それから、これから
最終回勝手に妄想


空は、どこまでも晴れ渡っている。雲一つない、どこまでも広がる晴天の下。
数名の男女が、何やら話し込んでいた。

「それじゃあ、僕はこれで」
「え、え!?もう行くんですか?」
「うん。まぁ、こんな物もらっちゃったら、使わないと、ね」
「そう……ですか」
「じゃ……また、縁があれば」

そう言って幾分小柄な男は、残った数名に手を振りながら、去って行く。
その背中に、かける言葉を持つ者はいない。
誰かが呟いた。終わったんだね、と。
それに各々が小さく頷いた。終わったのだ、何もかも。
ふぅ、とキノコカットに眼鏡をかけた大柄な男がため息をついた。
どこか、名残惜しげに。

「それじゃあ、俺達はこっちに車用意されているみたいだから」
「あ、あの……本当、ありがとうございました!」

深々と頭を下げる少女に、男は苦笑いを浮かべながら、少女の肩に手を置いた。

「お礼を言いたいのは俺達のほうだよ……本当、ありがとう」
「そんな、私は何も」
「……また、いずれ。きっとそのうち会えるから。そんな泣きそうな顔しなくてもいいだろ?」
「そうそう。今度会った時は友達として、さ。ご飯とか食べに行こうよ」

ね?と諭すように問い掛けるスカジャンを着た女に、少女は少し上ずった声で、しかし力強くはい、と答えた。

「それじゃあな。もうお前の顔見ないで済むと思ったら、清々する」
「それはこっちの台詞だ」

キノコカットの男が、少女の後ろに立っていた男に嫌味たっぷりな表情で言うと、男も当然のように言い返した。

「まぁ、柄じゃないけど……ん」
「……何?」
「見てわかんないかなぁ?握手だよ、あーくーしゅー!」

キノコ男の行動に、怪訝な表情を浮かべながらも、男はそっと右手を握った。
と同時に男をぐいっ、と引き寄せる。

「もう二度と、泣かせんじゃねーぞ?」

眼前でにやり、と意地の悪い笑みを浮かべてそう言ったキノコ男に、しかし男も負けじと言い返す。

「お前も、な」

キノコ男は一瞬キョトン、とした表情を浮かべたがすぐに手を放すと、ふん、と不機嫌そうに明後日の方向に顔を向けた。

「嫌味な奴」
「お互いな」

とうとうキノコ男は怒ったように肩を揺らしながら去っていった。その後をスカジャンを着た女が追い駆けていく。

「ちょっと、急に行かないでよ!」
「あーあーすいませんねぇ」

キノコ男の投げやりな態度にも気を悪くした訳でもないらしい女は、ポケットから煙草ケースを取り出すと、一本口に咥える。
百円ライターで火を付けると、独特の匂いが広がった。

「……煙草」
「え?」
「いや、あんたって煙草吸うんだ?」
「あーうん。あ、煙草嫌いな人?」
「あー……当たり前だろ!そんなもん害じゃねぇか!それをわざわざ吸うなんて頭悪いんですかー!?」
「な、何よ!喧嘩売ってんの!?」
「だからそれよこせ」

そう言うが早いか、キノコ男は女が咥えていた煙草を手早く奪い取ると、自分の口へと運ぶ。
その行為に一瞬対処できず、しかしすぐに女は顔を朱に染めて金切り声を上げる。

「ちょ、馬鹿!返せ!害なら吸わなくてもいいだろ!?」
「あーあーうるさいうるさい。それより、あんたこれからどうすんの?」
「……さぁ。とりあえず一億貰ったし、また仕事に戻るんじゃないの?」
「ふぅん……別にさー仕事しなくてもいいんじゃないの?手元に二億あるわけだし、もっとでかい事しようとか思わないわけ?」
「いや、だからもらったの一億だけじゃん」

何言ってんの?とキノコ男は愉快でたまらないとでも言いたげな表情を浮かべる。

「俺と、あんたで、二億。だろ?」
「……は?」
「んーまぁまずは住む場所決めないとなー。あ、マンションは却下だから。俺猫飼いたいし」
「ちょ、ちょっと!何勝手に話進めてんの!?」
「あーん?何?何か問題でも?」

大有りだよ!と女は叫んだ。もう顔を真っ赤にしながら。

「そ、それってだって、その、二人で、す、すすすす……その、住むってこと、だろ!?」
「まぁ、うん。そうだけど?」

それが?とでも問いたげな男に、女はうなだれる。

「これでも一応、あたし女なんだけど」
「知ってるよ。馬鹿にしてんの?」
「いやそうじゃなくて、特別でもない男と女が一緒の家に住むって、それ大問題でしょ!?」

どうせなら彼女と住みなよ!と言う女に、キノコ男は普段余り見せない笑顔で答えた。

「俺、今は彼女いないし」
「そ、それじゃあ尚更マズイでしょ!?」
「あーもーうるっさいなぁ。それじゃあ」

ふっ、と紫煙を吐き出すと、男は持っていた煙草を靴底に擦りつけた。
吸殻を捨てるかどうか迷った挙句、ポケットにしまいこむと、素早い動きで女との距離を詰め、自分の唇を、

「……あ、」

呼吸音どころか心臓が高鳴る音さえ聞こえてきそうな距離にある女の瞳を見つめながら、男は言った。
それはどこか、彼なりの告白のようで。

「あんたの唇って、案外甘いな……嫌いじゃない」
「……」

完全にフリーズしてしまった女に背を向けると、男は足早に歩き出した。どこか照れ隠しのような仕草をしながら。
男の背中が随分遠くになったころ、ようやく女は動き出す事が出来た。

「ば、ば、馬鹿ー!バカバカ死ねキノコのバカー!」

顔を真っ赤に染め、女は男の背中を追った。これからの事を考えながら。

とうとう残ったのは三人だけになった。
少し涙を浮かべている少女は、そばに立っていた女性に頭を下げた。

「色々と、助けてもらって、本当、何て言ったらいいか……」
「気にすることはございません」

女性の気品漂う仕草に、少女はそれでも再度頭を下げた。
困ったように微笑む女性は、少女に頭を上げさせると、その額にキスをした。
突然の行動に、少女も、近くに立っていた男も、凍りつく。

「神崎様のこれからに、常に幸福がありますように、というおまじないです」
「お、おまじない?」
「そうです。幸運を。祝福を」

そう言って、今まで見せた事のない、優しい笑みを浮かべる。
その美しさに、少女はどこか感心しているようだった。

「これ、よろしければお持ちください」

そう言って手渡しのは、一枚の紙切れ。
そっ、と耳元で女性が囁いた。どこか、艶のある声色で。

「もし、何かに困ったら、いつでも相談に乗りますので」
「え、あ、ありがとうございます!」

と、男の咳払いが聞こえて、女性は男へと視線を移した。
にやり、と底意地の悪い笑顔で、男を手招きする。

「……何?」
「ライバルが、男性だけだとは限りませんので。覚悟、してください」

そういって笑った女性は、どこか幼くて、純粋に、ただただ純朴な表情だった。
忌々しげに舌打ちをした男に目を細めると、それでは、と頭を下げた。

「優勝、おめでとうございます」



もう見えなくなった二人の背中。その方向を見つめていると、不意に背後から声がした。
振り返るまでもなく、その声は嫌というほど聞き覚えのある声。

「寂しくなるなぁ」
「そうね……本当、良い子だったわね」
「別れが辛くなるほど、か?」
「……そうかも、しれないわね」

そう呟いた女性の頬を何かが伝ったような気がしたが、金歯の男は見て見ぬふりをして空を見上げる。
綺麗な、青空。

車中は取り留めない会話に華が咲いていた。
少女の質問に、男が気の無い返事を返している。
それでも少女のマシンガントークは止まらず、いい加減男は疲れてきていた。

「……そう言えば、これからどうします?」
「さぁ……何も考えて無い。とりあえず一ヶ月は休暇だ。どこか旅行でも行くよ」
「あ、いいですね!沖縄とかどうですか?」
「……何で、一緒に行く事になってんの?」
「え、ダ、ダメですか?」
「いや、そうだね……今更泊りとか、関係無いよね」
「?はい!わー楽しみだなぁー」

その少女の邪気のないはしゃぎっぷりに、男はため息をつく。これから先、長い戦いになりそうだ。

「そう言えば、今どこに向かってるんですか?」
「ん?ああ、ちょっと、ね。一応会わせた方がいいと思って」
「会う?」
「そう。俺の、母親んとこ」
「え、わ、私、いきなり、そんな!?」

少女の慌てぶりに、男はくすくすと笑みを零す。

「いいよ別に。墓前報告なんだし、そんな気構えなくても」
「で、でも」
「それよりも。これからの事、考えよう。とりあえず君のマシンガントークは疲れる」
「えー?そうですか?」

少女の声と男の声が混ざり合い、どこまでも続く空へと吸い込まれていく。
誰かが、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。出会った全ての人達に、確認するように。
終わりは、始まりなのだ、と。






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