今日は何の日(非エロ)
秋山深一×神崎直


郵便受けに収まっていた光沢のある黒い封筒がわずかな光を受け鈍く反射する。
久しぶりに目にした、不吉さしか予感させないその四角い封筒に秋山は眉をひそめた。
先日、数年に渡り戦いに明け暮れたライアーゲームは完全に幕を閉じたはず。
それとも、また誰か資産家の酔狂で騙しあいのゲームが再開するとでも言うのか?

封筒を手に取ると、これまでのカードしか入っていなかった封筒に比べ
若干厚みと重みがあることに気付いた。
部屋に入り、封を開け中身を確認すると、そこに入っていたのは1枚のDVD。
表裏引っくり返し何度か確かめるが、ライアーゲーム事務局らしきロゴは
どこにも見当たらない。

何かの悪戯か、とDVDをゴミ箱へ放り投げる。
そのはずみに手にしていた封筒の開封口が下を向き、
DVDと共に入っていた1枚のメモ用紙がハラリと舞い落ちた。
紙切れを拾い上げた秋山はそこに書かれたメッセージに目を止め凍りつく。

――――カンザキナオを返して欲しければ、1億3125万円用意しろ――――

そこに書かれていたのが2回戦少数決の時に自分が手にしたと知られているのと
同額の金額であることに気付き、秋山はメモを握り締めた。

迂闊だった。ファイナルゲームは神崎直の尽力で誰も負債を抱えないように
終結を迎えたが、1回戦・2回戦では最大で1億の負債を抱え
未だに返済の目処が付かず借金に苦しんでいる者が多いはず。
そして、秋山・直と共に2回戦を戦った者であれば、彼らに負債を抱えさせ
億単位の儲けを得た彼らを恨んでいたとしても何の不思議も無い。

急に胸騒ぎを感じ先程ゴミ箱に投げ捨てたDVDを拾い上げ、
PCに入れ再生する。
すぐに画面に薄暗い部屋が映し出され、しばらくすると
目の辺りを布で覆われた直の姿をカメラが捕らえた。
「…お願いです!こんな目隠し外してください!」
恐怖で震えている直の声に秋山は頭が真っ白になったが、
画像は一瞬で再生を終え、DVDは停止し画面は黒く沈んだ。

一体誰がこんなことを。

「クソッ!」

直が監禁されている場所に何かヒントが無いかと再びDVDを再生する。
集中力を乱さないために直の姿を避け部屋の細部に目をこらすと
画面の後方で光が反射することに気付いた。
動画を停止すると該当箇所を拡大させる。

「……?」

拡大した箇所は何かの棚にはめ込まれたガラス戸らしい。
そこに映っていたのはどこか見覚えのある大きな熊のぬいぐるみ。
ハッとした秋山はもう一度最初から再生し、暗くて分かり難いが
そこが何度か訪れたことのある直の部屋であることを確信した。

盗難対策でこっそり外しておいた床板を外し、
ライアーゲームでの取引に備え用意しておいた小切手帳を取り出すと
上着のポケットに突っ込み、秋山は部屋を飛び出した。

最短記録で直の家に駆けつけた秋山は、
アパートより通り2つ程手前で足の速度を落とした。
息を整え、さりげなく歩くよう気をつけながら周辺の様子を伺う。

……特に怪しい人影は無いな……。

複数犯なら逃走経路に見張りを配置しているはずだが、
それらしい人物の姿は見当たらない。
ならば単独犯だろうと踏んで、とりあえず周囲をぐるりと巡り
直の部屋の様子を外から伺う。
真っ暗だったDVDの画面から予想した通り、
晴天の昼間にも関わらずカーテンもピッタリと閉じられ
外から部屋の中を窺うことはできなかった。

恐らく直が拘束されている場所はあそこだろうと
部屋の間取りとDVDの映像から計算したピンポイントの
位置に入れるよう、窓に近付く。
中から音がしないか確認し、肘で窓ガラスを叩き割ると
割れたガラスの隙間から手を突っ込み鍵を開け、部屋の中に飛び込んだ。

「……秋山さん!どうして窓なんかから入って来たんですか!」

ガラスの割れる音に唖然としていた直は、すぐに我に返って

「ガラスで怪我をしませんでしたか?」と秋山に駆け寄ろうとした。
いつもと変わらぬ直の様子にどういう訳かと困惑したが
すぐに冷静になった秋山は、そんな直を思わず制止する。

「割れた破片で足を切るぞ!動くんじゃない!」

命じられるがままにピタリと足を止めた直。

以前訪れた時には無かった、いかにも“地デジ対策です”といった
大きなテレビの前に座り、懐から財布を取り出したのは
フクナガ、エトウ、そして何故かヨコヤと秋山にしてみれば
二度と顔を合わせたく無い面々ばかりで。

「…だから言ったろ?ナオちゃんのピンチとあらば
秋山は絶対に1時間以内で駆けつけるって」
「さすがにファイナルまでほとんど全てのゲームを
共に戦ってきただけあって、よく分かってますね」
「秋山でも冷静な判断力が無くなることあるんだな〜」

ヨコヤ、エトウがフクナガに万札を手渡す。

億単位の金を奪い合っていたゲームに比べ、
随分と庶民的な金額のやりとりだなと頭の片隅で思ったが、
秋山は低い声で3人に問いただした。

「…これは一体どういうことだ?」
「別に〜。ゲーム中にお世話になった直ちゃんに
何か御礼をってヨコヤが言うから、直ちゃんに希望聞いてみたら
『気持ちだけで良いです』とか言われちゃったから。
どうせ直ちゃんのことだし、地デジ切り替えで新しいテレビ買うとか
してなさそうだし、テレビを贈ってしまえと持ってきて、
贈ったついでに皆で映画鑑賞してるだけだけど」

しゃあしゃあと答えたフクナガの説明をヨコヤが補足する。

「まぁ、神崎さんにお世話になったのと同じくらい
秋山君にはしてやられた訳ですし、二人同時に御礼をするには
どうすれば良いかと考えたわけです」
「ナオちゃんも『プレゼントを持ってくるまで目を開けないで』って
頼んだらあっさり目隠しされてテレビ設置するのを待ってるし。
バカ正直は本当に相変わらずだよね」

フクナガの言葉に秋山は何となく経緯を察し頭を抱えた。

…贈り物が何であるかはお楽しみと上手く言いくるめて
直に目隠しをすると、部屋を暗くしてしばらく放置し、
あまりに長時間放置された直が心細くなって泣き声で
外して欲しいと嘆願するタイミングを見計らって
動画撮影→秋山の家にDVD配達→秋山が封書を手にしてから
どのくらいの時間で直の家に着くか3人で賭けていたというわけらしい。

あぁちなみに秋山君が封筒を受け取ってから家を飛び出すまでの
時間を計るために秋山君の家の前で張っていたのはニシダですとの
ヨコヤのセリフに秋山はガックリと肩を落とす。

そんなことに人を利用しないで下さい!と飛び上がった直をよそに
ヨコヤが満足そうに頷いた。

「まさか窓を割って入ってくるとは思いませんでしたからね。
良い物を見せてもらって、投資しただけのことはありましたよ」

そういうとヨコヤは懐から数枚、万札を取り出し直に手渡す。

「これ、ガラスの交換代です」
「こんなの貰えません!」
「どうせこいつ、一生遊んで暮しても使い切れないぐらい
ゲームで稼いだんだから遠慮するなよ!」

フクナガが直の肩をポンポンと叩くとエトウを引きずり玄関へ向かう。

「ところでナオちゃん、さっき俺とした賭け、覚えてる?」

振り向いたフクナガの言葉に直がしばらく逡巡した後真っ赤になる。

「…まぁ、秋山のナオちゃんに対する気持ちも確認できて良かったじゃん!
賭けは俺の勝ちだから、ナオちゃんはちゃんと俺との約束を果たすように」

手をヒラヒラと振ってエトウの背を押しつつフクナガが姿を消す。
ヨコヤがわざとらしく腰を深く折ってお辞儀をすると扉が閉まり、
秋山は思わず嘆息した。

「…まったく、映画皆で観ていてなんであんなに静かだったんだ?」

散乱したガラスを拾いながら秋山がボヤく。

「フクナガさんが、この映画はセリフ無しで映像で魅せるのが特徴だから
良さを分かるためにも音を立てるなって言って…」

私は何が良いのかさっぱり分からなかったんですけど、との
直の言葉にフクナガのヤツ、どこまでも人をおちょくりやがって、と
秋山は舌打ちした。

「…ところで、秋山さんにフクナガさんが『ナオちゃんがピンチだから
すぐに来い』って手紙を送ったのって本当ですか?」
「まぁ似たような物だな」

もう二度とあんな物は目にしたく無いと思いつつ、
フクナガの言葉を思い出し秋山は直にたずねる。

「ところで、フクナガと何の賭けをしたんだ?」
「…フクナガさんに、私がピンチだなんて聞いたぐらいで
秋山さんがすぐに来るはずが無いって言ったんです。」
「………………」

直の言葉に、この世で俺以上にコイツを心配しているヤツがいるのかと
何だか今までとは違う意味で秋山は脱力した。

「そうしたら、フクナガさんが『秋山は絶対にすぐに来るはずだ。
1時間以内に来たら俺の勝ち、1時間を超えたらナオちゃんの勝ち』って言って」
「で、フクナガに何を払わされた?」
「フクナガさんに対しては何もしなくて良いって…」
「あいつにしては珍しいな」

首を傾げた秋山に直が急に近付いた。
ガラスを片付けるために屈んでいた秋山の頬に一瞬直の唇が触れると
何が起こったか秋山が認識するより先に直が身体を離す。

「おい、何のつもりだ?」
「…フクナガさんが、『俺が賭けに勝ったらナオちゃんから秋山にキスするように』って」

でも、どこにキスするって決めて無かったしほっぺたで良いですよね?と
上目遣いで聞いてきた直に秋山が憮然として答えた。

「…フクナガはお前が誘拐犯に監禁されてると俺に言って来たんだぞ」
「…誘拐?!」
「それを聞いて俺は寿命が10年は縮む思いをした」
「ゴメンなさい!!そんなことになっていたなんて思いもしなくて!」

別に直は全然悪くないのだが、秋山はそんな事は無視して直にたたみかける。

「…心配させられた分、慰めて欲しいんだけど」
「分かりました!今日は秋山さんの言うことは何でも聞きます!」
「何でも?今更やっぱりダメとかは無しだぞ」
「はい!って、キャー!秋山さん、何するんですか――――!!」


そのまま秋山の言うことを何でも聞いてあげちゃった直は
しばらく秋山の顔を直視できない日が続いた。

御礼と称し散々秋山にやられっぱなしだった鬱憤を少しばかり晴らした
エトウは秘かに報復を恐れていたが、結局何事も起こらず胸を撫で下ろした。

フクナガはやっぱり報復防止策を取っておいて良かったと
一人悦に入っていたらしい。






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