日記帳(非エロ)
千秋真一×野田恵


「また、明日デスネ」
「……あぁ。早く寝ろよ。明日早いんだから」
「ウフ。先輩が添い寝してくれるなら、スグにでもぐっすりと――」
「うるさい。寝ろ!ハウス!ハウス!」
「ぎゃぼーーーー」

「ふぅ……」

白いベッド・シーツに全身を預けると、今日一日分の疲れがどっと襲ってきた。自室の清潔な空気を吸い込むと、胸が安堵に満たされた。
さっきまで、扉の向こうから聞こえていた、のだめのラヴ・メッセージ?とやらもようやく止んだ。あれは本当に怖かった。
頭の中に睡魔が宿り始めたとき、壁をはさんだ向こうの部屋から、ピアノの旋律が聞こえてきた。聞いたことのない曲だった。

「あの馬鹿……」

早く寝ろ、と怒鳴りに言こうと思った。でもできなかった。あいつのピアノがあまりにも楽しげで――とかじゃなくて、たださっきのあいつの目(ウフ。先輩が添い寝……)欲情に渦巻いた獣の目が怖かった。本当に怖かった。

「くそ……眠れないな」

冷蔵庫から赤ワインを取り出し、グラスに注いだ。そしてパリの夜景を眺めながらゆっくりと飲んだ。やがて時計の短針は、夜の一時を指し示そうとしていた。ピアノの音は止んでいた。月が一人きりで夜の海に浮いていた。

「そろそろ寝るか……」

アルコールによる心地よい火照りを全身に感じながら、シャツを脱ぎ、ベッドに腰掛けた。違和感。
ベッドのすぐ傍、サイドテーブルの上に、一冊のメモ帳がぽつりと置いてあった。

「なんだ……コレ?」

diary。日記帳だった。買った覚えはない。中はまだ真っ白。淡い水色の表紙。表紙にはかくかくした黒文字で、
<先輩。のだめからの年貢デス。その日楽しかった事や、発情してしまった事を赤裸々に書きナサイ。あとでのだめが読むので>

「発情……」

のだめの仕業だった。日記帳を勢いよく床にたたきつけた。くそ、本当に忌々しい。
仰向けに寝転がり、窓の外を見つめた。ガラス窓には、部屋の光景と自分の姿がありありと映し出されていた。ふと自分の表情が気になった。けれどもよく見えない。きっと、迷惑がった顔をしているに違いない。
のだめの顔を思い出した。ガラス窓に、すぐさま、やつの笑顔が写りこんだ。次々と表れては消えるのだめの顔を見ながら、しかし(ぎゃぼーー)発情などするはずもなく、言い知れぬ敗北感がだんだんと胸に込みあがってくるだけだった。

「……クソ!なにが年貢だ!!のだめのクセに貢ぎやがって!!」

ベッドから起き上がると、床の上の日記帳を拾った。窓際の木机に乱暴に座った。鉛筆を握った。

「ふん。読ませてなるものか。これは、俺だけの大切な――ふん」

ガラス窓を見た。ひとつの笑顔があった。






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