葵ちゃんと秀ちゃんの会話(非エロ)
番外編


やわこい。
あたたかい。
すべすべ。
――気持ちよかった。

「……いやいや、落ち着け俺」

屋上に寝そべって、ぼんやり空を見上げつつ、葵はぽつりとつぶやいた。

ほんの数日前のこと、葵はわぴこの胸を揉んだ。
というとセクハラなのだが、合意の上なので問題はない。
あの後だって、普通に逢って挨拶して、話して遊んで仲良しさん。
でも実は、未だに葵の手のひらからは、わぴこの胸に触れたあのときの感触が消えていない。
なんというか、ふとした拍子に思い出すのだ。
そよいでいた梢や、優しかった木漏れ日、あおくさかった下草のにおいと一緒に、手のひらによみがえる。わぴこの素肌と双丘に触れたあの感覚。

「……」

思い出すたび、のたうちまわりたくなる。
恥ずかしいからというよりは、なんかよく判らない衝動からだ。
それを発散するためにのたうちまわりたくなるのだが、実際自室で転がったこともあるのだが、今日はそういうわけにもいかない。

「どうしたんだ?」
「いや別に」

なぜか。
サボり魔を授業へ引っ立てるためにやってきたんだろうにもかかわらず、始業のベルがとっくのとうに鳴り終わったにもかかわらず――きちんと切りそろえられた黒髪を、そよそよと、屋上の風にそよがせた秀一が、葵の隣にいるからである。

てゆーか何やってんだよ秀ボーのくせに。
と訊いたら、「次家庭科だろ。ウシ美さんとわぴこが一緒に料理するんだってさ」と、空ろな目でもって答えられた。
……今日の秀一は、岡引ではなかったようだ。
緊急避難、というやつらしい。
休み時間になってから逃げたのでは間に合わないと、何度かのそれで悟ったらしい。生真面目学級委員も、最近は融通が利くようになったか。えらい。
心中盛大な拍手を送る葵を、秀一はじっと見る。

「どした」

今度は葵から問いかける。

「いや」、ここまでは同じ。「おまえ、何か悩んでないか?」
「……」

悩んでる。
悩んでるとも。
だがそんなこと、面と向かって云えるものか。

幼馴染の胸をひょんなことから揉んでしまって、その感覚がずっと消えない、などと。

しかもその幼馴染は、葵と秀一にとって共通の相手。
最近は千歳も混じって四人組で数えられることも多いが、もともと、わぴこと葵と秀一が幼い頃からの付き合いである。誰が誰と最初に逢ったか、それとも三人いっぺんに逢ったのか、そんなのさえ覚えていないくらいの昔から。
だからだ。
秀一が、悩んでるんだろう友人を心底気がかりに思っているのはよく判る。
いつも彼をからかって遊ぶ葵だが、その心遣いは素直にありがたいと思うのだ。
だが、だからだ。
だから云えるわけがない。
そもそも悩みだとも云えるのか、自分でだってわからないのに。

「なんでもねーよ」

だから。
真摯な秀一の視線から逃れるように、葵は、ごろん、と寝返りを打ち、背を向けた。

「本当に?」
「ああ」
「何かあるなら、吐き出したほうが楽だぞ」
「吐き出すっつーか……」
「聞くだけは、聞いてやれるから」
「……」
「……」
「……あのな」
「うん」

「わぴこの胸、揉んだわ」

……

「……そうか」
「驚かねーのか?」
「いや、驚きすぎてどうしたらいいんだかわからない」
「は、秀ボーらしい」
「というより、葵。おまえ何だっていきなりそんなこと」
「……わかんね。なんかすげえ普段どおりに転がって、転がった」
「……」
「……」
「……なんか云えよ秀ボー」
「……あ。え、えーと」
「おう」
「えー……、と。その。気持ちよかった?」
「何訊いてんだよてめーまで!」
「な、何か云えっていうから!!」
「っかー、秀ちゃんもやっぱ男の子ですねー」
「僕のどこが女に見えるんだよ!」
「はははは、ワリ、ワリ。あーでもなんか気が軽くなった。んでまあ感想だが」
「あ、やっぱりいい。おまえが気分転換できたならもういいよ」
「人の話は最後まで聞け。まあぶっちゃけ、気持ちよかった」
「……気持ちよかったんだ」
「おう」
「そうか」
「そうだ」
「そうなんだ」
「そうなんだ」

そして二人は笑顔になった。






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