Spring has come(非エロ)
里中賢介×森美雪


東海林 武はすこぶる不機嫌に、目の前の運転席の女を眺めていた。
全く、何なんだよ!
「東海林チーフが助手席に座るなら、私は運転致しません」ってよォ。
賢ちゃんだったらいいのかよ…!

今日は、米ケーキに使う米粉の試作品を調達するため、S&Fの車を借りてきたのだった。
実のところ、4人も来なくても事足りていたのだが、気を使った里中が、東海林をセッティングしたのだった。
案の定、車内の空気は春子と東海林を中心として重苦しい。

「な、何か前にもありましたよね。このメンバーで車に乗ったこと」

そんな空気を打開しようと、森 美雪が堰を切って話し始めた。

「あぁ…!そう言えば乗りましたよね」

里中もそれに続く。
だが、二人の発言は明らかにわざとらしい。

「あ〜、そうだ。前乗った時はホントひでぇ目にあったよな〜 誰・か・さ・ん・の・せ・い・で!」
「…過去のことをグダグダと。みみっちい男」
「…ちょッ!お前今俺のことを“みみっちい”っつったか!?」
「…私の運転に文句があるなら降りて下さい。それから。先日自動車整備士の資格も取ったので、万が一車が故障した場合にも対処できますが、それが何か?」
「え?!春子先輩また資格増えたんですか?!すご〜い!」
「すごいですね、大前さん」「…フンっ!資格取るのは結構だけどな、その前にヒューマンスキル身に付けろってんだよ!人間な、腹割ってありのままの自分で話し合うことも必要なんだよ!」

ここのところ、俺は、本心を見せないばかりか、仕事以外では全く関わろうとしないとっくりに苛立っていた。
そんな本音が思わず出てしまった。

ふと見ると、とっくりがミラー越しに俺を凝視していた。

「…っツ!な、何だよ?」

…怒ったのか?
俺は思わずたじろいだ。だが、そのたじろぎを悟られないよう、平静を装いながら応えた。 

「…ありのまま――そういうことは、その頭の被りものを取ってから言って下さい」
「これは被りもんじゃねぇ!地毛だ地毛…!」

前のめりになって、自らの髪を引っ張りながら抗議する。

「気が散るので、運転中に話しかけないで下さい」
「さっき普通に話してたじゃねーかよ!」
「“東海林チーフと話すと、うるさいので気が散る”という意味ですが。それが何か?」
「はぁぁ?!おまっ…!」

さらに前のめりになった所で、俺はシートベルトによって、後方のシートに連れ戻された。
とっくりがブレーキを踏んだのだ。

「…ちょっ何やってんだよ!急にブレーキ踏んだら危ねぇじゃね〜かよ!」
「信号が赤なので止まりましたが、それが何か?」

とっくりが勢いよく右に振り返った。

「だからって もっとこう、踏み方ってもんがあるだろ!」
「それならあなたが運転なさったらいかがですか?」

彼女は、今度は左に振り返る。

「あぁ、分かったよ!俺が運転してやるよ…!ちょっと待ってろ!」

シートベルトを外そうと前かがみになった瞬間、俺は再びシートに連れ戻された。

「…痛ぇっ!わざとだろ?!絶対わざとだろ?今の…!」
「信号が青になったので発車させましたが、それが何かか?」
「それが何か、って お前…っ!」
「大前です」

「まぁまぁ東海林さん、落ち着いて」

―――

午後4時
S&F地下駐車場


車から米粉の入ったダンボール箱を降ろし、それを食堂の調理室へと運ぶ。

「何だかんだ言って、春子先輩たちって気が合ってますよね」
「そうですね」

美雪と里中は、東海林と春子のやりとりを二人からやや離れた後方で見ていた。
ともすれば、痴話喧嘩のようなやりとり。
二人とも、そんなやりとりが自分のことのようにうれしかった。


「森君、今日は付き合ってくれてありがとうございました」
「え?あ、いえ。私はついて来ただけで、特に何のお役にも――」
「森君がいてくれて、本当に助かりました」
「主任… 」

その時、美雪が持っていたダンボール箱のバランスが崩れた。それを里中が支える。

「大丈夫ですか? ――…森君?」
「…へ?あ、あぁハイ!大丈夫です。ありがとうございます」
「これは僕が持ちますね。森君はそっちの小さい方をお願いします」
「…わかりました」

頷くと、美雪は自分の持っていた少し大きめのダンボール箱を里中に渡した。

里中 賢介――彼は、気遣いはできるのに、鈍感な男だった。先ほどの美雪の反応にも全く気付いていない様子だった。

「あ、あの…!」
「?」
「――…米ケーキ!成功するといいですね!」
「そうですね。絶対成功させましょう」

その笑顔に美雪がうっとりしたのはいうまでもない。
一度は邪念を捨てた、と春子に宣言した彼女だったが、再びその蕾がほころび始めようとしていた。


まだ雪も降らない11月。
でも
春はそう遠くないのかもしれない―――






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