新メニューの試食(トニオ・トラサルディー×山岸由花子)
第四部 ダイヤモンドは砕けない


ここ数日、広瀬康一はもの凄く落ち込んでいた。
ため息をつき、ぼーっとしている。こちらが話しかけても聞いているのかいないのか。
今日も朝からずっとそんな調子だったので、仗助と億泰はこれはさすがに何かある、と放課後 康一を誘った。

「よぉ 康一ィ 元気ねえじゃんよォ〜〜なんかあったのかぁ?」
「今日はおれたちが奢ってやっからよ トニオさんとこでもいこーぜ」

心配してくれる友人の誘いを無碍に断るわけにもいかず、3人でレストラン『トラサルディ』へと向かった。


「こんちはー」
「オー!いらっしゃいマセ さ、お席へドーゾ 今日は3名様ですネ」

トニオはいつものように愛想良く3人を席へと案内した。
『トラサルディ』はちょうどヒマな時間帯だったらしく、仗助たち以外の客はいなかった。
注文(と言ってもこの店にはメニューなどないのだが)を済ませ、本題に入る。


「康一ィ〜 なんか悩みがあんならよォ〜 おれたちに話してみろよ」
「そーだぜ ちからになれるかもしんねーしよ 解決は出来なくとも話すだけで気が晴れるって事もあるぜ」
「…う…うん…」

どうも話すのをためらっているようだ。その表情はやはり曇っている。

「あれか?由花子となんかあったとか?」
「えッ!!」

仗助の放った一言が図星を突いていたようだ。

「なんだよ なんかやらかしたのかぁ〜?喧嘩でもしたのかよ」

億泰の目が輝いている。根はいい奴なのだが基本的に野次馬なのだ。

「……誰にも言わないって約束してくれる…?」
「するする!するよォ〜」
「そりゃ言うなってゆーんなら言わねーさ で、何があったって?」

康一は思い切って2人の友人に話し出した。


「実はこないだ由花子さんと…エッチ…しちゃって…」


ザ・ワールド!!―――――――時が止まった―――――気がした。

「なんだとおぉおおぉォォ!!」
「ちょッ 声大きいよ仗助くん!!」
「マジかよ 康一!スタンドも月までどころか冥王星までブッちぎる衝撃だぜェー なぁ億泰…」

ふと隣を見ると『キリマンジャロの雪解け水』でも飲んだのかと思うほどに涙を流す億泰の姿があった。
おいおいと泣く億泰の肩を抱いて慰めながら、仗助は話を続けた。

「そんでェーなんだって落ち込むんだ?ハッピーで浮かれるとこだろォー?フツーはよ」
「わかった!!入れる前にイッちまったんだろ!?」
「ちょっと!声大きいッてば!!」

康一は顔を真っ赤にしながら億泰に言った。

「……でも…なんていうか……入れるどころか……その前の段階でダメっていうか…」
「?どーゆーこった?その前の段階って」
「パンツ脱がそーとしてひっぱたかれたとか?」
「もう!億泰くんはちょっと黙ってて!!」

億泰のあまりにあからさまな言い方に普段温厚な康一もキレぎみだ。


「こうさ…いろいろするわけじゃない…えっと…胸さわったり…?」
「あー はいはい 前戯ってことね?」
「うん それで…ぼくなりに一応がんばったんだよ …でもなんていうか…
…彼女、ぜんぜん感じてないみたいだった… わかってるんだ、僕が下手だって事は…
だけどやっぱり自信なくすよぉー」

当時の状況を話しながら康一はガックリとうなだれ、辺りには負のオーラが漂いはじめていた。
その様子を見た2人はさすがにちょっと可哀想になった。

「まあ初めてならよぉー そーゆー事もあるかもなぁ〜」
「そーだぜ 最初っから上手いヤツなんかいねーよォー あんま落ち込むなよ なッ?」

すると康一はガバッと顔を上げ、仗助の手をとり懇願した。

「仗助くん!君モテるじゃない なにかアドバイスしてよォー!こんなんじゃぼくフラレちゃうよおぉー!!」
「なッ!おまえ おれは無視かよ!!  聞かれたってワカンネーけど!」

億泰のツッコミを横目で見つつ仗助は言った。

「ちょ ちょっと待てよ康一〜 おれだってわかんねーよ …やっぱ経験値高そーなヤツに聞いたほーが
いいぜー 墳上裕也とかよぉー」
「…だって 彼、他校生じゃない あんまり親しくないし…そういう人にこういう話するのはちょっと…」

そこへ料理を載せたワゴンを押してトニオが現れた。

トニオがいつものように料理の説明をしながら皿をテーブルに載せていく。

「――では ごゆっくり ドウゾ」
「あ、あの スイマセン うるさくしちゃって…」

康一が謝る。それをみてトニオはにっこりと笑いながら首を振る。

「いいえ、気にしないで下サイ お客様に楽しくお食事してイタダくのがワタシの喜びでス」
「トニオさんはどーなんスか?その 女の子とするとき」

億泰がピザなどを食べながらあからさまな質問をなげかける。康一は頭を抱えた。

(…億泰くんのバカ…)

「え、えぇ イタリア人は情熱的だといわれていマスが… しかし人によって違いマスし相手にもよりまスから
一概にこうだトハ言えまセン」

少々戸惑いながらも嫌な顔ひとつせず律儀に答えるトニオは商売人の鑑だ。

「そうっスよねぇ〜 やっぱ実践あるのみかぁー」
「そういっタ事も2人で話し合うのが大事デス それがパートナーですヨ」

なんとも大人な意見に3人は感心しきりである。

「女性とはとても繊細なものでス。その日の体調やメンタルの変化でSEXも変わるものでス」

いきなりトニオの口からSEXという言葉がでたので、今まで自分たちでその話をしていた3人もドキっとした。


「でもよぉ〜その 彼女が感じてないってよー ホントにそーなのか?恥ずかしくて声出さないとかじゃなくて?」

仗助は疑問をぶつけた。

「自分で思い込んじゃってるだけなんじゃねーの?好きな男に触られりゃどんな女だって気持ちイイと思うぜ〜」
「…ぼくだってそー思いたいよ…でも…」
「でも なんだよ?言っちまえよここまで話したんだからよぉ〜」

康一の肩を叩きながら億泰が促した。

「女の人って気持ちイイと…こう 『濡れる』んでしょう…?」
「…つまりあれか 彼女は濡れなかった と、こういうことか」

康一は頷くかわりにガックリと肩を落とした。
このまま落ち込み続けたらそれこそ身長が縮んでしまいそうだ。

「お、おいおい康一 そんな落ち込むなよ まだまだチャンスはあるぜー フラレたわけじゃねーんだろ?
これからベンキョーしていこーぜ おれの秘蔵AV貸してやっからよぉー」
「あ マジで?おれにも貸して」

友人2人のバカな掛け合いを眺めながら康一も少しは気が晴れたようだ。

「うん…ごめんね、心配かけちゃって 自分でももっと頑張ってみるよ」

それを聞いた2人も一安心したようで、本格的に食事に取り掛かった。

「どーもごちそーサマでしたー」
「すごくおいしかったです!」

会計を済ませ、帰ろうとドアに向かう。

「ありがとうございマシタ またのお越しをお待ちしてマース」

にこにことトニオが見送ってくれた。

「あ、康一クン!」

急に呼び止められ、振り返る。

「今度、その彼女 山岸由花子サンをご招待したいのデスが…」
「へ?由花子さんを…ですか?はあ…」
「いま、新しいメニュー研究中デス 女性の意見が聞きタイのです ですから彼女に試して頂きたいのでス。
オー 試すなんて言葉が悪かったですネ」
「わかりました ちゃんと伝えます えっと…いつがいいんでしょうか?」

トニオは日時を伝え、

「ゼヒお一人でいらっしゃいますように…」

と付け加えた。


後日、『招待』を受けた由花子はひとり、レストラン『トラサルディ』に足を運んだ。
今日は定休日のようだ。

(なんであたし一人だけなのよ 康一くんも一緒に招待してくれればいいのに 気が利かないわね)

由花子は知らないのだ。ここの料理を食べると時に内臓をはみ出させるような事態になる事を。
康一はそんな場面を見たくも、ましてや見せたくもなかったので、由花子と共にこの店を訪れた事はなかった。
フン、と鼻を鳴らしながら『CLOSED』と書かれた札の下がったドアを開けた。

「お待ちしてまシタ レストラン『トラサルディ』へようこそ」

トニオはいつものスマイルで由花子を席へと案内した。

「お会いするのは3度目ですネ?不躾なお願いで申し訳アリマセン」

以前 吉良事件の折、コンビニ『オーソン』にスタンド使いの仲間が集合した時、言葉を交わしこそしなかったが
顔だけは合わせていた。

「今日はどういった事なのかしら 新メニューの試食と聞いたのだけれど」

趣味の良い椅子に腰掛けると、由花子はいきなり切り出した。

「ウイ その通りデス デハちょっと両手を見せて頂けマスカ」

言って、トニオは由花子の掌をじっと視る。
そして、僅かにその口元が笑みのかたちに歪んだ。

「アナタにぴったりの料理 用意しましタ。ではお持ちしマスので少々おまちくだサイ」

(あたしにぴったりの料理…?いったいどういう事かしら?)

不思議に思いながらもおとなしく待った。
調理場のほうからおいしそうな匂いが漂ってくる。

「お待たせしまシタ 『牡蠣のアンチョビトマトソース パスタ』デス」

トニオは上品な動作でテーブルに皿を載せて、流れるように説明を加える。

「――ガーリックとトマトは魚介類に良く合いマス。この時期の牡蠣は栄養価も高く、とても美味しいデス」

にんにくとトマトの酸味のある香りが食欲を刺激する。
プリプリとした牡蠣もとても美味しそうだ。

「頂いてもいいかしら」

ニッコリと笑いながら肯定の意を示し、トニオは一歩下がった。

カチャカチャと僅かに音を立てながら由花子はフォークにパスタを巻き付けていく。
そして、ひとくち。

「…おいしい…」

思わず言葉が漏れた。
由花子は自分でも料理をする。その腕前はかなりのものであると自負していた。
しかし流石はプロの料理人ということか。これほどの味にはいまだかつて出会ったことがなかった。
止まることなく口に運ばれていく料理を見て、トニオは二コリと笑った。


変化はすぐに訪れた。
なんだか身体が熱い。鼓動が早まる。じんわりと汗もかいてきたようだ。
自分の身体の変化に不信感を抱いた。

トニオに話しかけようと身体を少々ずらした瞬間、それは来た。

「あッ!」

一瞬、身体を駆け抜けた感覚に思わず声が漏れる。

(これは何…?おかしいわ)

身体の中心が燃えるように熱い。下半身が熱をもって落ち着かない。むずむずする感覚を抑える為に太腿を
擦り合わせる。
すると余計に熱が上がるようだった。

「…下着を脱いでしまったほうがヨロシイかと思われまス」

耳元で響いた低い声に背筋がぞくりとした。

「…何を言っているの? あんたが何かしたのね…? 言いなさい!いったいわたしに何をしたの!!」

もうすでに荒くなった呼吸とともに一気に言葉を吐き出す。
自分の股間がひくひくと動いているのに気付いた。

「先程のパスタ、ガーリックが入ってまス。ガーリックには体温を高く保ってくれる成分が入ってマス。
それに併せて牡蠣でス。牡蠣はミネラルの一種である亜鉛が豊富に含まれていマス。亜鉛は生殖器官の発達、
生殖能力の維持に欠かせない栄養素デス。
それにワタシの作ったソースの栄養素がプラスされる事でさらに効果が高まりマス。
男性であれば勃起不全、男性不妊症、女性には不感症などに効果が期待できまス」

「なんでそんなもの食べさせるのよッ!ふざけんじゃあないわよッ!!」

大声を張り上げてみたが身体が自由に動かない。
自分の中から何かがとろりと流れ出し、下着にじわりと滲みこんだ。

「ワタシの診たところ、失礼ですがアナタ不感症のようでシタ。デスからこの料理お出ししましタ。
ご自分でナさって欲求を解消してくだサイ」
「…なッ…!!」

あまりの事に言葉が出てこない。そうしている間にも胸の中にはもやもやとした感情が渦巻いていく。
自分で自分の肩を抱き、衝動に耐える。胸先がほんの少し服と擦れ合うだけで快感が湧き上がる。
産毛が逆立つような、寒気にも似た感覚。それでいて熱く蕩けだしそうな。
こんな感覚に襲われた事はいままで一度としてなかった。先日、康一と抱き合った時でさえも。


「あまり我慢なさるとツライですヨ?ワタシは調理場のほうへ行ってマスから気になさらずにドウゾ」
「で…できるわけないでしょッそんな事ッ!!」

そんな風に言われて気にならない人間がいるだろうか。それに・・・

「…あたし、良く分からないのよッ どうすればいいか! あんた、責任とりなさいよッ!!」

飛び出した言葉は、聞きようによってはまるで誘い文句のようだった。

トニオは困惑顔で言った。

「困りまシタ。お客様に手を出すなんてワタシにはできまセン」

こんな風にしておいて今更なんだ、と由花子は腹を立てるが確かに手を出されては困る。

「しかしこのママでもアナタがツライでしょうし…なにより効果半減デス 感度を上げるためにはシたほうが
イイのでス 康一くんの為にもドウでしょう ガンバッテみては…」

身体はうずうずと何かを欲しがって悶えている。このままでは埒が明かない。
それに 康一のため と言われて先日の出来事を思い浮かべた。あの後、康一がどれほど落ち込んでいたのかも。

(康一くんのせいじゃあないのに あんな思いをさせてしまって…)

由花子は意を決して言った。

「わかったわ 自分でやるわよ ただ… 教えて頂戴 どうしたらいいか…」

由花子はマスターベーションの経験がほとんどなかった。興味本位でしてみた事はあるが、特にどうという事も
無かった。感じないのだからする意味がないのだ。


ニコリと笑い、トニオは椅子越しに由花子の背後に回る。そして耳元で囁いた。

「デハまずショーツを先に脱いでしまいまショウ。汚したくはないデショウ?」

低い声が耳をくすぐる。それだけで鼓動が早まった。
由花子はかくかくと震える足を押さえつけながら立ち上がった。
屈辱を感じながらも男の前でスカートを捲くり、下着を降ろしていく。
脱いだ下着にはすでに蜜が染みをつくっていた。

ゆっくりと椅子に座る。革張りの椅子が直接尻にあたってヒヤリとした。

「胸を触ってみてくださイ。ドウですか?乳首を触ってみるといいでショウ」

ゆっくりと制服の中に手を滑り込ませ、ブラの上から握るように胸を揉んだ。

「…ぅん…ふ…」

鈍い快感に包まれる。それがもどかしく、ブラをずらしその先端を撫で、膨らみ硬く立ち上がったそれを
抓むように刺激した。それによって下半身が疼き、胸をそらして突き出すような姿勢になった。
顎が上向き、その首筋に美しい髪がさらりと揺れた。

「…ぁ…く…んん…」

気付くと胸を弄りながら脚を擦りあわせていた。
その様子を見たトニオが先を促す。

「次は下のほうを触ってみましょうカ」

その声にいまさら羞恥心が湧き上がる。ちらりとトニオに視線を向ける。その瞳は潤んでいつもの由花子からは
考えられないほど艶かしかった。

(なんと魅力的な女性でショウ… 康一くんが羨ましいですネ)

少々情欲を煽られたが、トニオは紳士としておくびにも出さなかった。

「…さあ、ドウしました?続けましょウ…ゆっくりでいいのです スコシずつ慣らしていきまショウ」

由花子はわずかに脚を広げ太腿からゆっくりと掌を這わせた。
初めて味わうであろう快楽に、期待と不安で指先が震える。
やがてその指先は茂みに触れ、かきわけてその奥へと達する。ぬるり と蕩けてしまいそうなほど熱く濡れていた。

「割れ目に沿って動かしてみまショウ …そうです 上手ですネ」

快感が湧きあがり、蜜があふれだしてくる。もう尻にまでたれ、椅子を汚していた。

すると指先が小さな蕾に触れた。身体が跳ねるほどの快感。

「それはクリトリスといいます 女性の性感帯の中では一番敏感な部分デス」

トニオは由花子の反応を観るだけでどこに触れているのか解るらしい。
解説を加えながら由花子の髪に指を入れ梳いた。

「…ん!ぁあッ…はぁ…ん」

蕾を撫でるように刺激しながらも、髪を弄るトニオの指に意識を奪われる。
髪に触れられるのがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。


指は入り口辺りを彷徨っている。
快楽を貪り尽くしたい。しかしやはり怖いのだ。自分の体内に何かを入れるのが。
だが身体は隙間を埋めようと求め、啼いている。

「…ゆっくりと沈めていくような感じで入れてみてくだサイ まずは中指から 飲み込まれていくのが解りますか?」

トニオの低い声が由花子の背中を優しく押し出した。
言われるままに中指を自分の身体に埋め込んでいく。異物が身体を侵す感触。しかしその異物もまた
自分自身という矛盾。
知らず、身体が反り返る。トニオの吐息が耳元を擽った。

「デハ指を動かしてみましょウ 出したり入れたりするのです ゆっくりと…爪を立てて傷つけないように
してくだサイ」

ぬるぬると蠢く肉の間を指が擦っていく。その度に肉は歓喜に沸き、絡み付いてくる。
そしてまた快楽が身体から零れ落ちる。ちゅぷちゅぷと音を立てて由花子のしなやかな指はリズミカルに動かされた。
そのリズムも意識せずに早まっていく。こんなものでは足りない。
トニオに指示されるまでもなく、由花子は二本目の指を己に突き刺した。
はじめは遠慮がちに閉じられていた脚も今でははしたないほどに開いている。

「…あッあッあぁ…はぁ…んんッ…」

甘い声はいまや憚ることなく店内に響いていた。
その姿は扇情的で、制服を着用しているという事もあり 何かタブーを犯しているかのような背徳があった。

(…そろそろ頃合いでショウカ 感度も十分上がったようデスし…)

トニオはそう判断すると由花子に最後の指示を出した。


「指をスコシ曲げてみてくだサイ かるくていいんデスよ それでそのまま動かすのでス 自分の中身を
指先で引っ掻くように…奥まで入れて …想像してみてくだサイ その指が康一くんのものだと…」

(…康一くん…)

快感が跳ね上がる。その快楽を少しも逃すまいと締め付ける。自分の内側を掻き回すように夢中で指を動かした。
指先がざらざらと膣壁を擦る。ぴちゃぴちゃとはねる水音が興奮をいや増す。
ふと、今までとは違う感覚が自分を包み込もうとしているのに気付いた。

「…何これッ!何かくるッ…!!」

怖い と思いながらもその指は止まらない。まるで得体の知れない何かを引き寄せるように。
浅い呼吸を繰り返しながら、由花子の瞳から一筋の涙がこぼれた。

「大丈夫でス 何も怖いことはアリマセンよ それが『イく』って事デス 快感の絶頂でス」

トニオの声ももう届かないほど由花子の意識は高い処を彷徨っていた。
そして間もなく、押し寄せる白い影が瞼の内側で ぱちん と弾けた。

「んぁあッ!はッああぁあぁぁ―――!!」


ぐったりと椅子に身体を預け、由花子は放心していた。
そこへトニオがおしぼりと水を運んでくる。

「大丈夫ですか?これをドウゾ」

おしぼりで顔の汗を拭き、指についた蜜を拭い去る。水を一口飲んでようやくひとごこちついた。
自分の汚した椅子を見て、これほど乱れていたのかと今更ながらに羞恥心がこみ上げる。
しかし同時に嬉しくもあった。これでもう康一をがっかりさせる事もないのだから。

「――あなた いったい何者なの…?どうしてわたしにこんな事を…」

トニオに向かう視線に険はなく、むしろ少女が信頼すべき兄に見せるような眼差しだった。

そしてトニオはニコリと微笑みながら言うのだった。


「お客様に料理を楽シンデいただいて、そして快適にナッテイタダく。それがワタシの最高の喜びで
最大の幸せなのデス」






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