明智健悟×七瀬美雪
街はすっかりと暗くなっていた。 ぽつぽつと街灯に灯りがともり その灯に惹かれた蛾がジジと焼かれる音がした。 美雪はバックから携帯を出そうとして それがないのに気がついた。 ―明智さんのところに落としてきたんだ…。 美雪はきょろきょろと夕闇に沈んだ街に眼を走らせた。 そして電話ボックスを見つけるとそこに飛び込むように入った。 電話機に入るだけの小銭をいれ 震える指で金田一の携帯の番号を押す。 コール音は響くが通じない。 無性に金田一の声が聞きたかった。 そうしないとあの怜悧な眼が熱情に燃える様や めまいのするような熱さが 体中を支配してしまいそうで怖かった。 美雪は何かにとりつかれた様に金田一の携帯の番号を押し続けた。 何度目かのコールの時、 ふと聞き覚えのあるメロディーが聞こえた気がした。 ほぼ無意識のうちにボックスから出ると 近くで声が聞こえた。 「はじめちゃ…」 声をかけようとして 空気が止まる。 彼のそばにいるのは軽く帽子で顔を隠しているが ほっそりとした妖精のように可憐な少女アイドルの速水玲香だった。 喉が焼けるように渇いて声が出ない。 どうしてはじめちゃんはあんなに優しくあの子を見てるの? 彼の指が優しく少女の髪に触れる。 壊れ物に触れるかの様なしぐさが美雪の胸を突き刺した。 美雪に気付かず二人は公園に向かって歩いていく。 悪夢の中をさまようように 美雪も少し離れてふらふらとその後をついていった。 夜の風が頬に冷たく当たる。 さらにぽつんとつめたいものが頬にあたった。 「…雨?」 美雪がそう呟くと同時に雨足は速くなり 街並みが激しい雨で霞むほどになる。 周囲の人間があわただしく駆け出し 雨宿りのできるところを探しているのを 美雪はどこか別世界の出来事を見るような気持ちでぼんやり見ていた。 世界がひっくり返ったみたい。 はじめちゃんとあの子がキスするなんて。 ―その事実よりもなお美雪を打ちのめしたのは 2人の熱っぽい見つめ合いと 微かに聞こえた彼の言葉。 ―確かに彼の唇は『好きだよ』と刻んでいた。 …世界がひっくり返ったみたい…。 美雪の足は意思を失ったように 危うげな足取りを取っていた。 ぽたぽたと衣類から雫が落ちるほどに濡れていても 美雪は寒さすら感じなかった。 その時美雪の耳にパッパーッとクラクションの音が届いた。 反射的に足をとめると見覚えのある車が きゅっと路肩に止まり開いたドアから明智が現れた。 「良かった。−君が傘を持っていないのを思い出して、ずいぶん捜したんですけど…」 ずぶぬれの少女の空虚な瞳に明智は言いかけの台詞と息を呑む。 「…すみません。送るべきでした。とにかく乗ってください。そのままでは風邪をひく。」 美雪はどこかぼんやりと微笑んだ。 「良いんです。濡れていたいんです。 そうだ。私携帯を忘れていったでしょう?今持ってたら…」 そこまで言って美雪は黙り込んだ。 ぎゅっとかみ締めている唇が震えている。 それで明智はこの少女が泣くのを必死にこらえているのだと気づく。 明智は少女の細い腕を強引に掴むと驚く彼女を半ば強引に車に乗せた。 明智はものも言わずに彼女を部屋に連れて行き シャワーを浴びさせ、着替えがないため自分のシャツを貸し、 今度は少し多めにブランデーをたらした紅茶を差し出した。 明智は美雪の隣に腰掛け、彼女がゆっくりとカップに唇をつけるのを見ていた。 透明なほど白い頬に少し赤味が差してきて明智はそっとその頬に触れた。 美雪がびくっと小さく身を震わせると明智は思わず手を引いた。 「…すみません。私は別の部屋にいますので…」 明智が立ち上がり離れようとすると か細い少女の声が明智を引きとめた。 「…けてください。」 「え?」 美雪は明智に眼を向けた。 大きな瞳から涙がはらはらと流れる。 「助けて下さい…!息ができないんです…!」 息をするたび無数の針が喉を通っていくような気がした。 明智は黙って美雪の側に寄り、その小さな肩を抱きしめた。 SS一覧に戻る メインページに戻る |