@会議室(非エロ)
高野誠一×雨宮蛍


「結婚はやめよう」

雨宮にそう告げて、1ケ月が経った。
私達は変わらない同居生活を送っている。炊事洗濯はお互い自分の分。掃除だけは週末に2人で一緒に。昔と同じ合宿のような生活。縁側で2人でビール片手にたわいない話をする習慣も変わらない。

……でも、1つだけ、たった1つ変わった事がある。仕事の話を家でするようになったことだ。
私は家で仕事の話をするのは好きではない。ましてや、私は雨宮の上司だ。部下にあまり仕事の話はしたくない。
が、最初にそう拒んだら、涙目になって「そんなふうに言わないで下さい…」と。
驚いたし、気まずかった。
ただでさえ、気まずい空気を作ってしまったことに負い目を感じていたのに、そんな風に言われると、それ以上は何も言えなかった。
今動いてるプロジェクト、雨宮のいない3年間に手掛けた案件、私が部長になる前の話。いろんな話をした。雨宮は楽しそうに聞いてくれた。だから、最初はあまり気乗りしなかった私も、自分から話すようにもなった。
ただ、気掛かりな事が1つ。
仕事の話をしなかった頃にしていた、本当にたわいない話をあまりしなくなった。
前はどんな話をしていたか…。今の生活に慣れて、段々と思い出せなくなってきた。

「明日は接待だ。」

いつものように縁側で、ビール片手にそうつぶやいた。

「今のプロジェクトのクライアントと?」
「あぁ。あの人は話好きで、なかなか帰してくれないんだよなぁ。」
「大変そうですね。」
「まぁ、仕事だからね。さ!そろそろ寝るか。」
「そうですね。おやすみなさい。」
「おやすみ。」

いつものように終わりにして、いつものようにお互い自室に戻った。

翌日の接待がなくなり、夜の予定がぽっかり空いた。
急ぎの仕事も無い。ここのところ忙しくて残業続きだったし、たまには早く帰って手の込んだ夕飯でも作るか。ついでに、雨宮の分も作ってやろう。
そう考えたら少し楽しくなって、足早に家路に着いた。

家の前まで来たら、ドアに手をかけると、中から携帯の着信音が聞こえる。

「誰からだろう…まさか、瀬乃?」

そう思ったら、ただいまと声を出せずに、立ち聞きする形になってしまった。


「はい…あ、お姉ちゃん?うん…うん…変わらずやってるよ…」

なんだ。お姉さんか。

結婚はやめようと告げてすぐ、雨宮は神戸のお姉さんのところに1週間遊びに行った。
1週間、私にはとても長かった。もうこの家には帰って来ないんじゃないかと、不安でしょうがなかった。
だか、神戸の中華街で買ったとか言うキテレツなお面のお土産を持って笑顔で帰ってきてくれた。
心の底からホッとした。そして、変わらない態度に自然と笑みがこぼれた。

「うん…うん…変わらず同居してる…同じ生活送ってるよ…」

同居の話もしてるのか。兄弟がいない私にはわからないが、姉妹ってそんなことまで話すものなのか。

しばらく会話が続いてから、雨宮が言った。

「うん……。まだ悩んでるんだよね、転職。」

……心臓が、1回飛ばして打った。
転職??
あんなに色んな話してるのに、そんな大事な事聞いてない……
俺は、何をしてたんだ?
悪寒が走る。

「あの時は私も気が動転してたから、義兄さんによろしくお願いしますなんて言っちゃったけど、
やっぱりまだ今の会社で勉強したいこともあるし。あと、今の生活を全て捨てて神戸に行くのも…。やっぱり迷っちゃって…」

全て捨てる。
その中には私も入ってるって事だよな……
重大な事実を次々突き付けられて、ジリジリと胃が痛い。

「これから先、ずーっと一緒に暮らして行って、好きな気持ちが段々と薄れて、徐々に落ち着いていくのが怖いのかも。
1度失敗してる分、慎重になってて。きっと、それがダメなんだと思う。私が何をやってもダメだから、保護者な気分なのかな…。
私が若すぎるからきっとたくさん、無理させちゃってるから。」

自分の周りだけ、空気が薄くなった気がした。
雨宮は全部わかってる。
わかってて、この1ケ月隣で笑ってたのか。
自分のふがいなさで胸が締め付けられる。
どうして、ちゃんと言葉で伝え無かったのか…

深雪に別居を切り出された時の、あの感覚が蘇る。現実から放り出されたような、自分の軸がなくなるような、足元から掬われるようなあの感覚。

あの時、あんなに後悔したのに、同じ轍は踏まないと心に誓ったのに俺はまた同じ事を繰り返してる…。

「うん…。1週間以内には答えを出すから、義兄さんにもそう伝えて?お待たせして、申し訳ないって。うん…。うん?私は大丈夫だよ。ありがとね。それじゃ。」

『私は大丈夫。』

大丈夫な訳がない。こんな暮らしを続けてて…。無理をして、意地を張って、痩せ我慢してる雨宮。笑ってくれる雨宮に甘えていた自分にようやく気づく。

話をしよう。
1度呼吸を整えて、思い切って声を掛ける。

「雨宮…」
「ぶっ、部長!!いつからそこにいたんですか!?」
「電話かかってきた時から…」

雨宮の顔が、ぐしゃっと泣きそうになる。

「全部、聞いてた…?」
「ごめん。」

あぁ、こんな顔をさせたい訳じゃない。
だけど、最近はこんなことばかりじゃないか…。

「あの、部長。ちゃんと説明させて下さい。」

泣きそうな顔のまま、急にキビキビした、仕事の時の雰囲気で話出した。

お姉さんの旦那さんが神戸のパチンコチェーン店の社長な事、今までの経験を活かした仕事ができそうな事、だから最近仕事の話を聞きたがった事、自分の力を試してみたい事……。

「でも、転職を考えた原因は俺なんだよね?」

つい、口をついてしまった質問に、自分でもなんて身勝手だろうとびっくりした。
それほどに、狼狽していた。
雨宮がいなくなる……。
全く考えなかった訳じゃない。いや、何度も考えたことだった。
なのに、現実として突き付けられて、どうしたらいいかわからなくなる。

意地悪な質問には答えずに雨宮は言った。

「この件に関して、何も言わなかった事はごめんなさい。でも、部長に相談しないで1人で決めたかったから。」
「……雨宮」
「きっと部長に相談したら、引き止めてくれたと思うんです。部長は優しいから。でも、それじゃダメなんです。部長も悩んで1つの答えを出したんだから、私も自分で決めようって。そう思って。だから今の話は聞かなかった事にして下さい!」
「……そんな事、できると思うか?」
「もう忘れてください!ほら!転がれば忘れますよ〜ゴロゴロゴロゴロ〜♪」

笑顔で転がる雨宮を見て、今まさに失おうとしてる大切なものがわかる。

俺に足りないものを雨宮は持ってる。
芯の強さ、思いやり、気配り、前向きさ…

どうしてこうなってしまったんだろう?雨宮が俺の方を向いてくれて、嬉しかったのに。
手嶋のところへ行ってしまった時と同じようにまた俺のところからいなくなるのか…

翌日は、会議続きだった。
夕方まで、延々と会議室に閉じ込められて、いつもだったらうんざりなのに、今日はありがたかった。
会社で、どんなふうに雨宮と接していいかわからない。他の部下もいるんだぞ!しっかりしろ!!と気持ちは思ってるのに、頭がついていかない…。

全ての会議が終わったのが午後4時。他の出席者と上辺だけの会話をしてエレベーターに乗り自分の席に戻る。


座った瞬間、雨宮の背中が見える。


当たり前の日常。
これがこんなにもありがたいものなのか…

「部長?どうしたんですか?ぼーっとして」

桜木に急に声を掛けられてドキッとする。

「い、いやいや。別に。」
「そうですか?ハンコお願いしま〜す」

そうだ。これが日常だ。

雑務をこなしていくうちに、急に頭が覚めてきた。

そうだ…。そうだよな……。

思い立って、デスクの上のパソコンを動かす。カチカチッ。
よし。これでいい。
あとは実行に移すだけだ。


「雨宮。」
「はい?」
「他の課で見たいそうだから、明日のプレゼンの資料を持って15階の会議室。」
「はい!」

さっき予約を入れた会議室の鍵を総務課に寄って借り、15階に向かう。

ドアを開ける。雨宮が資料を広げてた。何も言わずにドアを閉めてこっそり鍵をかける。

「お、お疲れ様です。」

2人きりでも、部下モードでちゃんと挨拶してくる。
なんだか妙におかしくて、つい笑ってしまう。

「…何笑ってるんですかっ」
「ごめん。でも、他に誰も来ないよ。」
「はっ???」
「だって、呼んでないもん。」
「はぁぁ〜〜?」
「話しようと思って。」

雨宮の動きが止まる。

「縁側でいいじゃないですか。つか、話は聞かないって昨日…」
「縁側だと、上手く話せない気がして。いい加減、気づいてると思うけど、俺、仕事と家事はなんでも器用にこなすけど、恋愛は不器用だから。」
「……。」
「ここでなら、なんでもできる高野部長で話せる気がして。」
「部長、仕事大好きですね。」
「否定しないな。」

2人で笑う。

「結論から言う。神戸行きはやめなさい。俺の側に一生いなさい。結婚はやめようと言ったのは、取り消す。」
「……理由を教えて下さい。」

「雨宮の言う通り、また失敗するのが怖かった。結婚の2文字を俺が出したばっかりに、君は頑張って、頑張りすぎて、疲れてしまうんじゃないかと。
いつか終わってしまうなら、今のままのほうがいいと思った。結局、自分が楽をしたかったんだよ。雨宮は何も悪くない。」
「…部長」
「あと、雨宮はまだ若い。俺は離婚歴のある40男だ。普通に考えて、君のご両親や親戚に歓迎されるような境遇じゃない。
そのことで反対されて困る君を見たく無かった。全て俺が悪いから。」
「いや!そんな…うちの両親は…」「君の両親はよしとしても、周りの目もある」
「……。」
「そんな事をぐるぐる考えてるうちに、俺は雨宮を幸せにできないと思えてた。さらにそこに瀬乃が現れて、勝手に疲れてしまった」
「……。」

「でも昨日、立ち聞きしたのは悪かったけど、わかった事がある。」
「なんですか?」
「雨宮がどれだけ俺の事を思ってくれて、俺がどれだけ雨宮が大切か。世間体ばかりを気にして大切に思っていたはずの雨宮の気持ちを考えて無かったと気が付いた。」
「部長…」
「気持ちは言葉にしなければ伝わらない。俺が前に君に言ったのに。傷つけて、悩ませて、本当に済まなかった」

雨宮の手を引き寄せて、ギュッと強く抱きしめる。こんなに細かったか?俺のせいか?また不安が顔を出す。
でも、まぁいい。2人で乗り越えていけばいい。俺に足りなかったのは、この気持ちの余裕だ。雨宮の温もりを感じて、ずっとギスギスしてた心が温まる。

「部長。」
「ん?」
「チューしてください。」
「ここは会社だぞ!できるか!」
「今はなんでもできる高野部長なんでしょ?」
「していい事と悪い事が…」
「もー!うっさいなー!誰も来ませんよ!呼んでないんでしょ?」

はぁーっ。とたっぷりため息をついてからニコニコしている雨宮のおでこにチューしてやる。

「あっ!ズルいっ!逃げた…」

雨宮の肩を乱暴に掴んで、ぐっと顔を近づける。

「なっ……!」

まだしゃべってるその口に無理矢理口づける。
あぁ、この感触。柔らかくて、弾力があって、乾いてるすぐ内側が、別の生き物みたいに熱く濡れていて。
キスなんて、今までの人生で数えきれないくらいしてきた。挨拶みたいなものだった。なのに今、こんなに興奮する。気が急いてくる。
下唇に軽く歯をあてて噛み、口を開けさせて舌を絡めると、雨宮の喉の奥から甘えるようなくぐもった声がした。

……ヤバい。
きっと無意識なんだろう。けど、こいつは、自分のこういう声がどれほど男を煽ってしまうのか、ちっともわかってない。
止められない…。

その時、私の携帯が急に鳴り出した。ここが会社だと思い出して、慌てて離れる。

「あ、タイマーだ…」
「はっ?」
「いや、会議室の予約を30分で押さえたから、残り5分で鳴るようにしておいた。」
「こ、ここはカラオケボックスですか?」

照れ隠しに雨宮が笑う。

「続きは縁側でたっぷりとな。」

そう言うと赤くなる。

「な、なんですか!今の発言!エロオヤジど真ん中ですよ!」
「あーはいはい。否定しません。」

こんなたわいないやりとりができる幸せを忘れちゃいけないんだな。そう思ったら、鼻の奥がジンと熱くなって、慌ててそっぽを向く。

「ぶちょお?」
「先に席に戻りなさい。私は総務に寄ってから戻るから。」
「はーい」

ドアに手を掛けた雨宮が鍵がかかっていることに気づく。

「やっぱり、エロオヤジだ…」
「言ったな?夜、覚えておけよ。」

ニヤリと笑って答えてやる。






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