無謀な少女の独善(非エロ)
暁美ほむら×鹿目まどか


長い闘病生活の末、体力も学力も級友より遥かに劣っている。そんな私を、劣等感という泥沼から
救い上げてくれたのは、鮮やかな桃色のフリルドレスを纏った凛々しい魔法少女だった。
陰鬱として暗い世界を一気に打ち破る、溢れんばかりの希望がそこにあった。

「クラスのみんなには内緒だよ!」

魔法少女の名は鹿目まどか。
彼女は私を背に庇いながら、正体不明の怪物に果敢に立ち向かう。
先端で蕾の開花した樹枝状弓から発射される魔法の矢が、巨大な凱旋門もどきに次々と炸裂して
爆発が起きる。そもそも生物なのか石塊なのかもよく分からない凱旋門もどきだが、爆発のたびに
バラバラと破片が飛び散り、悲鳴が上がるのだから、攻撃はきっと効いているのだろう。
凱旋門をくぐって襲ってくる、絵画から抜け出したような人物画たちも、彼女の連続攻撃に一掃され
た。射抜かれるたびに人物画は爆発し、古びた絵の具や黒鉛の残骸が舞い上がる。

(ああ、鹿目さん……なんて素敵なんだろう……)

私は生まれて初めての高揚に、舞い上がりそうな気分だった。
花弁の如き衣装に身を包み、強さと可憐さを共存させた彼女は、まるでお花の国のお姫様。
すぐ前では、凱旋門もどきが断末魔の悲鳴を上げながら、轟轟と崩れ落ちていく。
形容として芸術的なだけの塊など、本物に勝てるわけがない。偉大な作品を真似て少し弄くり回し
ただけの塊が、本物に勝てるわけがない。顕示欲のみの塊が、本物に勝てるわけがない。

「大丈夫だった?ほむらちゃん」

この、温かい陽だまりをそのままスケッチに写したような素敵な笑顔を前にして、小手先の技術の
みで造られた芸術もどきは色も線も失い、禍々しい世界といっしょに雪崩れて消えた。

(私は……ずっと彼女といっしょにいたい……)

笑顔を作って頷きながら、私は彼女の勇姿を記憶に焼き付ける。
非現実的な場所で、友人と呼ぶにはあまりに偉大な少女と世界を共有できて、私なんて何もして
いないし、すごくも何とも無いのに、確かに生まれ変われたような気がしたのだ。これまでのつまら
ない私から、何かができるかもしれない私に変わったと、自分で勝手に思い込んだのだ。

(鹿目……まどかさん……)

『自分を変えたい』という願いと引き換えに、正義のために戦う魔法少女となった彼女。
彼女はこれからも勇気と希望を胸に秘め、人々を脅かす凶悪な怪物と戦い、人々の笑顔を守り続
けていくのだろう。これほどまでに強く、真っ直ぐな彼女が、負けることなどあるはずがない。
それは間違いなく錯覚だったが、私はそれを認めることができなかった。

…………………………………………………
……………………

ウソだと自分の中で何度も叫んだ。こんなはずはないと繰り返した。
しかし、私の願望じみた心の声は、地面から現れた影によって完全に否定された。巨大な松明に
照らされ、妖怪のろくろ首にように細長く伸びた犬のシルエットが大口を開け……身動きがとれない
状態の、魔法少女に変身したまどかに近づいて、彼女の丸い顔に噛み付いたのである。

「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛―――っ!あ゛あ゛あ゛―――っ!!」

可愛らしい顔に鋭い牙が深く刺さるのが、ここからでも見て分かった。巨大な顎がまどかの右眼窩
から右頬を耕すように挽きながら、顔の肉を削ぎとろうとしていた。赤黒い血が瀧のように首筋を流
れ落ち、コスチュームのスリーブや胸元が一気に塗り潰されていく。絶叫に絶叫を重ねて、彼女の手
足は激痛のまま暴れようとするが、影の大群に巻きつかれてそれも叶わなかった。
これまで固く握られていた樹枝状弓が手から離れ、漆黒が広がる足元に落下する。無数の影が蠢
く異界に落ちた弓は、ずぶずぶと沈んで浮かび上がることはない。
巨大松明の下では、黒い女性の影が、微動だにせず何かを祈り続けていた。
この異世界を支配する存在。
影の魔女。
侵入してきたまどかなど眼中に無いと言わんばかりに背を向けて、まるで神に祈る聖女のように
穏やかな雰囲気で、自分の欲望のままに祈り続けているのである。

「ああ゛あ……うあ、あ゛……」

顔の右半分から唇周りまでを鮮血で濡らして、まどかの表情から一瞬だけ苦痛の色が消える。同
時に白いソックスを履いたヒザも脱力して折れ曲がるが、巻きついた影が倒れることを許さない。
激痛に耐えられず、失神してしまったのだと気付いたのはそれからすぐ。
大きく開花したミニスカートから、黄色い小水が内股を伝い落ちるのが見えた。大量の液体がみる
みる勢いを増してソックスと靴を濡らしていくのは、ダダ漏れというのがしっくりくる光景だった。

(そんな!うそだよっ!まどかが……まどかが……負けるはずがない……!)

魔女の口付けをされた人物を見つけ、まどかに携帯で連絡した。
いつものように、変身したまどかが魔女をやっつけてくれるはずだった。
お花の国のお姫様のようなコスチュームで、魔法の弓を凛々しく構えた彼女の足元から、無数の
影が伸びてきて、体勢を崩した彼女を縛り始めても、きっと逆転できると信じていた。
正義の魔法少女が負けるはずがないと、信じていたのに。
震え始めている私の前で、まどかの全身に巻きついた影が、まるで雑巾でも絞るかのように彼女
の華奢な肢体を締め上げ始めた。ギチギチという音が全身から響いてくる。魔法少女のドレスが、彼
女の肉体に食い込んでいく音だった。何かが折れる音が響く。切れる音も響く。

苦しめるどころのレベルではなかった。彼女の全身は歪に捻られ、手足はありえない角度に折り
曲げられ、半開きの唇からは血泡が溢れ出していた。抵抗を手段を完全に断つ目的で、ウサギの
影が彼女の利き腕に齧りつき、そのまま手首を奪い去った。鮮血が噴水のように飛んだ。

「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」

全身を襲う激痛で覚醒したまどかは、無事な顔半分で涙を零して悲鳴を上げる。全身から響いてく
る骨格の潰れる音と、筋肉の切れる音を聞かされ、顔を咀嚼されて、むせび泣いた。
気が付くと、私の目からは熱い涙がぼろぼろと零れていた。
後悔と、謝罪と、様々な感情が入り混じり、声にならない声を発しながら、まどかに向けて叫び続
けた。言葉とは呼べないほど乱れた濁声は、しかし彼女に届けずにはいられない。

(まどか……まどか……!しっかりして!諦めないで!諦めちゃだめ!)

凛々しい魔法少女の幻想は完全に消え去り、ただ嬲り殺されていく少女がそこにいる。
残酷だと分かっていても、彼女が戦うことを諦めないよう励まし続けるしかなかった。もう戦えない
状態だと見れば分かるが、ここで諦めたら、本当に殺されてしまうのも事実。私はここでやっと、魔
法少女が、生死を賭した世界で生きていることを実感したのだった。そのとき、

「………ほむら……ちゃん……逃げ、て……!」

激痛で引き攣る顔で、しかし私を安心させようと笑顔で、まどかは私に言葉を返してきた。私は耳を
疑った。今は自分のことで精一杯で、私を気遣う余裕など無いはずなのに。

「……私は大丈夫だから……ほむらちゃんは……あ゛あ゛あ゛っ!今のうちに……ごほっ!……
逃げて……振り返らずに、……来た道を……ま、すぐ……に……う゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
「鹿目さん!そんなのいやっ!私だけ逃げるなんてできない!」
「私は……大丈夫……ちょっと、やられちゃったけど……大丈夫……負けないから……」
「鹿目さん……いやあっ……やだああ………」
「私は、魔法少女だよ……ほむら、ちゃんが、信じてくれるなら、ゼッタイ、負けないから……だから、
お願いだから……っあ゛あ゛あ゛……安全な場所に……逃げて……」

まどかの目を見て、私の決意は固まった。
覚悟を決めた私の顔を見て、まどかもまた、激痛に顔を歪ませながら、頷いてくれた。

「鹿目さん、待ってて!今助けてあげるから!」

私は一生で一番の勇気を振り絞って、彼女を拘束した影の大群に向かって突撃した。
本当に助けられるとは思っていないが、使い魔の注意がこちらに引けば、彼女が脱出する隙が作
れるかもしれないと思ったのだ。私は良いが、彼女はここで終わっては駄目だと思った。

「ほ……ほむら、ちゃん……どうして……!?お願いだから……逃げて……!」

泣きながら逃げるように叫ぶまどかを無視して、私は影たちを掴んで彼女から引き剥がそうとする。
しかし、やはり使い魔たちは、私の力では引き剥がすことはできなかった。次々と影群が私の身体に
巻きついてきて、すごい力で締め上げていく。骨の砕ける音が全身から響いてくる。

「いやああああああっ!ほむらちゃん……!ほむらちゃん……!」

ごめんなさい、まどか。やっぱりダメな私は、最後までダメだったみたい。
でも、まどかのために勇気を振り絞れたことに、満足しちゃった。
泣き叫ぶまどかの声は、薄れる意識と共に遠くなっていった。
ああ、もう、何も聞こえ

…………………………………………………
……………………

網膜に焼きついたのは、親友が引き裂かれ、壊れていく姿。
半狂乱になって泣き叫ぶまどかの前で、ほむらの残骸は影に沈んでいく。無力な少女に勇気と希
望を与え、同じだけの絶望を返されて、魔法少女もまた闇に蝕まれていく。
発狂しそうになる彼女の精神は、しかし狂気の世界に逃げることすら許されない。

この世には、なんと多くの悲しみで溢れていることか。

影の魔女は悲しみを乗り越えるべく祈りをささげ、魂を救おうと身を焦がす。そして、魔法少女を救
おうとした、無謀な少女の独善を深く哀れみ、ゆっくりと救済の手を伸ばしていった。






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