指輪(非エロ)
秋山深一×神崎直


「直」
「ハイ、なんでしょう?」

くるりと振り返った直にチョイチョイとまるで犬を呼ぶように秋山が手を振る。
小首を傾げ、夕食の支度をしていた手を止めると素直に直は秋山の座る場所まで歩いていった。

「座って」
「え?座るんですか?……まだ夕飯の準備が終わってないんですけど」
「うん、わかってる。そんなに時間はかからないからさ」

ほら早くと、ポンと秋山の隣を叩かれて不思議に思いながらも直が座る。
今日は久しぶりに秋山を夕食に招くことができて張り切って用意をしていたところなのだ。
支度途中の夕飯に気を取られ、後ろを振り向いたところを秋山が直の手を取った。
握られて、え、と思った瞬間に冷たい金属の感触が薬指から伝わってくる。
慌てて振り返ったと同時に、秋山の手が離れた。

「あ、あの…秋山、さん?」

左手の薬指。そこにあるのは煌めく燻したような銀色の飾り気のない指輪だ。
自分の手と、口角をあげて笑っている秋山の顔を何度も見比べる。

「あのっ、あの……」

言葉もないままに段々と頬が赤くなってきて思わず俯いた直の手をもう一度、秋山がぎゅっと握りしめた。

「明日からちょっといなくなる」
「…えっ」
「すぐに戻ってくるつもりだけど。それまでの間、これを預かっててくれないか」
「どこに行くんですか?」
「ちょっと仕事でね。辺鄙な場所らしくってあんまり連絡も取れないかもしれないからさ
あんたに何かあってもすぐに戻ってこれないかもしれないから――お守り」
「お守り…ですか」
「そう。まあ、ここに嵌める指輪の意味そのままに取ってもらっても構わないけどね」

にやりと笑って、指に嵌めたリングに軽くキスをする。
瞬間パンと手をはねのけて、顔を真っ赤に染めた直が慌てて立ち上がった。

「も、もうっ、そんなこと言って……本気にしちゃったらどうするんですか」

早口になって意味もなく髪を撫でつけながら直が流しへと向かう。

「本気にしてくれてもいいのに」

明らかに挙動不審になっている後ろ姿にくつくつと笑いを抑えながら秋山が小さく呟いた。

「秋山さん?」
「何?」
「今、何か言いました?」
「いいや、何にも。それよりも夕飯はまだ?」
「あともうちょっとです!秋山さんが邪魔しなければもう準備できてましたよ」
「そりゃあ悪かったな」
「でももうできますから。待っててくださいね――あ、秋山さん?」
「うん?」
「あの、心配してもらってありがとうございます。私、ちゃんと秋山さんが戻ってくるまで
指輪、大事に預かってますね!」
「――うん。よろしくお願いするよ」
「ハイッ!任せてください!」






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