職場内恋愛(非エロ)
東海林武×大前春子


職場内恋愛は、決して御法度ではない。けれど、子会社をまとめきれていない『所長』と入ったばかりの『派遣』のそれは、確実に社内の雰囲気を悪くするだろう。それが判っているから、東海林は何もできない。
どれだけ近くて遠い距離がもどかしかろうが、春子が仕事上での自分の支えに徹するならば東海林は、否、上司である東海林から『派遣とは言えど部下との適切な距離』を保たなければならない。

けれど。
そんな理屈だけで恋愛が成り立つなら。
そんな理屈で成り立つ恋愛ならば。
こんなに焦がれることもないだろう。

大前春子が来て三週間。最近、土屋の春子への態度が目に見えて、優しい。
春子に手酷く『仕事とプライベートを混同するな』と叩かれた男は、懲りることもなく、仕事は仕事、プライベートはプライベート、と割り切ってアプローチしようとしているようだった。

『春ちゃん、仕事帰りに同僚として食事にいかねえか?』
『行きません』

(って、全然割り切ってねーじゃん……)

東海林にとっての救いは、仕事において春子が土屋に何かを頼る必要が一切ないことくらいだ。
勿論、社内の連携を考えれば人間関係に難あり、というのは問題なのだけれど、別に春子が土屋を無視している、などということではなくあくまでも普段通りの彼女に相手にされていないというだけ。
尤も、それも土屋には堪えていないようだけれど。
正直あのガテン系の趣味がイマサン解らない。

「ってまあ、人の事言えねーか……」

焼きそばパンを頬張りながら、パソコンを弄る東海林は浮かない顔をしていた。というのも今日は、ドライバーの一人が欠勤したため春子がそちらにまわっているのだ。
いつもは視線の先に居る彼女が居ない。事務職は三人入っているので業務自体に支障はないのだが、どうにも溜め息を禁じ得ない。

とは言え、東海林とて青二才ではない。自身の職務は全うしているわけだけれど。
……けれど。
こんなとき、気軽に彼女を食事に誘ったりできる位置にいる土屋が羨ましいと思ってしまう。その誘いに春子が頷くかどうかは別として、だ。

(……って、んな弱気でも居られないよな……)

東海林は幾度も漏れる溜め息を飲み込んで、ついでに焼きそばパンも口に放り込むと、頬を叩いて気合いをいれた。

お前が頑張ってくれてんのに俺の方が情けない面なんてしてられないもんな。

※※※

東海林が社員のシフトを組んで居ると、一本の電話が入る。表示された番号を見れば、ここ数週間ですっかり見慣れたそれ。思わず表情が緩む。
ガチャリ、と受話器を取った。

「はい、S&F名古屋運輸営業所の東海林がお伺い致します」
『大前です。これから、帰社致します』
「おー、お疲れさん。ってもう六時になるじゃねえか……。最後の納品先は……あー、そっからじゃこっちに帰ってくると七時まわるだろ……直帰していいよって言いたいけど、トラックあるもんなあ……」
『ご心配には及びません。……東海林所長は定時にお帰りになりますか?』
「俺か?いや……金曜日だしな。もう少し粘ってから帰るわ」
『金曜日だから、という理由がなくともあなたは会社に居着いている気がしますが』
「ほっとけ」
『それでは、失礼致します』
「安全運転でな」
『はい』

受話器を置き、東海林は再びパソコン画面に向かう。

(本社じゃあ、あれだけ残業は致しませんっつってた癖に……)

この営業所に来て、春子は定時で帰宅することが少なくなった。ちゃんと休んでいるのか、と不安になることもある。尤も、本人にそれを言ったところ『業務に支障が出ないよう自己管理しています』と返されたが。

(そーゆーことじゃないだろ……)

歯痒い想い。

※※※

(私一人、帰るわけに行かないでしょう)

名古屋の営業所で働くと決めてから、定時での帰宅という決め事を一つ、捨てた。
放っておくといつまでも仕事をしている東海林武のせいだ。春子には早く帰れと発破をかけるくせに自分の腰は上がらない。春子が納品を終えて帰社すると、大抵定時を過ぎた事務所に東海林一人残って残業している。
なんのために一ツ木を通さずに名古屋まで来たと思っているのか。東海林が身体を壊せば、意味がないのに。
それに、東海林を追い詰めているらしい要因に心当たりがある。最近、春子に言い寄る土屋に気を揉んでいるようなのだ。
まあこれは、春子の思い過ごしかも知れないけれど。でも、先日東海林の前で土屋に食事に誘われた時など、酷かった。奴は使っていたホッチキスで、指を打ったのだ。幸い爪を削っただけで傷は浅かったが、職務に支障を来していてどうするのだ。

(まあ、たまたまあのタイミングだっただけで、自意識過剰と言われれば、その通りかも知れないけど)

けれど、そう感じてしまってもおかしくないくらいには、動揺していたように見えたから。
勿論春子は土屋に特別な感情など持ち合わせていないし、食事の誘いもその場で『行きません』と断った。土屋という男は気のいい兄気質の男だとは思うが、その程度。

春子が名古屋に来た理由なんて、ただ一つ、ただ一人のためなのに。

(言葉にしなくちゃ、いけないの?疎い人)

歯痒い想い。

※※※

二人して互いを慮る日々。

((ああ、でも))
(アイツと居られる時間は)
(あの人の近くに居られる時間は)
(落ち着くなんて)
(嫌いじゃないなんて)

……きっと知る由もないのだろう、と二人、時を同じく別の場所にて、溜めた息を吐き出す日。






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