ないしょのじかん
葵×わぴこ


「……………」

夏休み。真夏の暑さを避けて昼寝をしていた葵は、目を覚ましてすぐ違和感を感じて体を起こした。
腹にかけていたタオルケットを剥ぎ、違和感の元を見つけて溜息を付く。
何もしていないのに股間は勝手にテントを張っていて、「早く何とか治めろ」とばかりに自己主張していた。
何かしらの夢を見ていた気はしたけれど内容なんてこれっぽっちも覚えていない。
この反応の仕方からすれば、――そういう類の夢だったのだろうが。

「元気良すぎるのも考えもんだよなー」

葵は部屋の窓と戸を締め切り、机の上に水やスポーツタオルにティッシュを用意すると椅子に腰掛けた。
健全な青少年にとって自慰に耽るのは別に変わった事じゃない。むしろ健康な証拠で良いじゃないかと、
言い訳のように心の中で呟いて机の下に手をやる。

「くっ……」

自身を掴み出す感覚に葵は喉を鳴らした。さっさとヌいて水でも浴びたら、夕飯の時間になるまで遊びに行こう。
秀一の家ならクーラーもあるしそこで昼寝の続きをしてもいい。そんな事を考えながら。

イケるまであと少し。そろそろフィニッシュを、と片手をティッシュに伸ばした時に背後でカラカラと物音がした。

「あー、やっぱりいたー」

少し間延びしたものすごく聞き慣れた、しかし今だけは絶対に聞きたくなかった声が、戸を開ける音に固まった
葵の耳に飛び込んだ。

葵は首だけを後ろに向けて背後を確認してみた。部屋の戸をカラリと開けて、にこにこと笑っている幼馴染みを
認めた途端に汗がどっと吹き出てくる。なんで、このタイミングでこいつがここにいる?

「わ、わぴこくん? 何勝手にオレの部屋に入ってきてくれやがってるんですか?」
「む。わぴこ、ちゃんと「葵ちゃん」って呼んだよ? 玄関でも部屋の前でも言ったもん」

「聞こえてなかった葵ちゃんが悪いんだよ」

とわぴこが口を尖らせた。

(……まさかこいつに見られるなんて)

わぴこの言葉どおり確かに部屋の外で呼んでいたのかもしれないが、夢中になっていて気付く余裕なんかとてもなかった。
かといって、すぐ後ろに来られるまで分からなかった自分に対して、そんなに必死だったのかと情けなくなる。
ガクリと机に伏した葵の側にわぴこが近づいてきた。

「葵ちゃんが机に向かってるなんて珍し〜。おべんきょ中?」
「うわ、バカ。見んなっ」

後ろから覗き込んでくるのを肩で遮りながら握っているモノを隠そうとする。
ずーっと昔には風呂も一緒に入っていた事だってあったけど、そんなのは小学校に入る前ぐらいの話で体付きなんて
覚えているはずがないし、とっくに思春期真っ只中の自分達では裸を見せるなんて想像も付かない。
けれど葵の切ない気持ちなど、お子様なわぴこが分かるはずもなく。

「何か隠してる。わぴこにも見せてよう」

無邪気に飛び付いてきた背中に当たる感触は妙にやわらかくて、大人しくなるどころかさらにいきり立つ自分自身に
泣きたくなった。

「ほんとに何して、た、……の?」

首にかじり付いて手元を見下ろす視線が非常に痛い。この体勢ではわぴこの視界にバッチリ入ってしまっているはずだ。
現に硬直して言葉を失くしてしまってるではないか。恐る恐るすぐ脇を横目で見ると、わぴこは目線を下に向けたまま
顔色を変えていた。

(もうこれからヘンタイ扱いだ)

親に見つかるならともかく、わぴこに見られるなどまったくの予想外だった。いくら幼馴染みでも、この歳になるまで
女が平気で男の部屋に遊びに来る事自体が間違っている。わぴこの自覚の無さが葵にとって最悪の結果を出したのだ。

「……わぴこ、重い。どけ」

落ち込んでいく気持ちがそのまま声に出てしまう。あまりに低い声に気圧されて、わぴこは葵からぱっと体を離して後ずさった。
済んでしまった事はどうしようもない。きっとこれから先、わぴこにとって自分は友人ですらなくなり「変態」のレッテルを
貼られて一生を過ごすんだ。立ち直れない葵の肩を、ずっと後ろで黙っていたわぴこがそっと突付いた。

「……何だよ」
「えと、あの、だいじょうぶ?」
「だから、何が」
「そのー……。どっかにぶつけたの?」
「……は?」
「突き指したとか、虫に刺されたとか」

モノを見られて「突き指」と言われたのにはどういう意味だと突っかかりたくなったが、状態だけなら突き指と同じに
見えたかもしれない。充血して赤くなったそれはわぴこの目には相当痛そうに映っていたのか、さっきから怪我人を
心配する発言ばかり繰り返す。

「そーだ、冷やさなきゃ! 氷と救急箱持ってくる!」
「待て待て待て」

葵は取って返そうとするわぴこの腕を掴まえて引き止めた。

「あのな、おまえこれが何でどういう状態か分かんねーの?」
「葵ちゃんのおちんちんが腫れてる」
「…………。」

絶句。同い年の異性の口から出た名詞は思いのほかダメージがでかかった。葵はクラクラする頭を振って気を取り直すと、
シャツの裾を無理矢理伸ばしてなるべくわぴこの目に入らないよう、足を組みながら椅子の向きを変えた。

「……ほんっとーに分かんねーんだな」
「ねーねー、秀ちゃんとこで診てもらお?」

わぴこは葵のシャツを引っ張りながらしきりに急かす。恋愛事に興味を持つはずの年齢になっても、男の生理現象を
欠片も理解できてない辺りがわぴこらしいというか、扱いにくいというか。こんなもの医者に行ってどうなるものでもない。
葵は揺さぶられながら、どうやってわぴこを部屋から追い出すかの算段にかかった。
ヘタに放り出して「怪我してる」などとあちこちに言いふらされてはたまったもんじゃない。

「わぴこ、オレの秘密ひとつ教えてやる。誰にも言うなよ」
「ひみつ?」
「オレのここな、たまーに膿が溜まって熱持つんだ」
「えーっ?! む、うぐ」

葵は聞かされるなり真っ青になって大声を上げたわぴこの口を慌てて塞いだ。

「静かにしろよ。秘密っつったろ」
「……ぷはっ。やっぱり早くお医者さん行かなきゃ」
「そんな人前でホイホイ出してられるかよ。膿出せば腫れ引くんだから大丈夫だって」
「でも――」
「それにオレがそんな病気だって親が知ったら心配するに決まってる。

……あんま心配かけたくねーんだよ。わぴこもそれぐらい分かるよな?」

病気と聞いたわぴこがまた騒ぎかけたのに問いかけると、わぴこは辛そうに顔を歪めて呻いた。わぴこだって
葵の両親はよく知っている。その2人を悲しませたくない気持ちは分かるから、それ以上何も言えなくなってしまう。
葵はやっと口を噤んだわぴこの様子に胸を撫で下ろし、今度は180度方向転換させて廊下に追い立てた。

「んじゃ、オレは膿を出すからおまえは帰れ。ほら、行った行った」

戸を閉め鍵をかけて今度こそ、と構えた所に向こう側からまたわぴこの声が飛んでくる。

『どうやって出すの? わぴこも手伝うよ』

ぴし、と葵の頭の何かが音を立てた。

(こいつ、たった今、考えるだに恐ろしい事を口走ったような気が)

「わぴこ、おまえ何言ってんだ?」
『だって早くしないとおじさんとおばさん帰ってくるでしょ? 2人でしたら早く終わるかもって』

眩暈がするのは、この部屋の熱気だけのせいじゃない。

(こいつ意味分かって言ってんのかいや分かるはずない普通女があんなの見たら速攻逃げるだろそれを目の前でやられたらさすがにショック受けるけどだからそうじゃなくて手伝わせるって事はちょっと待てこれじゃ変態どころか変質者の域じゃ――……)

カシャン。

一度かけた鍵を外す音が響いた。留まろうとする思考を無視して体が動く。
戸を開けると、真ん前に気遣わしげな表情のわぴこが立っていた。

「……なら、頼まれてくれるか?」

「うん。わぴこ、なんでも手伝うから言ってね」
役に立てると思ったのか、わぴこは葵の返事にうれしそうに笑って応える。
わぴこがせめて小学校高学年程度の常識を持ち合わせていたら、こんな事にはならなかっただろう。
葵は自分で部屋から追い出したはずのわぴこを再び招き入れると、ぴたりと戸を閉ざした。

室内の暑さにたまりかねてスイッチを入れた扇風機が首を振る度に熱風が髪を揺らす。
床に座り込んだ葵の背後には壁。目の前にはわぴこが足の間にぺたんと座っていた。

「ほんっとーに良いんだな?」

「葵ちゃん、さっきからおんなじ事ばっかり言ってるよ?」

意思を確かめる度わぴこに言い返されて葵は顔をしかめた。自分で誘い込んでおきながら何度も答えを求めてしまうのは、
自らの体を異性に見せる羞恥心と、わぴこを自分の欲を満たすための道具にしようとしている罪悪感のせいだ。
しかし、こうして躊躇している間にも中途半端に放っていた体は新たな刺激を欲しがり、シャツの上からでも判るほど
勃ち上がったモノが疼き続ける。

「じゃあ、出すからな。驚くなよ?」

葵は意を決して裾を上げると反り返った分身をわぴこの前に晒した。

「やっぱり痛そう……」

第一声からして何かが違う。首まで真っ赤になった葵とは逆に、相変わらず誤解したままのわぴこは青ざめて眉をひそめた。
明るい日差しの下だからか、さっき机の暗がりから見たときよりも尚更腫れ上がっているように見える。
早く膿を出してやりたくてもわぴこには方法が分からず、葵にすがる眼差しを向けた。

「…………」
「…………」
「……ちょっと、触ってみ」
「う。うんっ」

沈黙に耐えられなくなった葵が目を逸らしてやっと口を開くと、わぴこは言われたとおり恐る恐る人差し指を伸ばす。

「っ!」

指先が軽く幹に触れるなり背筋を駆け抜けた痺れに、葵は息を詰めて膝に爪を立てた。

あまりに強い反応の仕方に、わぴこは驚いてすぐに手を引っ込めた。葵の堪える表情を苦痛と取ってしまい、
大きな瞳はたちまち涙目になってしまう。

「ご、ごめんね。痛かった?」
「あー…、平気平気。あと軽く持ってくれるだけで良い。そーっとな」

わぴこは葵に言われて一度引っ込めた手をおずおずと伸ばしてきた。それこそ壊れ物を扱うように優しく
触れてくる指も手も柔らかくて、固く骨張った自分の手とはまるで違う。
支えるように右手の平に包まれて、思わず腰が震えそうになった。

「すごく熱いよ? ほんとに氷いらない?」
「いらねぇって。……少し、握って」

乱れる息を抑えながら不安そうにしているわぴこに言うと、添えられていた手がぎこちなく動いて指が内側に曲げられた。
自分のモノに他人の指が絡まる様は異様なほどに艶かしくて、その指がわぴこの物というだけでさらに昂ぶっていく。
最初のためらいは興奮の前に消え失せていた。

「あれ? 何か出てきた……?」

先端からじんわりと先走りが滲み出すのに、わぴこがギョッとしてまた手を引こうとするのを上から掴まえて、
空いていた左腕も捉えて引き寄せる。

「手ぇ、離すな。これからなんだから」
「膿が出てくるの?」
「そ。だから、このまんま持ってろ」

触れ合う場所を介してわぴこの動揺が直接伝わってくる。じっとしている間にも透明な液はたらたらと流れて
わぴこの手を濡らしていった。硬直したわぴこは身じろぎひとつしないどころか指先をぴくりとも動かさないのに、
ぞくぞくとしたものが腰から背中へ這い登る。もっと自分に触れられたい、目の前の体に触れたいと、本能が囁いた。

「なあ、わぴこ。声出ちまいそうだから、口塞いでくれね?」
「でも、でも手が」
「こうすりゃいいだろ」

葵に頼まれたわぴこは「手を掴まれては塞げない」と半泣きになって腕を引き抜こうともがく。葵は逆にわぴこの体を
自分の方へ引き付けながら、間近に迫った桜色の唇に自分の口を押し付けた。
キスでさえこれが初めてだというのに貪るように舌を絡ませながら、自身に触れるわぴこの手ごと扱き上げる。
何もかもが気持ち良くてたまらなかった。

「ん、ふ」
「はぁっ、……っ」

合わせた口の隙間からもれる吐息も喘ぎもどちらのものか、快感に麻痺した頭では既に分からない。
声を塞ぐはずの口付けを解いては首筋を伝う唾液を舐め上げ、再び唇を奪っては呼吸までも飲み込む。
なけなしの抵抗を封じられたわぴこは疲れ果てて、時折肌に落ちる口付けに体を震わせながら、葵に強制されるままに手を動かしていた。
苦しい吐息の混ざる声、2人分の指がそれぞれ違う力、違う動きで刺激を与えてくる。なぞり撫でさすり締め付けられて、
ソレは人間の体の一部とは思えないくらい硬く張り詰めていく。
わぴこの手の平が切っ先をかすめた瞬間、堪らず葵が2人の手の中で弾けた。

「うぁぁっ……」

葵はわぴこの肩に頭を埋めて絶頂の悲鳴を上げた。手に包まれた竿はドクドクと脈打ちながら精を吐き出し、
白い濁りが2人の手を汚す。射精の時間も量もいつもよりはるかに多くて、わぴこの存在が原因になっているのはあきらかだ。
達した体が落ち着くまで、2人は身を寄せ合ったまま動けずにいた。

葵は自分の手を拭き、次にわぴこの手にべっとりと付いた粘液を拭ってやる。水を含ませたタオルで両手の平から
指の一本一本まで丁寧に拭かれている間、わぴこは呆然としながらその動作を見ていた。

「よーし。キレイにできた、と。まだ気になるとこあるか?」
「えっ、あ、ううん! 全然。ないない」

わぴこは葵に取られていた手を離して何度も首を横に振った。互いの顔を見ることも出来ない俯き加減の頬が赤いのは、
夕方が近づいてきつい光が差し込む部屋の暑さばかりのせいじゃない。

「暑いだろ。窓、開けるな」

立ち上がった葵が閉め切っていた窓を開け放つと、夏の湿気た風が吹き込んできて篭もった熱気を消し去っていく。
涼しさに目を閉じたわぴこは、初めて気が付いたようにぱちりと目を開けて葵に問いかけた。

「葵ちゃん。もうだいじょうぶ? 痛くない?」
「ああ、楽になった。ありがとな」

葵が言うとわぴこはホッと安堵の笑みを見せた。あの行為が何なのかを知っていればこんな風には笑えないはずだ。
あれは、セックスの真似事だったのだから。

「もしも、……もしもオレがさっきみたいなの『また頼む』って言ったら、おまえどうする?」
「ん。それで葵ちゃんが治るなら、わぴこがんばるよ」
「……そっか」

結構悩んで軽蔑されるのを覚悟で聞いたのに、間髪いれずにあっさりと返されて葵は脱力する。
ふっと部屋の時計に目をやったわぴこは「もう帰らなきゃ」と立ち上がった。
「帰るとき、ちゃんと手洗って行けよ」
葵が部屋を出て行く背中に声をかけると、部屋を出て行きかけたわぴこは振り返って「うん、分かった」とにっこり笑った。

あんなにやわらかいなんて知らなかった。あんな表情をするなんて。
一度覚えてしまった快楽は忘れることなどできないだろう。
事実を知ったわぴこが自分から逃げるのが先か、自分の理性が欲に負けるのが先か。どちらにしてももう今までの関係には戻れない。
――少なくとも、オレの中では。

葵は床に腰を下ろすと、また疼き出した体を膝ごと抱えてうずくまった。






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