時間が重なる場所(非エロ)
番外編


土曜日。

美雪は久しぶりに会う女友達との夕食のために、
会社近くの本屋に足を運んでいた。

いろんな人間で静かな賑わいが感じられる店内。
いつも来る平日の夜と違ってラフな格好の人が多いのが印象に残った。
平日以外にめったに会社近くに来ることがない美雪には
本屋の雰囲気がいつもと違って落ち着かなかったが、
待ち合わせの時間まではもう少し時間があると店内の時計で確認しながら
給料日までは買えない女性ファッション誌を手に取った。

数分読んでから少しだけ顔を上げる美雪。
店内のもっと奥の方にスーツ姿の見慣れた姿が見えた。

「・・・里中主任・・・」

ラフな格好の人間が多かったからこそ
すぐに見つけられることが出来たのかもしれないが、
でもそれだけじゃないという事は
美雪にもわかっていた。

里中がいる場所は日本文学や外国文学が並んでいる所。
小説が好きな人に違いないと思いながら美雪がそっと注意深く見る。
何だか学生時代に憧れてた先輩を見ていた頃に戻ったような美雪は、
甘く切ない感覚を思い出していた。
しかし、今はあの頃の甘酸っぱい時より年齢を重ねている。
美雪はゆっくりと里中の方へと歩いていった。

「・・・里中主任?」
「え?あ、森くん?」

驚いて声のする方を振り向いた里中は、
すぐに読んでいる本を下に置いた。

「主任、もしかして・・・今日会社だったんですか?」

美雪はおずおずと申し訳なさそうにスーツ姿の里中を見た。

「月曜の会社全体会議が出来なくなって急遽ね。
森くんはこれから何処かに行くのかい?」

里中も美雪が会社とは少しだけ違った姿を見て言った。

「はい、友達とここで待ち合わせで」
「そっか〜」

美雪は自分にとって楽しい会話をしているうちに
里中が脇に抱えている本が目に入った。

 『円満に派遣社員とコミュニケーションが取れる方法』

里中が美雪の視線に気づき、
焦ったように抱えてた本を別の腕の方に移動させる。
自分とは円満に過ごしているはずの里中が、
何故この本を読む必要があるのか美雪にはまだわからなかったが
派遣を真剣に考える里中に対して素直に喜ぶ方を選択した。

「あ、そうだ!東海林さんもいるんだよ!」
「えっ?!」

里中が視線を移した先。
ここより少し入り口の方にはスーツ姿の東海林が沢山の本を持っていた。
さっき美雪が本を読んでいた場所のすぐ横。
美雪の顔がみるみる赤くなる。

「私、さっきあの辺りにいたのに気づきませんでした・・・」
「そりゃそうだよ、こんなに人がいるんだもの。あ、東海林さん、こっち!」

里中が笑顔で迎えると
沢山の本を持ちながら東海林がニコニコとやってきた。

「いや〜!ケンちゃん、今日発売の本がありすぎるよ!
今日の夜から日曜にかけて読めるかなあ〜って、あれ?」

東海林の姿が前に来ると美雪はペコリと礼をした。
顔をあげた瞬間、見える本の数々。

 食品業界の専門書 2冊
 ビジネス書 3冊
 ロシア語小説 1冊
 男性週刊誌 2冊
 男性ファッション雑誌 1冊
 グラビア雑誌 1冊

そしてもう一冊・・・。

 『あの女性の本音がわかる方法』


美雪がその本に視線が止まる。
東海林は慌ててフォローの言葉を大声で発した。

「いや、あれだっ!初めて買うねえ、こんな本!
まあ、もてるボクはもうわかっちゃってるんだけどこんな本も調査しないと
バレンタインに多すぎて対処出来ないっしょっ!ねぇ〜?ケンちゃん」
「・・・結構、昔からそんなの読んでるよね」
「バラすんじゃねぇよっ!!」

焦る東海林に笑顔の里中。
それを見てクスクスと笑った美雪はこの会社に派遣されて
本当に良かった・・・と思っていた。

「美雪〜!!」

聞き覚えのある声が美雪の耳に届いて
待ち合わせの時間が迫った事に気づいた。
楽しい時間だったことの証明だった。

「じゃあ、里中主任、東海林主任、失礼します!」
「うん、森くんも気をつけて」
「あれだぞ〜東京の怖い所には行くなよ〜
あと、本のことは特にハケンの人には内緒に〜・・・」


東京に出てきて一人だと感じたあの時。

でも、美雪がS&Fに派遣されて里中と東海林、
マーケティング課のみんなに助けられながらも仕事をしてきた日々。
これからもあそこで働ける保障は無く見えない不安も勿論あるが、
毎日をちゃんと真面目にこなす事が大切という事も
春子によって学んでいた。

きっと、これからも頑張れる・・・そして美雪がそっと呟いた。

「恋も頑張りたいなぁ・・・」

ふと、さっきまで春子の事も考えていた美雪は、
あることを思い出し友人に言った。

「ごめんね。ちょっと買いたい本あるんだけどいいかな?」

向かう先は秘書検定の本がある2階だったが、
驚くことにその場所に美雪の見慣れた姿の春子がいた。
政治経済、資格・検定、語学、食品栄養学と多彩な本を大量に抱えている。
何だか誰かと似ている感じがして美雪がクスリと笑った。

「はる・・・」

話しかけようとする美雪、だが一瞬。
いつもの春子と何だか違う感じがして足が止まる。


棚に並んでいる1冊の本。
伸ばした手に半分だけ引き出されて
また元に戻された。


「・・・春子先輩、何買おうとしてたんだろ」

選ばれし1冊の本を置き去りにして、
足早に清算して1階に下りて行った春子。
きっと何か役に立つ本なのかもしれないと
見に行く美雪の目に映った文字。


 『忘れた数字もすぐに思い出す
  〜きっと記憶が鮮明になる方法〜』


1階に移動した春子が
数字に関係した誰かに不覚にも出会うのは
その1分後・・・。






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