過ぎ行く時の果てに
進藤一生×香坂たまき


4年ぶりの日本。空港の雑踏の中、俺は幻覚を見た。8年前のあの時と変わらぬシルエッ
ト。まさか…と、思いながらサングラス越しに見つめた。ほんの5.6メートル先。俺
の前を横切ろうとする…。一瞬、動けなくなり、鼓動が高鳴る。

香坂たまき…

声に出してその名前を呼ぶことも、会うことすらも、もうないのだと自分に言い聞か
せてアフリカへ渡った8年前の決意が、その瞬間に壊れそうになる。
香坂!そう、呼び止めようとした時、ふいに彼女はこちらを向いた。俺は冷静を装い、
声を飲み込む。彼女は立ち止まり、俺を見る。はっ、とした表情をしたかと思うと、
視線を元に戻した。
落胆とともに、息が漏れ、飲み込んだはずの言葉が小さく零れた。聞こえるはずもな
い、ため息として…。

なのに彼女はもう一度、俺の方を向いて「進藤先生?」と、発した。はっきりと聞き
取れる声ではなかったが、彼女の唇は確かに俺を呼んだ。
今度はしっかりと、届く声で。「進藤先生」と。
返す言葉はまだ用意できてない。ただ、一方的に視線を絡ませた。もう目が離せなかっ
た。白く透き通る肌、華奢な肢体、黒い髪…。なにもかもがあの時のままで、あれか
らもう8年が経とうとしているのに、一気に引き戻されてしまう。

「香坂」

懐かしい微笑みが帰ってくる。お互いに、お互いの方へと歩みを進める。鼓動が早く
なる。手を伸ばせば届く距離まで近づいて「やっぱり、あなただったのね」と、また
微笑む。俺はサングラスをはずし、取り繕ったポーカーフェイスで「ああ」と答えた。

「懐かしいわ。こんなところで会うなんて偶然ね」

ふっ、と視線を落とし髪をかき上げる。ふわっと漂う香…。やはりなにも変わってい
ない。

「元気そうだな、シカゴからの帰りか?」
「ええ、あなたは?」
「俺はアフリカからだ。お前がシカゴへ立った後、国際人道支援医師団に誘われてな」

「そう、あなたらしいわね」と、まじまじと俺の顔を見つめる。彼女の目の中に映る
自分の姿を見て視線を逸らす。


そんなに、見ないでくれ…。抱きしめてしまいそうだ…。

「…真っ黒に日焼けしてて、一瞬あなただとは気が付かなかったわ」

少しの沈黙の後そう言うと、腕時計をチラッと見た。見覚えのあるそれ。忘れようと
した思いがまた溢れる。零れそうな感情と彼女のその仕草に不安がよぎる。同時に、
大事な人が待っているのか…?
と、嫉妬まで込み上げてくる。

どうかしてる…。


「待たせてる人がいるんだろ?早く行った方が良い」

心にもない言葉が口をつく。
彼女は、ふふっと笑いながら、俺に視線を合わせ
「いないわよ、そんな人…。」と。

安堵が俺を満たし、比例するように鼓動がアンダンテを刻みはじめた。
視線があったままでは、すべてを見透かされそうで怖くなる。

次に視線を逸らしたのは彼女だった。

「飛行機が5時間も遅れちゃって、予定が狂ったわ。」

外を見ると、ほんの数分前までは明るかった空が夕焼け色に染まろうとしていた。
彼女は困ったような仕草で、俺と同じ空をみている。

「横浜まで帰るのか?」
「…そうね」

また、時計を見る。

それから、つぶやくような声で続けた。

「あなたは、これからどうするの?」と。

考えてもいなかった問い。
断ち切ったはずの思いがまた糸を紡ぎ始める。忘れたくても、忘れられなかった感情
と後悔。
まだ間に合うかもしれないという淡い期待。様々な思いが駆けめぐる。
思考が止まりそうだった。

「近くにホテルを取ってある。これから向かうところだ。」

そして、俺は、俺の思いは勝手に暴走した。

「時間あるか?」

彼女は少し困惑気味に眉をよせて考える。この沈黙が、たまらなく怖い。
また時計に視線を落として「この時間じゃ、今日はもう何もできないわ」とすねたよ
うな表情で言った。

「飯でも一緒に喰おう」
「あなたのおごりでしょうね?」

そう言うと、いたずらっぽく微笑んだ。

「もちろんだ」

きっと俺の顔も緩んでいるだろう。

並んで歩き始める俺たち。彼女の重そうなスーツケースがカタカタと一定のリズムを
刻む。
持ってやるよ、と手を出す前に「はい」っと、手渡されてしまった。

「あなたがデートに誘ったんだから、当然でしょ」

受け取る瞬間に、彼女の細い指が俺の手に触れる。

「相変わらず、扱いづらい女だな」

皮肉ぽい台詞を吐いて、高揚する気持ちを抑えるのが精一杯だった。

「うるさい」

あの頃と変わらない空気が、流れるのを感じながら微笑み合った。

行く先を決めずに歩き出した俺に「日航のサンセットラウンジに行きたい」と言ったのは彼女だった。

空港内で軽く飯を喰って、話をするだけだと自分に言い聞かせた直後に、彼女から出た提案。
俺は、半分あっけにとられて、返答に困る。
誘ったのは俺なのに、引き返したいと思う感情がこみ上げる。もう諦めたはずの女(ひと)なのに、奪ってしまいたいという感情で、胸が締め付けられる。
俺はまた、鼓動が早くなるのを感じながら

「お前にまかせる」とだけ言った。俺の答えに不満だったのか、彼女は少し怪訝そうそうな顔をして
「じゃ、決まりね」と、タクシー乗り場へと歩みを進めた。
「夜景がキレイなの。あんなところ一人じゃ行けないわ」そう、独り言のようにつぶやいて。

タクシー乗り場は幸いにも、空いていて2組の客を見送ってから、すぐに俺たちの前で扉が開いた。先に、と彼女を車内に促し。
重い荷物をトランクに詰め、タクシーに乗り込む。
俺は「日航成田」と運転手に手短に告げた。

「ありがとう」
「何がだ?」
「荷物、重かったでしょ」
「お前が持たせたんだろ」

そう言うと、ふっと微笑んだ気がした。


目的地には、5分足らずで着いた。ほとんど会話もなく料金を精算してタクシーを降りる。
ホテルラウンジの隅で「ここで待っていろ」と彼女を残し、彼女のスーツケースと自分の荷物を持ってフロントへ向かった。

フロントで「ご予約のお客様ですか」と聞かれた。

「いや、2人なんだが…」
「2名様、本日ご宿泊で?」
「ええ、できるだけ眺めの良い部屋で」というと

手際よくPCのキーボードを打ち始めた。

もう、その時に俺の心は決まっていた。また、後悔するなら、今日決着をつけようと。
この8年は必死で目の前の命に向き合ってきた。
しかし、辛いときや苦しい時には必ず、彼女を思い出す。重傷だな…と、自分を笑う俺がいつもいた。
この後悔が続くのなら、それは今日で精算してしまおうと。治療のできない病なら、いっそのこと最終宣告を受けたほうがずっとましなはずだ。

「あいにくダブルお部屋しかご用意できませんが」
「それでいい」


俺は、手続きを済ませると彼女の待つ方へ歩き始めた。
黒のジャケットに白いインナー。身体のラインがきれいにわかる黒のタイトスカート。
腕を前に組んで、俺を見ている。

「待たせたな。お前の荷物はフロントに預けてきた。帰りにこれをフロントに渡せ」と荷物の預かり表を手渡した。

俺の手に持ったカードキーを見て

「あなた、ここに泊まる予定だったの?」と、怪訝な顔をした。
「ああ」俺は嘘をついた。最後の賭けだった。可能性など0に等しいだろう。でも、どんなに小さな可能性でも俺は賭けたかった。

あの時と同じように、彼女が俺を好きでいてくれていると信じたかった。

「あなたもこんな所に泊まるのね?」

最上級の微笑みで、俺をからかう。もう、嘘はばれているかもしれない。それでも良かった。
あの8年前、俺は彼女の気持ちに気が付いていた。俺の気持ちも同じだったのに素直にはなれなかった。
人を愛すること自体に心が拒否反応を示していた。また、失ってしまうのではないかという不安。
今考えれば、独りよがりな感情だけが俺を支配し、彼女の気持ちに応えられなかった。
だから、もう、何も取り繕うことはない。俺は素直にすべてを話す。今日、すべてを…。

一緒にエレベータへ乗り込み11階と8階のボタンを押す。
8Fで「店で待ってろ」そう言い残して、エレベータを降り俺はいったん荷物を置きに部屋へ向かう。
ひとりになって、少し冷静になる時間が欲しかったのと、部屋の場所と部屋の雰囲気を確かめたかった。
冷静になりたいと思う割に、そんな状況になった時のために、こんなことを確認をしたいと思っている自分に笑えた。
部屋はエレベータを出て右側の2つめだった。カードキーをさしてドアを開ける。
シンプルな作りの室内に、ダブルサイズよりもう少し大きめのベッド。窓から見える風景は焼けるような赤い夕日。夜は夜景がキレイなはずだ。
若干、空しい思いに駆られながらも、まったく後悔はしていなかった。

荷物を置いて部屋を出ようとした時、ドア横にある鏡に俺が映った。
白いTシャツに黒のパンツ、あまりにもラフすぎる格好に、慌てて荷物の中に一着だけ入れておいた黒のジャケットを引っ張りだす。
馬鹿みたいだな。と自分を笑って部屋を飛び出した。



「悪かったな」

店内の1番奥の窓際でひとり外を見ていた彼女に、後ろから声をかけると

「女を待たせるのが好きなのね」と、振り向きもせずに毒づかれた。

夜色に染まりそうな外の風景。窓に彼女の輪郭がうっすらと映し出される。
窓越しに目が合う。

「着替えたのね」
「ああ。…デート、だからな」そう言って彼女の隣に座った。

食事中の彼女は良く話した。長い空白の時間を埋めるように、思い出話やお互いの今までの事を報告し合った。
俺はほとんど聞き役で、相槌を打つか、聞かれたことにしか答えなかったら、「あなたは、そうか、それで、しか言わないのね」と笑われた。
一通り食事が済んで、俺がバルヴェニーのロックを頼むと、彼女もそれが良いと言うので同じものを注文した。

「夜景、キレイね」
「そうだな」

窓越しに目が合って、少し長い沈黙。
グラスの中の氷がカランと音を立て、視線を手元に落とすと、時計は20:38を指していた。


「好きだったのよ」

突然だった。

窓に映る彼女を見ると、切ない表情で俺と視線を合わせるのを嫌がった。

また長い沈黙。
その間、俺は彼女を窓越しに見つめて、彼女の言った言葉の意味を考えていた。

眉を寄せ、切なく微笑む彼女。視線は下に落としたまま。

「馬鹿みたいね」と、つぶやいた。

「…もう、遅いのか?」
「…」
「俺は今でも、お前が好きだ」

窓に映る彼女が、俺に視線を戻すのを感じる。俺は静かに思いを話した。

「香坂。これから話すことは俺の一人言だ。もうお前の中で終わっているのなら、それはそれで構わない。だが最後まで聞いてくれ」

またグラスの中の氷が音を立てる。

彼女の切ない視線を感じながら、俺は続けた。

「…俺はお前の気持ちに気づいていた。それと同時に俺もお前に惹かれていた。
…その気持ちは今でも変わらない。あの時の俺は自信がなかったんだ。人を好きになることが…こわかった」

そっと覗き込むように、右側に座る彼女方へ視線を移してみる。
じっと窓に映る俺の顔の輪郭を目でなぞるのがわかる。

「大切なモノを失うのは、もう嫌だった。幸せにしてやる自信もなかった。
…でもな、お前といた時間が俺にとっては大切な時間だったってことがわかったんだ。
…妻を亡くした後の人生でお前といた時間だけが人間らしく生きられた瞬間だった。
お前に会えなくなって、時間が経つにつれて、気づいたんだ。
お前のことを必要としている俺自身に…。」

テーブルに置かれた彼女の左手を、俺の右手が覆った。なんの抵抗もなく、すんなりと彼女は受け入れてくれた。
俺は少し焦っていたのかもしれない。
思いを半分も話しきれないうちに、彼女のその細い手を握り締めたいという感情に歯止めが利かなかった。
そこまでくると、もう結論だけが聞きたくて…

もう一度「遅すぎたか…?」 と囁く。

自分の鼓動だけが聞こえる瞬間。

切なく絞り出される声。

「…本当に、女を待たせるのが好きなのね」

窓越しに視線が合う。彼女は泣いていた。そっと握った手を離し、肩を抱き寄せる。

「待ってたのよ…」

彼女の消え入りそうな声が聞こえた気がした。

「待たせて、わるかったな」

俺はまだ窓に映る彼女姿を見ていた。彼女の右手がすっと俺の頬に触れるのがわかった。
突然、唇に柔らかな感触が襲う。ほんの少し、触れるか触れないかの短いキス。すぐに離れていく彼女の姿を窓越しに追った。俺はただそれだを見ていた。

「…部屋へ行こう」

俺は、もう冷静ではいられなかった。
唇と唇がそっと触れただけのキス。今この場で貪りたい感情を、抑えるだけで必死だった。
なにより、彼女の熱く濡れた瞳の奥にもっと俺だけを焼き付けたかった。
俺以外のものは、映したくない。

彼女の左手を握り、席を立ち、手早く会計を済ませ、店を出る。
無言のままエレベーターを待つ。
彼女の手が徐々に熱を帯びるのを感じる。


無機質な機械音と共にエレベーターの扉が開く。
半分強引に彼女の手を引き、胸へ抱き込む。乗り込んだ箱には幸い先客はいない。

8階のボタンを押し、腕の中の彼女をもっと強く抱きしめる。
身体を固くして、俺の肩に顔を埋めたまま、俺の背中にそっと腕を回した。

「香坂。顔見せてくれ」

耳元でささやくと、もっと身体を固くして「…いやよ」と言った。
強引に唇を奪うこともできたが、そんな彼女の可愛い反応に、俺はもっと力強く抱きしめることしかできなかった。
密着した身体。隙間なく埋め尽くされる感覚。身体の芯が熱くなる。
その熱を感じて、ピクッと反応する彼女。引き離そうとする腰をギュッと引き寄せた。

「だめだ。逃げるな。俺は今、こんなにもお前が欲しいんだ」

そう耳元で囁くと、小さな抵抗は力を無くした。

部屋へ入るなり、ドアが閉まるのも確認せずに、俺たちはお互いの唇を貪り合った。
ねっとりと絡めあうような甘いものでは無く、互いが互いの口内を犯し合うような激しいキス。
空気を求める喘ぎなのか、愛するもの同士にだけ許される甘い喘ぎなのかわからない、息づかいだけが俺たちを包んでいた。

「ぅ、ん…。はっ、ん…。ぅぅん…」

俺の中に深く差し込まれた彼女の舌が俺を存分に味わうと、今度は俺が彼女の中へ深く進入する。
何度も何度も、お互いが満足するまでそれを続けた。

徐々に冷静さを取り戻し、上がった息を整えながら、唇に触れるだけのキスを何度か繰り返す。
徐々に状況を把握できるだけの余裕が出てきて、俺は「ふっ」と笑いながら息をもらした。
部屋にはまだ電気もついていない。窓から入る夜景の光だけと気づくまで、いったいどのくらいの時間が流れただろうか。
それを考えるとまた可笑しくなって、もう一度「ふっ」息をもらして笑い、彼女に唇にチュッとキスをした。

「…笑わないでよ」と今、触れたばかりの唇が言った。

俺は、彼女の髪を優しく撫でながら「お前を笑ったんじゃない。俺の余裕のなさに笑ったんだ」と言った。
彼女はその意味を理解したらしく、ふふっと笑いながら俺をそっと抱きしめてくれた。
「明かりは付けなくていいわ」と、ささやく。
なんだかそう言われると、明るいところで彼女の顔が見たくなり、すぐそばにあったスイッチに手をやった。
あっさりと希望を却下されてしまった彼女は、「いじわる」と言って俺の胸の中に顔を埋めた。

「香坂、顔見せてくれ」
「…」
「ダメか?」
「…恥ずかしい…」

俺の胸の中で、くぐもった声が響く。あまりの愛おしさに、また狂いそうな欲情がこみ上げてくるのを感じる。ゆっくりと髪を撫で上げ、呼んでみたかった彼女の名前をささやいてみる。

「たまき」

ビクッと身体を反応させ、ゆるゆると視線を上げた。まるで懇願しているような切ない表情に、なんだか悪いことをしているような罪悪感が生まれる。
「悪かっ…」俺が全部言い終わる前に、彼女の唇に言葉を奪われてしまった。
唇の脇から俺が舌を差し出すと、今度はねっとりと甘いキスで絡みついてくる。擽るように、舌先で口内を弄ぶ。小さな吐息が漏れ始める。
舌を抜くと、また求めてくる、その唇にあま噛みをして

俺は「まさかキスだけで、終わらせるつもりじゃないだろうな」と言った。

彼女はギュッと俺に抱きついてきて「…こわいのよ」とつぶやく。
本気で嫌がっているわけじゃない、それはわかる。でも、俺はじれったくて…。

「俺が、こわい?」

俺の腕の中で、頭だけ左右にゆする。

「…たまき…?」

興奮しているせいか、かすれた囁き声が出た。少し沈黙してから

「…もう、男のカラダなんて…忘れちゃったわ…」と、彼女がなんとも可愛い告白をした。

そんな言葉とは裏腹に、また俺の唇にキス。

下腹の奥が鈍くしびれる。もう完全に限界だった。

抱き上げて、ベッドへ運ぶ。身体を固くして俺にしがみつく。
そんな彼女に言った。

「俺も女のカラダなんか、とうに忘れた。だから、優しくする自信がない。嫌だったら本気で抵抗しろよ」と。

押し倒すように、ベッドへ下ろし彼女の上に覆い被さる。
紅潮した顔は色っぽくて、また下腹の奥にしびれが襲う。
目を閉じたままの、彼女の髪にそっと指を通して、顎のラインを両方の親指でたどってみる。同時に左の首筋から舌を這わせると。小さな吐息が漏れる。
舌が首筋をたどって、耳へ。舌をねじ込んで舐め上げるとピクッと身体を反応させる。

耳元で「力抜けよ…」と囁く。

また、ピクッと身体を反応させ、華奢な肩を震わせた。
彼女の右手はシーツをギュッと握っている。その手をやんわりと、俺の手で包んで「手ぇ、繋ぐか?」と聞いた。
彼女は何も言わなかったが、俺の指に自分から指を絡めてくれた。繋がれた手の甲にキスをする。
そのまま、繋がれた手をベッドに押しつけて、空いている右手で上着ごと服をたくし上げ、ブラの上から柔らかなふくらみに手を伸ばす。
しかし、それだけでは足りなくて、そのまま指を直に滑り込ませた。

「…イヤっ、…まだ…」
「…まだ、なんだ?…イヤか?…止めるか?」

自分でも、嫌なヤツだと思いながら、差し込まれた手は、止められるはずもなく、そのまま動きを止めずふくらみを揉みしだく。返答はなく、そのかわりに熱っぽい吐息が漏れてきた。

繋がれた手の方へ身体を傾けさせ、背中に手を回しブラのホックを外す。自由になった右手がふくらみの先をつまみ、弾く。
それを何度も繰り返す。肌の火照りが気持ちいい。
邪魔な服を鼻先で押し上げ、胸元に舌を這わす。彼女が声を殺
すのがわかる。

「ぅん…」
「たまき…声、出していいんだぞ」

自分でも驚くほどの優しい声で、そうささやくとゾワッと彼女の肌が感じるのがわかった。

「感じてるのか…?」

今度は、身をよじり僅かに抵抗。

「たまき、言わなきゃわかんないだろ」
「…」

反応を見るのは楽しいが、なんだか歯がゆい。
手を止めて、抱き寄せる。そのままゴロッと寝返りを打って、俺と彼女が入れ替わる。

「っちょ、…やっ…」

繋がれた手はほどかずに、胸の上の彼女を抱きとめたまま、右手で下から背中を愛撫する。

「顔、見せろ」

手が上まで這い上がったところで腋に手を添えて、無理に彼女の上体を起こそうとした。

「イヤ!」

やや、強めの抵抗。

「良いだろ、俺を見ろよ、頼むから…、なぁ」
「…いや、よ…」
「なあ、俺の心臓の音聞こえるだろ。お前の恥ずかしがる姿見て、ドクドク鳴ってる。
お前にも見て欲しいんだ。今の俺を…。」
「…」

観念したのか、ゆるゆると上体を持ち上げた。
俺の上に跨るカタチになって、スカートの裾が持ち上がり、細い太股があらわになる。
彼女を見上げる。目は潤んで、頬は紅潮。切な気な表情で、俺を見ていた。

「ベッドの上で目が合うと恥ずかしいな」

そう言って、俺が笑うと、彼女もコクンと頷いて、微笑み返してくれた。

ベッドに肘をついて、上体を持ち上げると、彼女の方から唇を合わせてきた。
優しく触れる唇…。すぐに離れていってしまう…。
身体を預けてくる彼女に、俺の背中はベッドに押し戻される。
首筋にそっと、彼女の唇が触れる。ねっとりとした舌の温度を感じ、全身が痺れた。
Tシャツの中に、俺以外の体温を感じる。彼女の手が、何かを探すように撫で動く。
目的のものを見つけると、器用に転がし始める。
どうやら、自分がされたことを、今度は俺にするようだ…。

「…仕返しか?」

「ふふっ」と不敵に笑う彼女。

「まいったな…」

俺は心の中で大きなため息をついて、奪われたイニシアチブをどう取り戻すか考えていた。
すでに冷静な判断ができないくらいに、興奮している。
火照った彼女の手が気持ちいい…。しばらくはこのままで良いか…。と、組み敷かれたまま、むき出しになっていた、彼女の太股に手を伸ばし、優しく触れる。
ピクンと反応し、俺の首筋を愛撫する彼女の口から甘い吐息が漏れる。それを何度か繰り返し、今度は指先だけで、撫で上げてみる。さっきまで、俺を弄んでいた唇や舌は動きを止め、彼女は俺の耳のそばで小さな喘ぎをもらしはじめた。
彼女のその反応に、治まりかけていた下腹の奥のしびれが、また熱を持つ。俺の身体は熱く脈を打ち始める。彼女の下で大きくなるその欲望。その変化に気づいた彼女はまた身体を固くして、俺の上から身じろぎながら逃げようとする。
繋がれたままの手を解き、彼女ごと上体をあげる。向かいあって座るような体勢で抱き合う。
チュっと触れるだけのキスをして、「悪い子にはお仕置きだ」
と、ささやく。
彼女はビクンと身体を反応させ、イヤイヤと首をふった。
子供にするそれのように彼女の髪を撫で、服を脱がせる。白い肌が欲情をそそる。
スタートのファスナーに手をかけると、俺の手を押さえて小さく抵抗したので、そのまま押し倒した。困惑した様子で、俺を見上げる彼女。

「こわいか?」そう聞くと、目を閉じてうなずく。その表情に刺激が駆け上がって来る。

「目を開けて、見てろ」

額をあてて、触れるだけのキスをしてから、俺は上体を立て直し、彼女の胸のふくらみを視姦しながら、自分の服を脱ぎ捨てた。その様子を、彼女はじっと見ていたが、目が合うと視線をそらせた。

「たまき…。何がそんなにこわいんだ?」

彼女の顔の横に肘を付いて、強引に目を合わせる。

「…。私が知ってる、あなたじゃないみたいで、こわいのよ…」
「おじさんになった俺はイヤか?」

少し微笑みながら「ちがうわよ」と呟く。

「じゃ、なんだ?」
「…焼けた肌の色とか…?」

俺は「ふふっ」と笑い「お前、それは新鮮っていうんじゃないのか?」と言うと力のない目でにらまれてしまった。
俺は顔がゆるむの感じながら彼女があの当時の俺だけを今まで思ってきてたんだと思うと、擽るような、喜びがわいてきて、激しい愛しさを感じずにはいられなかった。
無防備になった彼女の唇を塞いで、舌を差し入れる。ゆっくりと絡み合う粘膜が気持ちよかった。
俺が舌を引き抜こうとすると、唇を吸われて、また引き戻された。
じっくり口内を舐め上げて、情熱的な息づかいが聞こえてくる。同時に俺の舌は開放され、唇が離れる。

「…たまき、好きだ」

そう言って抱き寄せると、俺は肌と肌がふれあう感触を楽しんだ。

彼女の腕は、俺の背中に回され、時折、爪をたてる。首筋から鎖骨、鎖骨から胸の膨らみを避けて、脇腹…全身にキスをしながら、彼女の熱い吐息を聞いている。もう抵抗はしないようだ。そのことを少し、残念に思うのは男の性だろうか。

全身へのキスをやめて、胸に舌を這わせる。いきなりのことで、身じろぐ彼女。
でも、俺の腕は逃がさない。
膨らみの先に舌が触れると、小さく声を漏らす。

「っ…あっ」

そのまま、強く吸って、軽く歯を立てる。

「うんっ…くっ」

甘くせつない、喘ぎ。

必死で声を殺しているのがわかる。

「我慢しなくていいんだぞ」
「…で、でも…。恥ずかしい…」
「素直になった方が、いいんじゃないのか?言ったろ、今日の俺はお前に優しくしてやれる自信がないんだ」

背中に回された彼女の腕が、キュっと緊張するのがわかる。

「どうしたら素直になれる?」
「…そんなの、…わかんないわよっ」

俺は、さっきまでの愛撫をやめ、彼女の髪を優しく撫でる。
…なに?と言う表情で俺を見つめてくる彼女。目があって「じゃあ、さっきみたいに俺にシテくれ」と言う俺。
顔を真っ赤に染めて

「っ…っっばか!」

さっきまで子犬みたいな鳴き声だったのが嘘のような声で怒鳴られた。

「よし、その調子だ。良い声で鳴けよ、たまき」そう言うと、さっきまでの優しい愛撫は止めて、俺は激しく彼女を貪った。

舌は、執拗に彼女の胸を弄び、その動きが増すたびに彼女は声を大きくする。
その唇に、指を這わせ、差し込む。俺の指に、彼女の唾液がねっとりと絡まりつく。
その潤った指を、口から引き抜くと、そのまま彼女の下腹部へ運び、下着の中へ進入させる。
彼女は「…やぁあ…」と声を上げた。

しっとりと濡れたそこを指でなぞる。ビクッと反応し、彼女は必死に足を閉じようともがく。
俺は、その足を肩で押さえ付け、指を進めた。
水源は熱く濡れそぼり、すんなり指を飲み込んだ。

「あっ…、もっ、ゃぁ…」

中を拡げるように、指の腹で内壁を擦りつける。

「ぃ…あぁっん…!」悲鳴のような、喘ぎを漏らし、俺の腕を掴む彼女。

それを無視して、ゆっくりと奥まで突き入れる。

「…たまき。お前の中、熱くて、俺の指溶けそうだ」

そういうと、彼女は、そばにあった枕を俺に投げ付け、

「…もう、だめっ!」

と、叫ぶ。
そう言われても、やめられるわけはない。むしろ、そんなかわいい抵抗を見せられて、冷静でいられるはずがなかった。

「まったく、お前はかわいい女だな」と、囁きながら、俺は、俺の肩で押さえ付けられた彼女の内股を舐め上げた。

「あっ!やぁ…」

指で犯す行為をしばらく続け、最後に奥まで突き入れると、中がキュっと絞まり、小さな痙攣を感じた。

「あっ…んっ…、いっ…あぁ」

彼女の身体は、ぐったりと力を失い、甘い喘ぎの間に、はぁはぁと肩で息をする。

「おい、たまき。大丈夫か?」
「…だ、めっ…、もう、許し…て。…進藤せんせっ…」懇願する声。あまったるい。

俺の理性は完全に吹っ飛び、指を引き抜くと下着を、剥ぎ取る。

「やぁ…」小さく悲鳴をあげる彼女。

舐め上げたいところだったが、俺はとっくに限界を迎えていた。

ガチャガチャとベルトを鳴らしながら、外す。
その音に、ピクッと反応し彼女が身体をよじる。この後の行為を想像して身体を固くするのがわかる…。

「たまき、大丈夫だ。俺を信じろ。」できるだけ優しい声で囁く。
「…こわいっ…、こわいのっ」

濡れた目で、俺をみあげた彼女の唇に、チュっとキスをする。

「大丈夫だ、俺がついてる」

彼女の髪に指を通し、頭を撫で、耳元で「たまきが欲しい。」と囁く。
またピクっと身体を反応させる。

「…進藤先生…」

服を脱ぐのも煩瑣に思え、そのまま深くキスを交わしながら、
俺の熱い欲望を彼女の濡れたそこへ押し当てる。
カチャンッとベルトの金具が鳴る。

「…いやぁ…」

俺の舌は追い出され、同時に彼女の声が零れる。

体勢を立て直し、彼女の腰を、俺の膝の上に抱え上げ押し当てたそれを、ゆっくりと彼女のラインに沿って擦りつけ、互いの熱を感じ合う。

「…っ、いぁ…っ」

導かれるままに、少しだけ身体を進める。

「あ…い、…いゃ…」

欲望の先がキュっと締め付けられ、俺の口から「…うっ、ん」と吐息がでる。
熱く絡みつく感覚。俺は、突き上げたい感情を抑えるのに必死だった。

「…たまき…、力を抜け…」
「……だ、だ…めっ」縋るような声。切ない。
「もう、止められない…」

左手で、膝の上の柔らかな尻にパチンっと刺激を与える。痛みに一瞬身体を固くするが、そのまま優しく撫で上げると「ん…っ」と息が零れ力が抜ける。
その瞬間に、少しずつ欲望を押し入れる。その行為を何度も繰り返し、全てを飲み込ませる。
身体を進めながら彼女の言った言葉が嘘じゃないと知る。『…もう、男のカラダなんて…忘れちゃったわ…』
たまらなく愛おしい。あの時と変わらぬ思いで、俺を待っていたんだ…。それを思い知らされて、狂いそうだった。
もっと早く、ひとつになりたった…。俺の、たまき…。
身体を倒し、肌を密着させる。彼女の頬をそっと手で包む。親指で唇をなぞる、吐息を洩らすそこに俺の唇を重ねる。
離れると、彼女は目を開き「進藤先生…」と俺を呼ぶ。引き込まれそうな目で俺を見つめている。

「たまき。もう、どこにも行くな。…俺はお前がいないと生きていけない。…愛してる、誰よりも…」

彼女は、その言葉を聞くと、俺の肩に両手を回してきた。引き寄せられて、唇で唇を塞がれる。
また、すぐに離れていく…。

「…あなたも、行かないで。どこにも…、行っちゃイヤよ。ずっとそばにいて…」
「ああ、もう離さない。お前が嫌だと言っても、離さないからな」

目頭が熱くなるのを感じる。俺たちは強く抱き合って、何度もキスを交わした。

キスをしながら、カチ、カチっと規則的に時を刻む、腕時計の音を聞いていた。長い時間を超えて手に入れた、大切なもの。
過ぎ行く時をおしみながら、窓の外が白くなるのを感じた。
俺たちは共にまどろみの中、キスを繰り返す。優しい時間が過ぎて行った。

その日、俺は果てることなく、朝を迎えた。
身体を満たすより、心が満たされたことで満足だった。

そばにあるはずの温もりに手を伸ばすが、すでに冷たいシーツだけで彼女の姿はなかった。
リアルな夢を見たな…、と空しくため息をつき寝返りを打った。
光の差す方にそっと目を開けてみる。
夢で見た風景が色を付けて広がる。また空しさがこみ上げて、
胸が締め付けられる。

「たまき…」

声に出して彼女の名を呼んでみると、じわっと目に熱いものを感じた。
夢で泣くなんて、俺らしくない。
もう一度、寝返りを打って目を閉じる。

耳元でカサッと紙の擦れる音がした。
それを手で探り、つかみ取る。
小さく2つ折りにされたメモ用紙。
開くと、そこには見覚えのある字で‘港北区’から始まる住所と‘ルール’と書かれた下に
『家事は分担』『禁煙』との、2項目が羅列されていた。

俺は苦笑いで、その下に「俺より先に死ぬな」と指で書いた。
書いて、それを指で消すと、願いをかけるように「永遠に一緒
だ」と書き変えた。
過ぎ行く時の果てまで、離さない、と約束するように…






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