彼女の日記(非エロ)
江藤光一×エリー


[5:17]潜入成功。音を立てる事無く寝室のドアを開ける。
[5::19]とても可愛らしい天使のような直タンの寝顔を発見。その隣で眠る鬼畜サディストの瞼にワサビを塗りたくる。
[5:22]思わず寝顔に見惚れる。その後持参したデジカメで上手く二人だけ写るように撮る。
[5:25]しかし本当に可愛らしい。気付けば息遣いが荒くなっている。顔を十センチの距離まで近づける事に成功。
[5:33]帰り際に彼女の部屋に寄り、色々と物色。全て写真に収める。彼女の下着の色の多くは桜色。
[5:49]脱出成功。我ながら完璧。素早く待たせていた車に乗り込む。
[10:26]何食わぬ顔で今朝方潜入した家のインターホンを押す。直タンの声が聞こえた。
[10:30]笑顔で迎え入れてくれた直タンに軽く微笑む。リビングには両目をアイシングしているサディストがソファに寝転がっていた。ざまあみろ。
[10:47]直タンが持ってきてくれた紅茶を一口一口味わいながら飲む。直タンが淹れてくれるのなら百万は出させてもらいたい。
[10:59]直タンと楽しくお喋りをしていると、サディストが突き刺すような視線を送ってきたが、無視。
[11:38]サディストの視線を無視し続けた甲斐があり、直タンに昼食を一緒にどうですか、と提案される。即答。イエス一択。
[12:04]直タンの手料理は煮込みハンバーグだった。美味しい。今すぐ嫁にきてもらいたい。
[12:41]とても美味しかった。そう言うと直タンは照れたようにありがとうございます、と頭を下げた。食後のデザートは直タン一択。
[13:05]サディストが尋ねてきた理由を聞いてきた。ポケットから二枚の招待状を取り出すと、それぞれに手渡す。
[13:16]久しぶりにライアーゲーム参加者数名で集まろう、という提案に直タンは嬉しそうに頷いた。サディストの意志はこの際無視。
[14:32]随分粘ったが結局サディストの嫌がらせによりお暇する事に。今度は鼻の穴にワサビを塗りたくろう。
[15:17]部下からの連絡で直タンが一人でコンビニに向かったとのこと。カーブ三つでバックミラーから消す勢いで車を走らせる。
[15:38]直タンがコンビニに到着してから三分が経過していたが、幸いな事にまだ直タンはコンビニにいた。
[15:40]直タンがカゴに入れた商品をレジに持っていくのを確認すると、偶然を装って手に財布を握りコンビニに入る。
[15:41]あ、とすぐに直タンと目が合う。とても嬉しそうに名前を呼んでくれた。死んでもいい。
[15:42]ふと店員を見れば、何故かヨコヤがバイトをしていた。露骨に嫌そうな顔をしながらこっちを見ている。白髪の分際でこっち見るな。
[15:43]さらによくよく見ればヨコヤは馴れ馴れしく直タンの手を握っていた。ヨコヤアアアアアァァァァ!
[15:53]少し立ち話をした後、それじゃあ、と直タンは店を出た。周りを見回せば、他の客は誰もいない。ヨコヤの舌打ちが聞こえた。
[15:57]嫌がらせにエロ本を十三冊ほど購入してやる。しかもどれもとびきりのハードモノ。ヨコヤの顔が引きつる。
[16:00]ヨコヤの嫌々発せられたありがとうございました、の声を聞きながら、車に乗り込む。運転手に先程購入したエロ本を渡す。
[17:49]風呂から上がり、パソコンを起動させる。今朝デジカメで撮った写真を保存する。これで合計六百八十三枚に。
[00:46]本日の業務を全て終了。今朝も潜入作戦があるため、就寝する。

「どうでしょう?」
「……えーと、その……何してるんッスか」

ここは某高級料理店。メニュー表には見慣れぬ文字が躍り、その隣に書かれている数字はどれも俺の月収並。
こんな一生縁が無さそうな店に何故いるかといえば。
目の前で優雅に、出されたラム肉のステーキを食べている彼女、元事務局のエリーさんに軽く拉致られたからだ。
エリーさんは店に入るや否やいきなり日記帳を俺に手渡し、読んで下さい、とだけ告げると料理の注文に取り掛かる。
慌てて金が無い事を告げると、貧乏人に端から期待してねぇよ。みたいな視線でお気になさらず、と言われた。
そうこうして、俺が日記を読み終わると同時に運ばれた料理に舌鼓を打ちつつ、彼女の先程の質問。
どうもこうも、日記に書かれている内容のどれもが犯罪臭やアホな中学生の嫌がらせみたいで、正直イメージ出来ない。
だが、そんな俺の返答が気に入らなかったのか、彼女は持っていたフォークを逆手に持ち替えると、勢い良くラム肉に突き刺した。
超怖い。

「エトウ様は、カンザキ様にご好意を抱かれている、と思っていたのですが?」
「え、あー……はい、まぁ。そーなんッスけど、まあ今は諦めてるかなーなんて」

ベキリ、と嫌な音を立てて皿が割れた。大変です。何故かご乱心です。ダレカタスケテ!

「それでいいのですか?」
「いや、いいも悪いも、俺って結局そういう対象になってないんだろうなー、と」
「なら、無理にでも対象になればいいだけのことでは?」
「……例えば?」
「夜這い、とか」

ダメだ、何かこの人ダメだ。
ふぅ、とため息をつくと、エリーさんはどこか憂鬱げな表情で俯いた。

「ふにゃチン童貞野郎が」
「え?」

あれ、今ありえない単語が聞こえた気が。
何でもありません、とエリーさんはまたいつもの少し冷たい表情に戻ると食事を再会する。
そんな彼女に俺は思わず笑みを零す。

「?何か?」
「いや、なんつーか。そんな顔もするんッスね」

ぽかん、と訳が分からないとでも言いたげな表情を浮かべ、すぐにくしゃりと笑った。
その顔がとても綺麗で、俺は一瞬胸を高鳴らせてしまう。

「こんな顔をするようになったのも、カンザキ様のおかげです……とても、素晴らしいお方でしたから」
「……そうッスね」
「……ところで」
「はい?」
「エトウ様はカンザリ様のメールアドレスをご存知でしょうか?」
「あ、はぁ、まあ、知ってますけど」

ガキリ、と甲高い音を立てて皿が割れる。見ればエリーさんのフォークが俺の肉に見事なまでに突き刺さっていた。
ごめんなさい父さん母さん。俺先に逝ってきます。

「是非、教えていただきたいのですが」
「いや、でも、直ちゃんに聞か」
「ゼヒオシエテイタダキタイノデスガ?」

ヤバイ。何か声が怒りでギクシャクしている。

「どうぞ。直ちゃんのアドレスです」
「ありがとうございます」

この世は弱肉強食。つまり俺が食えるのは畜生のみ。何て最下層。
俺の携帯を見ながら、ものすごい速さで自分の携帯にアドレスを入力する。まるで鬼神の如く。
そうして入力が終了したのか、一瞬俺の顔を窺うように見て、再び指を踊らせ始める。
五分ほどして、携帯が俺の元へと戻ってきた。

「では、食事を楽しみましょうか」

そう言ったエリーさんは満面の笑みを浮かべていて、とても上機嫌だった。
……上機嫌すぎて、相手する俺はとてつもなく大変だったけど。



「それでは。またいずれお会いしましょう」

それはつまり俺がまた拉致られるということなのだろうか。人権って何だ。
停めてあった真っ黒のリムジンから黒服の男が出てくると、助手席のドアを開ける。
まるで違う世界に、俺は呆気にとられる。
車に乗り込もうとしたエリーさんに、俺は思わず声をかけた。

「あ、あの!」
「はい?」
「えーと、あの、料理、すっげぇ美味かったです」
「そうですか。それは良かったです」
「それで、あの、ですね」
「?はい、何でしょう?」
「よかったら、その、次も食事に誘ってください」

出来れば普通に。そう言い終えた俺に一瞬虚を突かれたような顔をして、でもすぐに優美な笑顔を浮かべて彼女は車に乗り込んだ。
車が見えなくなるまで見送ると、俺は車が走り去っていった方向に背を向け、歩き出した。
歩きながら、さっき自分が言った言葉を思い返す。

(……お、俺、なんてことを!)(よりにもよってまた、とか、そんな、怖いっつーのに!)

きっと飯が美味かったからだ、とか訳のわからん言い訳をして、少し足早に帰路につく。
もう何も考えたくない。
と、突然ポケットから振動が伝わる。手を入れれば携帯が震えていた。

「……誰だ?」

画面に表示されていた見覚えのないメールアドレス。俺は恐々とメールを開く。

『エトウ様。
今日は私の気紛れにお付き合いいただき、誠に感謝しております。
いずれ、集まりのご連絡をさせていただきますので、何卒よろしくお願い致します。
それでは、道中お気をつけて。

ps.エトウ様のご予定が空いておりましたら、是非ともまたお食事に誘わせていただきたいと思います。普通に。』

数秒間、俺の細胞という細胞が停止する。
ようやく動き始めた要領の悪い頭が、メールの意味をかみ締める。

(うわー……うわーうわーうわー!)(ど、ど、どどどどどうしよ!ヤッベェ今更緊張してきた!)

何故か火照る顔を隠しもせず、俺は走り出した。出来る事なら叫びたい。
鼻腔に残った彼女の香水の残り香が、いつまでも離れない。






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