番外編
「お世話になりました。」 高く澄み渡る秋の空の下、森下麗美は新たな人生を歩き始めた。 帰る場所はあるにはある、しかし身寄りがなくなった自分を養ってくれていた叔父夫婦にどんな顔をして会えばいいのか、 麗美は今日まで答えが出なかった形容しがたい思いを胸にバス停までの道を歩く。 「レミ。」 自分の名前を呼ぶ声が聞こえた、それも聞き覚えのある声が。 その声の主は一番会ってはいけないと思っていた相手、陣馬剛史のものだった。 「剛史…」 「おかえり。」 「…どうして…」 「迎えにきたんだ。 それにお祝いってわけじゃないけど、一緒に飯でもどうかなって思ってさ。」 「…」 (何故彼は私に優しい言葉をかけてくれるのだろう。 私がしたことは許されることではないのに…) 麗美は剛史が何故ここにいるのか、答えの出るはずのない自問を繰り返しながら佇む。 滲んだ瞳では彼の心は見透かせない。 「…ごめん、ね…」 何に対しての謝罪かは麗美本人でもわからない。 ただ、今の麗美にはこの言葉しか出なかった。 背中を向けたまま、顔を見せないままに逃げ去りたいと思ったが動くことができない。 「金田一と七瀬から聞いたよ、村のことも子供のことも。 確かに傷ついた。 カモフラージュのために付き合ってて、俺のことを好きだって言いながらあの人に抱かれていたことを許せないと思ってた。 でもレミの過去を知って、罪を償うって気持ちを知って考えが変わったんだ。」 「剛史…」 「忘れることはできないし、無かったことにすることもできない。 でもまっすぐに罪と向き合うレミのことを聞いて、俺の怒りがすごいちっぽけなものだと思った。 そしてそんなレミを俺は支えていきたい。そう思うようになっていたんだ。」 「…忘れてて…ほしかった… 私は剛史を騙して利用していたんだよ。 私はこれからも罪を償っていくの。子供には引け目を感じさせたくないけど、一緒に暮らせばそれでもきっと重荷を背負わせることになる。 でも剛史にまでその重荷を背負わせたくないの。」 「何があったとしても一度は惚れた女だ。 その相手の不幸は見たくないし、一人で背負うよりも二人で背負ったほうがいいだろ? 立ち話もなんだし、乗りなよ。飯食いに行こう。」 剛史の優しくも力のこもった眼差しに麗美は抗うこともできず、車に乗り込む。 「何か食いたいものあるか?」 「う、うん…」 「オムライスなんてどうだ? ほら、一緒によく行った店があっただろ?」 学校帰りに二人で街に出たり、喫茶店で話したりと、偽りの関係ではあったが恋人らしいこともしていた。 そんなときによく行った、剛史のお気に入りの店… 「うん。」 麗美は小さく返事をした。 「ねえ、剛史…」 沈黙が続いた車内の空気を破るように麗美は剛史に話しかけた。 「お店…こっちじゃない気がするんだけど…?」 「うん、その前に寄りたいところがあってさ。」 「そう…」 しばらく車が走り、ある建物の前で停まった。 「ここは…」 「陣馬さん、こんにちは。こちらの方が?」 「はい。」 「そうですか。 おめでとうございます。」 まさか… 麗美は言葉を出せずに剛史の隣に立っていた。 「剛史お兄ちゃん!今日はどこに連れてってくれるの?」 無邪気な声が近づいてくる。髪の色と目元を見てすぐにわかった。 「お姉ちゃん?どうして泣いてるの?」 罪を認め、向き合うきっかけになった存在。あの墓場島で死んだ達之の忘れ形見だ。 言葉になどできない、何を話せばいいのか、どんな顔を見せればいいのかさえもわからない。 ただ流れる涙さえも抑えられず達之との間に生まれた息子を抱きしめていた。 「達也君、この人は君のママだよ。」 「ほんと!?ママなの? ねえ、病気はよくなった?」 「…病気?」 剛史が助け船を出してくれた。 「よくなったよ。だから達也君に会いに来れたんだ。 でもね、一緒に暮らすのはもう少しだけ我慢していて。ママが達也君と暮らすための準備がまだできていないんだ。」 「うん。僕待ってるからね!」 「達也…必ず…近いうちに迎えにくるから…」 麗美は止まらない涙を流し、夢に見た息子に約束をした。 「剛史、ありがとう。」 食事を済ませ帰りの車の中、麗美は心から剛史にそう伝えた。 「…あのさ、麗美。俺じゃ、あの子の父親になれないかな?」 「えっ…」 「今でも麗美が好きなんだ。三人で家庭を作っていかないか?」 麗美は言葉を返すことはできなかった。 (達之…私、幸せになってもいい…かな…?) 「麗美?」 涙を流す麗美を優しく剛史は抱きしめた。 これから先何があっても共に乗り越えていく。 それが麗美の選んだ答えだ。 SS一覧に戻る メインページに戻る |