結婚して初めてのクリスマス(非エロ)
高野誠一×雨宮蛍


お昼休み。いつも社内で食事をしながらたわいのない話をしてるのだけど、近頃は時期が
時期なせいか皆、クリスマスをどう過ごすかの話をしている。街もそんな雰囲気だし、雑
誌もクリスマス特集が多いし、どうしてもそうなっちゃうよね。

「雨宮先輩は結婚して初めてのクリスマスですか?」
「う、うん」
「じゃあ、今年は盛り上がっちゃいますね!」
「そ、そうかな?」

聞かれて初めて気付いたけど、結婚して初めてどころか、ぶちょおと一緒にクリスマスを
過ごすのが初めてなんだった!でも、そもそも、今も昔も恋人っぽいことってほとんどな
いし、なんだかピンと来ないなぁ。

会社の帰り道、改めて見渡してみると街はすっかりクリスマスムード一色になっているこ
とに気がついた。漫画を買うために本屋に寄ったら、店頭に並んでる雑誌はクリスマス特
集ばかりだった。

「クリスマス…かぁ」

会社の皆がワクワクしながら計画立ててるみたいに私も…って思わないわけじゃないけど…
最近、前にも増して仕事が忙しくて、平日は夜遅いし、休日も出勤することが多いぶちょ
おに話を切り出すのはなんだか気が引ける。

どうせ今までも特別なことなんてしてこなかったんだから、今年も何もなくたっていい!
と思う反面、ぶちょおと初めて過ごすクリスマスはやっぱり特別な気がして、めんどくさ
がりやな私でも何も予定がないことに寂しい気持ちになった。

それから、仕事の納期が迫っていたせいもあり、私も毎日帰宅が遅くなってしまった。
ぶちょおも相変わらずで日付を越えてから帰宅する日も多かった。お互いに休日出勤も続
いて、朝晩ちょっと顔を合わせて会話するくらいの日が続いた。街は華やかさを増すばか
りなのに、それに反比例するように、私の心は寂しい気持ちが増すばかりだった。

恋愛に興味のない頃だって毎年クリスマスはあった。でも、その時は周りの皆が誰かと楽
しく過ごしていても何とも思わなかったのにな。こんな感情めんどくさいな…心の奥にし
まいこんじゃいたいな。

毎日疲れて、真っ暗な家に帰って来ると寂しい気持ちが余計に増して涙が出た。一緒に住
んでいて、例え短い時間でも毎日ぶちょおとは顔を合わせてるのに寂しいなんて贅沢だっ
てわかってる。でも1日の終わりにぶちょおとゆっくり話が出来ないのはすごく寂しい。
寒いから余計に人恋しくて、寂しくて…早く冬なんて終わっちゃえばいいのにな…

それから数日後のある日、ようやく仕事も少し落ち着いたので定時少し過ぎたくらいに
会社を出られた。

また誰もいない家に帰るのは寂しいので、どこかに寄り道するのも考えたけど、今この
華やかな街にいると余計に寂しくなりそうだったのでまっすぐ家に帰ることにした。

「今日はのんびりしよっと!」

近くのスーパーでビールと食材を買って、家に帰る。玄関まで来ると家の灯りがついて
いるのに気付いた。ぶちょおがいる?!慌てて玄関を開け、靴を脱ぎ捨てて家に入ると…
キッチンでぶちょおが夕飯の準備をしていた。

「おかえり」
「…ぶちょお、どこか具合でも悪いんですかっ?」
「はぁ?」
「だって、こんなに早く帰って来るなんて」
「今日いっぱいかかる予定の仕事が早くに終わったんだ。さすがに皆疲れてたし、今日
は早く上がろうって話になったんだよ」
「そうだったんですね」
「ホタルに連絡しようかと思ったけど、君もここのところ忙しいみたいだったから邪魔
しちゃ悪いと思って連絡しなかった。ごめんな」
「いえ」
「こんなに君が早く帰って来ると思わなかったからまだ食事出来てないよ。着替えて、
夕飯の準備手伝って」

そう言ってすぐにまたキッチンで何か始めたぶちょおの背中にそっと抱きついた。

「わっ、何?」
「…何でもないです」

ぶちょおのぬくもりを感じると自然に気持ちが緩んで涙が出てきた。

「何でもないホタルさんは急にこんな大胆なことはしないと思うが」
「何でもっ…ないですっ…よっ」

涙が溢れて来てうまく言葉が出ない。これじゃぶちょおに泣いてるのがバレちゃうのに!
案の定ぶちょおが手を止めて後ろを振り返った。

「ホタル?何かあったの?話して?」
「本当に何でもないです。ごめんなさい。着替えて来ます」

慌てて部屋に行こうとしたら腕をつかまれた。

「話したくないなら無理には聞かない。でも気になるよ」
「……」

沈黙が続いて居心地悪い。でもこんな年末の忙しい時期に寂しいなんてワガママ言ったら、
ぶちょおの負担になっちゃう…そう思うと素直に言葉にはできなかった。

「ごめん」
「謝らないで下さい。私こそごめんなさい」
「さ、早く着替えて来なさい」

着替えて二人で夕飯の準備をして食卓につく。たわいない会話をしながら二人で食事をす
る…こんな些細なことなのに今は嬉しくて嬉しくて仕方ない。さっきまで抱えていた寂し
さがスッと消えていくみたいだった。

「ぶちょお?」
「ん?」
「二人でご飯が食べられるって幸せですねぇ」
「………」
「あの…さっきは急にごめんなさい」
「俺こそごめん。あとちょっとで仕事は落ち着くから」
「大丈夫ですよ。ぶちょおが仕事大好きなのはよーく知ってますから」
「…でも奥さんの方がもっと好きなのは全然気付いてないだろ?」
「えっ?えぇぇぇぇっ!?」
「…驚き過ぎ(笑)」
「すいません」
「寂しい想いさせてごめんな」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないでしょ?」
「大丈夫ですって!」
「…大丈夫だと困る」
「へ?」
「俺だけ寂しかったら不公平だもん」
「ぶちょお…」

ぶちょおも寂しいと思ってたことに胸がきゅっとなった。今なら言っても大丈夫かな…

「…あの…」
「何?」
「…やっぱりいいです…」
「何??」
「くだらないことかもしれませんよ?」
「いいよ」
「わがまま言っちゃうかもしれませんよっ!」
「それはヤダ」
「じゃあ、やっぱりやめときます」
「ウソ。話して?」
「あのですね…その…12月ですし…」
「………」

一つ呼吸をおいてから呟くような小さな声で口に出した。

「…クリスマスにぶちょおとデートがしたいです…」
「………」

…沈黙…すごく居心地が悪い。やっぱり忙しいぶちょおに切り出すのは間違ってたかな…

「…じゃあ18時にうちの会社の下で待ち合わせね。遅刻するなよ」
「え?」
「昼間どうしてもはずせないアポが入ってて休日出勤でさ」
「???」
「そうだ、カジュアルな感じの店だけどクリスマスだし一応正装でな」
「…話が全く読めないんですが…」
「君と違って計画性に長けた私が何も準備してないとでも思うか?」
「………」
「俺の行きつけの店だけど、もう予約してある」
「………」
「もっと違うデートが良かった?」
「…ちっ、違います!いきなりだったから、びっくりし過ぎて…でも…すごく嬉しいです」
「では君の予定及び希望と照らし合わせて問題ないなら決定事項とする」
「なんか上司みたいですね」
「いつまで経っても、俺は君の部長みたいだからね」
「そ、それは…今後の最大の懸案事項として真剣に取り組みたいと思っております」
「部下みたいだな(笑)」
「すいません」
「さ、片付けるか」
「はいっ!」

嬉しくて嬉しくて嬉しくて踊り出したい気分だったけれど、またぶちょおにアホだと思わ
れたくないからグッと堪えた。でも本当に嬉しい。目を背けたくなっていた華やかな街の
イルミネーションも明日からは違った目で見られるかな?

12月はやっぱり忙しくて今日も残業になった。最後は山田姐さんと二人きりになった。

「ホタル、そろそろあがりましょう」
「はい」

片付けて、二人でエレベーターに向かう。

「ホタル、珍しいもの持ってるじゃない?」

無造作にかばんに入れたクリスマスイベント特集の載っている雑誌を山田姐さんに気付
かれた。

「あ、これ借りたんです。みんな、こういうの読んでるみたいで」
「人が何に関心があっても、ホタルは自分が興味がなかったら読まないわよね? 何か
いいことあった?」

ぶちょおばかりじゃなく山田姐さんまで私のことはお見通しみたい…

「…クリスマスにぶちょおと食事に行くんです」
「ホタルには一大イベントね!」
「そうなんです。そういうの経験なくって…服もぶちょおは普段会社に着ていくくらい
の服装でいいよって言うんですけど…よくわからなくて」
「それで雑誌?」
「はい。自分で少しは研究してみようと思って」
「いい心がけじゃない」
「そうですか?」
「あ、それなら…」

そう言いながら姐さんはかばんの中から何か取りだし、それを私にくれた。

「なんかオシャレな名刺ですね」
「私の知り合いがヘアサロンとエステやってるの」
「はぁ…」
「ホタルは若くて可愛いんだし、こういう時はばっちり綺麗にしてもらえば部長も惚れ
直すわよ」
「そうですかねぇ? ぶちょおが私のことそんな風に思うとは思えませんが」
「男は誰だってそういうとこあるわよ」
「私にはよくわかりません…」
「彼女、腕は確かだから。ホタルがその気になったら、いつでも紹介するわ」
「わかりました」
「じゃ、お疲れ様」
「はい、また明日」

そうして忙しい毎日を送っているうちに当日になった。

「じゃ、行ってくる。18時、遅刻するなよ」
「はい!」

ぶちょおは朝から会社に行った。

「よし、出掛ける準備しなくちゃ」

いつもの私なら二度寝をするところだけど、今日は夜までにやることがあった。まずは
山田姐さんに紹介してもらったサロンに行って、それからぶちょおにプレゼントを
買いに行く。たったこれだけなんだけど慣れてない私にはもうすでにここからが一大
イベントで、昨日の夜からずっとそわそわしていた。服も私なりに散々悩んで、やっ
と決めてから着替えて出かけた。

「いらっしゃいませ」
「あの、予約していた高野です」
「山田様のご紹介の方ですね。お待ちしておりました」

お店の中は名刺の雰囲気そのままのすごく素敵なお店だった。そして私を担当してくれ
た山田姐さんの知り合いの方も素敵な方だった。

「今日はこれからどちらかにお出かけですか?」
「はい」
「クリスマスですものね」
「結婚してから初めてのクリスマスで…」
「それならとびきり綺麗にして、旦那様を驚かせないといけませんね!」

数時間後、鏡の前にいた私は私じゃないみたいだった。プロの人ってすごいなぁ。

「あの、今日はありがとうございました」
「また、よかったらいらしてくださいね」
「はい!」

サロンを後にして、街に出る。綺麗にしてもらうとなんだか心まで綺麗になったみたい
で明るい気持ちになった。早くぶちょおに会いたいなあ。

それからプレゼントを買いに行った。何にするか散々悩んでいたけど、無難にネクタイ
を買うことに決めていた。でも、男の人にネクタイをプレゼントするなんて父にプレゼ
ントする以来だったのですごく迷ってしまった。

「お客様、何かお探しですか?」

タイミングよく店員さんに声をかけられたのでいろいろ勧めてもらった。その中から一
番ぶちょおに似合いそうなものを1つ選んで、綺麗にラッピングしてもらった。

「これで準備よしっと」

待ち合わせまでに少し時間があったので、のんびりお茶を飲んでからぶちょおの会社に
向かった。






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