弱さとプライド
東海林武×黒岩匡子


ー午後十時。


誰もいないオフィスに黒岩匡子は居た。
あたりは薄暗くパソコンの光が匡子の顔を照らしていた。

パソコンの画面にはコンペの企画書らしき文書が
表示されている。
匡子はそれを閉じ、ファイルをゴミ箱にドラッグして消去した。

一ヶ月前、匡子は部長から新しくオープンするフランス料理店の
コンペの企画を任されていた。
初めて企画を任されたとあって
毎日残業づけで仕事をして絶対に勝ち抜ける自信をもっていた。
しかし、結局ライバル会社に企画を持っていかれてしまったのだ。

部長から結果を聞かされたとき、部長や周りにいた
人間は口を合わせて「よく頑張った」と言ってくれた。

けれど、匡子はそんな生易しい言葉で慰めてはほしくなかった。
仕事は結果が全て。
いくらどんなに頑張っても、それに結果がついてこなければ意味がない。

ー結局私はコンペを勝ち取れなかった、敗者なんだ。

夜、一人のオフィスでそんなことを考えていたら
ずっとこらえてきた涙が溢れそうになった。

悔しい、悔しい。

誰も見ていないしこのまま泣いてしまおう。
そう思い頬に涙が伝わった、ーその時。


「匡子、いるのか?」

聞き慣れた声が奥のほうから聞こえて、匡子は慌てて
手で涙をぬぐった。


「東海林くん?」


「やっぱり、まだいたんだ。」
「なによ、いたら悪いの?」
「いや、ちょうどよかった。コンビニでおにぎりかってきたんだけど食べる?」

そう言って東海林は右手に持っていたコンビニの袋を
匡子の机の前でひっくり返した。

「…あ、種なし梅干私好きなんだ。」
「やっぱり?たしか前にも食べてたなーと思って買ってきたんだよ」

私が食べてたもの、覚えててくれてたんだ…。
そう思うと嬉しくて、匡子の顔から笑顔がこぼれた。

「じゃあ、いただきます。」
「おう、食え食え。」

東海林も隣の椅子に腰掛け一緒に買っていたお茶を飲んでいた。
匡子は東海林の優しさに少し心が和んだのか

「これ、おいしいね」

そう言いながらおにぎりを頬張っていた。
すると、東海林の口から

「…今日のコンペさ、残念だったな」

思わず匡子の手が止まった。

「…そうね、悔しいけど負けちゃった。」

「確かに、今日俺も参加してみてたけど
あの企画は凄過ぎる、相手が悪かったかもな。」

「ううん、相手が悪いんじゃない。私が力不足だっただけよ。」

そう言った匡子をじっと見つめる東海林。

「…そうだな、匡子の企画がまだまだだったって事だよな。でも…」

「でも?」

「お前は悔しさをバネにできる女だよ。今度はもっとでかい仕事成功させろ。
絶対結果出すんだぞ。」

東海林は匡子の目を見つめてそう言った。
さっきまでのおどけた顔ではなく、仕事の時と同じ
真剣な表情で。

…なんで、何でこの人はいつもこう偉そうなんだろう。
だけど、私のことを一番よくわかってくれている。


―ああ、私はこの人のこういう所が好きなんだ。

ただの優しい言葉じゃなくて、私の事を理解してくれて
私を力づけようとしてくれている。
この人の前だけなら素直な私でいられる気がする…。



すると匡子は東海林の腕を握り締めて

「私…次は絶対負けないから」

そう言って東海林の胸に顔をうずめた。

「ごめん、このまま少し泣かせて…」

東海林のワイシャツに匡子の目から溢れ出す涙が
どんどん滲んでいく。
東海林は今まで見たこともなかった匡子の泣き顔に
戸惑いながらも、そっと頭を優しく撫でた。



「お前女なんだからさ…無理に強がらなくていいんだぞ」

そう言うと東海林は匡子の背中に手を回し
ぎゅっと抱きしめた。
かすかにタバコの香りがする…鼓動がどんどん早くなるのが判った。



夜、誰もいないオフィスで好きな男に抱きしめられている。
このままこの雰囲気に流されてしまいたい。
いつもの匡子ならそんな姑息な真似はしない。
…けれど今は、匡子の中にいる女の部分が目覚めているからなのか。



匡子は東海林の唇にそっとキスをした。

最初に唇を離したのは東海林だった。

東海林は突然のことに目を見開いてびっくりしていた。

「匡子…お前なにするんだよ、いくらなんでも俺なんかと…」

そう言いかけている途中、再びキスをする。
今度は舌を入れて深いキスをする。

「…んっ」

最初は戸惑っていた東海林だったが
顔を傾け舌を絡め合わせた。
そうして気が付けば二人お互いをきつく抱きしめあいながら
深いキスを息ができなくなるまで続けていた。



唇を離すとお互い呼吸困難のように息を切らしている。
匡子は複雑な表情の東海林をじっと見つめて

「…ねえ、このまま抱いて」
「匡子…」
「あたしのこと、女として見て。」


そう言うとしばらくお互いを無言のまま見つめあっていた。
暗闇の中、長い沈黙の後に東海林は匡子に告げる。



「後悔しても、遅いからな」



東海林は匡子の体を床に押し倒し
シャツのボタンを外していった。

ジャケットとシャツを脱がすと背中に手を当て
ブラのホックを外す。
スレンダーな匡子の体に食い込んでいたそれを外すと
二つの胸が震えて飛び出す。
ほんのりピンク色の乳房が誘うように揺れている。

東海林は片方の乳房を口に当て、もう片方の胸を
手で優しく愛撫した。

「あっ…いやっ…」

東海林が乳房を吸い込むように舐める度に
匡子は体をひくひくさせながら声を出した。

「ずるいっ…しょっ、東海林君も脱いでっ…」

愛撫されながら匡子は東海林のネクタイに手を当て
しゅるっと解いていく。
ボタンを外しスーツとシャツを一緒に脱がそうとすると
東海林は自分で服を脱いだ。

初めて見る東海林の体は、思ったよりも
筋肉がついていてウエストもしゅっとしている。
匡子はその体を見て、下半身が疼き出している事に気づく。


それを見抜かれてしまったのか、東海林ノ手は匡子の胸を離れ
パンツのボタンを外し、下着の中へ手を入れた。
匡子の中に指を入れ、指を激しく動かす。
すでに濡れていた中は卑猥な音を立て
静かなオフィスの壁に跳ねて二人の耳に響く。


「ああっ、…んっ、いゃ…あん」

「匡子…こんなに濡れてるぞ…」

「だって…感じ、るっ…」

お互いどんどん息が荒くなっているのが判った。

「…もう、入れていいか…?」
「だめっ…」

「東海林く…んも…感じさせてあげる…っ」

そう言うと、体を起こし東海林のベルトに手を当てる。
ズボンのファスナーをおろし、下着から
突起物を取り出す。
それを口に咥えると顎を上下に動かし優しく舐め回した。

「…あっ、きょう…こっ」

そう囁かれる事がなぜか心地よくて
どんどん吸い付くように口を動かした。

口の中でどんどん硬くなっていくそれは
東海林の体中を痙攣させるような快感を与えて
やがて匡子の口の中に白い液体を排出した。

口の中の液体を一気に飲み込み、苦そうな顔をする匡子。


「…ごめん」

「東海林君、早いよ」

「だって、お前上手過ぎるよ…」

そう言うと東海林は匡子のひざを掴み足を広げさせる。

「あっ…」

匡子の中に深く入り込んでいく東海林。
激しく腰を動かす度に匡子の胸が激しく揺れる。

「ああっ…あんっ、はぁっ…!」

激しく体を動かして、汗ばんでいる東海林の背中を抱きしめる。

「きょ、うこっ…あっ…立って…」

すると東海林は匡子の足を支えて立ち上がる。
視界が変わり見回すと、いつものオフィスの風景。
反対側を見ると窓にうっすら裸の二人の姿が映し出されていた。

「やだっ、窓に映ってる…」

「…誰か来たらどうしようか?」

「大丈夫、まだ警備の人も来ないわ…」

体の全てを東海林に委ねて腰を動かす。
体を密着させているからか、お互いの体温が
重なって体が熱くなる。


自分が毎日戦っている城でもあるオフィスで
こんな淫らな事をしている。

いけないことと判っていてもそれがかえって快感に変わっていた。


そしていつしかお互い絶頂に達して
力尽きた。


ー午前零時。

身なりを戻し、床に座り込むふたり。

「…やっちゃったな」
「…やっちゃったね」


匡子の心中は複雑だった。
勢いで抱いて欲しいと言ったとはいえ
密かに想っていた東海林と繋がる事ができて
嬉しいはずなのに…。

どこか空しさが残るのは、きっと愛されて
繋がったわけではないから。

ううん、もしかしたら彼は私を愛していて抱いてくれたのかもしれない。
でも、それを確認する勇気がない…。

「……ごめんな、匡子。」

「えっ…何で東海林君が謝るの?」

「何かさ、雰囲気に吸い込まれてって言うか…理性がきかなかったっていうか…」

「うん、判ってる。今日のことは忘れて。」

「へ?」

「明日になったらいつもの同僚でね。今日の事はただ雰囲気に流されて
しちゃっただけ、そうしてくれないかな?」


「…そうだよなぁ、でなきゃ匡子が俺なんかと…ははっ」

東海林は髪を掻き毟りながらいつもの笑みを浮かべている。


匡子は自分から繋がりかけた糸を切ってしまった。
仕事に関しては何でも言い合える関係なのに
恋に関しては弱さとプライドが邪魔して素直になれない。


でも、いつか素直に貴方に好きだと言える日が来たら…。
再びあの腕の中で愛されて抱かれたい。


窓に見える、曇った空に反射した微かな光を見つめながら
匡子はそっと微笑んだ。


……けれど、この時の匡子は知る由もなかった。
それから数ヵ月後に強力なライバルが現われることを。
そしてその相手というのが、今回のコンペで負けた企画を
発案した張本人、大前春子だということを…。






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