意識
東海林武×森美雪


『俺が本当に結婚したいのはお前だ!』

カンタンテで東海林主任が春子先輩に言った言葉が、頭から離れない。

そりゃ、こんな場所でプロポーズなんて、とか、春子先輩どうするの?とか、
色々思うこともあるけど、でもあたしが一番に思ったことは、

あたしもあんなふうに言われたいなぁ

ってことだった。

東海林主任なんて全然恋愛対象じゃなかった。
人の手柄を横取りするし、いっつもハケンを蔑視するような発言ばっかり。
ハケンの近さんだって、東海林主任のことは好きじゃないって言ってたし、あたしも好きじゃなかった。
なのに。


「賢ちゃん」

東海林主任がマーケティング課に来ると、ドキドキしてしまうようになった。
里中主任とあたしにはわからない仕事の話をしている東海林主任を、ぼーっと見つめてしまう。

『俺が本当に結婚したいのはお前だ!』

あの言葉が思い出された。
もし、あたしがあんなふうにプロポーズされたら。
もしかしたら、あんな情熱的に言われたら、OKしてしまうかもしれない。
あたしなら、どんなシチュエーションで言われたいだろう。
夜景の綺麗なところがいいな、少しベタかもしれないけど…。

夜景の綺麗なところで、あたしの両肩に手を置いて、
東海林主任が言うの…『俺が結婚したいのはお前だ!』…
本当に、そんなふうに言われたら、OKしちゃうかも、と思って、あたしはクスッと笑ってしまった。

「君、今俺のこと見て笑わなかった?」

はじめ、誰に話しかけているのかわからなかった。
でも東海林主任の目は、あたしを見つめてる。

「君、話聞いてる?無視か?」

東海林主任があたしに指をさしてそう言った。

「あ、あたしですか!?」

そう言ってあたしが思わずイスから立ち上がると、
マーケティング課の人(春子先輩を除く)がみんなこちらを見てきた。

東海林主任が、「うお、びっくりした!」と声をあげて、あたしを変な目で見ている。

「あ、あの…」

「君はあれか、俺の格好よさに見とれていたのか?ははっ」

東海林主任は軽く言ったつもりなのかもしれないけど、
あたしにはそれが図星で、急に恥ずかしくなった。

「ち、違います!」

自分でもびっくりするような大きな声が出た。
でもその声に周りがどんな反応を示すかを確認するより前に、
あたしはその場を飛び出してしまった。
行き先は…トイレ。

トイレの個室の中で、いつかみたいにあたしは閉じこもっていた。


きっと東海林主任も里中主任も、マーケティング課のみんなもびっくりしてるんだろうな…。
だって冷静に考えてみて、あたし、ただ暴走してるだけだもん。
仕事だって全然出来ないのに、その他のことでも他の人に迷惑かけて、あたしって、最低…。

春子先輩は仕事も出来るし、あたしみたいに他の人に迷惑かけないし、あたしよりすごく立派な人。
だから東海林主任は春子先輩に結婚したいなんて言ったんだし、
あたしみたいなのに、東海林主任がそんなこと言うなんてありえないのに、
そんなありえないことばかり考えて、
みんなに迷惑かけて、あたしってどうしようもないなぁ…

「なんかあったらトイレに駆け込むのもやめないと…」

そうつぶやいてトイレの個室から出ると、そこには春子先輩がいた。


「その通り!わかったらさっさと仕事に戻る!」


春子先輩に驚きもしたけど、なぜか同時に安堵感が生まれて、急に涙が出てきてしまった。

「春子先輩…あたし、この前カンタンテで東海林主任が春子先輩にプロポーズしてるの見て、
もしあたしがあんなふうにプロポーズされたらって、もし東海林主任にプロポーズされたらって、
そのことばっかり考えるようになって…東海林主任のことなんてなんとも思ってなかったのに、
急に意識しちゃって、東海林主任は春子先輩が好きなのに、
好きになっちゃったらどうしようって…ずっと考えてて」

頬の涙を手でぐちゃぐちゃに拭って春子先輩を見た。

「なんだその、くっだらない悩み」

「だって、東海林主任のこと意識しちゃうんです…どうしよう…」

そう言ってまたあたしが泣き出すと、春子先輩は「あのくるくるパーマはあなたの手には負えません」と言った。

「え?」

「あなたみたいなどうしようもない人には、
里中主任みたいなどうしようもない人がお似合いです」


そう言って、春子先輩はトイレから出て行こうとした。

「ま、待って下さい春子先輩!」

春子先輩がピタッと止まるのを見てから、あたしは口を開いた。

「あたしの手には負えないって…春子先輩の手には負えるんですか?」

春子先輩は、それには答えずに出て行ってしまった。
でも、横顔が少し、ほほ笑んでいた気がした。






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