近衛×海堂(微エロ/鬼畜等)
番外編


顔を見据えても前が、ない。振り返っても後ろが、ない。
認識しているのは「闇」という名前の黒だけ。どこを向こうとしようが、何を見ようと試みようが、全くの無駄なのだ。
何故自分がこんな状況に晒されているのか、瞳は全く分からない。
ただ、分かるのはひとつだけ。自分は布で目隠しをされ、そして、手を上に挙げて鎖で繋がれている。
これは正しく、「監禁」だ。
しかも、人為的な。
海堂瞳はぞくっとしながら、けっ、と軽く、シニカルに笑う。


いや、本当ならもっと慌てなくてはならないという事ぐらい分かってはいるのだが、如何せん現実味がなく、夢なのではないか、とすら思っている。
頬をつねって確かめたい所だし、しかし、手は鎖で上に挙げられていて、その鎖の重み、手が引きつっていく痛みが、夢ではないと、確かに報せる。

「誰よ……こんな事するの」

弱々しく、独り事を言ってみた。当然、返って来る声は――あった。

「オレだよ」

瞳は下を向いていた顔をばっと起こし、そして、布と顔の隙間から差し込む光を見て、それから、声の主が誰なのか、脳内で検証し――驚愕した。
少し高めのハスキーボイス。俺、を、オレと片仮名で発音する癖。ひとり、知り合いにいた。だが、信じたくなかった。

近衛元彦が、こんな事をするなんて。

「この……え?」
「そう、オレだよ」

言いながら、足音が近寄ってくる。同時に、扉の閉まる音がする。恐ろしくて逃げようと身を捩じらせるが、当然無意味。
すぐに、吐息がかかるほどにお互いの距離は近くなり、アップルミントの薫りがする吐息を必死に避けながら、
瞳はなるべく普段どおりの尊大な雰囲気を漂わせる言い方で切り出した。

「近衛、あんた何やってんの?」

見ようとしても見えない前を、近衛がいる前を見据え、吐き出すように言った。すぐに返事は返ってきた、非情な答えが。

「ここはオレん家の空き部屋。あ、鍵閉めてあるから平気平気、大丈夫」
「ふざけんじゃないわよ!」

気づいたときには、瞳は激昂していた。布で隠されている目を必死につり上げ、威圧するように睨もうとする。涙すら出てきた。
確かに近衛元彦は、軽薄でナンパで女からも男からも好かれていない。しかし、それなりにいい奴だとは思っていた。



それなのに。それなのに。それなのに。
余りにもそれは、無残に無常に無慈悲に壊された。


「なんで?」

泣きそうな声を振り絞って、必死で言った。最初の冷静さなど何処へやら、こんな状況になると流石に自分は打たれ弱い。
知り合いが、しかもいい奴と思っていた者が犯人だと知ると、瞳は全てが嫌になった。
そんな自分を、


近衛は、鼻で嗤った。


「お前、本当にさあ」

壁に両手をつけ、自分を囲むようにしているのが分かった。恐ろしい、逃げたい、逃げたい逃げたい。

「……そういうトコ、クるぜ」

突然、近衛が唇を押し付けてきた。当然その狙いは瞳の唇。抵抗しようとしたが、その前に彼の舌が侵入し、唾液を口中に流し込みながら、自分のと絡め始める。


熱い。焼けてしまいそうだ。


「……ゃ……んぁっ……っ!」

ファースト・キス。そんな言葉が、脳裏を過ぎっていた。実をいうと瞳は、十七歳の女子高生にして、まだファースト・キスを済ませていなかった。
いつか、いつでもいい。


本当に大切な人と、出来たら。


そんな事を思っていた自分が馬鹿らしく思えてくるほど、近衛は長く長く、口付けをしていた。
もう自分も諦めて、なされるがままに、身を委ねていた。きっと、今更何を言った所で無駄なのだ。近衛はそういう奴だったのだ、実際は。
幻想を抱いていたのは自分の方なのだ。

また、じわじわとこみ上げてくる涙。必死で抑えるが、どうしても溢れ出してしまい、大粒のそれは、頬を伝う。
近衛がようやく、唾液の尾を引きながら唇を離した。彼が今どんな表情をしているのか、自分には分からない。
だけれど。
それがどんな表情であったとして、瞳には最早関係がない。何故ならば、自分も彼もとうに唇から興味を失っているからだ。
今、彼の興味の対象、プリーツスカートの中に冷たい手が入り、太腿を撫でる。思わず「ぃやっ」と声をあげそうになったが、何とか堪える。

「ふぅん……」

スカートを捲くられたのか、妙に前身の、特に下半身辺りが涼しい。鑑賞しているのか、しばらく何もしなかった。
だが、浴びせかけられる、辛辣ないやらしい言葉があるので、瞳にとって変わりはないも同然。

「意外だなあ。今時、白に紺のボーダーライン、しかもフリル無し。お前もっと派手なの穿いてるかと思ったぜ ……おっ」

その瞬間、やめて、と思ったのは、今度の対象はきっと、一番汚されたくない場所だからだ。

「海堂……お前、もう濡れてんの?」

羞恥心で押し潰されそうな錯覚を覚えた。「やめなさいよ!」と声を荒げるが、当の本人は容赦しない。いや、むしろ、その声で余計に燃えた、という行動に出た。
まず、冷たく細い指がゆっくりと下着の中に入っていき、そして、その指で下着を膝まで下ろされた。
当然、恥部は大っぴらになる訳で、生温くどろどろとした愛液が太腿の内側を伝って、ゆっくり床に落ちていく。何時まで経っても、それは止む気配はない。
そんな様子を見て、感嘆の声をあげる近衛。

「すげえ、海堂、お前って思ったよりインランってやつ?」
「……ぅ」

不意に、指が膣の中に侵入していく。奥まで入ったかと思うと、左右前後に揺らし、中で、クチュクチュ、といやらしい音がたつ。

「いっ……ゃぁ……うぁ……いやぁ」
「あーあー、そんな声出しちゃって。普段の自分勝手でワガママな海堂サマはどこに行っちゃったのかなァ?」

そんな事を言っておきながら、指の動きは止まない、いや、それどころかより加速している気がする。
いやらしく、それこそ近衛が言ったように淫乱な、厭な声がその度に口の端から漏れ出す。

「……ぁぁっんっ」

指の動きが止まったが、愛液は止まらない。寧ろより勢力を増している。
近衛は耳元に近づき、生温かい吐息を浴びせながら、

「へえ、ようやくキモチよくなってきた? ど? 素直に“キモチいいです、もっとして下さい、近衛様”って言ったら、
その目隠し、取ってやんない事もないけどなー」

といかにも楽しんでいる、そんな口調で言った。
近衛の指の所為で荒くなってしまった息を必死に正そうとしながら、瞳はカラカラの咽喉を使い、声を張り上げる。

「アンタなんかに言う訳無いでしょ! これ以上変な事したら、あたしもキレるからね! 大体アンタなんかに、アンタなんかに」

言うまでもなく、言っている時点で既に、完全に頭に血が上っていた。
なんなのだ、なんなのだコイツは。一体何がしたくて自分にこんな事をする。


その思想が、その思惑が、その気持ちが。分からない。


「……どうしてぇ……」

さっきよりも強く泣き始める。細い嗚咽を漏らしながら、瞳の頭は最早、機能を果たしていなかった。
――普段の強く意地っ張りな海堂瞳は何処に行った。
響く様に呻く様に喘ぐ様に、頭の奥底からそんな声がした。

「関係ないね」

そう言いながら現実に引き戻すように、俯いた瞳の頭を両手で、がしっと掴み、無理矢理自分の方を向かせる近衛。
がしっ、といっても、その手に力は無かった。

「お前がオレを好きになってくれればいい。お前がオレに、それだけ。それだけ。お前はオレだけ見てりゃあいいんだよ」

言葉にも力が無く、本当にさっきまでの近衛なのか、と疑いたくなった。
言い終わると、先程同様の強さで口付けをする。
ただ、今度は短かった。すぐに唇を離し、目隠しを取られると、薄い明かりが視界を包み、瞳は涙ぐみながら、さっきの言葉に答える。

「……わか、ったわよ、だから……」
「うん。離す。こんな事してごめんな。でも、お前はそうでもしないと」


「オレの方、向いてくれなかっただろ?」


それは今まで見た事の無い、近衛のシニカルな嗤いだった。



ひりひりとする手を、近衛の右手と繋いで、海堂家まで帰った。
彼の上手い言い訳のお陰で、それがなくとも一人娘に無関心な母親は、八時までの外出を笑顔で許した。
部屋に戻り、ベットに飛び込むと、瞳は思う。

酷いやつだけれど、だけれど、もしかしたら、もしかしたら、ありえはしないのだろうけれど。

好きに、なれるかもしれない、と。






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