忠告
西門総二郎×牧野つくし


喉の渇きと妙に重苦しい気だるさを感じながら、重い瞼を開いたら…まっすぐな黒髪と長いまつげが視界に飛び込んできた。
一瞬不快感なんて忘れて、ぼんやりとキレイなその寝顔を見つめてしまう。

黒く濡れたみたいな艶のある髪…長いまつげ…なんて整ったきれいな顔なんだろう…って、え?!

…な、な、なんで西門さんっ?!

あたしは叫びそうになった口を慌てて手で押さえる。

…ま、待って。整理しなくちゃ。なんだ? 何が起きてるんだ、今?! 

起き抜けのボケた脳をフル回転させて、今のこの状況をなんとか理解しようとあちこちに視線を彷徨わせる。

ベッドの横で、眠ってる西門さん。そしてあたしの格好ときたら…き、着てない…何にも着てない…。すっぽんぽん。真裸。
う、うそだ…。ありえない、こんなの…。

ショックで視界がぐらぐらと揺れる中、とにかく寝ている西門さんが起きない内にちょっとでも距離をとろうと、慌てて後ろに手をつこうとした所にはもうベッドの続きはなくて。あたしは重力にしたがってブザマにも、そのままどすんと床に落ちてしまった。

「い…痛…。」
「……牧野?」

や、やばい。起こしちゃった。…ま、待って、まだ思い出せてないっ。
あたしは硬直したまま、呆然と西門さんの顔を見上げる。

焦るあたしなんてお構いなしに、西門さんは寝ぼけたように目をこすりながら上半身を起こしてつまんなそうな顔で床に転がってるあたしを見下ろす。

「ったく、お前、寝相悪ぃなぁ。色気ねぇ、色気ねぇとは思ってたけどそこまでとは。」
「わ、悪かったわねっ。」

条件反射的にそう叫びながら、ほんの少しホッとする。

…今の台詞ってコトは。状況は異常だけど、とりあえず何にもなかったって思っていいのかな。イヤ、ある訳ないよね、うん。
でも、なんであたしここで西門さんと寝てたんだろ? …ていうか、ココどこ?

「…おい。いくら色気ねぇとは言っても、フツー隠さねぇ?」

頭の中が?マークで埋め尽くされていたあたしは、ベッドの上から頬杖をついて覗き込むようにしている西門さんのそんな言葉を受けて、はっと我に返る。 
げ、やだっ。あたし裸で床に転がってるっ。

『ぎゃッ』と叫びながら、手元のシーツを思いっきり引っ張ると、西門さんまで一緒にベッドの上から落ちてきてシーツ越しに押しつぶされるような形になった。

「な、なんであんたまで落ちて来んのよっ。重いっ。」
「てめぇが怪力で引っ張るからだ、ぼけっ。…いって、ケツに痣でもできたらどーすんだよ。」

うわぁぁ、冷静に思い出す時間をくれ、神様っ。
案外たくましい胸の中からなんとか逃げ出して、少しでもこのパニックから抜け出そうと何度も瞬きしてみる。

「は、はーん。…お前、覚えてねんだろ。」

びしっと眉間に人差し指を突きつけられて思わず寄り目になったあたしの顔を見て、西門さんがブッと吹き出す。
そんないつも通り和やかな雰囲気のおかげでなんとか人心地ついたあたしは、落ちてきたシーツにぐるっと包まって立ち上がり、形成逆転とばかりに強がってみる。

「お、覚えてるよっ。ちょーっと飲みすぎちゃっただけっ。それだけっ。」
「フーン。飲みすぎると素っ裸で俺と寝るんだ、牧野って。へー、いい事聞いちゃった。」

からかうような口調に、なんかしら文句を言ってやろうと視線を向けたら完全に裸の西門さんが視界に入って慌てて目を逸らす。

…な、なに? ねぇ、どうなってんの? パンツぐらいはいてたっていいじゃん? …って、あたしもだけど…。

「おっ、どーよーしてる。もしかして司と比べてたりする?」
「ばっ…。ばかな事言わないでよ、変態っ。…ちょっと、なんか着てよ! ついでにあたしの服…。」
「…別に今更いーじゃん、そういう仲でしょ、俺達?」

シーツのすそを強く引っ張られて、あたしはまた西門さんの目の前に正座するように崩れ落ちる。

そういう仲って…そういう仲って…。西門さんが言うんだからそれって…。

あたしは目の前が真っ暗になると同時に、自分のばかさ加減に涙が出てくる。

「…ひ、ひどい。飲みすぎたのはあたしが悪いけど、意識ないからって、そんなっ。」
「おいおい、心外な。俺、意識ない女と無理矢理なんて、そんな無粋なマネしねーぜ?」
「じゃぁ…?」

期待を込めて、考えの読めない黒い目を覗き込む。
西門さんはニヤリと唇の端をあげて、胸の前でシーツを握り締めていたあたしの手を包み込むようにすると、そこにそっと口付けた。

「無理にはしねーけど、誘われて断るようなマネもしねーな。」

ぐら…。世界が揺れる。誘うって、誘うってあたしが西門さんを…? じょ、冗談にも程があるでしょ?! 

ショックが大きすぎて声がでない。

「ま、しょーがねぇじゃん? 欲求不満にもなるよなぁ。遠恋じゃ。」
「そ、そんなの、うそだよね…? やだもう西門さん…からかわないでよ。笑えないよ。」

引きつった表情のまま、最後の足掻きをするあたしの頬を西門さんは複雑な表情で撫ぜる。

「安心しろって。俺、類と違ってまじでお前にキョーミねぇから。司に殺されるのもご免だし。オトナの秘密にしとこーぜ。」
「あの…。それって、あの…。」
「……あ。おっまえなぁ、俺がそんなドジ踏むわきゃねーだろ? 安心しろって。抜かりねぇから。」

抜かりねぇって、あたしが心配してるのはそんなこっちゃないっ…いや、少しは安心していいのかも。

…もうっ! そうじゃなくて、えーーーっ? どういうこと? 何でそんなことになっちゃったわけ?

あたしは頭を抱えて、記憶を反芻してみる。
覚えてるのは、昨日F3と桜子と滋さんと一緒に飲んでたこと。桜子が美作さんをからかって口説こうとしてたこと。
それを見て滋さんまで真似して『じゃー私ニッシーとつきあう! ダブルデートしよー!』なんて言ってたこと。
…で、蚊帳の外みたいになったあたしと花沢類はおとなしく喋りながら飲んでて…飲んでて…えっと…。

「…どこまで思い出せた?」

ぽんと頭に手を載せられた拍子に、混乱したままの記憶が怖くなって涙がぽとりと落ちた。
ぐしっと鼻水をすすりあげながら素直に思い出せたところまで口に出してみる。

「…花沢類にグチってたとこまで。」
「じゃ、類に『もう道明寺と別れる』って言ったことは?」
「…う、うそ! そんな事言った? …覚えてない。」

なんて事口走ったんだ、あたし…。たしかにこの前の電話で道明寺とけんかして以降全然連絡くれなくて不安で。でも元々頻繁に連絡とるヒマないんだし、しょうがないって頭ではちゃんとわかってるのに。

…あぁそうだ、なんか思い出してきた。
うらやましくなっちゃったんだ、楽し気にダブルデートなんて言ってる桜子達を見たら。お酒の勢いもあってなんか自分が不幸に思えてきちゃって、どーんと落ち込んでそれで…。

「…思い出した。あたし、ちょっと落ち込んでて…別れるって言ったかも。……今のほうがずっと落ち込んでるケド。」
「類もまぁ飲んでたしよ、あのままお前らふたりが盛り上がるのはやっぱまずいだろ? …で、俺が。」
「……は?」

花沢類に、道明寺のこと愚痴ってたのはなんとか思い出した。だからってそれがなんで西門さんの『…で、俺が』発言につながるわけ? なんで花沢類じゃなくて西門さんがここに居るの? …いや、花沢類だったらいいのかって言われたら違うけど、でも…。
あたしの心の葛藤なんて見透かしたように、西門さんはへらっと笑う。

「やっぱ類のが良かった?」
「ばっ、ばか言ってんじゃないっつのっ。…だからなんでココに西門さんとあたしのふたりなの? ココどこよ?」
「ここ? うち。」

西門さんの家…? あたしはきょろきょろとあたりを伺う。さっきずり落ちたのはセミダブルぐらいのシンプルなベッド。あまり広くない無機質な四角い部屋。小さめのチェストと、バスルームに続いているであろうドア…それだけ。
小奇麗ではあるんだけど、なんとなく大金持ちの家って感じしない…。

「西門さんの部屋…?」
「いや、夜間待機用の使用人部屋。今使ってないから空き部屋。」

…なるほど。こういう大邸宅ともなるとそういう部屋がある訳ね。…って、違ーーうっ。

「ちょっとっ。なんでこんなとこに連れ込まれてる訳、あたし?」
「連れ込むか、こんなとこっ。 お前が自分で『この広さが落ち着く』とかなんとか言い張ったんだろが。」

呆れた顔の西門さんを見ている内、昨日自分が切った啖呵をうっすらと思い出した。

『こんなだだっ広い部屋に一人で居るから根性ねじまがるのよ、お金持ちってやつはっ。』

サーッと血の気が引いていく音が聞こえるような気がした。

…言った、言ったよ確かに、西門さんの部屋と思しきところで。あたしあの時道明寺のことばっかり考えてて、ちょっと頭に血が昇ってて…それで…。
ゾーッと背筋が寒くなる。…嫌な記憶が、蘇る予感。

くしゃんっ、とくしゃみの音につられて一瞬西門さんの方を振り返ってしまい、慌てて目を逸らす。
いつまで素っ裸で居るのよこいつはっ。

「ちょっと、早くなんか着なさいよ。風邪ひくよ。」
「あのなぁ、風邪ひいたら牧野のせいだかんな。髪の毛濡れたままベッドに引きづりこまれて、狭いところで寝る羽目になって…。」

その台詞をきっかけに、あたしは昨夜の記憶全部を取り戻した。

…そうだ。あたし昨日、酔っ払って取り乱して混乱してて…バスルームから出てきた西門さんのこと道明寺だと思って……。
う、うぎゃわぁぁぁっ。

叫ぶあたしの頭を、西門さんはぽんぽんと優しく叩く。

「おっ、やっと思い出したみてーだな? …可愛かったよ、昨夜のあんた。」

あたし…何した? イヤ、もう自分をごまかしてもダメだ。あたし、道明寺だと思いこんでこの前のけんかのこと謝って、それで、それで…い、いやーーーっ!! 

「いくら色気ゼロでも、そういう時はそれなりだよな。勉強んなった。」

れ…冷静に言わないでそういうこと…。余計落ち込むから…。
あたしはへなへなと床に手をついて自分のやっちまった事の重大さと恥ずかしさに顔をあげられなくなる。…ダ、ダメだ、もう立ち直れない…。

「…て、コトで。今度はお礼させて。」

軽く放心状態な所に突然シーツごと肩を引き寄せられて首筋にキスを受けて、一瞬感じた甘苦しい気持ちに思わず息が漏れる……ち、違うっ。流されてる場合じゃないってば。
ぐいっと胸を押し返すあたしの腕なんてなんとも感じてないみたいに、すっぽりと包みこむように密着されてひゃぁっと小さく叫ぶ。息を吸い込むと道明寺とは違う淡い香り。少し低い体温。こんなにも違うのに、なんで昨夜は勘違いしてたんだろう…。

『やめて』と声を出そうとする瞬間を狙ったみたいに、首筋から耳へとナメクジが這うような感覚を受けて言葉の代わりに甘ったるい声がもれてしまう。…なんか悔しいぐらい翻弄されてる。

「ま…待って。いらないってば、お礼なんて。」

ようやく隙を見つけてそう言った声すら、普段より高く切羽詰った音だったけど…こんなの肺が潰れて息が苦しいだけ、しょうがない。

「じゃ、償いってことで、ど? 俺のこと司に見立てて弄んだ償い。」
「もてあそ…し、してないそんなことっ。…やっ、…っ。」

全部言い終わる前に耳の外側をぬめりと過ぎていった感触に堪らず小さく叫ぶ。

…嘘、なにこれ。なんでこんな感覚?

ピタリと的確に、自分でも知らなかったはじめての感覚を呼び起こされて、バランスが保てなくなる。

”…西門さんの毒牙にかかったら、ひとたまりもない。”

そんな冗談なら何度も言ってきたけど。まさか実際自分がこういうことになるとは…。
胸を押し返して抵抗していたはずの腕からは、いつの間にか力が抜けていて。たやすく捕まれた手首の血管にそって唇が這うと、ゾワリ、とまたさっきと同じ感覚が、さっきよりも強くなって体の中を駆け上っていく。

「…やっ、やだって、やめ…。」

どうして? 頭の中は混乱でいっぱいになる。体が、何かにのっとられたみたいに不安定で重い。
イヤなのに、こんな女ったらしに良いように扱われる女の子達ってばかみたいって思ってたのに…なんであたし今、酔ってるんだろ、西門さんの唇に。舌に。まっすぐ落ちていきそうな深い沼みたいな目に。

…何でなのか、全然わかんない。

「全然違う女みたい…。」

耳元で囁かれる言葉も、遠くのラジオから聞こえるみたいに現実感がない。今のこの全部が他人事で、夢見てるみたいな…。
真直ぐな髪が耳をくすぐっていく感覚が、またナニカを連れてくる。それから逃げようと顎をあげるとそれを待っていたみたいに指先が顎先から鎖骨に向かって肌の上をゆっくりなぞる。

「はっ…やっ、やだっ。んっ。」

なんで息できなくなるそんなポイント知ってるの? あたしの行動なんてお見通しなの?
鎖骨を指でなぞられるだけで、鳥肌が立つような感覚に震える。…早く止めなくちゃ、拒否しなくちゃと口を開きかけるけど、それと同時に耳たぶを噛まれると、言葉は喉の奥で行き場を失って消えてしまう。
訳がわからなくて怖い。…突然ひとりで真っ暗な場所に立たされたような心細さに、思わず目の前にある西門さんの肩にしがみつく。

「だいじょぶだよ。」

頭のてっぺんにキスされて、あたしは情けない事に胸に顔を埋めてうつむいたまま顔をあげられなくなる。
…なに、やってんのあたし? なんで西門さんの顎殴ってここから抜け出さないの? 道明寺のことはいいの?
頭に浮かぶもっともな考えは、今までの何倍も鋭い胸の先端から走る感覚でもろくも弾け飛ぶ。

「ふ。んぁっ! …ちょっ、ちょっとやだっ。」

思わず背中がびくんと反ったところをシーツでぐるんと巻かれて抱き上げられて、あたしは大きく喘いでしまった気恥ずかしさをごまかすようにもっと大声でいやだ、と主張してみる。

…ほんと言うと、今抱き上げられている腕を外されたら、ひとりで立っていられる自信ないけど。

「もうやめてってば! 二度はしゃれになんないでしょっ。」

…う。しまった、失言。
自分の発言に真っ赤になるあたしに、西門さんはコツンとおでこを合わせてニッと笑う。

「1回だってシャレじゃすまないって。…つくしちゃん、結構言うねぇ。」
「ぅあ。そ、そうじゃなくって。」
「大丈夫だって。心配しないで俺にまかせて。」

なっ…何を任すんだ、ばかっ。
今の会話でなんとか少し自分を取り戻したあたしはベッドに横たえられた瞬間に西門さんの顎をぐいと押し返す。
これ以上、好き勝手されてたまるかっ。睨むあたしを、西門さんは渋い顔で見下ろす。

「…牧野。俺は無理矢理やったりしないって言ってるだろーが。素直になれって。」
「じゃぁ、やめてよっ。どいて。」

チャンスとばかりに起き上がろうとしたのに、ため息つきながら困った顔で見つめられると金縛りにかかったみたいに動けなくなる。…反則だ、そんな表情。

「…そこまで言うならやめてもいいけど。…お前責任とる?」
「責任?」
「そう、責任。昨夜お前に迫られて、結局やっちゃったワケなんだけど。」

平然とした口調で突きつけられる現実に、あたしはもう一度奈落の底に落とされる。

…や、やっちゃったって…そんな簡単に言わないでよ。

「…初めてだったんだよな、俺。」
「ふっ、ふざけないでよ、英徳一の遊び人がどの面下げてそんな大嘘言えんのよっ。」

どんな反則な顔したって、いくらなんでもそんな嘘が通るわけないでしょうがっ。

「…いや、こー、なんつうんだ。昨夜の牧野って全身全霊俺のこと愛してるって感じで、しかも愛されてるの信じ切った顔してて…そういうのって正直初めてだった。そんなヘビーな関係、願い下げだし。
 …で、まぁ酔っ払い女が別の男と勘違いしてるって状況がまず笑かすけど…もっと笑えることになんか、結構良かったんだよな。」

じぃっとこっちを見つめる目は摺りたての墨に似た深くて不均一な、なにかをそそられるような深い色で。あたしは吸い込まれるのを抑えるのが精一杯で、視線をそらせられない。

…絶対、今あたし、頭おかしくなってる。
西門さんに告白されてるような錯覚におちいって心臓がドキドキしちゃうのは、なんでなんだろう。今の台詞のどこをどうとったってそんな意味これっぽっちもないのに。

そんな風に見つめ合った一瞬の後、西門さんはにっこりと笑ってあたしの唇を親指でなぞりながら、言った。

「な、責任とれないだろ? だから目、覚まさせて。…二度と昨日のお前みたいな女抱く気ないから、やり直し。」
「…い、意味わかんない。」
「わかってたまるか。」

ふ、と微笑んでさっきまであたしの唇にふれていた指をぺろりと舐める仕草ひとつ見ただけで、あたしの意思とは関係なくまた例のナニカが体を駆け上がっていく。

ゆっくり近づいてくる顔を押し返すことなんて、もうできなかった。
耳から首筋へと濡れた唇と乾いた柔らかい髪が滑り落ちていく感覚から逃げることも、だからって背中をぎゅっと抱きしめ返すことも、どっちもできない。
ただ追い詰められていくのが怖くて、目をつぶって指先だけそうっと西門さんの肩につかまる。

「大丈夫。まだ夢の中だから。」

もう一度すっぽりと抱きしめられたまま頭の後ろから聞こえた言葉は、ウソだってちゃんとわかってるのに。
カワイイとか好きだとか、そんな台詞なしに西門さんが作る夢に甘えて、なんだかこのまま浸っていたくなる。

何度も何度も体の線をなぞられている内に、本当に夢に溶け込んでしまったような気がしてきて。…時々『間違ってる』って考えが湧き上がってくる度に息を飲み込んで声を抑えてみるけど、だんだんそれすら怪しくなってくる。

「我慢してる声って一番やらしーかも。」
「…ばっ…ひゃっ。」

言い返そうとした途端に予感なくするりと入り込んできた指に、思わず大きく声をあげてしまう。
…悔しい、完全に思い通りに踊らされてる。でも冷静になる間なんてなく繊細な動きが始まるともう堪らなくてまた次の波にさらわれる。

「んっ…!」

飛ばされそうで怖くなる度、西門さんの髪や肩にそっと指を触れるとすぐに大丈夫だよと諭すように頬を撫ぜてくれて。それだけで、バカみたいだけどたまらない安心感に包まれる。

「…牧野。」

呼ばれて、視線をあわせただけでもうちゃんと理解できたから、あたしはうんとうなずいた。
ゆっくりと入ってくる感覚に震える息を吐きながら、そうっと背中に腕を回してみる。
一瞬驚いたような表情を浮かべた西門さんの顔は、ずっと見ていちゃいけないような気がして自分からぎゅっと胸に顔を埋めた。
これで合ってるのかどうか、わかんない。だけど今だけはあたしもこの柔らかくて切ない夢の一部でいたい。

「…サンキュ。」

…なにが? そんな疑問は、与えられる快感ですぐに散り散りにされてしまった。

あたしはちゃんと今、声を我慢できてるんだろうか?
そんなこともよくわからなくなるぐらいに溶けてしまいながらも、最後の一瞬わけがわからなくなるような無重力感の中でさえあたしの心の欠片だけは、たぶんどこか遠く別のところにあった。

「…牧野。」
「え…。」

まだ体中がぐらんと揺れてるようなぼやけた意識の中、西門さんに名前を呼ばれて少し緊張して視線を合わせる。

「…ひとつだけ。忠告。」
「な、なに…?」

道明寺にこのコトは一生隠しとけ…とか?
どうするかはこれから考えなくちゃいけない、ゆっくり。…黙ってても告白しても、多分許されることじゃない。

でも。自己嫌悪に陥りまくってるのに、なぜか最近ささくれ気味だった道明寺への気持ちを再確認している。
あたしは道明寺が好きだ。…別れたくなんか、ない。

「…あのな、最中ぐらいは『司』って呼んでやれ。俺昨夜、『道明寺』って呼ばれたときは一瞬吹き出しそうになった。」

……忠告って…忠告ってそれかいっ。
あたしは平手で思いっきり、西門の頭をはたいた。






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