、CDなんかで原音を聞かせると、一発でコピーするんだから、おそろしいヤツだと思った…。」
「うわ…絶対音感ってやつ。」
「耳がいい上、手がデカくて、難易度が高い曲でも、最初から簡単に弾きこなせた。
初めて音を聞いた時は、ホントにすごいと思ったんだけど…会ってみたら楽譜は見てないし、勝手に音増やして、正確に弾かないし、何より作曲家の意図とかまったく勉強しないヤツで、俺そういうの生理的にきらい。」

お、おっとー。
のろけ話が続くのかと思いきや、深刻に眉をひそめて話す千秋くん。

「…で千秋くんが、恵ちゃんをあそこまで導いたって、事なんだね」

と僕がまぜかえすと、千秋くんは意外ときょとんとした顔をした。
そうして数秒考える顔になり…、

「いや…それはあいつの努力。」

と答えた。

「俺が引き上げてやろうなんて思い上がった時期もあったけど、結局何もしてない。
俺の方こそ自分で手いっぱいで余裕がないし。
いつの間にか、のだめは自分でレベルアップしてきたんだ」
「しみじみという感じだね千秋くん」

また意外な事に千秋くんはゲっという顔をした。

「それじゃあ恵ちゃんは君に並びたくて、一生懸命努力したんだね。」
「………。」

千秋くんは少し顔を赤らめて、それを隠そうとするように頬肘をついた。
思いあたる事があるに違いない。
僕がはじめて恵ちゃんと会った頃、もう彼女は千秋くんの事しか見えていなかった。
あっと言う間に僕の初恋は破れたけれど、彼女は着々と前に進み、千秋真一を魅了する一人の女性として成長をとげたんだ。
曲はいつの間にか恵ちゃんの独壇場になっていた。
音がコンサートの時よりもさらに豊かになっていて驚いた。

「またキレはじめた…」

え?
終楽章が…長い?。

「やりやがった…」

とこめかみを押さえる千秋くん。
やっぱりこれ即興?
モーツアルトにそんな事するか普通!
城主が怒り出さないかと見渡したが、幸いいない。
恵ちゃんは最終楽章のキラキラ星の繰り返しの中に、まったく知らないアレンジのキラキラを折りまぜきった。恋の幸せが爆発するような、超ゴージャスなキラキラ星を。
そして最後の1音を長く長く響かせて演奏は終わった。

「ブゥラボー!!」

どおっと喝采が湧き起こる。
実際すごく良かった。また僕は感動してしまった。
モーツアルト研究家は怒るかもしれないけれど、ここにはそんな人はいない。
いや、横の千秋くんは別?

「い…いつもこうなのかい?いや、すばらしかったけど」
「いつもの事なんだよ黒木くん〜…」

と少しうつむいて、頭痛に耐えるような千秋くん。

「楽譜通り弾くように、今までどんなに苦労したか…」

深く溜め息。

「幸いコンセルヴァトワールに入って、最近は随分マシになったんだけど…外にでるとコレだ」
「でもすごい…。」

ぼそりと千秋くんが

「あいつ、あとでシメる」

と言った…げ。
ちがうよ千秋くん。これは君へのピンクのモーツアルトなんだよ。

「せんぱ〜〜〜いっ!」

とピアノの人だかりが割れて、恵ちゃんが顔を紅潮させて走りでてきた。一直線にこちらに向かって走ってくる。
その姿は、ヴォルフガングだったけど、背中に羽が生えているようだ。
思わず立ち上がる僕たちに、どっかーんといった感じで千秋くんにだきついてきた恵ちゃん。
千秋くんはまた椅子に。
見渡すと客の皆が、優しい表情で笑って見ている。

「おまえ…犬を飼ってるみたいだから飛びつきはヤメロ…」
「先輩お部屋に帰りまショウ!!」

演奏の余韻に興奮している感じの恵ちゃん。頬は赤く、瞳がキラキラして、すごくかわいい。
千秋くんも毒を抜かれたように表情がやわらいで、少し気おされぎみに「ああ…」と応えた。
恵ちゃんが天使のように素敵な表情を見せて、にっこりと笑う。
さあさあと彼の手をひかながら、パーティ会場を二人手繋いで出ていこうとする。

「千秋くん」

えっと彼はふりむいた。

「シャツの背中、どろだらけだよ」

あっという顔で、少し顔を赤くする千秋くん。
本当は草が多少ついてただけだったんだけど。
脱いでいた上着を背中の汚れを隠すように羽織ると

「またあした、黒木くん」

と片手をあげて彼等は出ていった。
ここからは恋人の時間。
僕もあんなパートナーが欲しいな。
でもまずはもっと精進だ。
千秋くんと恵ちゃんのように、人を魅了する演奏ができる人間になろう。
たとえこの、先青緑な困難があったとしても―…。






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