パンの秘密
ニケ×ククリ


「勇者様のバカぁ!!」

バシン!という音と共にニケは尻餅をつく。
ククリは軽蔑な視線をニケに向けて、

「もう顔も見たくない!」

と叫ぶとそのまま走っていった。

「お…おい!ククリ!!どこ行くんだよ!」

ニケは何度も連呼したが、ククリは後ろを振り返らずにニケの視界から姿を消した。

「…なんだよ。そこまで怒ることねぇじゃん」

ぼそっと呟くとニケは近くにあった小石を思いっきり蹴飛ばした。
今まで何度もククリとはケンカしてきたが今回のケンカほどバカらしいものはない。
原因はと言うと…それは昨日の夜にさかのぼる。

……


「じゃあククリもう寝るね。おやすみぃ勇者様」
「お、おう!おやすみ!良い夢みろよ!」

疲れていたのかククリは布団に入って数分で眠りについた。忍び足で近づいてみるとスヤスヤと寝息をたてている。

(こいつ…寝顔も可愛いな……って感心してる場合じゃない…!)

ニケはククリが寝ついたことを確認すると布団の下からエロ本を取り出す。

(ったく女の子との2人旅はなにかと不便だな)

ニケは心の中でボヤくと左手でページを開き右手はパンツの中に(ry

「…勇者様?」
「!!!!!」
「なにやって……きゃあああああああ!!!」

そう…寝たはずのククリが起きてしまったのだ。どうやらニケは自分でも気づかないうちに物音をたてていたようだ。その場はなんとか丸く収めたが問題は翌日の朝だ。

……


朝起きてからククリとは気まづい空気が流れている。(…やばい。なんか喋らなきゃ)
布団をたたんでいるククリにニケは恐る恐る口を開く。

「なぁ…昨日のことなんだけど…」
「え?なんのこと??」

(こいつ…はぐらかす気かよ…)

「…だから、その…」
「言いたいことあるならハッキリ言って!」
「…怒るなよ」
「怒ってないわよ!」

(やっぱ怒ってるじゃんか…まぁそりゃそうだよな。しかたない。ここは一発本音をガツンと言うか)

「…コホン。いいかククリ。男ってのはエッチな生きもので時に我慢できなくなるときがあるんだよ!」

ククリの視線が痛い。

「ゴホッゴホ!…まぁ早い話がククリじゃ物足りないっていうか欲情できないっていうか…だからエロ本で…」
「ちょっと…それどういうことよ…」

ニケが喋り終わるまえにククリはその口を開き、そしてニケは強烈なビンタをされて今に至る。

「あいつ…どこ行ったんだよ…」

ニケはほっぺたをさすりながらククリが走っていった方向へ歩きだした。

……


ククリを捜し始めてから数十分たっただろうか。前方に小さなパン屋が見えてきた。そこのパン屋はなぜか凄い人だかりで行列ができている。不思議に思ったニケは行列の最後尾の人に訳を聞いた。

「あの……ここのパンってそんなにおいしいんですか?」
「ん?君知らないのかい?ここのクロワッサンを好きな人に食べさせると恋が生まれるって評判なんだ」
「え!?」
「その噂が広まって以来ここの行列は途絶えたことがなくてね。君も好きな女の子がいるなら食べさせてはどうだい?」

(好きな女の子………いや違う!あいつはただの旅のパートナーであって好きとかそんなんじゃ…)

1人で頭を悩ませていると突然並んでいた客がみんな帰りだした。
ニケは頭をかしげながら店内に入っていくと店員のおばさんは『本日売り切れ』の札を出してすまなそうに言う。

「ごめんね…今日の分は全部売れちゃったのよ」

それを聞いたニケは「そうですか…」とため息まじりに返事をする。

「若いくせにずいぶん元気ないわねぇ…彼女とケンカした?」

おばさんがニヤニヤしながら聞いてくる。ニケは何も答えられない。

「どうやら図星みたいだね。よかったら詳しく聞かせてくれないか?今日はもう店も閉めるし。さ、こっちへおいで」
「ち、ちょっとおばさん!オレもう帰…」

……


結局おばさんのパワーに負かされたニケは昨日の一部始終を全て話した。

「そっかそっか…それじゃまだ彼女とはケンカ中なんだ」
「はい。彼女じゃないけど…」

ニケはおばさんに出してもらったコーヒーをすすりながら話す。

「ククリちゃんはニケ君のことがよっぽど好きなんだねぇ」
「ぶっ!!」

予期せぬおばさんの言葉にニケは飲んでいたコーヒーを全て吐き出した。

「お、おばさん急に何言いだすんだよ!」
「いい?ニケ君。女の子はね…好きな男の子がエッチな本とかを見てるのが嫌いなの」
「…え?」
「好きな男の子には自分だけ見ていてほしいものなのよ」
「…」
「ニケ君だってホントは自分の気持ちに気づいてるはずよ」
「オレの…気持ち…」

おばさんは「よっこらせ」と席をたつと一度店内の奥へ行き数分後、片手に袋を持って戻ってきた。

「サービスだよ?」

おばさんはニンマリと微笑むと袋をニケに差し出した。中には1つのクロワッサンが入っている。

「ただね…ニケ君」

ニケはおばさんに視線を戻す。

「このクロワッサンは形が悪くて商品にできなかった出来損ないなの」
「え?」
「だからこのままコレをククリちゃんに食べさせても恋は芽生えないわ…」
「…」
「でも…確かにこのクロワッサンは出来損ないだけど、だからこそニケ君次第で色々な形に変化するわ」
「…オレ次第で?」
「真っ白で一途な…そんな純粋の気持ちなら…必ず愛に届く」

おばさんは訳の分からないことを呟くと店のシャッターを閉めた。

(なんかよく分かんないけど…サンキュ。おばさん)

ニケはシャッターに一礼すると袋をカバンに入れて歩きだした。

それからニケは数時間外を走り回した。が…ククリは見つからない。空を見上げると辺り一面オレンジ色に染められ、夕日がとてもキレイだ。

「ククリ…」

ニケの頭の中には様々な思考が駆け巡る。
ククリは本当に見つかるのだろうか。
このままククリとは会えないんじゃないか。
覚束ない足取りで歩いていると公園が見えてきた。ニケは俯きながらその公園に入る。その瞬間、ニケは立ち止まった。
ブランコには見慣れた女の子が座っていた。…ククリだ。

「…勇者様?」

ククリはニケに気づくと戸惑いながらも口を開く。

「ククリ……ここにいたのか」

ニケは呟くように言うとブランコに座る。

「…」
「…」

互いに目を合わさず、長い沈黙が続く。その空気を壊したのはククリだった。

「ククリを捜しにきてくれたの?」
「…当たり前だろ。お前はオレと一緒に旅しているパートナーなんだから」
「そっか…」
「でも…それと同時に1人の女の子としても大切だから」
「…え?」

ニケは一度、間をあけると話を続ける。

「オレさ、ククリと離れてみて分かったんだ。今までククリはただのパートナーでそばにいるのが当たり前だと思ってた…」
「…」

「だけどこうしてククリと離れてみてようやく気づいたよ。オレ…お前のこと好きなんだ!」

ニケは顔を赤らめて地面を見つめながら言う。

「…おそい」
「…え?」
「あたしなんてずっと前から自分の気持ちに気づいてた!」
「ククリ…」

ククリに視線をむけると目が潤んでいた。その大きな目からは今にも涙が零れ落ちそうだ。
またもやククリとニケの間に沈黙が流れる。そのとき、ニケのお腹がグーッと鳴った。

「悪ぃ…今朝から何も食べてなかったから」

ニケはカバンの中にクロワッサンが入っていたことに気がつき、さっそく取り出すとそれを見たククリが

「私にも半分ちょうだい」

と言いだした。

「いいでしょ?ククリもお腹すいてるからさ」

ククリはパンを半分ちぎって食べてしまった。それを飲み込むと、

「ごちそうさま」

と呟いて涙をふくと、ようやく笑顔になる。

「知ってるんだよ。そのパンの秘密。食べると恋しちゃうんでしょ?ここら辺じゃ有名な噂だからね」

いたずらっぽく笑うククリにニケは、

「知ってたんだ。あのパン屋…そんなに有名だったのか」

としか言えない。

「そのせいなのかな?」

ククリが突然言いだした。

「なんだかとても勇者様のことが大好き」

ククリはスッと顔を寄せ、触れるようにニケのほっぺたにキスをした。






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