ワン・ハンドレッド外伝
番外編


☆ワン・ハンドレッド外伝 生徒会長血風録☆


巴マミは生徒会長である。

容姿端麗、頭脳明晰。
テストで満点は当たり前。
容姿は昨年ミス見滝原に選ばれた程。
きびきびとしたリーダーシップは人心を集め、
彼女が生徒会長になってからというもの、学校行事が滞ったことはない。
他校のスケバン達が戦争を仕掛けてきた時は一人で二百人を倒したことから、
その戦闘力の凄まじさも県内ではよく知られている。
まさに文武両道を画に描いたような才女。
彼を見た千人中、二千人の男の子が振り向くような圧倒的才女。

巴マミは完璧なのだ。

いや、たまにうっかりミスで調度品を壊すようなボケを晒すが、
基本的には完璧なのだ。

そのため今や職員室どころか理事会すら生徒会への干渉は慎みがちな風潮が出来上がっており、
当然他校への顔も利く。
マミは学校最大の権力者、群馬の最強者である。

”巴マミ。”

それは偉大なる”見滝原の女王(クイーン)”の名であった。
本人はそんなこと思ってやしないのだが…。
その証拠に、マミにだって年相応の悩みくらいはある。


「マミさんって、彼氏いないんですか?」
「マミさんなら群馬中の男からより取り見取りなんじゃないですかぁ?」

よく話をする後輩の鹿目まどかや美樹さやかはそういう事を言う。
恋愛バトルは見滝原生徒の嗜み。
生徒会長たる巴マミとて、燃え上がるような恋をしたい。
それは間違いなく本音である。…が。

「ん〜。あんまり、これと言った人はいないかなぁ」

それも巴マミの本音だった。
巴マミの美貌に釣られる男は多い。
校内どころか他校、果ては高校、大学生にも告白してくる男はいる。
ハンサムな男もブサイクな男もいた。
頭の良い男も悪い男もいた。
強い男も弱い男もいた。
ドラフト一位確実のスポーツマンや、プロ試験通過確実な棋院の院生、
他にも様々な才能を持った素晴らしい男たちも大勢いた。

しかしそのいずれにも、マミはいまひとつ反応を示せなかった。
理屈では優良物件と分かっていても、
普通というか、平凡というか、退屈というか…。
ともかく付き合いたいとは思えなかったのである。
だから他人の恋を応援することはあっても、マミ自身に恋愛は無く、
少し寂しい学園生活を過ごしていた。
――だが三年の秋。転機は訪れる。


その出会いがマミを変えた。
マミが唯一、心を動かされた男だった。
彼の名を口にすれば胸が高鳴り、瞳に彼を写せば卒倒しそうになる。

彼女を知る誰もが――つまり群馬県中の学生と教職員がその事実に貧血を起こし、
中でも日頃マミを「お姉さま」と慕う生徒会の女子メンバーは血の涙を流した。
だがようやく巡ってきた出会いをマミが無駄にするはずが無かった。
周囲の視線何するものぞ。
マミは、その男に積極的にアプローチを開始したのだ。


「…ったく。なぁおい、マミ。お前アイツの何処がいいんだ…?」

学友の佐倉杏子もそれが不思議でたまらなかった。
どうあっても釣り合う人間じゃないと思える。
マミの隣に席を持つ杏子は、授業の最中にそれとなく聞いてみた。

「………」

マミは応えない。一心不乱に授業のノートを取っている。
まぁ優等生ならば当然だろう…と、事情を知らぬ者は思うかもしれないが、
常識で考えれば、英才と誉れ高い巴マミが、高校入試を控えた今頃になってから
授業に必死になるわけが無いだろう。
そこに別の意思が介在していることは誰もが気付いている。

「――つまり人間の精神からは、莫大な量のエネルギーを得られる可能性があるのさ。
石油、風力、原子力……あらゆるエネルギーの枯渇に備えて、”平成の産業革命”を、
時代は求めているんだ。僕の研究ではね――」


教師はそんな事を言いながら、教科書の何処にも載っていない、
当然入試に出るはずも無いうさんくさい公式を黒板に記していく。
どの生徒も寝てるか自習してる中、巴マミだけはその公式をノートに書き込み、
口にされる解説の一字一句をもメモしていく。

(ああ、こりゃ重症だわ)

もう放っておこう。
杏子は学友にちょっかい出すのをやめると、教科書を立ててお弁当を広げて早弁を始めた。
中学を卒業したら実家の教会の跡継ぎ修行に追われる杏子に、高校入試なんてものは無い。
なので他の連中のように自習をするなどという発想にはならないのだ。
(これ今食ったら昼飯無くなるなぁ…)というのが、精々の心配事である。

さて、一方のマミは杏子にちょっかいを出されていたことに気付いてすらいない。
先生の声と板書以外を感覚からシャットアウトし、ただひたすら板書に没頭する。
やがて50分の時間が過ぎて終わる授業。
チャイムが鳴って礼をすると、先生は荷物を纏めて教室を出る。
その背中を、マミは追った。

「先生!待って下さい!!」

マミは即座に先生呼び止めて、必ずひとつかふたつ、
授業に関する質問をするのが日課になっていた。
自分の専門分野の話を聞いてくれる生徒は可愛いので、先生は丁寧に教えてくれる。

(ああ、幸せ……)

先生がクラスにいる大勢の中の一人ではなく、
個人としての巴マミに話をしてくれるこの僅か数秒。
先生の講義を自分のものだけにしていられるこの間。
それはマミにとって最上の…至福の時間であった。

「おっと。次の授業に間に合わなくなっちゃうよ。じゃあ今日はこれでね、巴君」
「はい、殷田先生…!!ありがとうございました!!」

巴マミは今までどんな男にも見せたことの無い最高の笑顔で先生を送り出す。
それを見るたびに、教室や廊下からざわめきが起こる。

”おい、またマミさんがキューベーにときめいてるぞ”
”本当に好きなんだなぁ”
”あの先生のどこがそんなにいいのかしら…”
”あーあ、俺も一度でいいからマミさんにあんな笑顔を向けて欲しい…”

キューベー。
生徒たちからそう呼ばれ卑下される殷田教諭とは、
果たしてどんな人物なのだろうか?



物理教師、殷田九兵衛(いんた キュウべぇ)。
それが男の名前だった。

いつもヨレヨレの白衣を着ている、冴えない風貌の男。
元々は国立大でエネルギーの研究を行っていたという。
若い頃は天才だと持て囃され学会でも注目を集めたが、
近頃はあまりに研究内容が独特すぎるということでどの派閥からも相手にされなくなり、
研究員の道を追われて見滝原中学の教員になった人物である。

しかし見滝原中学においても、彼は孤独だった。
生徒にも先生にも距離を置かれる”見滝原のアウトロー”。
それが九兵衛に与えられた二つ名だった。
生徒は皆苗字では呼ばず、下の名前”キューベー”と呼び彼を蔑む。

大学じゃあるまいし、自分の研究成果を授業なんかしていたら
冷たい目で見られるようになるのは当然なのだが。
それでも彼はそれを苦とも思わず、孤独に自分の研究成果を授業した。

では何故、三年生巴マミは彼を愛してしまったのだろうか。
それは本人に尋ねるしか無いが、本人にも確たる理由があるわけではないだろう。
恋愛はほとんど生理的に受け付けられるか否かで決まる。
あらゆる美男子、スポーツマンに興味を示さなかった見滝原のクイーンが、
この「よく分からない怪生物のような先生」にはそそられた。

ベクトルは違いながらも、同じ”同類”を持たない者として親近感を持ったのか。
あるいはマミを前に完全な自然体で接する男が彼しかいないからか。

まあ、その件に関する真相は分からない。
重要なのは巴マミが人生で初めて、一人の男性に恋をしてしまい、
その相手が見滝原の名物教師だったという事実だけだ。



「おいマミ。今日うちにさやか来るんだけどさ、お前も来ないか?」
「ごめんなさい杏子。今日はヤボ用があるの…」

「マミさーん。ほむらちゃん達とお茶しませんか?」
「ごめんなさいね鹿目さん。今日はヤボ用があるの…」

そんな調子で、巴マミはヤボ用と言っては友達付きあいをする事が減った。
こうなると不満の1つ2つ洩れてしまうもの。
特に1年生から同じクラスが続いてきた杏子に多くなる。

「ったく、何が今日はだ。いつもじゃねーか。
さやかと言い、色気付くと薄情になるもんだな、おい」
「私は今日はちゃんと付き合うって言ってるでしょ!?」

そんな杏子とさやかの視線の先には、浮かれてスキップしながら校門を出て行く、
見滝原のクイーンの後姿があった。
今日も、彼の所に持って行くお料理の買出しだろう。
その一途さに、さやかなどは、自分の境遇を重ね合わせて少し微笑んでしまうのだが。

「でも良かった。皆、キューベーとマミさんは似合わないって言うけどさ、
今のマミさん凄く綺麗だし幸せそうだもん。
歳が離れてても、好きな人がいないよりはいるほうがよっぽどいいよね」

うんうん。やっぱりいいよね、恋って奴ぁ。
さやかがそう言って納得する隣で、杏子は何かに気付いたらしく顔を顰めた。

「…危ねぇな」
「えっ?」
「マミは誰にでも優しい分、本当に信じてる人間以外には感情を隠したがるんだ。
本音を聞かれるのを怖がってるっていうのかな。
その分自分の中だけで色々溜め込んじまったり―――。
こりゃ、下手すりゃ事件が起こるかもしれねぇ」

まさか、とさやかは鼻で笑った。

杏子のそんな一言なんか冗談にも取れなかった。
マミさんは確かに不自然に完璧すぎる所がある。
けれどそれがマミさんだし、それが揺らぐことは無い。
いつでもどっしり構えた優雅なクイーン。
そのマミさんが崩れることなんてない――。
年上との恋愛が仮に失敗に終わっても、マミさんなら新しい出会いを見つけるだろう。
だから拗れて事件なんて無いだろうというのが、さやかの巴マミ観だった。


”――自分が恋愛が絡むとどうなるか、すっかり忘れてるだろお前。”

そう思いながら、杏子はアホ面で呑気に笑う妹分をジト目で眺めていた。



「先生――。少しおかずを作りすぎてしまったので、差し入れに来ました。
今日は鯛の煮付けですよ」

そう言って、マミが九兵衛の安アパートに鍋を持ってくるようになって一ヶ月が経つ。
彼女のマンションは学校を挟んだ正反対側にあるので
鍋を持って歩いてくるには遠い距離なのだが、マミは毎日やって来た。
九兵衛もそのまま追い返すのは忍びないので、
「ご飯食べていくかい?」と彼女を部屋に上げて、
白いご飯を二人分よそって、マミの持参したおかずを二人で食べる。

「お鍋は明日取りに来ますから――」

そう言って、木枯らしの中、満面の笑みでマミは帰っていく。
そして翌日やって来たマミの手には、新しいおかずの入った鍋が握られている。
さながら『永久機関』だ。
二人の家の間を絶えず、
空の鍋とおかずのぎっしり詰まった鍋(どう見ても余りものじゃない)が
ぐるぐると回り続けるのである。

九兵衛はその理由を自分なりに解釈していた。

「巴君は幼い日に家族を亡くしたらしいからね…」

今も彼女はマンションに一人暮らしなのだという。

しっかりしているように見えてもまだ親が恋しい年頃だろう。
九兵衛は、自分が彼女の父か兄の代わりになって彼女の寂しさを紛らわせられるのなら、
これも大切な仕事だと思っていた。
だから最初は彼女に割り箸を使わせ、茶碗も1つしか無いからご飯を食べるのに
お椀と使って貰っていたが、今では彼女用の食器一式を買い揃えた。
マミのいる食卓は殷田宅の日常になりつつあった。

「彼女が割り切れる日が来るまで、この生活は続けてもいいかも知れない…かな」

あまり遅くならないように…夜の8時くらいには帰宅させることを心がければ、
それもいいかも知れない。

九兵衛は巴マミの感情をまったく勘違いしてしまっていた。
九兵衛にとって巴マミは生活指導対象であり、”一時的な家族の代わり”だった。
しかし、もしも九兵衛が群馬でこの生活を続けたのならば、
例え九兵衛が勘違いをしていたとしても何も起こらなかったかも知れない。
マミと九兵衛の運命の歯車を変える一通の手紙が九兵衛の所に届いたのは、
九兵衛が赴任してから二ヶ月ほど経過した、雪が降り始めた12月上旬のことである。



「マミさん、どこまでも綺麗になってくよね…」
「あれ以上美人になってどうすんだ!って感じもするけどさ、
やっぱり好きなんだねぇ、キューベー先生の事」

運命の日の朝。
校門の前で鹿目まどかと美樹さやかはそんな雑談を交わしていた。
そしてその声は後ろにいたマミにも届いていた。

「二人とも茶化さないの。私は作り過ぎたおかずが勿体無いから、
日頃のお礼に殷田先生のところに持って行ってるだけよ」
「もー、照れちゃって」
「そんなんじゃないってば! もう…。早く教室に入らないと遅刻するわよ」
「はぁい」

そんな後輩たちを追い抜き、マミは校庭を疾走していく。
冬だというのにその寒さを感じさせない、
春の麗らかなオーラを先取りしているかのような軽々しいステップで
マミは校舎へと入っていく。
あの人は本当に毎日が楽しいんだろうな、とまどかもさやかも思った。

生徒会長という肩書きに縛られて生きてきた女王が、
卒業まで後3ヶ月という時期に来てようやく、女性としての喜びを見つけたのだ。
毎日毎日の幸せをかみ締めるように、大事に朝から夜までを過ごしているだろう。
そんなマミの姿を見ていると、まどかもさやかも顔がほころんだ。


1時間目、巴マミのクラスは早速物理だった。

”ああ、またキューベーの訳の分からん話だ”。

生徒たちはさっさと物理のデキストではなく自習道具を机の上に並べ始める。
佐倉杏子は弁当を机の上に広げつつ隣の友人を見た。
『ラヴラヴきゅうべぇ先生の物理ノート☆』とやたらテンションの高いラベルのついた
かなり分厚いノートをうきうきと広げている。

(マミの奴は相変わらずだな…)

溜息を洩らしながら杏子は時計に目をやる。
直に1時間目が始まる。
キューベーは時間厳守の男なので時間より早く来ることも遅く来ることもない。
チャイムと同時に入ってくる。

そして”きーんこーんかーんこーん”と聞き慣れた鐘が鳴り、
ガラガラと扉を開けて先生が足を歩み入れた。
それはクラスメート達にとってどうでもいい時間の始まりであり
マミにとって至福の時間の幕開けであった。
…いや、幕開けのはずであった。
しかし今日に限ってはそうではない。次の瞬間マミは脱力する。

――殷田先生は、一身上の都合により辞職されました。 
時間割の変更で、今日の1時間目には英語の授業を行います。

英語の早乙女先生はそう言った。
生徒たちはざわめきながらも、揃えていた自習道具を机の中に入れて
代わりに英語のテキストとノートを並べていく。
ただ一人、やたら気合の入った物理のノートを出している女以外はである。

「巴さん?どうしました?巴さん!?」
「おい、マミ!しっかりしろ!!マミ!!」
「……………」

呆然。

その瞳には何も映っていない。
何も聞こえていない。
ただショックで、死体のように、巴マミの身体は動かない。
杏子は椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がるとマミに駆け寄りその身体を揺らす。

「マミ!!」
「……そ、だ」
「マミ…!?」
「嘘だッッッッッ!!!」

くわっっ!!
と目を見開いて叫ぶ女王。
これには誰もが驚いた。
クラスメート達も、そして先生も。
誰もこの才女がただの一言を浴びて取り乱すなど想像もしないなかったろう。
ただ一人、内心ではこういう事態を危険視していた杏子だけが、
この瞬間に冷静な観点からマミを見ている。

「マミ落ち着け。とりあえず座れ。まずは情報を集めて冷静に――」
「離して杏子ッ!!」

その気迫で杏子を押しのけ教壇の前に立つマミ。
早乙女先生に食って掛かった。
その目と身体の振るえからマミの動揺の程が伺える。
出来るなら信じたくない。嘘であってほしい。聞き間違いであったなら。
そんな願いを込めながら、マミは早乙女先生に言い放った。

「どういうことなんですか!? 本当なんですか!?」
「ほ、本当です…。なんでも急に東京の大学からお呼び出しがかかったとかで……」
「ッッッ!!!」

その瞬間、マミの脳裏に以前九兵衛のアパートで交わした会話が蘇る。


九兵衛の6畳間はいつも散らかっていた。
マミが休日にやってきて片付けない限り、九兵衛はすぐに書類と本で埋まってしまう。
学会を追われた後も九兵衛は自分の研究に余念が無く、
夜8時頃までマミと談笑交わした後は、明け方まで本を読んだり論文を書いたりする。
1、2時間ほど仮眠を取って出勤。
そんなライフスタイルを聞いてマミは驚いた。

「先生…。身体、壊さないでくださいね」
「大丈夫だよ。僕は研究が好きだからね。
それに人類の為にも地球の為にも、新しいエネルギーは必要なんだ。
いつでも戻って発表できるように、常に最新の理論を用意しておかないと…」

笑って九兵衛はそう言うのだ。
その時マミは、研究者でなんかいなくていいのにと思っていた。
群馬の田舎の名物先生として、生徒たちに呆れられながら、
入試にも出ない意味不明な研究成果を晒してくれるだけでマミは幸せだった。
けれどその時焦りを感じなかったのは、タカを括っていたからだろう。
秋に学会を追い出された九兵衛が、そんな早くに出て行く訳が無いと。
マミは他人の人生を、自分の希望的観測を込めて楽観視していたのだ。

「ぐっ…!!」

マミは唇をかみ締めて扉を開け、廊下を蹴る。
目指すは校長室だ。



「いやあ、ようやくあの変人が出て行ったよ」
「奴は厄介者でしたからね…。早く消えてくれてよかったですよ」
「でも油断するの禁物よ。また学会追い出されて戻ってくるかもしれないし」
「その辺ショウさん上手いから大丈夫ですよ。二度と来させない工作とか出来るんでしょう」

校長室から聞こえてきた、校長と教頭の会話である。
その許しがたい暴言を―――。
群馬最強を誇る女王陛下は、校長室のドアを蹴り破る形で中断させた。
引き戸を蹴り破る程の力は。彼女の怒りの程が伺える。

「何だ!? 君は、巴君!?」
「一体どうしたと言うんだ、巴君。こんなことは良くないぞ」

邪魔でしかない三木教頭を押しのける。
そして見滝原校長、飛田翔の前に出てガンを飛ばすマミ。

普段の彼女をよく知る二人――。
生徒会長として華々しく生徒を導く彼女からは想像もできない程に
暗黒オーラに満ちた彼女を前に、
さながらヘビに睨まれたカエルのように飛田校長は縮み上がる。

「ど、どうしたんだ巴君…。優等生の君が…」
「辞表!!」
「ええっ!?」
「殷田先生が提出した辞表は、もう受理しましたか!?」

鬼気迫るものを感じる。
この時飛田校長には、マミが人間ではなく鬼か悪魔か魔女のように見えた。
今コイツの不機嫌を買うと命に関わる――。
本当に、マジに殺されかねない。
懸命な飛田校長は、受理する気満々だった辞表を机から出してマミに手渡した。
マミはそれを受け取ると、怒りに任せて破り捨てた。

「しかし巴君、君がキューベ……殷田先生にご執心なのは分かるが、
今日には彼は群馬を出て行く。我々から辞表を取り上げてもどうにもならんぞ…」
「どうにかします。私が。絶対………!!」

ゾクリ、と校長と教頭は背筋が凍った。
怖い。本当に怖い。
ご立腹の女王陛下を前に二人は腰が砕けでその場にへたり込んだ。

「お邪魔しました。失礼します」

マミは形だけの礼をすると、先ほど自分が破壊した引き戸の跡を通って出て行った。



「…お送り、という雰囲気ではなさそうだね」

すっからかんになった部屋。
後は大家さんに鍵を渡して去るだけ。
にも関わらず九兵衛が部屋に残っていたのはどうしてなのだろう。
九兵衛自身にもよく分からなかった。

彼女が来ると予想していたのか。
あるいは、来てほしいと願っていたのか。

とにかく九兵衛は残っていた。
二ヶ月という短い時間、二人で鍋をつつきあったこの部屋で。
――教え子との別れをするためにだ。

しかし、この教え子は自分を先に行かせてくれそうにない。
中学教師という腰掛に休んでいた自分の時間が再び動き出すのを――
あの銃口を使ってでも、止めるつもりなのだろう。

「君はクレイ射撃のチャンプでもあったっけ。この距離ではまずはずさないんだろうね」
「考え直してください。先生の辞表は破り捨てました」

腹が決まってるのに、その脅しは通用しない。
学会はここへ来て九兵衛の最新の論文に興味を示した。
今後の宇宙開発において、地球から持ち出した燃料ではなく
搭乗員の精神力をエネルギーに転換する装置が使えれば、大いなる飛躍になると。
九兵衛が夜通し理論を組み立てたことも、
昼には授業時間を利用して学会で発表する練習をしていたことも、
無駄にはならなくなったのだ。
九兵衛は報われた。
しかしその結果、巴マミは報われなくなった。

「私は……先生の研究が未来に役立つことを知っています」
「そうだろうね。君には一番多くものを教えた」
「でも私は未来のエネルギー問題になんか興味は無いんです」

巴マミは中学生。
まして恋愛バトルのメッカ、見滝原のトップ。
そんなことはどうでも良い。
自らの恋愛感情を満たす為に――その身は存在する。


「先生…!!」

銃口が震える。
その時になって九兵衛は、巴マミが自分に抱いていた恋心に気がついた。

「そうか。君は僕のことが好きだったんだ…。
先生とか、父親代わりとかじゃなくて……」
「そうよ!!」

マミは爆ぜた。
美しい顔がひしゃげる。
涙が滝のように流れ落ちる。
鼻水が出て、女神のように綺麗な顔を台無しにしていく。

女王としての仮面が剥がれる。
むき出しの一人の少女の姿で、マミは己が感情をぶち撒けた。

「私は、先生が……キュウべぇが好きなの!!
愛してる!! 
どこにも行ってほしくないの!!
エネルギーなんて知らない!!
私は毎晩……毎晩、キュウべぇが私とご飯を食べて、
くだらないお喋りに付き合ってくれてれば、それだけで幸せなの!!
キュウべぇは先生でしょ!?
生徒の幸せを守るのがキュウべぇの仕事じゃないの!?
私から、幸せな時間を奪わないでよ!!!」

「巴君…」
「”巴君”なんて言わないで!!!」

伝わってくる少女の悲痛な想い。
今まで恋心を抱けなかった少女が、たった一度だけ持てたその感情。
それが生徒と教師という違う立場であったことが、マミの悲劇だった。

出来ることなら、皆の前で思いっきり抱きつきたかった。
ご飯にしても、堂々とレストランでデートしたかった。
夜8時などと言わず翌朝まで、あの煎餅布団の中で可愛がって欲しかった。

傍から見ればマミは欲望に忠実に動いていたように見えたが、
それでもマミは己を抑制していたのだ。
範を示す立場がある。生徒としての立場もある。
だからマミは、超えてはならない一線の分、心の中に泥を溜め込んだ。

美樹さやかが上條恭介と寝たと聞いた時、マミは心から祝福した。
しかしそれすら、今となっては妬ましいのが本音だ。
他の生徒は皆思い思いに唇を重ね、身体を重ね合っているのに。
あらゆる恋愛を是とする見滝原の生徒なのに。
何故自分だけが愛を、見える形で表現してはならないのか…!!


「ねぇキュウべぇ……。キュウべぇは、私のこと、好きじゃないの…?」
「僕は生徒としての君は誰よりも愛しているよ。でも――」

女としての君に興味は無い。
もっと早くにこの娘の感情に気付いてあげるべきだったと九兵衛は後悔した。

早く言っていれば、ここまで想いを募らせる前に関係を断てたかもしれない。

…まあ、全ては済んだことだ。
九兵衛は自分の感情に嘘をつくことを良しとしない。
諦めたような顔つきでマミを見る九兵衛。
その表情が、完全にマミを絶望させた。

「そう」

マミの乾いた返事が部屋に響く。
散弾銃のトリガーに手がかかる。

「僕を殺して、君も死ぬのかい?」
「だって……恋がこんなに痛いものなら、もう死ぬしかないじゃない……」

そしてガタガタ震える指がトリガーを押し付けていき――。
銃は震える少女の両手から零れ落ち、音を立てて床に落ちた。
幸い暴発は無かった。

「ううっ……ううううっ………、うわぁぁぁぁぁん……」

銃を拾い上げる気概も残っていなかった。
マミは膝から崩れ落ちて、子供のように泣いた。

「嫌だよぉぉぉぉぉ……。別れたくないよぉぉぉぉ………。
行かないでよぉ、お願いだよぉぉぉぉぉ……。
私が何をしたって言うの……?
私は貴方と一緒にいたかっただけなのに……。
女王とか呼ばれたって、うれしくなんかないよ………。
キュウべぇが欲しいよぉぉ………」
「マミ…」

ふいに九兵衛が下の名前で彼女を呼んだことは当人らは気付いていない。
九兵衛は赤ん坊のように泣きじゃくる巴マミに歩み寄って、その身体を抱きしめた。
マミも力無く九兵衛の胸で泣いた。
九兵衛がマミを一人の女性として見たのはこの時だろう。

――本当に、か弱い娘なんだなぁ。

母性本能を刺激されて、自分が支えなければダメなんじゃないか…
という衝動が芽生えたのである。

と言っても彼女は中3で自分は社会人、しかも教職。
結婚するわけにはいかないのだが。

「………マミ、少し話をするよ」

色々踏まえて少し考えた後で、九兵衛は諭すようにマミに言った。

「僕は僕のやらなくちゃならないことがあるから東京へ行くよ。
君だって、君を当選させてくれた皆の為にやらなきゃいけないことがあるだろう。
もし本当に僕が好きなら。
高校を出て、大学に入って、僕を追っておいで。
僕は大学で教授をしているから、そこで会おうじゃないか。
その頃には君は大人になっている。
その時にまで今の想いが残っていたら――大人のお付き合いをしよう」

マミが順調に進学すれば3年強で実現するプランである。
マミは授業中のように、一字一句違えずに今の言葉を頭に叩き込んで、
全てを聞き終えてからボロボロになった顔を上げた。

「本当…?」
「僕は嘘はつかないよ」
「キュウべぇっ!!」

好きな人の名前を呼びながら抱きしめる。
良かった、報われたとマミは思った。
先ほどまでの暗い面持ちは未来への希望の光に変わっていた。

奇跡も魔法も無い。
けれど夢と希望だけは無限にある。
諦めない限りずっと――。
巴マミの涙は嬉し涙に変わり、力いっぱい九兵衛の身体を抱きしめた。



「……どうしてこういうことになるんだい。訳が分からないよ」

何も無いアパートの一室。
窓からの明かりが巴マミの我侭な肉体を映し出していた。
一糸も纏わぬ姿のマミを前に九兵衛は呆れて言った。

「だって将来お嫁さんにしてくれるって言うなら、
やっぱり一回くらいはしておくべきでしょう?
私はキュウべぇの女だってことを印象付けておくの」
「やれやれ…」

浮気なんかするはずないのに、と九兵衛は思った。
元々マミ以外にモテたことなんてないし、仮に誰かと出来たなんてことになれば
浮気相手ごとあの散弾銃で撃たれる可能性が高いし。
容赦の無いティロ・フィナーレを想像して九兵衛は青ざめる。

「じゃあ、優しく抱いてね。セ・ン・セ♪」
「調子がいいなあ…。生徒会長が学校抜け出してこんな…」
「何か言いました?」
「何も言ってないよ…」

早くも尻にしかれつつある気がする。
溜息をつきつつ…九兵衛はまず、マミの豊かな乳房に手を伸ばした。
恐らく生徒の中で最も大きく、張りのあるバストが、
九兵衛の手の中で揉まれる。

「あっ…、キュウ、べ…。いや、あぁっ…!」

揉まれるごとにビクンビクンと反応するマミの身体。
彼女の胸はそうとうに感じやすいらしい。
たちまち乳首は勃起し、その先端をコリコリといじる。

「ひあああああっ!!ち、乳首らめぇ!!」
「こんなに感じやすいなんて……マミは淫乱だなぁ」
「言わないでぇ…!!イっちゃうぅ…!!」

普段は済ましているがマミにはMの気が強い。
特に好きな人に性癖の件でなじられると、それだけで興奮する。

「違う、キュウべっ…!! 淫乱なんかじゃないの、キュウべぇだから…!!
キュウべぇだから感じてるのォ、オ、オォォォォォォッ!!」

一際大きな波が襲う。
既にトロトロに溶けきっていたマミの淫乱マンコに、
九兵衛がいきなり指を入れたものだから。

「や、やめ、いきなりそんな所いじめないでぇ…」
「もうこんなに濡れてるなんて…本当にマミは厭らしいんだね」
「いやはぁん!!言わないでぇ!! んっ、んっ……」

胸を揉まれ淫らな穴をいじくられ、そのまま唇を奪われる。
女王のファーストキスだ。
いずれ好きな人に捧げようと思っていたが……
そこに関しては、マミは大いに満足している。

(キュウべぇ、キュウべぇっ…!!)

ちゅぱちゅぱと飴でも舐めるように愛する人の舌を楽しむマミ。
表情は蕩けきり、ひたすら性欲に憑かれたように九兵衛を求める。
後ろから抱つかれ、胸を揉まれ、マンコいじくられ、キスに夢中になる―。
さながら哀願動物のように弄ばれる彼女の姿を見たものは九兵衛が初めてだろう。

完璧な生徒会長、女王マミ。
恋の為なら殺しも辞さない、愛の堕天使マミ。
そして肉欲の奴隷マミ。
全てが彼女の顔だが、全てを知るのは九兵衛だけである。

「んっ! ふむっ! んんっ! ふあぁん!!」

唇を離し喘ぎ声が漏れる。

「イくっ!イっちゃう!!キスと胸とおマンコでイっちゃう!!
お豆らめぇ!!クリトリスいじめないでぇ!!
イくっ!イくっ!イくっ!イくっ!イくっ!イくっ!イくっ!!
イっちゃううううううううう!!」

身体が大きく弾むと、九兵衛の身体の中でマミは達した。

「あ、はぁぁん………」

プシャアアアアアァァ…と愛液が噴出し、元気に踊り狂っていた身体は沈んだ。

「マミ…」

その淫乱な姿に九兵衛は一物を勃起させてしまっていた。
淫らな姿を晒す、群馬最大の美貌の持ち主が……息も絶え絶えに、ペニスを求めてくす。

「本当に、いいんだね?」
「頂戴…。キュウべぇ…」

九兵衛はマミを下にする。
…布団をもう東京に送ってしまったのが悔やまれる。
畳に直では彼女の背が痛いんじゃないかと思った。

「気にしないで…。私は、キュウべぇに抱かれるだけで幸せだから…」
「そうかい」

九兵衛はマミの秘所に息子を宛がって、マミの膣内に挿入した。

「ひああああん!!ちょ、ちょっと待って!!もっと、ゆっく、り!!ふはぁ!!」

またイった、二回イった。
中を削るかのように挿入されている途中と、子宮口にコツンと当たった時。
また愛液が分泌されてビクビクともがくマミ。

「あ、は―――……いひ、よほぉ……。きゅうへ、いひぃ……」
「うぐ……。動くよ、マミ――」

腰が強く打ち付けられる。

「いはあああん!!らめっ!!本当にらめェ!!削れる!!膣内削れるからァ!!」
「大丈夫って言ったのは君じゃないか…!! 僕は最後までイくよ!!」
「イくふ!!れも優しく、優し、く―――ふはぁん!!!」

俗にこういう顔をアヘ顔と言うのだろうか。
視点が定まらず呂律が回らず、ただ欲望に振り回される様を。
しかしマミは幸せだった。
間違いなく彼女は、最も欲した者に無二の寵愛を受けている。

「ひやあああああああああああああ!!」

解き放たれる性欲の熱い津波。
膣内を焼かれ悶絶するマミ。
ペニスを抜かれた後には、血と精液の交じり合ったピンクの液体が、
マミの美しい太ももを汚した。

「…じゃあ、僕はもう東京に行かなきゃ。ここに僕の行き先を書いておく。
大人になったら受験にしおいで」
「待って……キュウ……べ………」

しかしマミの体力はもう限界で。
意識は闇の底へと落ちてしまった。
気付いた時には日が暮れていて、ちゃんと精液を拭き取られて衣服をつけられていた。
脇に置かれていたのは、殷田九兵衛の今後の行き先と、
「起きたらこの鍵を大家さんに返しておいてよ!」とだけ書かれたメモだった。

マミはもう使われることの無い鍵を夕日に翳しながら、静かに微笑んだ。

「…待ってなさい。キュウべぇ」



”あの日”の事を口にするのは、以降見滝原中学では永劫にタブーとされた。
見滝原の女王が失恋のあまり乱心したなどという”デマ”を流す輩は、
生徒会長のシンパから袋叩きにされたのである。
新聞部の取材に対しても飛田校長、三木教頭は共に
「あの引き戸は勝手に壊れたんだ」と供述している。


さて何食わぬ顔で今日も登校する、巴マミ。
その姿はまどかとさやかの目に留まった。

「気のせいかな…。最近のマミさん、また綺麗になってる、ような…」
「何処まで行くんだあの人は」
「おはよう、二人とも!!」

元気ハツラツに挨拶するマミに後輩二人も挨拶する。
「早く教室に行かないと遅刻しちゃうぞ〜!!」
マミは相変わらず軽やかなステップで校舎へ入っていく。

「結局殷田先生は出て行っちゃったのに、マミさん元気だね」
「だから私は言ったんだよ。マミさんは一度の二度の失恋じゃ挫けない!
それなのに杏子ったらあんな大げさに深刻そうに言ってさぁ――。
何が事件が起こるだ。いい加減なもんだよホント」

まったくマミさんに比べて当てになんない先輩だ、と軽口を叩くさやか。
無知とは恐ろしいものである。
二人が巴マミの恋の顛末を知るのはおよそ4年後。

巴マミは優秀な頭脳で大学入試を全て完璧に解答しながらも、
持ち前の”ボケ”を披露して、マークシートを1つずつずらして書いてしまった。
結果一度浪人するハメになり、大学は後輩達と同期になるのだが――。

巴マミは佐倉家の教会で愛しの彼と式を挙げ、
同期になった中学時代の後輩らとのキャンパスライフを過ごし、
愛に友情に勉学と、幸せに満ちた青春を送ったのだという。


〜☆ワン・ハンドレッド外伝 生徒会長血風録☆ 完〜






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