ワン・ハンドレッド前編(非エロ)
番外編


※注1.パラレル時間軸
※注2.長いので前後編に分割(エッチは後編のみ)
※注3.恭介×さやか×仁美
※注4.ギャグ


20XX年。群馬は熱い炎に包まれた。

奇跡も魔法も無い。けれど不幸な事故も、宇宙人の謀略も無い。
これは群馬県の平凡な都市、見滝原市で中坊達が繰り広げる、
熱い恋の戦いの物語である――。


☆ワン・ハンドレッド☆


――”0勝99敗”。
この数字が何を意味するか、見滝原中学校の生徒で知らぬ者は少ない。
2年生のとあるクラスで繰り広げられた、壮絶な恋の戦いの戦績表である。


中心にいるのは上條恭介。
彼は天才バイオリニストとの呼び声の高い、イケメンの男子中学生。
彼を狙う女子は一年生から三年生までの女子の中でも百数十人に及ぶと推測されるが、
クラスメートの二人の女生徒が激しいバトルを繰り広げている為に
他は有象無象として近付くことも出来ない状態だ。
その二人の女傑を紹介しよう。

一人目は志筑仁美。
容姿端麗、頭脳明晰、和洋折衷様々な教養を身につけた、名家の令嬢。
男子生徒の中にもファンが多く、
今年のミス見滝原では、前年チャンプの巴マミ生徒会長とデッドヒートを
繰り広げることが確実と言われる逸材である。

そしてもう一人が、美樹さやか。
容姿はそこそこだが頭は固くて悪い、ド庶民階級の少女。
スペックは圧倒的に仁美に劣るとされる。
しかし恭介の幼馴染としての意地と根性で、恭介を狙い続ける猪武者である。

二人は恋のライバルでありながら非常に仲の良い友人でもある。
だから恭介にアプローチをする際には、片方は必ず事前にもう一人に通告する。
例えばさやかが土曜日に恭介をデートに誘えば、翌日曜か次の土曜日には仁美がデートに誘う。
不意打ち騙まし討ちが横行する恋愛バトルにおいて、
二人は異常なまでにフェアな戦いを日夜に渡って繰り広げてきた。

夏にはプールや海で。冬にはスキー場や温泉で。
クリスマス、お正月、バレンタイン、ホワイトデー、その他様々のイベントも積極的に活用し、
二人は99度刃を交えた。

”0対99”。

これはデートの際に恭介を狙う有象無象の女子達が後ろから密かにその模様を観察し、
「今回は志筑さんの勝ち」「今回は志筑さんの勝ち」「今回は志筑さんの勝ち」と
第三者的な視点からさやかと仁美、どちらのアプローチが優れていたかを評したものだ。
既にさやかと仁美には勝てないと諦めている者が恭介おっかけ女子の大半で、
皆いつの間にか二人の戦いの行く末を気になって見届けるのが楽しみになっている。


「むぅ…。先週末のデートの手ごたえはイマイチだった。最近旗色が悪い気がする」

休み時間、机にうつ伏しながらそう呟くさやか。

「さやかちゃんの旗色が良かった時なんてあったの?」

と口に出かかった言葉をさやかの友人鹿目まどかは必死で呑み込んだ。
割と考え無しに突っ走る性格の美樹さやかだが、その精神は非常に柔なのだ。
彼女の絹ごし豆腐のようなメンタルを傷つけるのは友人として本位では無い。
だからまどかは余計なことを言わず黙っていたのだが、
頭が悪い割には人の感情の動きに聡いところのあるさやかは、
まどかの表情から言いたいことを察してしまった。そして机を叩いた。

「畜生ッ…! 皆して私のことを”平成の百敗将軍”なんて言いやがって…!!」
「さやかちゃん、私はそこまで思ってないから…」
「うわぁん、このままじゃ仁美に恭介を取られちゃうよぉ!!」

美樹さやかの精神は崩れ始めると脆い。
さやかはまどかに抱きついて涙を流した。
すると、背後から小さな声がかかる。

「…美樹さん、大丈夫です」

ひょい、と顔を覗かせたクラスメートは物静かな口調でそう口にした。

三つ編みの長髪、縁の太い眼鏡。
おどろおどろしい態度と合わせて、イメージ通りの文系少女。
名を暁美ほむらと言う転校生である。
まどかはさやかとも仁美とも親密な関係なのでどちらを贔屓することは出来ないのだが、
転校生の彼女はクラス内の色合いを読み込めていない分、取る行動は素直なものだった。

「美樹さんは一生懸命だから…。諦めず頑張ればきっと…。だから、諦めないで」

その一言でどれだけ今のさやかが救われただろう。
ポロリと涙をこぼすと、全力でほむらの華奢な身体を抱きしめていた。

「うおおお、ありがとう転校生!! この世界に私の味方はあんただけだ!!
私は勝つる! 仁美に勝って恭介を手に入れるぞ!!」
「美樹さん、苦し……」
「平成の百敗将軍がなんだ!最後の一戦で勝てばいいのだ!!私は、勝つ!!」

振り上げた拳にクラス中の注目が集まる。
そしてその宣誓を聞いたのは、さやかの宿敵も同じであった。
恭介を手に入れると宣誓することは、すなわち新たな戦いのゴングが鳴ったということ。
志筑仁美は席を立つと、お嬢様らしい上品なステップで教室の床を踊るように進む。
皆と同じシューズを履いているはずなのに、その足音は極上のハイヒールを思わせる。
ひらり、と優雅に靡くスカート。
ワンステップ毎にふわりと踊る長く美しい髪。
その気品に満ちた顔立ちには男子生徒の視線は釘付けにされる。
そうして夥しい視線を集めながら、仁美はライバルの前に歩み出た。

仁美の視線は”友人”美樹さやかと喋る時は本当に穏やかなのだが、
”恋敵”美樹さやかを前にした時は本当に厳しい。
仁美は想い人の幼馴染である少女の瞳を真っ直ぐに直視して、言った。

「美樹さん。お呼びでしょうか?」
「仁美…。あんたとは一年生の頃から一年間、99回に渡って戦ってきたよね。
お互いいろんな形で、恭介を手に入れる為のアプローチを繰り返してきたよね」
「はい。いずれも見滝原恋愛戦争史に残る戦いだったと、誇りに思っていますわ」
「けど、ここらでお互い本気で行かない? あんまり恭介を焦らすのも悪いよね?」

――99戦して99敗している方が、そう言うのはどうなのだろう。

そう思ったクラスメート達の間に微妙な空気が走った。

圧倒的に力の差がある者と戦って弄ばれた側が「命がけの殺し合いだった」と
言うくらいに的外れな物言いのように、クラスメート達は思ったのだ。
しかし当の志筑仁美はそう思ってはいない。
所詮あの戦績は客観的なものだ。
何も知らない有象無象の女達が、志筑仁美のことも、美樹さやかのことも、
そして上條恭介のことも碌に知らないままに、うわべのムードから判断した得点に過ぎない。

少なくとも志筑仁美は美樹さやかを対等以上の敵と見ている。
幼馴染であることを考慮しても、恭介はさやかを呼び捨てして本音もズバズバ言い合うが、
恭介は仁美に対しては「志筑さん」と言い、会話もどこか距離がある。
仁美から見て、恭介との心の距離はさやかの方が近い。

だから仁美は自らをチャレンジャーと位置づけている。
仮に相手の格が自分より下だったとしても手を抜くつもりは無いが、
格上の相手であると思えばこそ、尚更仁美は全身全霊にかけて敵を穿たねばならない。

仁美は、さやかが作ってきたおコゲの目立つ卵焼きのお弁当を、
午前三時から必死で作った超豪華五重弁当で迎撃する。
さやかが恭介と地元の遊園地に行くのなら、
仁美は千葉デヅニーランドのチケットを用意する。
恭介がさやかに貰ったお菓子に気を良くしたのなら、
東京の有名スイーツ店の商品に劣らぬ物を自作する。

”美樹さやかを倒す”。そして”上條恭介を手に入れる”。

その一念にかられた仁美は、技術、体力、そして金銭を惜しまない。
このくらいやらなければ親友兼ライバルを押し切ることは出来ない。
だから、さやかが最終決戦を持ちかけてきたことに、実は心底動揺していた。
これはかつて無い程に苛烈な戦いになるだろう。

「――分かりました。志筑の家名にかけてその決戦、堂々と受けさせて頂きます」

貴族として優雅な佇まいを崩すことは許されない。
端から見れば志筑仁美はさやかの挑戦を余裕の心持で受け入れたように見えるだろう。
それはとんでもない間違いであり――――。
仁美とさやかに対する、この上無い侮辱なのだ。
その一瞬の内に仁美の心の中には様々な葛藤が生まれている。
恭介を得られるかもしれないという期待。
あるいは失ってしまうかもしれない恐怖。
いよいよ親友と雌雄を決するのだという緊張と高揚感。
それらが地獄の釜のように煮えたぎった心臓の中でドロドロに溶けて混ざって、

上がる熱気が仁美の心と身体を焦がしていく。
無論仁美はそれを表に出さない。
さも涼風に吹かれているかのような静かな顔立ちで仁美は言った。

「それでは期末テスト明けの土曜日の夜。
私が根回しをして見滝原ハイエット・ホテルの最上階のスイートを押さえておきます。
当日はそこで―――――」

明らかに中学二年生の二人には早すぎる”勝負”の提案。
クラス全員の耳が大きくなる。

「おい、それって…」
「嘘、大人の階段を昇ります宣言!?」

ざわざわと教室に波が起こる中、さやかは不敵な笑みを浮かべている。

「オーケー…。受けて立つ!!女としての全てをかけて勝負!!」

ビシ、と拳の親指を立ててさやかはライバルの提案を受けいれた。
仁美はそれを受けるとにこりと笑って、同じように作った拳を、こつんと当てた。
正々堂々と戦おうという示し合わせ。
両者の信頼の証。
もう……100回目になるのだと、二人は感慨深いものを覚えている。

「恭介は」
「上條君は」
「「私のものだ(です)!!」」

”オオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!”

クラス中が沸いた。
その喝采はすぐさま教室の外に飛び火する。
じきに休み時間も終わるというのに、廊下から、あるいはベランダからも。
他のクラスの生徒も交えて凄まじい盛り上がりを見せる。

”オオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!”

性に敏感なお年頃の少年少女らにとってこの宣戦布告は熱狂の材料だった。
さやかと仁美。二人の女子中学生を、何重にもなる熱気の渦が包み込む。
しかしその熱さをものともせず、さやかは「じゃ、後で」とにこやかに手を振り、
仁美は丁寧に一礼すると自分の席へと戻っていった。

幸か不幸か、上條恭介はトイレに行っていたのでこの一連の動きを目撃していない。
ハンカチをポケットにしまいながら呑気に教室に戻ってきた恭介に向けられるのは
羨望やら期待やら憎悪やら、複雑な感情の入り混じったクラスメートたちの視線の雨である。

「ねぇ、中沢君。なんか凄い視線を感じるんだけど、何かあったのかい?
またさやかと志筑さんが何かしたとか…」

友人の中沢はニヤニヤした顔を崩さないまま、口を閉ざしていた。
一方、まだ感性がお子様の鹿目まどかは一連の流れがよく掴めていなかった。

「ねぇ、さやかちゃん…。一体何が始まるの? 仁美ちゃんと殴り合いとか…?
恋の勝負だよ!乱暴なケンカは絶対ダメだよ!!そんなの絶対おかしいよ!!」

意味が分からないままに取り乱すまどかの隣では、
暁美ほむらが必死でティッシュで”こより”を作っていた。
そして作った”こより”を必死で鼻の穴へとつっ込んでいく。

「ほむらちゃん、鼻血…!? 大丈夫!? 私と保健室に!!」
「はぁ、はぁ…。大丈夫…。ありがとう、鹿目さん…。大丈夫だから……はぁ、はぁ…」

この表情の変化の乏しい文系少女は、果たして何を想像したのか。
ホテル。女の全てをかけて決着。これらのワードが何かに引っかかったのだろうか。
興奮による体の熱気のせいで、赤縁眼鏡は真っ白に曇っているぞ。



恋愛バトルは見滝原生徒の嗜み。
優れた戦いは、代々の生徒会が著す『見滝原恋愛戦争史』に残されていく。
上條恭介を巡る美樹さやかと志筑仁美の凄まじい戦いは今代の目玉であり、
その情報は斥候により常に更新され生徒会長に報告されている。

「へぇ…。美樹さんがね」

パラパラとファイルに目を通すのは、今代の生徒会長、三年生の巴マミ。
良く知る後輩が最終決戦に赴くと知ると顔がほころんだ。

「頑張れ。応援してるわよ」
「何が応援してるだ、バカ!!」

生徒会長巴マミに赤いポニーテールの女が罵声を浴びせる。

乱暴な口ぶりと八重歯は小悪魔的な印象を受けるが、
その実誰よりも常識的な思考をしているであろう三年生―――佐倉杏子だった。

「おかしいだろ…!身体を使ってまで男を篭絡させるのは、あいつらしくねぇ!!」
「そうかしら。あの娘達が刃を交わした回数はこれで百度目。
雌雄を決する…という意味では、そろそろこういう手段になっても不自然ではないわ。
美樹さんの上條君への想いは貴方も知っているでしょう?」
「ふざけんな!!あたしはそんなの認めねぇぞ…!!
若い身空で身体を使うなんざ間違ってるんだよ!!」

うがー、と牙を立てて力説する杏子。
恐らく他の誰かなら杏子は興味なさ気にスルーしていたことだろう。

”ほんと、杏子は美樹さんの事となると人が変わるわね。”

紅茶を片手にそう言おうとした時、既に佐倉杏子の姿は生徒会室から消え失せていた。



『今日うちに来い。話がある』

杏子にメールを貰っては、さやかは断ることができない。
佐倉杏子は1つ上の先輩だが、ただの先輩という訳ではない。
両親との仲が疎遠な美樹さやかにとって杏子は――実の親よりも親しみの沸く、
本物の姉のような存在だった。

杏子は、本当にあのお父さんの娘かと思えるくらい口は悪いしマナーもなってない。
ぶっきらぼうな性格にカチンと来ることもある。
けれど杏子は誰よりもさやかを愛しているし、見守ってくれている。
だからそんな彼女にメールを貰っては、行かない訳にはいかないのだ。
例え何を言われるのか分かっていても…
それに、彼女の考えと自分の思いが交わることはないと分かりきっていてもである。


さやかは郊外の教会を訪れ、神父さん……杏子のお父さんに挨拶した。

「こんにちわ。おじさん」
「いらっしゃい、さやかちゃん。杏子なら部屋にいるよ」
「ありがとう。お邪魔します!」

家に上がらせてもらってさやかは杏子の部屋の扉を叩く。

「杏子。入るよ」
「おう、入れ…!!」

ヤクザ顔負けのドスの効いた声は彼女の機嫌の悪さを投影していた。
さやかが扉を開けて中に入ったところ、突然さやかを拳が襲う。
杏子が本気で放った一撃はさやかの脳天に振り下ろされ、さやかは床に叩きつけられた。

「痛ッ…!!」

しかしそのまま立ち上がることも許されないまま、
杏子の腕が伸びてさやかの制服の襟首を掴み上げる。
そのままギリギリギリとさやかを締め上げて――
もがくさやかに、殺気の篭ったガンを飛ばした。

「てめぇ……どういうつもりだ。自分の身体を粗末にすんな。殺すぞ」
「きょう、こ……!!」

ハンギングを仕掛ける相手に向けられるさやかの視線。
それは降ろしてくれとか、私が悪かったとかいうことを訴える目では無い。
苦しいはずなのにさやかの目は据わっている。
自分の犯す過ちには一片の疚しさも無い。

”ああ、あんたの怒ってる理由は分かってるよ。”
”けど私はもう決めてるんだ”
”――――だから、邪魔をするな”
ガンを飛ばす姉貴分に、さやかはガンを飛ばし返している。

「…チッ」

杏子は舌打ちするとさやかを降ろした。
さやかが頑固なところは杏子はよく知っている。
ついでに、今の彼女の想いも。
さやかが上條恭介を見続けていた時間は、杏子がさやかを見ている時間より長い。
しかし杏子はさやかが、どれほどその少年を慕っているかは知っている。
佐倉杏子は、無駄なことを続けたがる性分の女性ではなかった。

さやかは床に降ろされると、そのまま体勢を整えて座った。
杏子も座り、面白くなさそうな面持ちでさやかに言った。

「…あんたが決めたことだからあんまりとやかく言いたく無いけどさ。
あんたが女になっても、坊やの女になれるとは限らないんだぞ…。
下手すりゃ厄介な事になるかも知れない。
最悪食われて損して終わりだよ。それでもやるのかよ…」

杏子らしからぬ、弱気な声。
どんな答えが返って来るか分かっているのに。
杏子は無駄なことはしない主義なのに。
まるで自分の求める答えを返してくれと懇願せんとするかのような問い。
当然だが――杏子の期待に、さやかは応えない。

「やる。私は恭介が欲しいんだもん」

美樹さやかは幼稚園の頃、なりたいものはお嫁さんだった。
美樹さやかは小学生の頃、なりたいものはお嫁さんだった。
そして中学生の今、美樹さやかのなりたいものはお嫁さんである。
その相手はこの10年、一度とてブレたことは無い。
だから美樹さやかは宣言できる。
上條恭介は、私の人生全てなのだと。

「私は恭介のお嫁さんになる。
その為に手段は選ばないし。後悔なんて、絶対に無い」

恐らくさやかが後悔するとしたら、手を抜いて仁美に恭介を掻っ攫われた時だろう。
しかし全力で戦った結果ならば全てを受け入れて進む。
さやかの瞳の奥に灯る青い炎を、杏子は消す術を知らない。

「ふん…」

杏子は表情を見せまいとプイと後ろを向いてしまった。
向けられた赤いポニーテールが寂しげに揺れる。

「勝手にしろよ、バカ」
「杏子…」
「けどまあ万が一、ガキ出来たらさ、連れて来いよ。顔くらいは見てやる。
さやかに似たマヌケな面構えをさ…。バカな母親をもったもんだって笑ってやるよ」

この教会でやっている孤児院のことを杏子は口にはしなかったが、
そういう事なのだろう。と、さやかは察した。
杏子は粗暴に見えて、どこまでもさやかに優しく、甘い人だった。
しかしさやかはそのつもりは無い。
どんな結果になってもさやかは一人で、あるいは恭介と二人で生きる。
新しい命を背負い込むことになっても他人の力を借りるわけにはいかない。
それでも最後まで心配してくれる姉貴分にさやかは謝礼を述べると、足早に教会を去った。



志筑仁美の父は財閥の総帥として、大勢の人の人相を見てきた。
大勢の人を養う者として、誰がそのようなことを考えどのように動いているか、
常に考えて先を読み生きてきた男である。
だから14歳の小娘が平穏を偽って帰宅したところで、すぐに分かってしまう。

少女の中に轟く魔物の正体。
夜の戦いへの高揚感。
少女は魔物に飲まれ脱皮して女になろうとしているのだと一発で分かった。

「良い男なのだな」
「はい、とても。教養豊かで素晴らしい殿方ですわ」

一瞬で全てを見透かされたことに動揺しながらも、仁美の眉は微塵も動かない。
中学生にしては見事な感情のコントローツだが…
しかしそこは、父にとって評価するべきところではない。
世が世なら人は14、5で元服している。
そして娘には既に一人前の女性として、社交界で通用するように鍛えている。
志筑家において、14はもう大人として扱われる。
大人ならば感情のコントロールが出来るのは当然だという価値基準だった。

「仁美。私はお前を、もう大人だと思っている。お前の人生だ。
上條家の子息――。お前の眼鏡に適ったというのなら、射止めて見るがいい」
「ありがとうございます。お父様」

無論それは、全ての責任を自分で取れということでもあるが…
仁美はさやかと矛を交えた一回目から、そんな覚悟はとうに出来ていた。
愛する人を得るための、これは戦争だ。
敵の弾を怖がって指揮を執れない指揮官に価値は無い。
そのようなことでは貴族は名乗れない。
旧華族の直流として、財閥総帥の娘として―――。
志筑仁美は期末試験明けの土曜日。
親友を雌雄を決することになるだろう。



数日が過ぎ、学生にとっての試練、期末試験が終わった。
上條恭介は勉強疲れの手足を自室のベッドで伸ばし、思案に耽っていた。

脳裏に浮かぶのは二人のクラスメートの顔である。
言うまでもない。
美樹さやかと、志筑仁美。
どういう訳か……本当にどういう訳なのか恭介自身にも分からないが、
やたら好意を示してくれる女の子たち。

――僕なんてただのクラシック馬鹿なのに。

口にはしないが恭介はそう思っている。
恭介にとっての一番は何を差し置いてもバイオリンである。
三度の飯よりも演奏していることが好きなクラシック馬鹿。
そんな自分に、恋愛モード全開で言い寄られても正直困る…というのが、今の恭介の感想だった。

無下にはしたくないし、気晴らしにはなるから
一緒にご飯を食べたり遊びに行ったり……俗に言うデートはする。
二人とも本当に良い娘で、もしも自分がバイオリンに興味が無かったら
あっさり付き合っていたかもしれない。
しかし仮にそうとしても、さやかと仁美どっちを選ぶかとなると答えが出て来ない。

結局今のところ恭介はバイオリンが一番であり、
もしもでその部分を削除したところで明確な答えが出ようはずもない。

(…100回、か)

さやかと仁美が恭介を取り合った回数。
自分で数えていたわけではないが周囲が言うので覚えてしまった。
確かに眼を閉じてみれば、数々の名シーン迷シーンがフィールドバックする。
およそ一年。
よくもまあ、これだけの時間にこれだけの回数を重ねたものだ。

(…けど、これ以上はダメだ。
僕の心はまだ彼女たちの想いを受けきれるだけの形になってない。
これ以上彼女達を僕に繋ぎとめておいちゃダメだ)

そう考えると今度の100回という数字はきりが良い。
期末試験打ち上げという名目で高級ホテルのディナーというのは
いささかぶっとんでいる気がするが、仁美のセンスはいつもこんな感じだ。
今度はさやかもいると言うから、恭介にとっては都合が良かった。

「二人にちゃんと話そう。
僕はまだ二人の内、どちらとも一緒になれないって伝えよう。
こんな中途半端な気持ちじゃ二人の気持ちに報いる資格なんてないんだ。
さやかも志筑さんも、僕に関わらなければ良い出会いはたくさんあるはずだし。
二人とのデートは……次の土曜日を最後にしよう」

思案の果てに、恭介は自分の心の中にひとつの答えを見出した。


かくしてそれぞれの想いを内包したまま、決戦の土曜日は訪れる。






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