ヒゲの人(いずみの場合)(非エロ)
いずみ


「お茶ですよ〜」

盆に冷えた麦茶と茶菓子を用意して仕事部屋に入ったのはいずみ。

途端、扇風機の風よりもずっと爽やかな風が吹き抜けたように思えて、
倉田はふとペンを止めたが、それを悟られぬよう咳払いひとつしてまた原稿に向かう。

「あ…れ? そっか…菅ちゃんは藍子と散歩か……」

先ほど玄関を出て行ったことを忘れるほど、東京の夏は暑い。

「でも……小峯さんも、いない」

編集者から逃げて出て行った兄の茂同様、小峯の席も空いていた。

この、第一印象最悪の関西人だけが、事情を知るのだろうが……
いずみ物問いたげに立ち尽くす。口を聞けばまた怒鳴られるかもしれない。

「……お茶、ここに置いときますね」

別のテーブルにお茶とお菓子をひとつひとつ並べると、くすりと笑い声が聞こえた。

「俺一人でそんなにもいらんわ」
「え…? あ、それも…そっか」
「あんたもおやつにしたらええ。一人で食ってもつまらんさかいな」

実家でも看板描きの仕事場でも大所帯でいたせいか、
意外と寂しがりなのかな? と、いずみは笑ってイスに掛けた。

「何や?」
「いえ。ウフフ」
「何や、含み笑いして…。気になるさかいに言ってくれんと」
「フフッ。倉田さん、ひとりで寂しかったのかなーって」
「なっ…」

あほんだら…とブツブツ呟きながら、まんじゅうにかじりつく。

「いいですよ。居てあげます」
「いい大人が寂しがったりするわけないやろうがっ。全く…」

言うほど大外れではなかったのだろうか。
頭にくることもある程に口も達者だが、その表情は本当に素直で、見ていて飽きない。

「小峯さん、今日はお休みですか?」
「用事があって昼にあがったわ」
「へえ〜。もしかして……デート?」
「はあ? 知らん!」

同僚でありながら、小峯には謎なところが多い。
所帯は持っていないことは労働条件の相談の時に聞いたが、いい仲の女がいるかどうか
までは聞く機会はなかった。

「小峯さん男前だもんね〜。無口やし、ニヒルで…ええ男やわぁ」

まんじゅうを胸にきらきらした瞳で呟くいずみを前に、倉田は自然と口端が歪んだ。

「何ですか?」
「……いや。別になんでも」

「東京にもあんな寡黙な方もおるんですね。編集さん達はみんな忙しなくって…。
 こっちの男の人はみんなあんななのかと思ってましたよ」
「……」

思えば自分も随分とお喋りだと言われてきた。
自分では無意識でも、つい何かあれば突っ込みのひとつも入れずにはいられない。

「でも寡黙過ぎて、ええ人もつかまえられんかもしれないなぁ…」
「……」

斜に構えて無口に黙り込んだ倉田に気付き、いずみは口を尖らせる。

「何ですか。そげん黙りこくって…倉田さんらしくもない」
「……あ?」

何をいずみ好みの男を演じていたのかと、倉田自身やっと気付いて笑い出す。

「あんた、小峯に気があるんか?」
「へ? あははっ、ヤーダそんなんじゃないですよっ。
 あげんテレビん中の俳優みたぁな人…初めて会ったから…」

「ふうん?」

ちらちらと見る丸い目は、成人にしては犬のように愛らしくて、
いずみは思わず笑い出してしまう。

「もうっ。からかわんどって下さい!」
「ははっ。あんたはいつも上っついとるんやなぁ」
「えっ?」
「あの大人しい奥さんの妹さんとは思えんわ。ほんまに姉妹なんか?」

倉田が二つ目のまんじゅうに手を伸ばすと、いずみは俯いた。

「……やっぱりお姉ちゃんは、ここでもそうなんだ」
「ん?」
「安来でもずっと、大人しく家業を手伝っとりました。
 忙しい母に変わって、私や甥っ子の面倒もよう見てくれちょりましたけん、
 私や甥は、お姉ちゃんを守らなきゃ、って……いつも思っとったんですよ」

大家族とはそういうものだ。倉田も実家を懐かしく思い出した。

「言いたいことも言えん人生は、つまらんですから」
「ふふっ。あんたは随分勇敢な女騎士なんやなぁ」
「はい。もはや戦後ではない、ですから」

これからの時代、女も靴下も俄然丈夫になっていくのだろう。
同じく家を守るにも、やり方が変わっていく。
こんな明るく強い女ならばきっと、浮き草稼業の漫画家の嫁になっても、
きっと心強く支えてくれるのだろう……が。

「……ん。何考えとるんだ…俺」

自分で自分に驚いて、思わず詰め込んだまんじゅうに喉を詰まらせる。

「倉田さんっ!? だ、大丈夫ですか? お茶! お茶!」

麦茶を飲み干してもまだつっかえが下りず、差し出された二杯目に手を伸ばす。

「倉田さんっ」

ばんばんっと、そこまで激しく背を叩くことはないだろう…と、

恨めしく思いながらも、おかげでようやく喉が通る。

はぁあ…とひと息ついた頃には、脳裏をよぎったおかしな感情を吹き飛んでいた。






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