支配者
横谷ノリヒコ×神崎直


「秋山さんは、あなたには負けません」


ナオは目の前に座り、感情を読み取れない笑みを浮かべる投資能力者、ヨコヤに
力強くも、落ち着いた声色で言い放った。


先程、秋山が取り乱したのもすべて演技であり、ゲームはやはり彼の思うがままに進んでいる。


ナオにとって、秋山は『絶対』なのである。



そんな、秋山への信頼が痛いほど伝わってくる発言に、
ヨコヤは口元を怪しく歪めた。


「?」

ヨコヤの変わったことに気付いたナオが不思議に思った瞬間。




「………あはははは!」


ヨコヤは突然大きな声で笑い声をあげた。
それに反応してナオは目を見開き、同時に不安な気持ちにかられる。

「…何がおかしいんですか?」

恐る恐るヨコヤに問掛けをするが、相手は已然笑ったままで、質問は投げ掛けたまま返される事はなかった。


笑い終えるのを待つこと数十秒。
実際には短いが、敵の笑い声に取り巻かれ、ナオの心の不安を増幅させるには充分な時間だった。


この人は、怖い。

本当に人間らしい感情を宿しているのかを疑うほどだ。



あまりにも時間がかかっている上、話の内容が聞こえない秋山は、モニターに写るナオの怯えた表情に、眉間に皺を寄せる。





ふいに、
ヨコヤがモニターカメラに視線を向け、手元のスイッチを押した。

「秋山さん。聞こえますか?」


それは秋山に対する投げ掛け。
控室にいたメンバーがそれぞれ秋山に視線を送る。

秋山は表情一つ変えずにモニターを見つめている。


「僕は、見付けましたよ。
貴方の…弱点をね」



ナオは、目の前の人物が何を言っているのか理解が出来ず、ただただ目を見開き息を飲む。


モニターの向こう。

疑問型が飛び交う中、
秋山は眉間の皺の数を増やし、モニターに写る粒子の荒いヨコヤの顔をにらみつけた。



ヨコヤはボタンを片手で押しながら、


「先程の君の迫真の演技のおかげで、この部屋には密輸人と検査官しか入れないようになったんですよ。
君はモニターの死角を利用してまんまと僕を陥れた。
悔しいですが完敗です。まんまとしてやられました。
だから……そろそろお礼をさせてもらいますよ」

やられっぱなしは性に合わないのだ、と言いながら、
ヨコヤはモニターカメラの方から目の前に座る、
カンザキナオへ視線を向ける。

その冷たい視線に、恐怖心を抱いたナオは体が硬直してしまって動けないでいる。

モニターからも、ナオの脅えぶりは滲出て伝わり、それが秋山の怒りを誘っていく。


「…秋山くんは、そこで見ていてくださいね。」

そう言い終るとゆっくり椅子から腰を上げ、硬直したナオの背後に立つと、ゆっくりとナオの体に手を伸ばし、後ろから抱きついた。

モニターを見ている全ての参加者が驚きの声を上げ、
このあと怒るであろう最悪の事態を想定しては表情に戸惑いの色を浮かべている。


秋山は立ち上がり、
ヨコヤに対しての怒りを露にした。

「ふざけるな!ヨコヤ!!!」


聞こえていないはずだが、その状態を想定してか、ヨコヤがナオに抱きつきながら片方の手でスイッチを押し、

ナオの耳元で、


「ちゃんと見ていてくださいよ?

……"黙って見てろ"なんて言いませんから。」



モニターの向こうでこれから何が起きようとしているのか、誰にだって分かる状況に、

秋山は走って部屋の扉まで行くと両手で精一杯扉を殴りつける。

開け、開け。
壊れてしまえ、と強い力を込めて。

しかし、扉は無情にもびくともしない。


「くっそ…!!ふざけやがって…!!」

どうにもできない自分に腹が立つ。
こんなことをしてる間にも、あのバカ正直で泣き虫で優しい"彼女"が、狭くて薄い肩を震わせているのだ。

焦っても仕方が無いのは分かっているはずなのに、焦りを抑さえる事ができない。

ただただ、秋山は扉に当たり散らすことしかできないでいる。

扉は相変わらず無情なままだ。



『声を出して叫んで何も出来ない自分の非力さを嘆くがいい。』

ヨコヤがそう言ってる様にしかナオには感じられなかった。


何が起ころうとしているのかやっと理解できたナオはヨコヤを振り払おうとするが、男性の力相手に叶うはずもなく、無理矢理腕を引っ張られたかと思うと、部屋の隅にたたき付けられた。

「いたっ…!!」

衝撃に思わず悲鳴を上げる。


モニターから聞こえた小さな悲鳴を耳にして、秋山は血相を変えて瞬時にモニターに視線を飛ばす。


が、しかし。

モニターにナオの姿は見えなかった。

机に寄り添うように立っているヨコヤの視線の先。
モニターカメラの"死角"。
そこに追い込まれたのだとすぐに分かった。


秋山はモニターを見つめながら壁に拳を叩き付けた。




机の側に仁王立ちして見下ろしてくるヨコヤは、この上なく楽しそうな表情をたたえている。




ナオはあまりの恐怖にカタカタと小さく震え始めてしまう。
心の警鐘がなり響いて眩暈すらする。

ふっと、なぜか秋山の優しい笑顔を思い出し、
無意識に小さな希望をつぶやいた。


「助けて…秋山さ」



プツッ



無機質な音と共に
ナオが絞り出すようにして自分の事を呼ぶ声は途切れ、
秋山はそれを最後まで聞くことを許されなかった。

大きく見開かれた秋山の目にモニターが写し出される。
その世界にナオはいない。


無音になった瞬間、
時が止まった気がした。


モニターの映像をやけにスローに感じる。


静けさに耐えかねて耳鳴りがする。




モニターに写ったヨコヤが、
今ナオが消えた死角にゆっくりと近付いて行き、

消えてしまった。



秋山はそれを見て

顔を様々な感情で歪めながらモニターにゆっくり近付くと、
両手を思いきり叩き付け、


「ヨコヤァァァァアア!!!!」


と、抵抗すらできない怒りを静かな部屋に轟かせるしかできなかった。






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