金田一一×七瀬美雪
今日はクリスマスイブ。恋人たちにとってはお互いの愛を確かめ合うイベントである。 金田一はじめはこの日に備えて入念なシミュレーションを行ってきた。狙うは幼馴染の 七瀬美雪である。長い間つかず離れずという微妙な距離感を保ってきた二人の関係に、 はじめは今日終止符を打とうとしていた。 「……美雪!き、今日の放課後、時間あるか?」 「時間?あるけど……何なの?はじめちゃん」 はじめは昨夜一晩中考えた、美雪をデートに誘うための口実をたどたどしくも口にした。 「じ、実は新聞屋に映画のタダ券もらってさ。ち、ちょうど二枚あるんだ。ど、どうだ?」 「映画か……しばらく見てなかったし、いいよ」 美雪は少し考えて首を縦に振った。 (よっしゃ〜!第一関門クリア!) 思わずガッツポーズをして喜びをあらわにするはじめ。 美雪はそんなはじめの様子を見て、クスッっと笑った。 その日の授業中、はじめはまったく集中できなかった。はじめの頭に浮かぶのは、 どうやってうまくデートを進めるか。どうやって手をにぎるか。どうやってキスをするか。 そしてどうやって―― (どうやって『コレ』を使うかが問題だよな……) はじめの財布の中には、今日のデートのための軍資金と、これまで用意はしてあったが 使う機会がなかった『コンドーム』が収められていた。 (今日こそは、コレを使って、脱・童貞!だ!) はじめが鼻の穴とムスコを大きくしながら物思いにふけっているうちにその日の授業が 終わった。 放課後。はじめは下駄箱の前で美雪を待っていた。美雪はミステリ研の雑務で少しばかり 遅くなるとのことだった。美雪を待ちつつ、本日のデートコースを脳内シミュレートする。 (まず二人で映画を見るだろ。そこでムードが盛り上がるから、うまくいけばキ、キス できるかも……。そこで駄目でも、映画の後大通りを二人で歩くだろ。大通りは今 イルミネーションが綺麗だからきっとここでキ、キスできるはずだ。そ、そしたら……) 「はじめちゃん!」 「う、うわ!」 突然耳に入る美雪の声に、しゃがみこんで考え事をしていたはじめは尻餅をついてしまう。 腰をさすりながら立ち上がるはじめ。 「痛たた。美雪……、脅かすなよ」 「はじめたんが悪いのよ。さっきから声をかけてるのに全然聞こえてないんだから」 「さっきから?そうか、スマン」 下心があるためいつもより素直になれるはじめだった。 「ねぇ。映画って、どんな内容なの?アクション?ホラー?」 映画館へ向かう道すがら、美雪がはじめに尋ねる。 返答に窮するはじめ。二人のムードを盛り上げるために恋愛物をチョイスしたのだが、 恥ずかしくて言い出せなかった。 「ま、まぁ、それは見てからのお楽しみだ」 「見てからのお楽しみ、か。楽しみにしてるわ、はじめちゃん」 にっこりと笑う美雪。はじめはそれを見て、萌えた。 (か、可愛い。やっぱり可愛いよな、美雪は。胸だってでかくて柔らかそうで、でも腰は キュッと締まって……。このカラダを今日はゲットできるかも……。ああ、なんかいい 匂いするし……) はじめが妄想を膨らませてる間に、二人は映画館へと到着した。 映画は退屈だった。少なくともはじめにとっては、昨夜一晩中考え事をしていたことによる 眠気を退散させるほどの興奮は与えてくれなかった。開始10分で眠りに落ちてしまった はじめを無視して、美雪は一人、映画を楽しんだようであった。 (いっけね……。完全に眠っちまった。美雪怒ってるかな……?) はじめが恐る恐る美雪の様子を見やるが、意外なことに、美雪ははじめが一人寝入って しまったことを意に介してはいないようだった。むしろ映画の影響だろうか、頬は上気して 軽い興奮状態にあるようだった。 はじめはほっと胸をなでおろす、と同時に悔しがる。 (くそっ!そんなにムードある映画だったのか。ムリして起きてれば今頃美雪とキス できてたかもしれなかったのにっ!……とほほ) 「映画面白かったよ。ありがとう。はじめちゃん!」 「お、おう」 複雑な表情を浮かべるはじめに対して、美雪の頬はばら色に染まり、目は潤み、一人 ごきげんな様子であった。 映画館前から大通りに抜けて北に進むとT字の分かれ道に行き当たる。そこを東に進む とはじめや美雪の家がある住宅街へ、西に進むと駅前の繁華街へ通じている。はじめの めざすのは西の道。繁華街から通じるホテル街である。なんとかして大通りでムードを 盛り上げて美雪とともにホテル街へ行きたいとはじめはよこしまな気持ちを持っていた。 「ほら見てみろよ、美雪。イルミネーションがすごいぞ」 「……ほんとだね、はじめちゃん」 はじめは内心、成功の予感に打ち震えていた。何しろ美雪の様子が普通でない。耳まで 赤くして目は潤み、はじめの三歩後ろをついてくるのだ。これはいける、とはじめは思った。 (耳まで真っ赤にして、目はウルウルで……。美雪、可愛いなぁ。キスしてぇ。Hしてぇ) はじめはよこしまな気持ちを抑えて、つとめて清純にロマンチックに振舞った(つもり)。 「見ろよ美雪。クリスマスツリーだ。綺麗だなぁ」 「……本当……」 薄暗闇の中いつの間にか周りには人気がない。はじめは頃合かっ、と思った。今だ、と。 「み、美雪っ!」 はじめは美雪に向き直って、まっすぐにその潤んだ瞳を見つめた。このうえなく純真な 思いを込めて。 「美雪……」 「……はじめちゃん……」 美雪がそっと目を閉じる。はじめはそのピンク色の唇にそっと口付けた。 こつん、歯が当たる。つたないキス。美雪が小さく震えている。 はじめの胸は美雪への思いでいっぱいになる。 (……俺は何を焦っていたんだ。美雪の気持ちも確かめず一人で脱・童貞なんて意気込んで……) はじめの心の中でよこしまな気持ちが雲散霧消した。 二人はT字の分かれ道まで来た。 はじめが言う。 「美雪、今日は楽しかったよ。……それでな」 ゴクッとつばを飲むはじめ。 「……また明日も一緒に帰ろうな」 (……これでいいんだ。俺たちはゆっくりとやっていけばいいんだ。この俺の美雪への 気持ちが確かなら何も焦る必要はないじゃないか……) 今回は脱・童貞を自ら棒に振った形であったが、はじめはキスというお互いの気持ちが 確かめられる行為を行えて満足であった。 (……しかもファーストキスだし。帰って抜こうっと) はじめがT字路を東に歩き出そうとしたとき、美雪の携帯に電話がかかってきた。 「……はじめちゃん、ちょっとごめんね」 道の脇に寄って電話に出る美雪。 「……うん。うん。はい……」 美雪は電話を終えると、はじめに向き直って言う。 「……用事ができたの……先に帰っていて……」 潤んだ瞳で見つめてくる美雪。はじめはそんな美雪の表情にドキッっとしながらも答える。 「分かった。俺は先に帰ってるから。お前も気をつけろよ」 はじめの言葉にうなずくと、美雪は続けて言った。 「……明日も、一緒に帰ろうね、はじめちゃん」 「お、おう。じゃな」 T字路を東に向かい家路に着くはじめ。美雪を振り返ることなく、やがて見えなくなる。 顔を上気させた美雪ははじめの姿が見えなくなるまでT字路の分かれ道で待っていた―― ――そして美雪はT字路を西へと曲がった。 続編:クリスマスイブ・美雪サイド(村上草太×七瀬美雪) SS一覧に戻る メインページに戻る |