〜revenge〜4部
進藤一生×香坂たまき


…もう。
私は段ボールの山の中で大きなため息をついた。

カッコつけずに、彼を引っ張って帰ってくれば良かった…。
そんなことを頭の片隅で考えながら、苦笑して、また小さくため息をつく。

間取図だけをシカゴにメールしてもらって決めた物件は、ひとりには大きめの2LDK。
そのリビングが、研究資料や医学書などでいっきに足の踏み場もなくなってしまった。
荷物の搬入には立ち会えず、業者に頼んだために部屋への振り分けができていないのだ。

コツンっと、拳で段ボールをこづいて、諦めた。
生活に必要なものだけを、仕分けし整理することに専念する。
ようやく生活できそうな、空間が見えてきてホッとしたころには空が夕方の色をしていた。

なんだか空しくなって、目を細めた。西日が眩しい。
昨日、彼に会ったのもこのくらいの時間だった。
ついさっきのように思えるのに、記憶が曖昧で遠い昔に感じた。
約束をしなかったことに多少の後悔を感じ、また空しさが込み上げる。

あれで良かったのよ…。私はそう自分を励ました。
なにより、私は自立した女だ。医師として相応しい道を真っ直ぐに歩いてきたつもりだし、後悔もない。
自分の能力だけで生きていける。
彼も、彼の生きる道があるし、寄り添って生きて行かなければならないほど、彼も私も弱くない。
今までと変わらずに、自分の生きて行く道を歩く。
それは彼と一緒にいても、離れていても変わらない事実だと思う。
そんなことを漠然と考えながら、…ただの強がり、ね…と、つぶやきが、ため息とともに洩れてしまった。
言葉にすると一層空しくなって、弱々しく苦笑するしかなかった。


ふぅっ、と大きくため息をついて私は独り言を言った。

「おなかすいた…」

間抜けな独り言に笑いながら時計を見る。18:49だった…。

無意識に空っぽの冷蔵庫を開けてみる。当然そこには何も入っていない。
買い出し行かなきゃ…。
近場のコンビニに行くのも面倒だった。すでに疲れきった身体が悲鳴を上げている…。
だるさと、眠気が救命時代を思い出させて、また苦笑した。

それでも本能は正直で、私は着替えて外に出ることにした。
必要な物だけを買い込み、部屋に戻る。
お世辞にも食事とは言い難い栄養補給をして、シャワーを浴びた。

熱い液体が乾いた身体に効いた。勝手に涙が出た。
身体が熱を持つと昨日のことを思い出して、たまらなくなる。
私は泣いていた、声を上げて。彼を思う気持ちが溢れて止まらなかった。
激しく打ち付ける熱い液体に匹敵するほどの号泣だった。
すべて流れ落ちるまで、そうしていたかった。

涙が枯れると、何もする気になれず、髪も乾かさないでベッドに身を預けた。
意識を手放そうとした瞬間、インターフォンが鳴った。
まだ届いていない荷物…あったかしら…?はっきりしない意識の中で、そんなことを考えていた。
ゆるゆると身体を持ち上げ、ベッドサイドの時計に目をやる。

22:32…。

ドキッと胸が鳴った。

慌てて、リビングに走った。インターフォンを受話器を取る。

小さな液晶に…、彼が映っていた…。

「…進藤せんせ…」

また、胸が鳴った。

「…どうぞ」とだけ言って、受話器を置いて、共用玄関のオートロックを解除した。

映し出す物を失った液晶が、闇を作り私を映した。
今の自分の姿にはっとした。あわてて手櫛で髪を梳かす。
身支度を整える暇もなく、ドアフォンが鳴った。

会いたい、触れたい、その衝動だけが心を満たした。
体裁なんてどうでも良くなって、玄関へ急いだ。
ドアを開ける…。
そこには彼がいた…。

進藤一生…。

彼は照れた表情をして「ただいま」と、だけ言って、私を抱きしめた。
その言葉だけで、胸がいっぱいになった。
抱きとめられた彼の胸の中で「おかえり…なさい」と、つぶやくのが精一杯だった。

しばらくそうして居たかった。なのに彼は、クスクスと笑い始めて、耳元でささやいた。

「香坂…、色っぽいお出迎えで、嬉しいんだが…今、俺は禁欲中だぞ…」

そう言われて、ノーブラでTシャツ、ショーツ姿だったことに気が付いた…。
顔が赤くなるのを感じながら、どうすれば良いのかを考えるが、まともに計算できるわけもなく彼の手によって、身体を引き離された。

彼はさりげなく私を見下ろして額にキスをした。

「…待たせたか?」

小さく微笑む彼の口許が見えた。
答えはみつからなかった。
今朝、何も言わず彼の元を去ったこと、それを後悔していたこと。
つい数時間前のことが曖昧な思い出のように思えて、また涙が溢れそうになった。
でも、現実は違った。曖昧さのかけらもなく、彼は私の元にいる。
好きで、好きでたまらなかった彼が…、目の前に居る現実が…、こわかった…。
私はどこまでも素直じゃない女だということに気づかされて、彼の目を見ることができずにいた。
ため息をつくつと、同時に小さな嗚咽が洩れた。枯れてしまったと思っていた涙が、また溢れて頬を伝う。

「…わ…たし…、素直に……」

嗚咽混じりに、彼に謝ろうとした私を彼は困惑気味に、もう一度抱きしめて、言葉を遮った。

「いいんだ。…いいんだ、香坂。俺が悪い。…だからもう、何も言うな。俺が素直になれなかったんだ。お前を試すような真似をして、すまなかったな…」

おだやかな声音だった。

彼は、まだ少し濡れている私の髪を撫でるように梳いた。

一度だけくちづけをして、当たり前のように彼は私の髪をドライヤーで乾かしてくれた。
その後は彼の腕枕で寝た。おやすみのキスをせがんでみたら、黙って額にキスをくれた。
私はされるがままに彼の優しさを受け止めた。
私は彼の腕の中で、彼のささやきを聞いた。

その言葉を思い出す度に、私は満たされる。


「もう、待たなくていい。俺の帰る場所は、お前のところだけだ」

思い出しながら、私は小さくため息を洩らした。

幸せを感じることに慣れていない心が、満たされた気持ちを少しずつ否定し始めていた。

初めて彼と身体を重ねたのはあの日から13日目だった。
それまで、2.3日に1回着替えを取りに帰ることがあるだけで、言葉少なに必要な事だけを話し「行ってくるぞ」とキスをくれるだけだった。
でも、それが今の彼にできる最大限の優しさだと気が付いていた。
彼の持ち込んだ荷物はほとんどなく、帰って来る度に真新しい下着とシャツを調達してくるのだから…。
わざわざ、帰ってくる必要なんてないはずだった。私はその光景を一度だけ苦笑いで見ていた。

彼は照れた表情で「とんだ純愛だ、な」とつぶやいて笑った。

その後も彼は休み無く働いて、時々帰ってきては仮眠程度の休息を取るというのが日常になった。
時折、明るい時間に帰って来る日があった。それは決まって私の休みの日か、夜勤明け。2時間ばかりの逢瀬を楽しんだ後に、近況報告を手短にする。
すべてが事後報告なので、私は切なさばかりを募らせた。刺された、と見せられた傷口はすでに、抜糸も済んだ状態で私は苦笑しながら、激しいめまいを感じていたし、悔しかった。
そんな彼の身体を心配していたけど「少し休んだら?」なんて、言えなかった。
無理して帰って来てくれている彼を見ていると、それを言うのが私のわがままのように思えて辛かった。

一緒に過ごす時間が少ないのは覚悟していたし、もちろん承知の上だった。
それでも手に入れてしまったら、もっともっと彼を知りたいと思った。
心さえ繋がっていればそれで良いと思ったのは、最初の1ヶ月だけ、だった。
でも私から求めることはできなかった。ずっと素直になれなかった。

あの時、あの言葉で私は満足だった。
迷いも、駆け引きもない、彼の本音を聞けて、嬉しかった。
でも、私は彼の優しさや、深い愛に応えられないでいる。
二人で過ごす時間が少ない分、彼は言葉というダイレクトな愛情表現で私を包んでくれる。
なのに、私は受け止めるだけで、彼に何も与えられない。やわがままを言ってしまいそうで、
彼の与えてくれる優しさをすべてを否定してしまいそうで、不安ばかりが募る。
言ってしまえば私自身が迷走してしまいそうで、言えないことがたくさんある。
好きだと、愛していると…。本当はもっと一緒にいたいし、たくさん話をしたい…、なのに…。

背中に彼の鼓動を聞きながら、彼が身じろぐのを感じた。

「…たまき?…眠れないのか…?」

私は少し身を固くして、うなずいた。
あの晩から彼は私を「たまき」と呼ぶようになった。
呼ばれる度にむずがゆいような、感覚に襲われて身体が熱くなる。それは今でも変わらない。

「どうした?」

彼は身体をすり寄せながら、耳元でささやく。

「…あの日のことを思い出してたの…」
「あの日?」
「…あなたと再会した日…。あなたが私の元へ帰ってきてくれた、あの日のこと」

彼は私の枕と首の隙間に腕を通しながら、もう片方の腕が静かに私を抱き寄せた。
私の背中に、彼の胸が密着する。

「…ねぇ」
「ん?」
「私の帰る場所は…、あなたでいいの?」

彼は小さくため息混じりに笑ったようだった。

「今さら、何言ってるんだ…」
「…聞いてみたかっただけ、よ」

私はできる限りすました声で、返事をした。
彼が苦笑するのを感じてやるせなくなる。

「イヤな夢でも見たのか?」

私は首を横に振って、彼の手を握った。

「…幸せすぎて、こわい…」

少し沈黙して彼は私の耳に唇を寄せた。そして、静かにささやいた。

「たまき…、おまえ…俺に言いたいことがあるんじゃないのか?」

湿気のある息が、擽る。悟られている…。それを感じると何も言えない。

「本当に、幸せか?」

訝しげに聞こえる問いもはっきりとしていて、迷いがない。彼はいつもそうだ。

私を対等に扱ってくれる。その優しさが重い。
今まで付き合ってきた男を私は見下してきた。
いや、見下されるのがイヤで、言いたいことをなんでも言ってきたし、不振を抱けばそこまでだった。
それをすべて受け止めてくれる男なんていなかったから、上辺だけは恋人同士でも、心までは「彼氏」という存在にも捧げたことはない。
私は、そんな付き合い方しかできない女だった。

私はため息をついて、彼に言った。

「…あなたは、優しすぎるのよ」

彼もため息をついて、

「おまえも、な」と、ささやく。

意外な答えで、なんだか拍子抜けした。
それから、こう続けた。

「香坂たまきは、もっと傲慢で、わがままで、気の強い女だろう?」と。

彼の声は笑っていた。しかし、それはからかうようなものではなく、あたたかい抱擁に似た声音で、私はゾクッとした。

そのまま私たちは言葉を失った。
彼は、腹に巻き付け抱き寄せた腕を静かに解放して、手のひらで私の身体を優しくさすった。
それは『いつもの行為』に似た感覚で、私は少し狼狽した。

下着を付けずにシャツだけを着た身体が、押し付けられた彼の手の温度で熱を持つ。
柔らかくはいまわる彼の手は、最終的に胸の膨らみを包んだ。
心臓の音が彼の手のひらまで響いてしまうのではないか…、と心配になる程に強くリズムを刻む。

「だめ…よ」と、胸にそえられた手を掴んで抵抗した。

彼は私の耳元で湿っぽい息をもらす。そのまま唇が耳に触れた。ピクッと身体が反応した。
耳の輪郭を舌先だけで舐められて、甘噛みされる。痺れる感覚が脳内まで揺する…完全に脱力させられて、抵抗は無視された。

彼は耳への愛撫を続けながら胸をやんわりと揉みしだいていく。重力のせいでいつもより豊かに彼の手の中で乳房が弾む。
胸への刺激が、徐々に円を描くような動きに変わり先端をなぞるように愛されると、声が洩れそうになって必死でこらえた。
いつもより、ずっと感じていた。
私は奥歯にぐっと力を入れて、噛み込んだ。
彼は指先だけで、固くカタチを変えつつある、先端に触れた。シャツごと摘み上げられて、生地と敏感になった部分が擦れあって、いつもと違う感覚が襲う。

私は喉の奥で「…ぅんっ」とうめいた。
彼はその反応をみて何度か同じ動きを繰り返す。触れる角度や力加減を変えながら一つひとつを確認するように、私の反応を確かめる。
いつもそうだ。抱き合うたびに、彼は私の感じる部分をみつけて、私の身体を知っていく。私はそれをずるいと思う。
私も同じように彼を知りたいし、彼の身体を愛したい。私だけが知っている彼を、私の手で、目で感じたいと思うのに、できないでいる。
身体を重ねるたびに、私が理性を保っていられる時間が短くなっているというのに、やっぱりずるい、と思う。

彼は手を止め、耳元で甘い口調でささやいた。

「…シャツの上から、されるといつもより感じるんだな」と。

それを否定できずに、私は言葉を探した。むしろ、その彼の声だけでも私の身体は熱く反応する。好きすぎるのかもしれない…。と思う時がある。
だから、とげのある口調で言った。

「…あなたは…、なんでもわかるのね。…私の何もかもを、知ってるみたい…」

私がそう言うと、彼は少し間をおいて、苛立ちを含んだ声で

「言わなきゃ、わからないことだってある」と、言った。

それから、「俺が、好きか?」と、聞いた。

切ない声だった。彼も私と同じように、不安だったのだと初めて気が付いた。受け止めるだけじゃ、足りないんだと悟った。
与えられるだけの愛情を、重荷だと感じていた私自身に、失意を感じていた。
目を閉じて、彼の暖かさを全身で感じた。すごく、好きだと思った。たまらなく、愛おしいと思った。

「好きよ。たまらないくらい、愛してる…」

彼は耳元でふっ、と笑った。

「お前は、聞かなきゃ、言ってくれないんだな」

そう言うと、満足そうに、ため息を洩らして、言葉を続けた。

「おまえらしいが、俺はそんなんじゃ不満だ。もっと、もっと甘えて欲しいし、わがままも聞いてやりたい。

時にはもっと一緒にいたいと、引き留めて欲しい…。そうやって困らせてくれるほうが、ずっと、おまえらしいと、思うけどな」

やっぱりこの人は何でも知ってるんだ、と思った。そう思うと、今までの私の我慢が不毛だったと確信できてうれしかった。
私は彼の腕にまきついて、ぎゅうぎゅうと身体を押しつけた。
彼は、黙って強く抱きしめてくれた。

「やっぱり、あなたは何でも知ってるのね」

そう言って私が笑うと、彼は苦笑したようだった。

「知りたいと思うことは、まだたくさんある、ぞ」と、頬をすり寄せた。

無精髭が、皮膚をかすって痛かった。

彼は腕枕を引き抜いて、身体を持ち上げた。彼に支えられていた私の背中がベッドに滑り落ちる。
組み敷かれる体勢になって、キスをした。舌をさし込まれて、私は短いうめきを幾度も洩らした。
彼のキスはいつも情熱的で、能動的だ。
私も彼にそうしたいと、願った。

身を反転させるように彼の足に、自ら足を絡めて力を入れた。
彼は納得したように、私の身体を抱いて体勢を入れ替えてくれた。
舌を刺し抜かれたばかりの唇が、互いの唾液で濡れていた。
私は彼の頬を両手で包んだ。
彼は彼で、私の髪を優しく撫でている。
ゆっくりと、舌を差し入れて、彼の口内を味わった。
口の奥まで何度も、何度も、味わってみた。
彼は、それを黙って受け止めてくれた。
まるで、されるがままを楽しむようだった。
上辺の奥を舌先で擽ると彼は「うっ」と、うめいた。私はそれを、可愛いと思った。
舌を引き抜くと、彼は照れたように言った。

「今日は、積極的なんだな」と、嬉しそうに、視線をからめて、キスをねだってきた。

今度は、お互いに舌をねっとりと絡めあって、満足するまで貪り合った。歯の裏側や唇の内側まで舌を這わされて、身震いした。
上体を自分の力だけでは支えられなくなって、彼にうなだれかかっても、彼はキスを止めない。
酸素を求めて息継ぎをするように、喘ぎを零すとようやく唇を開放された。

「…重くない?」

彼に身体を預けるような体勢になって、密着すると、気持ちいいと思った。

「大丈夫だ、おまえの好きなようにしろ」

そう言って、彼は私に組み敷かれた体勢のまま、穏やかに微笑む。

私は彼がいつも私にするように、耳を舐めた。首筋や、肩、顎のラインにも舌を這わせてみる。

「くすぐったい、な」と、時折言っては、私の愛撫に身を委ね、たまらなくなると私の背中や太股に手を這わせてみたり、胸を揉んでみたりする。

私はそれを「集中できない」と、何度も却下した。

彼の胸板まで、舌を這わした時に、

「今日はここまでだ」と、やや強めの語気で抵抗された。

そして「気持ちよかった、ぞ」と、頭を優しく撫でられた。

「もっと、あなたを知りたい」
それは、本心だった。もっと、彼の感じている顔を見たいと思ったから言った。

彼は困った声で、熱く脈を打つ彼の欲望を私の太股に押しつけた。
そして切なく「もう、こんな、なんだ」と、苦笑した。
私は、その熱を手で包んでみたくなった。そっと、彼の内股に手を差し入れて、下着の上から撫で上げた。彼はビクッと身体を震わせて、私の腕を掴んだ。

「だめだ、たまき」
「…少しだけ」

そう言って、彼の手を振り解いた。

「…積極的すぎるだろう…」と、小さく独り言を言って、力無く振り解かれた手を自分の額に乗せた。

私は彼の欲望への愛撫を再開した。
とはいえ、どうして良いのかわからず、ゆっくりと手のひらを撫でつけるだけだったが、彼は「んっ…」と、何度もうめきを洩らし、欲望は私の手の中で堅さを増し、すぐにいっぱいになった。

「…どうしたら、イイ?」

意地悪な質問だと思った。でも、聞いてみたかった。彼がいつも私にするように、聞いてみた。

「…もう、だめだ。止めてくれ、頼むから…」

そう、懇願されるとさらに、知りたいと思った。

「だめよ、ちゃんと言って」
「たまき…」
「どうして欲しい?」

「…もう繋がりたい、くらいだ…」

つぶやくように彼は言った。言って、身をよじりサイドテーブルに手を伸ばしてベッドライトを付けた。
一気に明るくなって、彼の表情や私の置かれた状況を目の当たりにすると、急に恥ずかしくなった。

「あかりは、だめ」

私の声は、小さく抵抗をした。

「急にしおらしくなるんだな」

彼は怠く甘い声で微笑みながら「急ぎすぎだ」と、笑った。

「あなたばかり、私を知ってるのはずるいでしょう?」

私は、恨みの籠もった声で言った。語尾は少し笑っていたと思う。

「今日、全部知ってしまったら楽しくないだろう」

小さな声をたてて彼は笑っている。

身体を引き寄せられて抱きしめられる。
慣れない行いの後で心臓はドキドキと激しく鳴っている。彼が何事もなかったように、抱きしめてくれるのはありがたかった。
いつもの感じに戻って、ちょっと安心した。私は黙ってうなずいて、笑った。

「好きだから、もっと知りたいのに…」

そう言い訳のように付け足して、照れを隠した。

「…今度は、してくれよ」

彼はひどくきまりの悪い表情で、私にささやいた。

「…なにを?」

そう聞きかえした後で後悔した。彼の答えはとても直接的すぎた。

「オーラルセックス」

しばらく二人の間に沈黙が流れる。

堂々と放たれたその言葉を理解するのに、時間がかかった。

「…ば、ばっかじゃないの!」

頬が赤く染まるのを感じて、彼の胸に顔を押しつけるしかなかった。
彼は彼で、いかにも楽しいという声を出して

「そのつもりだったんだろう」と、言った。


ゆっくりと身体を入れ替えられて、背中をベッドに押しつけられる。
何度も身体を入れ替えたせいで、シーツがやたらと、まとわりついた。
邪魔だ、と言わんばかりに彼がシーツを引きずりながら、足で追いやるのを見てると可笑しかった。

私たちは、しばらく無言で見つめ合った。先に口を開いたの彼の方だった。

「積極的な、おまえも悪くないな」
「いやらしい、顔ね」
「好き、なんだろ?それも含めて…」

言いながら、彼は唇を塞いだ。熱くさし込まれる舌が、…気持ちよかった。
キスをしながら、彼は私のシャツを捲し上げ、手のひらで胸を撫でた。
先端を指で弾かれて声が洩れる。キスの最中で、喘ぎがうめきになる。

ようやく舌を引き抜かれ、私は喘ぎらしい喘ぎを洩らした。

「たまきは、敏感だな」

微笑みを含んだ声で彼は言った。
言うとすぐに、胸元に舌を這わせてきた。先端を舌先だけで転がされる。

「あっ、あん…、あっ…」

彼の舌の動きに反応して、声が出る。

強く吸われたり、甘噛みを繰り返して、私を溶かす。彼はいやらしく音を立てながら乳房を丹念に舐め上げていく。
とてもみだらな気持ちになって、イヤだ…。と言いたくなるのに、もっと感じたいと思う自分がいて言葉にできない。
ただ甘い吐息だけが零れる。

私の身体のラインに沿うように這わされた彼の手が、時々指先だけで肌をなぞると、ゾクッとした。

彼のくせっ毛に両手の指を差し入れて、ぎゅっと胸に押しつけてみた。
彼は愛撫を止めずに、小さく息継ぎをしながら、潤った息を、彼の唾液で濡れた肌に吹きかける。同時にザラザラと髭があたる。
熱いようで冷たい刺激と好きな『男』に自分の身体を自由にされていると実感させられてしまって、いつもと違う悦楽が体中を走り、大きく喘ぎが洩れた。

「…ああっ、…やぁ、っん」

「これが、気持ちいいのか?」

微かに笑いながら、彼は短く伸び始めた髭を撫でつけるように、顔を胸にすり寄せた。ザラザラとした感触が先端を弱く、ひっかくと身体が仰け反った。
「…ひっ、っやぁっ」

彼は満足そうに深く息を吸って「髭でものばすかな…」と独り言を言った。

舌での愛撫と、髭を擦りつける行為を続けながら、徐々に彼が下部へ降りていく。
臍の中まで舌を差し入れて舐め上げられて、私は深く目を閉じた。

ショーツの上から指を押しつけて、一番感じやすい部分を刺激される。抵抗するつもりはないのに自然と膝をたてて、両方の内股を密着させてしまう。彼は体勢を立て直して、そこに割入った。

両膝の裏を手で押さえつけられ、足を大きく開かれる。羞恥心が私を襲う。

「…やだっ」

彼は何も言わずに、抱え上げた内股に舌を這わせ、軽く吸ったり、頬をすり寄せたりを繰り返す。
敏感になっているそこに触れる素振りは一切見せず、彼は内股への愛撫を執拗に続けている。

焦らされている…。

それに気が付くとドクンと心臓が鳴った。
私は、懇願の眼差しで、彼を見た。彼は内股への愛撫に集中しているふりをして、私の視線を無視する。
たまらなくなって、彼を呼んだ。

「しんど…せん、せ」

彼はチラッと、私に視線を合わせた。いやらしく微笑んで、ショーツと肌の境を舐め上げる。私はその様子をまざまざと見せられて悲鳴の様な喘ぎを洩らした。

「いゃぁっ!」

身体が大きく跳ねた。
それでも彼は、丹念に内股の愛撫を繰り返すだけで、私の願いを聞き入れてくれないようだった。

私は腕に手を伸ばした。指が絡むと掴みあげた足を開放して、膝にチュッとキスをして顔をあげた。

「どうした?」

それだけを言って、ようやくまともに視線を合わせて、微笑んだ。

「…もう」
「もう?どうして欲しいんだ」

彼は穏やかな声で、私の答えを待った。

それでも、それ以上は言えなくて、私は目を伏せた。
彼が髪を撫でるのを感じる。
抱き寄せられて、首筋にキスをされた。
耳元で、彼の吐息を感じると、私は彼の肩に腕を回した。

「たまき」

彼の掠れた声。色っぽい…と、思った。

「…焦らさない…で」

私は微かなささやきで、彼に懇願した。
彼はククッと喉を震わせて笑う。

「おまえこそ、俺を焦らすなよ」

そう言うと、額にキスをして

「そろそろ、名前で呼んでほしいけどな…、せめてベッドの上だけでも…」と、照れた。

浅いため息を漏らして、また喉の奥を震わせて笑った。

その仕草を、たまらなく愛おしく感じて
「一生」と、呼んでみた。
彼はまた、照れた。そして、満ち足りた表情をして
「やっと、言ったな」と、目を細めて笑った。

一度声に出して呼んでみると、私まで満ち足りたような気分になった。
やっぱり、好きすぎるんだろうな…と、思って密かに笑った。

「好きよ、一生」
「俺も、好きだ」

視線を絡ませて、微笑みあった。

気持ちを確かめ合うような、触れるだけのキスを繰り返す。
彼の膝が、私の中心に押し当てられて少し乱暴にそこを刺激した。

「…っあ、ん」

それを合図に、彼はまた私への愛撫を再開した。

さっきよりも、強引に情熱的に攻め上げられて、私は全身で彼を感じていた。
それでもショーツに彼の指がかかって、引きずり下ろされる瞬間は、いたたまれない恥ずかしさに身悶えした。それも彼のことが大好きで、愛しているからだと、自分を納得させて、いつものような抵抗はしなかった。

「…今日は、やけに素直だな」と、彼から言われた時は、ドキッとした。

すべてが露わになって、彼の指が私の中心をなぞる。
ゆっくりと指を挿し入れられて、喘ぎが止めどなく洩れた。

「…あっ、…うぅ、ん…ぁ、い…あっ……ぁん」

彼はいつものように、私のイイ部分を執拗に扱き、零れる蜜を舌で拭った。

もう、ダメっ…。

そう思った瞬間に指を引き抜かれ、彼はそこに舌を挿し入れてきた。
私は一気に現実に引き戻された。意識がやたらとはっきりして、両手で顔を覆った。
身体はしっかりと反応し、最後までイかせてもらえなかったことで、激しく彼を欲しているのがわかった。

いつもだったらとっくに、理性を手放している状況だ。
ひどく恥ずかしくなって、

「い…イヤぁ…」と、声を出して抵抗した。
「…イヤじゃない、だろう…。そんなに…イキたかったのか…」

彼は顔も上げず、舌を抜き挿ししながら、意地悪な声でそう言った。

くちゅくちゅと卑猥な音を立て、鼻を敏感な突起に擦りつけるように、舌を深く押し挿される。

「あっ!…やめっ…、いっ…せぃ」

自分でもびっくりするほどの甲高い声を上げて、彼の髪を両手で掴んだ。

彼はようやく顔を上げて、私を見た。

「そんなに、ひとりでイキたいのか?」と言う。そして、付け足すように
「今日は、最後まで一緒だ…」と、恐ろしいことを言って、笑った。

「一生…、許して」

泣きつくように、訴えたが、彼は黙ってそれを無視した。
無視して、体勢を立て直すと覆い被さるように抱きしめられた。それから、私の身体ごと寝返りした。

彼の上で、抱きしめられている…。
彼の欲望を腰のあたりで感じている…。
何もかもがリアルな感覚で、身の置き所のないような感覚に苛まれた。
彼は私の額にキスをしてこう言った。

「俺を、犯してみろ」と。

私はひどく困惑した。冗談じゃない…。と思う私と、興味津々に次の展開を期待する私がいた。
それぐらい、今の彼は魅力的で、色っぽいと、そう思った。

「…命令…しないで…」

私は不機嫌な声を作って、それだけを言った。

彼は私の髪を撫でつけながら、少し微笑み、真面目な表情をする。

「もっと、俺を知りたいんだろ?」と、優しいささやきを零した。

黙ってうなづくしか、なかった。

彼の手に導かれるままに、私は上体を持ち上げた。彼の上に馬乗りになって、愛おしい男を見下ろした。
視線が合うと唇の端を持ち上げて、微笑んだ。その表情を見て私はドキッとした。
彼の身体と密着しあう私の内股の間に彼は手を差し入れた。少し持ち上げて自分の欲望を、私の中心に添えた。

「ゆっくりでいい」

そう言うと、内股を支えていた手を引き抜いて、私の手を取って指を絡ませた。
私はゆっくり身体を沈めた。
深く呑み込むと「あっ」と、喘ぎが洩れた。
同時に彼も「んっ…」とうめいた。
眉間にシワを寄せ、喉仏のあたりが、筋張って震えるのが見えた。とても切ない表情だった。

「…動けるか?」

そう、短く聞いて、恥ずかしそうに微笑む。
私もきっと、そんな顔で微笑んでると思う。小さくうなずいて、身体を動かしてみた。
私の動きに合わせて、彼が吐息を洩らす。私もたまらず、声を上げた。

自ら動くという行為に慣れた頃、私は彼に聞いた。

「いっせ…、き、きもちい…ぃ?」と。

彼は一瞬、微笑んで、また切ない表情をする。

「…ああ、気持ちいい…、ぅっ…ん、でも…」
「…でも…?」

「ダメだ…、動きたいっ」

そう言って、彼はガシっと、私の腰を掴んだ。掴んで、下から激しく突き上げた。

「やぁ…!あんっ…、いっせ…」
「たまきっ」

何度も何度も深く突き上げられた。

狂ったように私を貪る彼を初めて見たような気がする。そんな彼の身体から、わき上がる熱気と欲情を感じて、嬉しかった。彼をそんなふうにしているのは私なのだと思うと歓声のような喘ぎが零れた。

深く繋がったまま、彼は上体を起こした。

「悪いな」と言って、私の身体をベッドに押しつけた。

それから上がった息を整え、深く息を吸って
「理性が飛びそうだった…」と、苦い表情で微笑んだ。

その後はいつものように愛しあうのだと、心の中で期待した。
慣れないことをさせられて嬉しかった反面、いたたまれないような思いが心の隅にあった。でも、今日の彼はものすごく意地悪だった。

組み敷かれて彼の欲望を感じていた。ここまではいつもと同じだった。問題は…角度で…、彼は知っているはずのそこを外して、身体を進める。
それなりの快感はあるものの、頭が真っ白になるような悦楽は与えてもらえず、たまらなかった。そんなことを考える余裕があるというのも、いつもならあり得ないのに…。

懇願するように彼を呼んだ。

「いっ…せい」

彼は動きを止め、私を汗まみれの顔で見た。

「…どうした?」
「…いつも、みたい…に…して」

彼は、わからない、という表情をし、僅かに笑った。

私はじれったくなって、彼の腰に足を絡めた。腰を浮かせて深く快楽をくれるようにせがんだ。
ふふっ、と幸福そうに笑い、彼は言う。

「たまきは、ここを、こうされるのが、好きだな」

いつもの角度で挿し込まれて、全身に痺れが走った。

それからお互いに絶頂を迎えるまで、そう時間は掛からなかった。
それまで、彼は快感を制御して、私の身体で受け止められるだけの悦びの量を調節していたのだと気が付いた。
彼の息が激しく刻まれて、息を詰め、身体を硬直させた瞬間。
今までにないくらい深く差し入れられた。
同時に私もガクガクっと痙攣を起こした。
最後まで理性を残して彼の欲望を受け止めるのは初めての経験だった。

彼は力無く、身体を私に預けてきて、荒い息のまま

「たまき、愛してる」と、耳元でささやいた。

私は声にならず、彼をぎゅっと、抱きしめた。

二人とも、しばらくそのまま、じっとしていた。

心まで熱くなるような時間だった。愛しい思いを全身で受け止めて、全力で与え合った。
私は抱きしめた腕に力を込めた。とても愛していると、彼に伝わるくらいに、強く、強く彼を抱きしめていた。

窓の外は、青白く夜明けの色をしていた。
どちらともなく、身体を離して仰向けになった。彼が私の手を握って指を絡める。
余韻を楽しむように、指を撫でた。それだけで、ピクっと反応してしまう自分の身体が可笑しくなって、苦笑した。

「たまきは、敏感だな…」

彼もまた、微笑みながら満足そうに私をからかう。

すごくステキな関係だと思った。
ありのままの気持ちがとけあっていた。

枕元の時計がアラームを鳴らして、そんな幸福な時間の終わりを告げる。
私は小さくため息をついて、

「行く時間ね…」と、つぶやいた。

少し間があって、彼は照れくさそうに言った。

「今日は休みだ」と。

そして「お前の休みと合わせるのに、3ヶ月もかかった…」と、嘯いた。

私は込み上げる喜びを押し殺して、できるだけ拗ねた声を出した。

「信じられない」と。

彼は困ったように、身を寄せてきて微笑んだ。

「どこか行きたい、ところないか?」

そう、ささやいてひどく照れた表情をした。

「散歩、しましょ」と、私が提案すると、うなずいた。

「手を繋いで、な」と、

彼が付け足すのを聞いて、とても幸せで満ち足りた気持ちになった。

私と彼とでしか、紡げない時間がゆっくりと流れていた。






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