必要な人間(非エロ)
里中賢介×大前春子


「今日でもう貴方に会えなくなるんですね…」

悲しそうな瞳で見つめる里中。
いつもならそんな言葉を聞いても無表情な春子だが
今日だけは少しは柔らかく言葉を出す。

「私は最初から更新はしませんと言っていたはずです。
契約が切れればもう貴方たちには会うことはありません。
仕事上だけの関係ですから」

以前よりは柔らかい口調ではあるがいつもどおりの言葉。
春子の強い瞳からはひとつの迷いも感じられなかった。
それがまた里中の胸がチクリと痛む。

今日までは同じ課の「主任」として、
春子と一緒に仕事をして接点を持てた毎日。
自分はどの人間よりもどの男性よりも
春子の意見を尊重し理解してきた自負がある。
でもそれも今日で終わるという悲しい事実。


「大前さん、僕には貴方が必要なんだ」


里中は急に春子の両肩を持ち唇に近づいた。

仕事だけの関係。
それを断ち切るために・・・。


あと数センチで春子の温もりが手に入るはずだった。
しかし、二人の間には春子の力強い両手。

「・・・僕が嫌いですか?」

悲しくも寂しげな表情を浮かべる里中に
躊躇なく春子は答える。

「嫌いではありません。今は弱腰だという欠点も克服しかけてて
顔も性格も完璧で非常に好感が持てると思います」
「・・・ありがとう・・・でも、だったらっ!!」

その言葉を遮るようにグッと目を強くして見つめ返す春子に
里中がピタリと言葉を止めた。


「私が離れることで、弱くなる自分を怖がってませんか?」


近づく里中からゆっくりと離れた春子の言葉が
真っ直ぐと里中の心に刺さる。

何もかも完璧に仕事をし自分を助けてくれる女性。
自分が持っていないモノを持つ尊敬できる人間・・・憧れ。
春子がいなくなると自分はどうなってしまうのかという
思いは里中の心のどこかにあった。

「でもそれは、僕の人生にとって必要な女性だから・・・!!」
「・・・あなたは私を心配したことがありますか?」

春子は更に表情をやわらげて
笑顔を薄く浮かべながら言葉を続けた。

「私の能力が貴方には必要なだけで、
その能力を私がどんな思いで使っているか考えた事がありますか?」

図星だった。
里中は春子が色々な対決でワザと負けるのを見て
春子の生きる術と強い心を知った。
しかし同時に『この人は強い女性だから』という自分の考えだけで
必死で隠してる弱い心を見ようとはしていなかった。

里中が春子に求めるモノ。
自分には無い強さ。

「そんな私をいつも心配してくれる人間がいます」


その言葉を発した春子の表情。
里中には春子が誰のことを思って言ってるのかを
即座に理解したのだった。

「仕事で衝突してクダラナイケンカしていつも会うとむかつきますが・・・。
誰よりも私をサイボーグではなく人間扱いしています」

心配するということが人間として扱っている証拠。
人間には必ず弱い心があるということ。

里中は自分こそがサイボーグではなく
春子をひとりの人間として接し理解していると思っていた。
しかし他人の弱い心を見る余裕が無い自分。
弱い自分は『弱い大前春子』を受け入れないという事実。

それは里中が春子を女性としても
人間としても見ていない証拠でもあった。
自分が気持ちよく仕事をしていくために、
自分が向上していくために必要なハケンの大前春子。

里中はぼんやりとそんな事を考えながら
春子の言葉を静かに聞いていた。

「ハケンでいる私を常に敵対しながら、ハケンである私の将来を心配する。
ひとりで生きていける女と言いながら、エレベーターで心配して助ける。
車の故障の時に皆が直せると信じてるなか、直せない私を見抜き心配する。」

早口で次々と発せられる言葉。
そして春子は里中にクルリと背を向けて
最後にぽつりと呟いた。


「不本意ながら、今度は私が心配する番なんです」






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