long distance
進藤一生×香坂たまき


春は、空気が冷たくなると、建物の明かりが目立ちはじめる。
生暖かさが残る夏とも、気付けば暗くなっている冬とも違う。
きちんと過程がわかる季節だ。
窓から入る光が弱なった室内で、たまきは、時計ばかり眺めていた。
連絡がきてから1時間が経っている。
道が混んでいるのだろうか。
都筑区にある病院から横浜駅西口にあるこのホテルまで、車で40分ほどだ。
平日だからか、海側の上層部の部屋がとれたにもかかわらず、たまきがベイブリッジを眺めたのは一度だけだった。
シャワーを浴び、化粧をして、髪型を整えた後は、時計と携帯が気になって仕方がなかった。
それにもかかわらず、迫りくる再会を先延ばしにたくなるのは、臆病だからかもしれない。
逢瀬の後の別れの瞬間はいつになっても慣れることはなかった。

手の中の携帯が震えたのは、さらに10分が経過した後だった。
たまきが部屋に招き入れると、進藤は強い力で抱き寄せた。
後ろではゆっくりと扉が閉まる音が聞こえた。

「一年ぶりね」

進藤の匂いをたっぷりと吸い込み、たまきは言った。

「そうだな」

声は機械を通すとどうしても雑音が混じる。
クリアな声に、お互いが近くにいることを認識する。

「顔を見せて」

少し距離が明くと、薄暗い部屋に進藤の顔が浮かび上がる。
ゆっくりと近づくと、唇で体温を感じる。
唇で触れる唇が一番柔らかだと書いた作家は誰だったろうか。
考える間もなく、深くなっていく。
少しずつ角度を変え、下唇を挟み、たまきがわずかに口を開くと、そこから進藤の舌が入り込んでくる。
煙草の苦みがあるのに、漏れる息はとても甘い。
わずかな瞬間に吸い込む空気の量が増えたとき、たまきの身体はベッドに押し倒された。

半分まで黒いブラウスのボタンをはずすと、たまきの白い肌が大きく露出される。
窓から入り込む青い光の中に浮かび上がる。
陽が沈み、青く染まった空気のなかでは、昼間とは逆に、赤やオレンジは霞んでしまう。
しかし、青と白はくっきりと浮かび上がるのだ。
どこか寂しさを含み、幻のようにも見える。
目に入る光景とは対称的に、触れた素肌は温かかった。
進藤は、ブラウスの隙間から片手を背中に這わし、ブラのホックをはずした。
胸の先端にひっかくように触れられると、たまきは、右半身だけ鳥肌が立つのを感じた。
顔を逸らすと、ピアスが光を反射する。

「寂しかった?」

できるだけ声の調子を変えないように言ったつもりだったが、うわずって震えた。

「あぁ」

ボタンをすべてはずすと、ブラと一緒にベッドの下に落とした。
直に伝わる空気から、たまきの体温が上昇したのがよくわかる。
耳に舌を這わすと、たまきは熱い吐息を洩らす。
進藤の舌が動くたびに、肺に溜まった熱い空気が押し出されていく。
しつこく耳を愛撫する人間は、進藤が初めてだった。
それまでは煩わしく感じていた行為に身体が震えたことに、たまきは驚いていた。
スカートを落とした右手が耳に移動し、ピアスをはずされたのがわかった。
サイドテーブルに小さな金属音が響くと、耳たぶを柔らかくはさまれる。
動きが激しくなり始めたのを感じると、左手は胸元に添えられた。
先端を弾くと、たまきの身体は上に逃げるが、右手がそれを許さなかった。
進藤の唇は徐々におりていく。
つまむように軽いキスを落とし、ときおり跡を残していく。
薄く目を開くと、いつのまに服を脱いだのか、がっしりとした肩が見えた。
形を確かめるように上半身をたどると、下半身に移動していく。
すぐそこに進藤を見ることが出来ないことを寂しく感じたが、腿を舌でたどられると、今度は全身に鳥肌がたった。

「お前は、寂しかったのか?」

ショーツに湿った息がかかる。

「あ…っ」

返事をする前に、布越しに敏感な部分に舌を押しあてられ、別の声があがった。

最後にショーツをはがすと、進藤の唇は再び胸へと戻った。
下部に指で直に触れると、卑猥な音が響く。
内側を軽くひっかくように撫でるたびに、たまきの身体は震えた。

「しんどっ、せん…っせ」

上半身と下半身に刺激を与えられ、たまきからは切ない吐息が耐えず漏れていた。

「…おね…がい…っ」

進藤にも限界がきていた。
膨張した先端は、透明に濡れていた。
最後にもう一度神経の集中している部分を掻くと、指を引きぬいた。

たまきの内部は、それまでと比較にならないくらいに熱をもっていた。
お互いに、一部分でしか刺激を受けていないはずなのに、快楽は全身に広がる。
進藤が奥を付くたびにたまきは声をあげ、身体を捩る。
たまきの締め付けが強くなるたびに、進藤の速度はあがる。
引きずり込まれ、結合部から溶けていくようだった。
ひたすら快楽を求め、漏れそうな声を飲み込むと、呼吸はさらに乱れていく。

「あぁっ、やっ、しんっ…ど…やぁっ」

たまきの腰は、無意識のうちに進藤の動きにあわせていた。
ある場所に当たるたびに、脳まで快楽の波は到達する。
それまでで一番高い声をあげ、たまきの内部が痙攣する。
それと同時に、進藤からも小さくくぐもった声が漏れ、熱を放った。

シャワーブースのガラスに、進藤の広い背中が見える。
先程たどった背骨や背筋の感触が、たまきの手のひらには残っていた。
そのせいか、シャワーの水滴や蒸気ではっきりとは見えないが、随分としっかりとした体付きなのはよくわかる。
バスタブからシャワーブースまでの距離は短いはずなのに、ひどくもどかしく感じる。
ここまで移動する際に見えたデジタル時計には、20:38と表示されていた。
進藤がくる少し前の時刻から、もう2時間半近く経過している。
チェックアウトは明日の正午。
他のホテルより遅いという理由でここを選んだのに、それでもずいぶんと早い。
しかしそれ以降だと飛行機には間に合わない。
シカゴに戻れば、またしばらく会えない日々が続く。
たまきは目頭が熱くなるのを感じ、時間を計算するのをやめた。
シャワーブースから出てきた進藤と目が合うと、思わず逸らしてしまった。
たまきの背後に進藤が入り込むと、その体積分、湯があふれた。
そのまま腕を回され、背中に進藤の体温を感じる。

「泣いてるのか」

随分とやさしい進藤の声が、たまきの耳に響く。
それが涙腺を刺激するが、気付かないふりをした。

「どうして泣くのよ」

中で腕を動かしても、湯の表面は波立って音を立てることはない。
動くのは内面だけだ。
たまきは、すべて自分の内部で終わらそうとした。
泣いて、縋りついて、シカゴに行きたくないといって、どうなるというのだ。
ティーンエイジャーではなく、立派な大人だ。

「たまき」

それまで聞いたことのない響きに驚き、たまきは思わず上半身を向けた。
ひどく切なげな瞳で視線を送っていることに、初めて気付いた。

「また、しばらく会えないな」

進藤の声は悲しく響いた。
密閉された空間は、その響きを助長する。
たまきの視界がぼやけたのは、湯気のせいではなかった。

進藤が新たに言葉を発する前に、たまきは、それを塞いだ。
進藤が残りの時間をカウントしないように。






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