もしもあのとき
道明寺司×牧野つくし


まさぐった素肌の滑らかさとか、首筋に顔を埋めたときに思わず漏れた声とか、
初めて直にふれた胸のふくらみの柔らかさだとか。
そういったものに頭が沸騰しそうになっていて、最初は気付かなかった。

「おまえ、何泣いてんだよ」

声を殺してただ泣きじゃくるつくしを腕の中に閉じ込めて、司は戸惑って訊ねた。

「ちっせえガキみてえ……」
「ごめ……急に怖くなって」

ぐずぐずと鼻をすすりながら答えるつくしはおよそ色っぽいとは言い難い。

「まーた、『いっぱいいっぱい』かよ」
「ごめん、頑張るから。好きなら当然のことだし……」

好きなら当然、の『好きなら』が司の脳裏でリフレインし、
本音を言えばこのまま抱いてしまいたい。
一方でつくしに受け入れる余裕が無いのも判りすぎるくらい判っていた。
結果、うっすら赤面した妙な仏頂面が出来上がる。

「バカ女。がんばってするもんじゃねーだろ」
「えっ?でも……ごめん」

シャツの前を掻き合わせてボタンを留めてやり、つくしの露わになった胸を隠してやる。
ボタンはかけ違っておかしなことになっていたし、ブラは無理そうだったので放ったらかし。
服の中で浮いたブラのカップが不格好なシルエットを見せていた。

「あやまんな。クソブス」
「道明寺こそ……ヘンな顔」
「うっせえな! 寝るぞ。お前ベッド使っていいから。俺ソファ」

「毛布とってくるわ。鍵かけるぞ」
「いってらっしゃい…」

寝具を取りに出ていく司を見送って、つくしは、気が抜けた思いでベッドに横たわった。
(泣くなんて……最低かも)
自分はオクテだが、優希あたりとの女同士の話でその手の知識だけはイロイロ仕入れている。
だから司にどれだけの我慢を強いたのか、ある程度は想像できた。

(やっぱ、ヤった方がいいですか……?)

頭を抱えて悶々と悩んでいると、鍵のかかったドアがガタンと音を立てた。
ドアノブがガチャガチャと回される。
司なら鍵を持って行った筈だった。

(SP? バレた?)

見つかったらどうなってしまうのだろう、と思うと冷たく重いものを呑み込んだような
感じがした。
息をつめて様子を見守っていると、苛立ったようにノックが繰り返される。
つくしはベッドの陰に隠れ、耳を押え身体を縮めた。

「なにやってんのお前?」

部屋に戻ると、つくしの姿がない。一緒に居るのが怖くなって逃げ出したのかと焦った。
今までだって数知れず逃げられている。
ベッドの陰でブカブカの服に埋もれるように蹲っているのを見つけた時は、心底ほっとした。

「だれか、来たの」

怖かった、とは言わなかったが表情が物語っている。
うつむいて微かに震えていた白いうなじだの、自分だとわかって顔をあげたときの安心した様子だの、イロイロ心臓に堪える女だと思う。

「もう居ないよ。俺が戻ってきた時は誰も居なかった」

つくしはベッドの陰から立ち上がったが、かくかくと膝が崩れそうになる。

「あ、あれ?」

それを見て顔をしかめた司が、つくしを抱き上げてベッドに横たえた。
一瞬のことだったが司のごく近くに身を寄せると安心する。

「悪かったな。腰抜けるぐらい、ビビらせて」

司は上掛けをかけてやりながらそっとつくしの頬に触れ、呟いた。

「ゆっくり寝ろ」

やさしいキスをひとつ落として身を離そうとすると、つくしがその手を掴んだ。

「一緒に寝ちゃダメ?」
「あ?」
「あの、このベッド広いし。TOJの時みたいにトランプしたり」
「ばかか。鬼だとは思ってたけど、てめえほんと鬼だな」

ありえねえ、と司はぼやく。

(やっぱだめだよね……)

つくしは諦めようとした。しかし。

「添い寝してやってもいいけどよ。俺触るぞ」
「へ」

ポカンとしているつくしを睨みつけて司は宣言する。

「触る、ぜってー触る。そんでてめーをオカズに一発抜く」
「ゲッ」

青筋を立ててとんでもないことを宣言され、つくしは青ざめる。そうは言っても、
このキスより先の関係に進めないことについては負い目を感じているのも事実で。
思わず譲歩してしまった。

「ふ、服の上からなら」
「マジで!? 言ってみるもんだな〜」

司は嬉々としてつくしの傍らに潜り込んだ。

「あんた、嵌めたでしょっ!?」
「ハメれてねーよ。誰かさんのせいで」

じたじたともがくつくしを腕の中に掻い込んで、司はえらく楽しそうだ。
暴れるつくしを押さえつけ、触れるだけのキスを繰り返す。
つくしが大人しくなったと見るや、瞳を覗き込んだ。

「……なに?」

がっちり抱き込まれているので、いつにないほどの密着している。
吐息が頬にかかって涼しく感じるのは、顔が真っ赤になっているせい。

「そろそろ泣くかと思った」

言いながら、そっと耳の後ろから首筋を撫で下ろす。愛撫というより慰めているようだった。
(乱暴なんだか優しいんだか)
顔の火照りが全身に広がりそうで、目を逸らした。ふとあることに気付く。つくしはぼそっと
言った。

「当たってるんだけど……」

太ももの辺りが突かれる感触。
服越しに張り出していて熱を帯びたそれは、明らかに司の身体の一部だ。

「すけべ」

少し赤くなりながら司は枕を手に取ると、つくしとの身体の間に割り込ませた。
くっついていた下半身の間にふかふかの枕が収まることになる。

「え?」
「直に当たってるとおれも歯止め利かなくなるだろ。だから」
「アリガトウゴザイマス」
「ふん」

さわさわと大きな手が胸元に降りてきた。モコモコしているブラを布越しにずり上げてくる。
司は片手をお椀の形にして乳房を覆う。感触を確かめるように触れて、そっと揉みあげてくる。

(これ恥ずかしいな……)

胸元の手の動きを直視できない。こんな風に欲情を露に触れられたことはない。
胸元から視線を外そうと仰向くと今度は司と眼が合うことになった。

「辛かったら、泣いて嫌がれよ。そしたらすぐ止める」
(わがまま坊ちゃんのくせに無理して)
「だいじょぶ、だよ」

言いながら、そっと目の前の司の鎖骨に触れてみた。

(固い、な)

固いけれど鎖骨を覆う皮膚は滑らかで、もっと触れたくなってラインに沿って指で辿る。

(触りたい、ってこういう気持ちなんだ)

先刻恐ろしいと思った『男のカオ』の気持ちがわかったようで嬉しいと思った。
キスをねだる意味で司のおとがいにキスをする。司もすぐに応えてきた。仕掛けたのはつくしなのに、あっという間に翻弄される。

(あれ、いつもと違う)

口の端から唾液が零れる。舌を絡めるキスは初めてではないけれど、
今までこんなことはなかった。

「はぁっ」

零れた唾液を追って顎から首、鎖骨へと舌が滑って行く。途中、つくしはむずがゆいような
感覚に襲われて、体を逸らした。唇がその箇所に引き返してきて舌でつつき回す。

「ん〜〜〜っ」

刺激が強すぎてつくしは身を捩った。
その間も手はたゆみなく動いていて、上半身を中心にまさぐっている。
そのうちにボタンを掛け違って穴のようになった箇所に引っかかり、シャツの中に潜り込んだ。
意図せず素肌に触れる。

「……」
「……」

首筋を責めていた唇を離し、司はつくしの顔を覗き込んだ。素肌に触れた手は離れない。

「――じかに触っていいか?」
「……いいよ」

シャツの前ははだけられ、ずれて鎖骨あたりにわだかまっていたブラは脱がされた。

「きれいだな」
「やっ」

平均よりかなり小さめだが白い肌に淡い色の尖りの乳房は魅力的だった。
ずっと服越しに触れていたせいで火照りを帯びた様子の身体も司を誘っている。
司はつくしの顔を間近に見下ろしながら、ふくらみの感触を愉しむ。
先端に触れられてつくしはびくりと反応した。

「ここ、イイ?」

司がそれを見逃すはずがない。追い打ちをかけるように重点的にその箇所を責めだす。
司も初めてなので加減が分からず容赦がない。
ふくらみの先端を口に含まれると、これまでにない快感につくしは思わず吐息をもらした。

「は……ぁ」

(触り方、変わった……)

さっきまでは輪郭を確かめるように体をなぞっていた。
でも今は、明らかにつくしを感じさせようとしている。

「ねぇ……ねえっ、ちがう」
「泣いてヤダって言ったら止める」

乳首を口に含んだまま司が言う。刺激が腰部にまで伝わってムズムズする。
司は上目遣いにつくしの反応を見つつ小刻みに舌で先端をこすり上げる。

「んっ……ふっ」

司はもう一方のふくらみに同じ刺激を与え始める。
つくしが見下ろすと、やっと解放された乳房はぬれぬれと唾液で光り、
先端は赤い色付きを深めている。
それを司は形の良い指先で捏ねまわし始めた。耐えかねるほど卑猥な有り様と、
直接与えられている刺激とで、一度も触れられていない下半身が疼く。
濡れている、と自覚した。

司は下腹部へと手を這わせた。
さらにその先へ進むか迷い、そのまま平たい下腹部を撫でまわした。
つくしは頭を振って刺激を逃がそうとしている。
恥ずかしいのか声を堪えているので、苦しそうだ。

「声出せよ。つらいぞ」

つくしのあげる声は、もうヤダ、かもしれないと思った。
感じてくれている、と解ってタガが外れて暴走している。
こんなに我慢しているのに可哀そうだ。

「ヤダって言えよ……」

拒絶を引き出すために、下半身を剥き始める。
わざと乱暴にショーツ姿にし、腕にかろうじて引っかかっていたシャツも取り払った。
つくしはぼうっとした様子でなすがままになっている。
後に引けなくて、司はショーツの上に手を置いた。
湿った感触にどきりとしながら、つくしに請うた。

「ヤダって言ってくんねーと止められそうにねえ。ヤダって言って」
「ヤダ……じゃない」

そう言いながら、つくしはほとんど用をなしていない枕をベッドサイドに落とした。
境界線でもあった枕。真っ赤になったつくしを抱きしめて司は別の願いを口にした。

「だったら自分で脱いでみせて」

つくしは腰を浮かせ、そろそろとショーツを脱いだ。
湿っているせいか、うまく脱げない。
空気に触れると冷やりとした感触と同時に隠すもののない心許なさを感じた。
湿ったショーツを見られるのが恥ずかしくて握り込むと、司がそっと取り上げて
ベッドの下に落とした。
自分も服を脱いだ司が膝を割って覆いかぶさってくる。
そのまま背中を支えられて抱き起こされた。

「顔見てえ」
『男のカオ』になった司が言う。
「目、瞑ってていい?」
「怖いなら」
「怖くなったら、あたしが嫌だから」

正面から座って抱き合うと、寝そべっている時より量感を増した乳房が当たる。

(でかきゃいいってもんでもねえけど)

これはこれで司にとってはおいしい感触だ。
しっかりと筋肉の付いた胸板で、つくしの乳房を押しつぶすように抱きしめる。
身を離すと淡い茂みを?き分けて秘裂に指を挿し込んだ。

「あっ」

初めて声を洩らしてつくしは一瞬目を見開いた。そしてまたぎゅっと目を瞑る。

「すげえ濡れてる。トロトロ」

初めて触れたその部分は指にまといつくようでいて熱い。感じた証の潤いが溢れんばかりで、
司はやみくもに指を上下させた。

「あぁ……あんっ」

ある1点を擦ると、つくしが身を捩った。

(ココか?)

指の腹で強く擦ると、しかしつくしは痛がる。

「道明寺、ごめ、痛い……」
「わり」

指の当たりを弱めてもう一度責めると、つくしが乱れ始めた。

「あっあっあっ」

コツがわかると、司は執拗だ。つくしの表情を愉しみながら、延々と擦り続ける。
つくしの声が止まらない。潤いはすでに溢れて互いの腿を濡らしている。
(もっともっと声聞きてえ)
ふと思いついて、上半身も責め始める。知ったばかりのポイントを指で舌で唇で刺激し始めた。
じらす、という発想はない。感じている、濡れている、だからいいのだ、と思う。
つくしの方はたまりかねて、よがり声は泣きじゃくっているのに近い。

「……〜〜っ」
「まきの?」

つくしが全身を強張らせた。そのままくたりと力が抜けて司にもたれかかる。

「イったのか?」
「ばかっ聞くな!」

顔を見られないようにうつむけて、司にしがみつく。
視線を落とすと下腹に付くほど勃ち上がった司の下半身が目に入った。
(こんな風なんだ)
思わず触れてみる。思ったよりサラサラした感触だった。
根元から撫で上げて先端近くの張り出した箇所を指で辿る。
先端部分を軽く爪を立てて擦ると、透明な液体が少し指に付着した。
(うわ、かたくなった)
司を見上げると、硬直してつくしを凝視している。
「ご、ごめん、つい」
(でもコイツだってめちゃくちゃ触ってたし。怒る筋合いないよね)
怒り出すかと思い、胸の中で言い訳を言い立てる。

「限界」

そっと、つくしは押し倒された。
司は口付けながら、大きく膝を開かせた。

入ってくる、と思った。
入ってきて、と思った。

そうは思っても、現実の痛みには腰が引ける。

「我慢して」
「うん……っつう」

じわりじわりと司は腰を進めてくる。痛みを逃がすためにつくしはキスを欲しがる。
欲しがるだけ与えてやりながら、司は根元まで穿った。
そろそろと腰を動かし始めると、つくしは顔をしかめた。

「痛いか?」
「へいき。痛かったけど。慣れてきた」
「ムカつく」
「何でよ」
「イイって顔してねーもん。イイ思いさしてやりてえのに」
「さっき……イったから。イイ思いしたよ」

嬉しそうな顔をすると、司は突き上げ始めた。

「ああっんっ」

内部に司を収めている、と思うと不思議な感じがする。何度も突き上げられ、
肉のぶつかる音と湿った音が響いて少し居たたまれない。

「は、ぁん」
「く」

見上げると司も喘いでいる。司が感じている、と思うと、イった時に近い疼きを覚えた。
あの時より深い感覚。

「まきの、イきそう」
「ん」

つくしの中で、もうちょっとで掴めそうだった感覚が逃げて行った。
惜しい気がしたが、司が達するならそれでいいと思った。
司の動きが速まり、つくしは司の背に足を絡めて必死にしがみついた。


「司! 鍵開けなさーい!!」

バンバンとドアが叩かれる。聞こえてくるのは椿の声。

「げっ」
「あっ」

ずるりと繋がっていた箇所が抜けかかって、つくしは思わず声をあげた。
ドアの向こうに聞こえたかと、口を押さえる。

「開けないなら、マスターキー持ってきてやるーっ!!」
「行くしかねーか」

つらそうに眉根を寄せて呟くと、司はそのまま引き抜こうとした。
が、再度、深く挿入する。

「途中でやめられるかよっ」
「あぁんっ」

(あ、掴まえた)

さっき逃げて行った感覚。突き上げられると中がヒクつくのがわかる。司を貪っている。

「あぁっ、ああん、ふ」
「おまえ、すげえ。ひくひくしてる」
「やぁんっ」
「そんな締めんなっ」

頭が真っ白になった。中で熱いものが拡がるのがわかった。司も息が荒い。
精を放った後、中でビクビクしているのが感じられて、愛おしさが募った。
両脇に手をついて、つくしに体重をかけないようにしているが、
つくしから腕をまわして抱き寄せた。司はひどく汗をかいている。

「お姉さん、どうする? もうちょっとで来ちゃうよ」
「このまんま迎えるか、取り繕いようがねえし」
「合わせる顔がない……」
「そのブス顔しか持ってねーだろ」

椿はマスターキーでドアを開けることに成功していた。
達した瞬間を目撃した椿が、逃げだしたドアの外で硬直していたのを、二人は知る由もない。






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