上條恭介×美樹さやか
![]() 上条恭介の左腕はもう動かなかった。 演奏家としての道を絶たれ、絶望に暮れた。 幼馴染と共に聞いたクラシックのCDを叩き割り、 気が狂いそうなほどに叫び、自殺すら考えた。 そんな恭介が今も命を繋ぎとめていたのは、彼女がいたからだ。 酷いことを言った。 怨みつらみ、全てを彼女への罵倒にしてぶつけた。 八つ当たりも甚だしかった。 普通の人なら幻滅して二度と恭介の所に足を向けたりはしないだろう。 けれど彼女はやってきた。 毎日毎日。 恭介が彼女をストレスの発散口にしかしなくても―――。 いや後になって思えば、彼女はその為に傍にいてくれたのだろう。 不幸な事故だったことは誰もが…恭介自身すら心の中では認めていることだ。 事故を起こしたトラックの運転手も、事故の際に死亡している。 この件で恭介が怨むことが出来る人間など一人もいない。 悪がいない。 けれど恭介は誰かを責めたかった。 怨み、愚痴を垂れ流さなければ精神を維持できなかった。 それこそ恭介は首を吊っていただろう。 さやかは自身を叩かせることで、恭介と痛みを分かち合ったのだ。 恭介が好きだから。 死んで欲しくなかったから。 美樹さやかはただベッドの傍らにあって、恭介の手を握り続けた。 「…さやか。ごめん。僕は、君に酷いことを言った……」 演奏者にとっての”死の宣告”から一週間ほどかかっただろうか。 次の日さやかが病室を訪れると、恭介は泣いていた。 手が動かないという事実を知らされた衝撃と熱が徐々に引き始めて、 恭介の中に冷静さが戻ってきた頃合。 さやかが部屋に入ってくると、恭介はまず謝った。 「恭介…」 その後に続く言葉をさやかは見つけられなかった。 さやかは恭介の手を取るくらいしか取れる行動もなかった。 右手に感じる、幼馴染の少女の温もり。 どうしてこの暖かさを両手で感じることができないのだろうと悔やみながらも、 恭介は彼女の胸に顔を埋めて泣いた。 これからどうすれば良いのか。どう、生きていけばいいのか。 音楽一筋で生きてきた少年にその答えをすぐに出すことは出来なかった。 けれど、不思議なものだ。 二度とバイオリンが弾けない絶望に打ちひしがれながらも、歩む未来には希望があると 本能は訴えている。 ――美樹さやか。 少年が14年間の人生で一番沈んでいるこの今を、共に歩んでくれている彼女となら… これから何が起こってもずっと歩んでいける。そんな気がしていた。 美樹さやかが上条恭介に恋心を抱いたのは遠い日のコンサートホール。 一方恭介は、この日の病室で、さやかを愛しいと思っている自分に気がついた。 幼馴染として10年の月日を歩んできた二人は、ようやく恋人になった。 美樹さやかが突然「ねぇ恭介。気分転換に京都に旅行行かない?」と持ちかけてきたのは その数日後の事だった。 未だ車椅子の恭介には若干の抵抗はあったが、”恋人”からの初めてのお願いならば断れない。 「行くのはいいけど、父さんも母さんも行けないって。 行くなら二人で行っておいでって言われたよ」 「そっか…。しょうがない。じゃあ二人で旅行、行きますか!」 それが、二人が郷里を見た最後の日となった。 ☆ファースト・ラップ~黙する海~☆ その日、群馬県は日本地図から消滅した。 世界中のあらゆる学者がその前兆を予知できず、また事後も原因を明らかにできていない、 文字通りの”謎の現象”により群馬県を構成する大地が抉れた。 人も、街も、山も川も、ありとあらゆるモノがその大地から消え去った。 衝撃で新潟県に走った亀裂から海水が流入し、群馬全土は海に沈んだ。 かつて日本の領土だったその場所は今では領海と記され、地図には「群馬湾」と表記された。 あれから7年後の冬――。 美樹さやかは京都市にいた。 特別援助金と奨学金を貰いながら市内の中学、高校、大学へと進学できたのは幸いだったが、 若くして親を失ったためにやはり生活は苦しい。 アルバイトと学業の両立はなかなかにハードである。 「美樹さん、おつかれさん。もう上がってもろてええよ」 「はい、お先に失礼します!!」 元気に挨拶して職場を後にするさやか。 この苦境にあって美樹さやかは元気いっぱいだった。 山も町家も銀色に染まった雪の鴨川沿い。 長髪とピンクのマフラーを靡かせて、白い息を吐きながらさやかは北風と一体となる。 ペダルを漕ぐ足使いはとても軽やかで、比叡おろしに鼻歌が小気味良く乗る。 帰り道はタイムセールに合わせてスーパーへ駆け込み、値段の下がったお肉と野菜を入手。 スーパーのビニール袋を買い物籠に乗せると、さやかはスタンドを蹴ってまた愛車を走らせた。 「今日は~、お給料日~、お鍋~、ご馳走~、なんと鳥鍋だぞっ!きゃっほぅ!!」 自作の下手くそな歌にチリンチリンとベルを合わつつ、疾走するさやか。 油きれかけの愛車、『オクタヴィア号』のブリヂストン製のチェーンは、 日頃の整備不良にギチギチと不満を訴えながらも主の無茶な運転に付き合ってくれる。 さやかの綻んだ顔。 頭には彼の姿しかない。 彼がいるから、さやかはこの7年を生き抜けた。そして今も生きていられる。 狭いアパートで彼女の帰りをお腹を空かせて待っているであろう、大事な大事な恋人。 一刻も早く帰って会いたい一心で、さやかはひたすらにペダルを漕いだ。 愛車を駐輪場に置くと、部屋から漂うご飯の匂いに釣られるように、 さやかはアパートの階段を駆け上がる。 「ただいま、恭介っ!!」 彼の名を呼んでアパートの部屋の扉を開けるさやか。 そのまま、出迎えにきた恋人の胸に飛び込んだ。 生憎彼は左腕が使えないので、右腕だけでさやかを抱きかかえる。 彼女の冷えた身体が外の気温の低さを表していた。 「お帰り、さやか。寒かったろう。お疲れさま」 さやかの幼馴染で同棲相手で恋人の、上条恭介。 かつて天才バイオリニストと噂されながらも事故によってその道を失った彼は、 今ではさやかと同じ公立の大学に通う普通の学生である。 幸い足の怪我は治療できたが、左腕に障害は残ってしまった。 「でも左腕を使わなくても出来る仕事があるから」とバイトを探そうとしたら さやかにこっぴどく怒られ、止められ、今では学生兼主夫的な境遇にあった。 一時期はそのことを随分気にもしたが、今では割り切っている。 二人の間には互いにできることをしようという関係が出来上がっているのだ。 さながら熟年夫婦のようだと大学の友人は揶揄するが、 本人らにもそういう意識はあるのか否定はせず、 そう言われれば二人は顔を赤らめてそっと手を握る有様であった。 まったくウザいことこの上無い。 さて、恭介はさやかのコートとマフラーを受け取るとハンガーにかけ、 労いのホットココアを出すと、さやかは美味しそうにそれを飲み干した。 空になったコーヒーカップを受け取った恭介は 「さやか。ご飯にするかい、それともお風呂にする?」 と一昔前の嫁さんのような台詞を吐く。 「ご飯~!この通り、なんとさやかちゃんは、鳥鍋の食材を買ってきたのだ!!」 「そうだと思った。今日は寒いからね。もうお鍋の準備はしておいたよ」 「流石、恭介!」 伊達に長い付き合いをしていない。見事な阿吽の呼吸である。 二人で暮らすにはやや狭めの6畳間の真ん中に置かれたコタツの上。 既にカセットコンロの上では土鍋がグツグツと、コンサートを前に沸く観客のように、 スター(鶏肉)の登場を待ち侘びていた。 すぐに白菜、人参、つくね、豆腐等のバックダンサー達と共に舞台入りさせてやらねばなるまい。 恭介はさやかが買ってきた食材のパックを開けて包丁を入れていく。 「すぐ出来るからさやかはコタツで待っててよ。お酒は?」 「ちょっとだけ貰う。熱燗でね」 ――さやかはチューハイやビールよりは日本酒派であった。 かくしてコタツに入り、雪見酒を嗜みながら鳥鍋をつつく男と女。 お腹と心が満たされてなんとも言えない幸福感に包まれる。 どうでもいい雑談を交わしている内に時間は過ぎて、鍋の中身はもう残り僅かとなった。 「どうする、さやか。うどん入れる?ご飯あるからおじやにするかい?」 「んー…いいや。それより食べたいものがあるし」 「食べたいもの?」 「ふふふ。分かってる癖に~~」 にんまりとした笑みを浮かべるさやか。 ここ暫くご無沙汰だったことにさやかのリビドーは高まっていた。 上条恭介を超えるご馳走など美樹さやかには存在しない。 その視線を恭介は、悪いものだと思っていない。が。 「気が早いよさやか…。まず片付けて、お風呂に入ってからじゃダメなのかい」 「やだー!我慢できないよう、恭介ぇ~」 「我侭言わないで。そこで待ってなよ、すぐ終わるから」 恭介はそう言って立ち上がると食器を流しに漬けて片付けを始めた。 実質片腕の恭介に全部やらせる訳にいかないので、さやかもすぐにエプロンをつけて手伝った。 狭いアパートの台所に2人並ぶのは窮屈なのだが、二人にはその窮屈すら心地よい。 身体をくっつけて「ああだ」「こうだ」と無駄口を叩きながら洗物をしている時間すら、 さやかと恭介にとっては天国だった。 かくて洗い場の仕事は終わる。 明日は講義もバイトも無い。 つまり今夜は遠慮はいらないというわけだ。 さやかは目をギンギンに光らせ、片付けを終えるとさっさと風呂場に引っ込んで、 その身体を隅々まで丁寧に清めた。 ※ 二人が初めて身体を重ねたのは高校生の頃だった。 当時に比べれば初々しさは消えたが、互いを抱けることの幸福は変わってはいない。 コタツを上げて敷かれた一枚の布団。 美樹さやかはお風呂の熱の残る柔肌を布団の上に曝け出す。 「さ、どーぞっ」 中学生の頃から発育の良かったさやかのプロポーションは、高校、大学となる中で更に良くなった。 ふくよかなバスト。縊れたウェスト。張りのあるヒップ。 中学生の頃はショートカットだった髪は伸ばしてサラサラの長髪になっている。 顔立ちも大人っぽくなって、その色気はそうとうなものだ。 そんなさやかが仰向けに寝転んで両手を広げている。 恭介は迎えられるままにさやかの胸に飛び込んで、唯一動く右腕で彼女を抱きしめ、 艶やかな唇を貪欲に奪った。 ちゅぱ、ちゅぱ、ちゅぱ――。 貪るような濃厚なキッス。 お前は俺の女なんだと言い聞かせるように、恭介はさやかを喰らった。 舌を絡め、唾液を飲ませ、わざと厭らしい水音を大きく立てて、さやかに愛を示す。 そんな恭介の愛を、さやかもまた貪欲に受け取った。 ――欲しい。恭介が。もっと欲しい!もっと頂戴!!恭介のキス、キス、キスッ!! 目元が完全にとろけきって、身体が熱を帯びる。 恭介の激しい舌使いに、さやかもまた激しく応じる。 その欲望が恭介を更に興奮させる。 (恭介、恭介ッ…!!) (さやか、さやかッ…!!) 心の中で互いの名を叫びながら、舌を絡め身体を押し付けあう。 互いの温もりを共有し、テンションを高めていく。 「はぁ―――、はぁ――」 「はぁ、ふぅ……きょう、すけ……」 「さやか…ッ!!」 「ひゃんっ!!」 キスを終えた恭介はさやかの乳房にむしゃぶりついた。 ずっと調教してきたさやかの身体は随分と感じやすくなっている。 特に胸は――。 「ひあっ、あうん!ふはぁん!!」 攻められて感じるさやか。 しかしいまひとつ高みに上れないのは、一番感じる乳首を恭介が触ってくれないからだ。 恭介の前歯で乳首をひとたび甘噛みされてば、それだけでイけるのに恭介はしてくれない。 ただ周囲の乳房を丹念に舌で舐め、さやかの身体にジンジンと熱を溜めていく。 真綿で首を絞められているに等しい。 一思いに、達したいのに…! 「お、お願い、恭介………。イきたい、おっぱいでイきたいよぉ……。イかせて…」 切なげにおねだりするさやかを、恭介は無視する。 理由は2つ。 恭介自身もっとさやかがよがり狂う、可愛い姿を見ていたいというのと―― 実はさやか自身、今の状況を楽しんでいることを知っているからである。 「おっ、お願いだよぉ…!ち、乳首触ってよ…!こんなに、こんなに立ってるのにぃ…」 さやかの乳首は完全に勃起して恭介にいじくられるのを待っている。 恭介は右手でさやかの乳房を、峰から序々に山頂へと登らせる。 登山家が雪を踏みしめ冬の山を登るように、恭介の指も一歩一歩、 さやかの柔らかなおっぱいに食い込みながら山頂を目指す。 さやかの快楽の炎が上がっていく。 「あ―――、きょう、すけ―――」 歓喜の笑みを浮かべるさやか。 このまま指が高みに達すれば、さやかはようやく至上の快楽を得られる。 その味を想像すると涎がこぼれ、一足先に達してしまいそうなエクスタシーを感じる。 しかし彼の指もまた、先端の突起をつままずに終わってしまう。 さやかはとうとう泣いてしまった。 「恭介ぇ…!!欲しいのに!!欲しいのにぃ!!おっぱいしれ!!恭介ぇ!!」 「あはは、ごめんさやか。ちょっと調子に乗りすぎちゃったよ」 謝りつつも恭介の笑いは軽い。 まるで随分慣れているかのような―――いやまあ、慣れているのだが。 この焦らしプレイは様式美である。 根っこがドMのさやかはエッチの時は割といじめてあげないと、後で不機嫌になるのだ。 「じゃあ、さやかのエッチなおっぱい、両方一度にするからね?」 「うん……、して……。私のエッチなおっぱい、両方して……」 目を輝かせるさやか。 恭介はリクエストに応えて、向かって左の乳首に歯を立て、右の乳首は右手で抓った。 コリッ。ふにゅっ。 「ひやあああああああああああああああああ!!」 イっちゃ、イくうううううううううう!! ビクンビクンビクンビクンと身体が跳ねる。 全身を痙攣させ、さやかは快楽に狂う。 「ひあう、ひう!!きょ、きょうす、け、イくううううう!!んっ、きょうすけっ!!」 夥しい愛液が垂れ流されて太ももを伝って布団を湿らせる。 さやかはイくのをやめない。 さやかが感じてよがり狂う中、恭介はまださやかの乳首を離していなかった。 「きょ、きょうすけっ!!もう、もう赦して…!!イ、イった!!もう私イった!! おっぱい、強すぎ!!も、もう無理だからぁ、恭介ぇぇぇ!!」 ちゅぱ、ちゅぱ……コリ、コリ……。 呂律の回らなくなったさやかを尻目にまだ恭介の乳首攻めは終わらない。 「ひああううううううっ……!!ああああ………」 まだ胸しかされてないのに。 恭介が乳首を放した時にはもう、さやかは布団に沈んでいた。 だらしがなく股を広げて。 整ったアンダーヘアの奥にある秘密の泉には愛液が滾々と湧き出る。 「さやか、もうやめる?ここ、して欲しい?」 恭介はさやかの股の割れ目に指を当てる。 スッとなぞる程にさやかは面白いように反応を見せる。 「ひん!きょう、ふああ……ぁぁん……」 「どうする?さやか」 「し、し、て……!!私のオマンコして…!!」 「さやか…。本当に可愛いよ」 人差し指と薬指でさやかの割れ目を裂いて、突っ込んだ中指をずぽずぽと動かす。 「~~~~~~~~!!」 声にならない悲鳴が上がる。 愛液でドロドロになったさやかの秘所。 いつも恭介のペニスを咥えて放さない膣内が指に絡み付いてくる。 恭介は中指を膣内で動かして、さやかを内側から刺激した。 「ひぐっ!!きょ、恭介ッ!!イ、イくっ!!」 「またかい?」 「また、イグッッッッ!!!」 また達したさやかから指を引き抜くと、恭介は塗れた指をさやかの眼前に晒した。 テカテカと光る指に纏わりついている液体を見て、さやかは顔をしかめた。 顔を恥ずかしそうに赤らめている姿が最高に可愛い。 「もう、見せないでよぉ……。恭介のいじわる……」 「さやか。顔隠さないで。僕を見てよ」 「いじわるな恭介はきらい……」 「さやか」 拗ねた”フリ”をするさやかの顎に手を当てる。 (え…?恭介……?) 「見たいな、さやかのとっても可愛い顔」 「うん…」 その一発でコロリ。 さやかは恭介の求めるがままにこちらを向く。 そしてさやかが呆けてる隙に、さやかの唇を奪った。 (ンッ……恭介……。好き、大好き……!!) 今夜二度目のキスに機嫌を直して、猫のようにじゃれついてくるさやか。 ここまで来ると恭介もそろそろ、自分のムラムラを抑えられなくなっている。 「さやか…。そろそろいいかい。僕ももう我慢しきれそうにないからさ…」 「あっ…ごめんね。私ばっかり。じゃあ恭介下になって…」 左腕が麻痺した恭介に正常位でセックスするのはキツい。 恭介が仰向けになり、さやかが騎乗位でヤるのが、このカップルの習慣だった。 天に向く恭介の一物にさやかは自分の秘所を宛がって、少しずつ挿入していく。 「んっ……!!」 ずぶずぶと沈んでいく恭介の一物。 膣内を圧迫される感じに歪むさやかの顔。 さやかは自分の胸を揉みながら、腰を動かす。 「んっ、んあっ、んんんっ、ふはぁん!!!」 「さやかっ…!」 さやかの膣内は最高だと、恭介は思っている。 ペニスに溜まった性欲を精液ごと搾り取ってくるような。 そんな厭らしい、貪欲なさやかの膣内。 狂ったように踊るさやかの膣内に刺激され、早々にに恭介の息子は脈打ち始める。 「ああっ、恭介ッ!!イ、イイ、気持ちイイよぉ!!恭介ぇ!!恭介ぇぇ!!」 「さやかっ、出る…!!さやかっ!!」 「恭介、恭介ェェェェェェェ!!」 ドクドクドクッッッッ!! 「イグッ、イッちゃううううううううう!!」 注ぎ込まれる精液に達するさやか。 膣内からは白い液が漏れて来る。 …しかし、恭介の今夜の一物はまだ満足してはいないようだった。 「きょう、すけ……。まだ、する…?」 「しよう。時間はあるし」 「うん……。する…。アンッ、アアアッ…!!」 それは割とよくある、恭介とさやかの夜の光景だった。 そしてお互いに満足すると、一組の布団の中で身を寄せて、温もりを共有しながら寝息を立てた。 ※ それが夢だということはさやかに分かった。 こんな何も無い空間が現実にある訳無いし、 目の前に対峙している時間の止まっている女の子は、 7年前に死別したはずの親友だったからである。 「まどか…」 『さやかちゃん、幸せそうだね。良かった』 大人になったさやかとは対照的に、子供のままの彼女。 随分背が開いたものだとさやかは思った。 鹿目まどかは忘れもしないあの頃の無邪気な笑顔のまま。 こんな感じで、彼女が夢枕に立つことはたまにある。 目を覚ました瞬間には彼女と何を話したかは忘れてしまうのだが、 それでも毎回、自分は同じ質問をしているのだろうなとさやかは思う。 この夜もさやかは同じ質問を投げかけた。 「ねぇまどか――。あんたは一体何者なの? どうして見滝原があんなことになっちゃうって分かったの? なんであんたは逃げなかったの? あの海に沈んだ街で、あんたはあの日一体何をしてたの…?」 『内緒。でも、心配してくれなくていいんだよ。私は後悔なんてしてないの。 マミさんの意思を継いで、私はさやかちゃんや、ほむらちゃんを守れたから』 「何を言って―――」 『じゃあね。上条君によろしく』 「待ちなさい、まどかっ!!待って!!」 差し伸べる手は親友には届かない。 彼女の時間はもう止まっている。 先へ進むさやかの時間と交わることはない。 これは夢。 闇の中へと去っていく彼女を追うことはさやかには出来ない。 でもさやかは叫ぶ。 ――”まどか”と。 こうして生きていることへの感謝。 死別してしまったことの苦痛。 あの謎の現象に関するあらゆる疑問。 全ての感情をたった三つの文字に込めて、さやかは泣きながら叫び続ける。 「まどか!まどか!まどか!まどか!まどか!まどか!まどか!まどかぁぁぁぁ!!」 そして闇の中に差し込む光を受けて――さやかは、朝の訪れを知ったのだ。 「あっ―――」 目が覚めた時、さやかは愛する人と同じ布団の中にいた。 カーテンの隙間から差し込む朝日。 さやかは泣いていることに気がついた。 (また夢でまどかに会った気がする…) けど何を話したかはまた覚えていない。 聞いたことはおおよそ検討がつくが、どんな答えが返って来たのかは知らない。 「くそ――。あいつめ、何時も煙に巻くんだからなぁ…」 さやかはあの夜の事を忘れない。 事が起こった前夜。 かつて自分が過ごした、群馬県の見滝原市という街で… 故郷が破滅を迎える寸前に見た、最後の親友の顔を。 ※ ――7年前。 親友、鹿目まどかの様子がおかしいと思い始めるようになったのは中学二年生のある日だった。 急に余所余所しくなった――という程でもないが、付き合いが悪くなった。 「ごめんねさやかちゃん、仁美ちゃん。私用事があるから――」 そうだ、暁美ほむらという大人しそうな転校生がやってきた頃からだ。 三年生や転校生と夜な夜な遊び歩いているという噂が流れ、 何か悪い遊びにでも引き込まれたのかとも心配したが、 まどかの行動や言動が粗暴になった風でもなかったので放っておいた。 それから何週間かして、突如血相を変えたまどかがさやかに言ってきたのだ。 「さやかちゃん、今すぐお母さんやお父さんと逃げて…!! 出来るだけ遠くに!!もうすぐ見滝原は…ううん、群馬県全部が危ないの!!」 久々に二人で話したいことがあるからと時間を作って見れば、何を言い出すのか。 さやかはてっきりカラオケにでも誘われるのかと思っていたのに呆気に取られた。 「まどか、あんた何言ってる訳?ノストラダムスの予言じゃあるましいし。 巴とかって先輩やあの転校生と何してるかは知らないけどさ、 おかしな事吹き込まれたんじゃないの?」 「聞いてよッ!!」 さやかが至極当然な態度を取ると、まどかは怒鳴った。 額に脂汗が滴っている。 そしてさやかの襟首を掴み、冗談など通じない真剣な眼差しで食い入るように、 さやかに何度も、何度も言った。 「お願い…!!信じられないなら、それでもいいから…!! せめて二日!!二日だけ、群馬から避難して…!!ねぇ!!」 二日あれば分かるから、というまどか。 さやかは鹿目まどかの性格をよく知っている。 まどかは正義感の強い娘だ。 決して他人を害するようなことは言わないし、嘘もつかない。 理由次第では信じてもいい。 だが理由を問いただしてもまどかは言わない。 ただ逃げてくれ、ここは危険だとだけ繰り返す。 「…まどか」 本来なら今日は帰って寝ろと追い返すところだろう。 しかしこういう時、さやかの直感は冴える。 相手が何を一番に考えているのか…。 言うまでもなく、まどかは今、さやかだけを見ている。 さやかの襟首を掴む手が震え、頑として離さない。 ”うんと言わせるまで絶対に放さない”。 ”聞いてくれないなら手段を選ばない”。 まどかの視線にさやかは呑まれた。 ――まどかは、変わった。 先輩や転校生と一体何をしていたのかは分からない。 けれど、まどかは何かこの数週間で確かに変わった。 まるで幾つもの修羅場をくぐってきたかのような、据わった目つき…。 さやかは汗を垂らしながらゴクリと唾を飲み込む。 「苦しいよ。まどか」 「さやかちゃんがウンと言ってくれるまで絶対に離さない。 私の大事な人だけは、絶対に逃がしたいから…!!」 結論を言うと、さやかはこの強引な忠告を聞き入れた。 別に心から「何かが起こる」なんて信じていたわけじゃないのだが、 まどかの顔を立ててもいいかと思ったのだ。 ずっと学校を休む訳にはいかないから、 三日間だけ旅行で群馬を去ると約束すると、まどかは納得してくれた。 しかしさやかの家族は当然、こんなことでは首を縦に振らなかったし、 まどかが同じように忠告した人々…まどかの両親や仁美とその家族は従わなかった。 仁美は正確には家の都合で従えなかったというのが真実なのだが。 ともかくまどかの忠告を受けて、その”謎の現象”前に群馬を後にしたのは 美樹さやかと――――彼女に旅行に誘われた、上条恭介だけだったのである。 ※ ――嵐のように毎日は過ぎた。 さやかと恭介がのんびり京都見物を楽しめたのは最初の一日だけで、 後はそれどころじゃなかった。 鹿目まどかの予言通り、群馬県は消滅した。 さやかと恭介は家族や友人の安否の確認、その他諸々の雑事に追われた。 恭介に至ってはまだ車椅子を降りれない状況だった。 今後の身の振り方も考えなければならず、問題は山積み。 ――結論を言えば、さやかも恭介も天涯孤独の身となり、 二人は旅行先の京都の中学に通い、寄り添いあって生きるコースを選んだ。 一日一日を必死で乗り越えてきた二人には7年という月日は長いようで、 振り返ってみると短いものだった。 「また、鹿目さんに会ったのかい?」 さやかが遠い日の記憶を漁っていると、そんな声がした。 横を見ると恭介の穏やかな笑顔。 彼はさやかの顔を見ると、すぐにさやかがどんな夢を見たか悟ったようだ。 さやかは笑顔で頷いた。 「まどかの奴、なんかね、寂しくなって来ちゃったみたい。 ねぇ恭介、またお盆になったら、まどかや、お父さんやお母さんのところにお墓参り行こうね」 「そうだね」 以前は恭介にとって鹿目まどかという娘は、 さやかと仲の良い可愛いクラスメートくらいの認識しか無かったのだが、 今となってはさやかに次ぐ命の恩人であると考えている。 さやかとまどか。 二人のどちらかがいなければ、恭介は今ここに生きていないのだから。 だから恭介はさやかの口からその名前が出る度に襟を正した。 中学時代までを共に過ごした皆の身体と魂は、今も群馬湾の底に眠っている。 沿岸部には犠牲者の名を記した石碑がある。 恭介とさやかは大事だった人たちを偲ぶだめに、年に一度故郷を訪れていた。 その度に二人は、海となった郷里に何度も疑問を投げかける。 ――いったい、あの日この場所で何があったのか。鹿目まどかは何を知っていたのだろうか。 群馬を滅ぼした最強の魔女とそれに立ち向かった不屈の戦士。 その戦いの顛末を知る者はいない。 当事者たる群馬湾は何も語らず、いつもの穏やかな水面を人々に晒すだけ。 美樹さやかは何も知らぬまま、あの日の親友の顔を胸に上条恭介と生きるだろう。 来年には結婚して、子供を二人くらい作って、いつしか孫が出来て、 近所でも評判の元気で明るくて面白いおばあちゃんになって、 やがては土に還るに違いない。 それが暁美ほむらの去った後の、一周目の世界の物語だった。 ☆ファースト・ラップ~黙する海~☆ 完 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |