リレー(非エロ)
番外編


「大前さん、ちょっといいすか」
「なんでしょう」
「今日でここ、おしまい。……指示違反ばっかしてんじゃねえよ!」
「……」
「いくら個人成績は優秀でも、仕事という以上、単独行動はだめだから……」
「それならば望む所です。私ももう、願い下げと思っていました。むしろそう言って頂けるのを……」
「俺、挨拶もできない奴の言葉欲しくない。聞きたくない」
「……」
「最初言うことが言えない奴は、最後まで黙って荷物をまとめて出ていきなさい」

これで何社目だろうか。

「大前 春子です!…名前も覚えられない人にとやかく言われる覚えはありません」
「口のへらねぇ女だな!切り捨てて正解だったよ!フン」

相手を一瞥すると、春子はその場を後にする。

「…失礼します」

やっぱり会社なんてどこも同じだ。
派遣は都合よく、いつでも切り捨てられる。
まるで、ゴミ箱に紙くずを捨てるように あっさりと、あっけなく。

場所は変わって、その頃、派遣会社『ハケンライフ』の営業部では……。

「またか。本当にあの人はもう……」
「優秀なのは認めますよ。でも、トラブルばかり起こしていてはどこの職場だって困るんですよ」
「自分は偉いと思うのと、周りをバカだと思うのは違うんだよな」
「先方から抗議が来ましたよ。『あんなの、もう二度とよこさないでくれ、少しくらいミスしてもいいから、
ルールと指示を守ってくれる人が欲しい』と。僕なんか、平謝りですよ」
「『大前春子は呼ぶな』って悪名が広がりつつあるしなあ」
「そんなに会社はバカばっかりで気に食わないなら、自分で会社作って社長になりゃいいんですよ」
「言いなりに動いてくれる奴、自分で使えばいいんだよな」
「仕方がないですね、もうこれ以上うちではあの人は扱いかねます」
「最後通告、出しとこうか」

そして、『最後通告』が言い渡された。

「今度派遣された職場でトラブルを起こした場合は、即刻登録抹消とする」

「望む所です」
「わかってて言ってるんですか? 大前さん。早い話、クビなんですよ」
「いいですよ。怖くも何ともありません」
「いい度胸ですね、なんて、ほめられると思ったら大間違いですよ」
「ほめられたくてやっているわけではありませんので。その時はその時です。私は与えられた仕事を
するだけです。大体、日本の会社なんて」
「うぬぼれるのもいいかげんにしなさい!! そんなに日本の会社がバカばかりで嫌なら、スペインでもどこでも
行けばいいんですよ。うちはもう、貴女が辞めても困らないんです。貴女には及ばないまでも、
優秀な人、指示を守れる人はいっぱいいます。うちは貴女のための会社じゃないんです」
「言いたいことはそれだけですか?」
「ええ、それだけです」
「……失礼します」

とうとう突きつけられた。
派遣会社からの三行半だ。



「くそったれ!! 勝手にスペインで独立運動のテロに巻き込まれて死ね!!」


「ちょっと待ってください!」

エレベーターで1階まで降り、ハケンライフのビルを後にしようとした時、
背後から声がかかった。振り向けば、見慣れない男が立っていた。
階段で降りてきたのだろう。息があがっている。
春子は怪訝そうにその男の顔を見つめる。

「あぁ、…私、ハケンライフの一ツ木… 慎也と…申します」

男はまだ息があがっている。

「…まだ何か?」

ハケンライフと聞き、“まだ言い足りないことがあるんですか?”と言うように、顔を見る春子。
そんな春子を見て、誤解を解こうと、慌てて説明を始める一ツ木。

「あの…私、脱サラして3日前にここへ来たばっかりなんですけど…もし、それでもよろしければ…
いや、あの“もし”ですよ?あなたさえよければ、あなたの派遣マネージャーとして働かせて
頂きたいんですけれどもー…どうでしょうか?」

春子は一瞬、呆然としてしまった。さっきとは180度違うことを同じ派遣会社の社員から言われている。
全くもって意味が分からなかった。
きっとこの男は、あの2人の幹部に頼み込んで、私をここに留まらせてくれようとしているのだろう。
久しぶりにこの手の人間と会話をした。
腰が低く、丁寧な物腰。でも、その瞳は強い光を放っていた。

「…お願いします」

気が付けば、その言葉が口をついて出ていた。
入社3日、脱サラの新人社員に何ができるのかは分からなかったが、
なぜだかこの男に賭けてみよう、という気になった。

――それが、私と一ツ木さんとの出会いだった。


「私を信じて頂けるのなら、一つだけ約束して欲しいんです」
「何でしょう?」
「これからは、絶対に職場でトラブルを起こさないこと」
「……」

返す言葉が出なかった。いや、有無を言わせぬオーラをこの男は放っている。

「わかりますね? 約束できますか?」
「……します」
「……良かった。営業を説得した甲斐がありましたよ。いいですね、ラストチャンスですよ。
あなたは私に賭けた、私はあなたに賭けてみます!」
「……はい!」

それからの私は、ママに言わせると“どこか変わった”らしい。
上司がどんなに傲慢でキツイ人物でも、言い返さずにぐっと堪えた。

「あー、君!ちょっとコーヒー買ってきてくれ」

派遣先の会社の上司が春子を呼び止める。
書類に目を落としたまま、春子の方も見ようとはしない。

「…それは私の仕事ではありません」
「は?何を偉そうに…君は派遣なんだから雑用をやってればいいんだよ!さっさと買ってこい!」
「…失礼ですが部長、私がこちらへ来たのは“事務作業の派遣として”です。“買出し係として”ではありません。
それに、初めにこちらから頂いた資料の仕事内容には、“パシリをさせる”などという文言は
記されていませんでしたが?」

春子の冷静で強い眼差しに、部長は一瞬たじろいだ。

「で、でも…!言われたことを何でもやるのが派遣の仕事だろ?!
こっちは高い給料出してんだ!その分ちゃんと働いてもらわないと困――」
「“給料”ではなく、“お自給”です!正社員の場合は“給料”ですが、私たち派遣が会社から頂くのは“お自給”です!
それに、派遣は何でもやる便利屋ではありません!」

派遣には派遣のプライドがある。
派遣として生きていくこと――それが春子の最も大切なことだった。

仕事以外のこと――つまり自分のことをけなされるのは構わない。
でも、派遣の仕事をけなされるのは、春子にとって耐え難いことだった。

その時、とっさに一ツ木さんの顔が浮かんだ。
約束は守らなくては――

「…すいません、部長。コーヒーは買って来ませんが、“お自給”の分は派遣として、
しっかりと働かせていただきます。 では、失礼いたします」
「……」

部長は春子の気迫に圧倒され、ぽかんと口を開けていた。
二人のやり取りを見ていた他の社員たちや派遣たちが、一斉にひそひそ話を始める。
そんなことは全く気に止めず、自分のデスクに戻り、早速パソコン画面に向かう春子だった。






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