初恋
横山信夫×横山ユキエ


月の明るい夜。澄んだ大気の中にキンモクセイの香りがただよっている。
今日嫁いだばかりの家の、中庭をめぐる廊下を、その甘やかな香りに運ばれるような
思いでユキエは歩いていた。

夫となったひとのことは、初めて出会ってからまだふた月とたたず、実はそれほど
よく知っているわけではない。それがこの時代のお見合い結婚のふつうのありようでは
あるけれど、以前のユキエならそんな結婚は真っ平御免だったはずだ。

だが、信夫の待つ部屋へ向かうユキエの心はときめき、湯上りの肌や髪をなでる
風にまじる甘い香りは、今夜のユキエの気持ちに似つかわしいものだった。

「あの・・・失礼します。」

フスマを開けると、窓を開けて外を見ていた信夫がこちらを向いた。
とたんに、心臓がのどまで飛び上がり、足元は霞を踏むように覚束なくなった。

「あ・・・あの、つ、つきが・・・きれいですよ。」

信夫も、緊張しているのか、ぎこちなくユキエを窓辺へさそった。

「ほんと、きれい・・・。」

窓辺に並んで、澄んだ月を見上げる。婚約期間があったとは言え、こんなに接近した
のは初めてのふたりだった。

「さ、寒いけん、閉めましょう。」

信夫が障子を閉めて畳の上に座ると、ユキエは両手をついて頭を下げた。

「・・・ふつつかものですが、末永く、よろしくお願いします。」
「あ・・・は、はい。いや・・・こちらこそ。」

信夫はどぎまぎして、ユキエの手をとって頭を上げさせた。

「よう・・・来てごしなさった。」

ぎこちない手つきで抱きしめる。二人とも自分の心臓の音が聞こえるほど緊張していた。

少し顔を離すと目が合った。信夫が思い切って口づけする。初めての口づけは、
柔らかくてちょっと湿っていて、初めてお互いの内部に触れた気がした。その感覚が
ふたりの間の壁を取り払ったかのように、口づけは深くなり、止まらなくなった。

「は・・・ぁ・・・はぁ・・・ふぅっ・・・。」

繰り返し唇をむすびあわせるうち、慣れないふたりは息をつくことも忘れていて、
部屋に響く荒い息遣いがさらに頭を混乱させる。

信夫があせるあまり眼鏡をはずすのも忘れているものだから、ユキエの顔に冷たい
感触があたる。けれど、それが何か意識することもできず、ただ受けとめるだけで
精いっぱいのユキエだった。

「よ・・・横になってもええかね?」

なんだかとんちんかんな誘いだが、ユキエにはそれをおかしいと思う余裕もない。

「え・・・は、はい・・・。」

信夫はユキエを抱きしめたまま押し倒した。ユキエの小さな悲鳴にふと我にかえり、
バツが悪そうに少し身体を離して大きく吐息をついた。

「ごめんな・・・。こわかっただろ?」
「だ、だいじょうぶ・・・です。」
「あんたがいやだったら、今日でなくてもええんだよ・・・。」

繰り返し口づけされて押し倒された時は、惑乱が最高潮に達していたが、信夫の
やさしい気づかいに、ユキエはすこし平静さを取り戻した。

「あ、あの・・・めがね、が・・・こわれますけん。」

そっと両手を上げて信夫の眼鏡をはずしてやった。

「あ・・・これはいけん。・・・だんだん。」

至近距離にある信夫の顔が、照れくさそうな笑顔になる。その目元は意外に涼しくて
目の奥にある光はやさしく、ユキエの心臓を再び落ち着かなくさせる。

その目がゆっくりと近づくと、今度は落ち着いてユキエに口づけた。唇が離れ、
うっとりと目を開けたユキエに、信夫が意を決したように確かめた。

「ほんなら・・・ええかね?」
「・・・はい・・・。」

この時代としては大胆にも男友達と逢引したこともあるユキエだったが、せいぜい
隣町に映画を見に行ったくらいのもので、何かがあったというわけではなかった。
祝言の晩に花嫁の身に起こることに関する知識は、他の娘とたいして変わりはない。
つい声が震えてしまうのをどうしようもなかった。

信夫が、おずおずと帯をとき、浴衣を広げてユキエの肌身をさらした。まっ白な
肌に目を奪われながら、自分もすべてを脱いでユキエの上になった。

男にしては細すぎることが少し気になっていた信夫の身体は、鍛えぬかれ、鋼のような
筋肉がのって美しかった。すべてにおいて控えめなこの男の、分厚い眼鏡をはずして
裸になった姿は意外に男性的魅力にあふれ、ユキエはさらに心を奪われるのだった。

「ン・・・ふぁ・・・ぅ・・・。」

さくら色の乳首を口に含んで吸うと、ユキエが思わず鼻にかかったあえぎをもらし、
自分の甘い声に驚いて口をおさえた。その可愛さにあおられ、信夫はもう一方の乳首を
指でいじりながらさらに味わい、ユキエのあえかな乱れをたのしんだ。

ユキエが無意識に秘められた場所を守っている手をとると、自分の肩にまわさせ、
無防備になったそこにそっと指をひそませた。

「ぁ・・・。」

とろり、とした感触が、自分を受け入れる準備がすでに出来ていることを教え、信夫は
ぞくぞくするような喜びを覚えた。

ひざでわずかなすき間を広げながら、少しずつ脚を広げさせる。口づけや、乳房への
愛撫でなだめながら、羞じらいの強い両腿を充分に広げ、つらぬく準備をととのえる。

身体を硬くしてその瞬間への恐怖と戦っているらしいユキエがいじらしく、攻める手が
鈍りそうな信夫だったが、反面、ひと息につらぬいてしまいたい雄の猛りをも感じていた。

充分にうるおったそこへ、たかぶったものを押し当て、ぐっと進む。

「・・・・・・ぁあ・・・!」

ユキエが小さく叫んで信夫の肩を手でつかみ、本能的に押し戻そうとした。

「や、やっぱり、痛いかね?・・・今日はもう、やめとくか・・・?」
「・・・い・・・ぃえ・・・やめんで・・・ごしない。」

痛みをこらえ、必死でユキエが口にした受容の言葉は、信夫の心に痺れるような
喜びを与えた。

「ほんなら、こらえてごせ・・・ユキエ・・・さん。」
「・・・ユキエで・・・ええですけん・・・。」
「ユキエ・・・ゆき、え・・・。」

耳元で名前を呼ばれながら、力の入りすぎた両手をやさしく解かれる。指と指を
からませて握り合った手に口づけされると、いとしさに痛みも少しうすれる気がした。

「大丈夫、か・・・?」
「・・・は・・・い。」

恋した人が今、自分のなかにいる。身体をこじ開けられる痛みすら、このひとと
結ばれたあかしと思えば心地よかった。ユキエの閉じたまぶたから幸せの涙があふれた。
けれどその涙を見て、何も知らない信夫の胸は痛んだ。

(好きでもない男にみさおを奪われるのは、やっぱり悲しいのかもしれんな・・・。)

「痛いか?・・・ごめんな・・・。」

うっすらと汗をかいた額にかかる髪をよけてやり、生え際に小さく口づけながら
信夫はユキエの頭をなでた。

「・・・痛くて泣いとるんじゃないの・・・。あなたが、やさしいけん・・・。」

信夫はその涙を、乙女の時代と訣別し、信夫の妻として生きていく覚悟の涙だと思った。

(少しずつでええ・・・これからわしのことを好きになってくれればええけん。)

涙を唇で吸ってやりながら、信夫はさらに深くユキエの中に入っていった。

(私は、この人のもの・・・。)

痛みとともに、信夫の存在を全身に刻みつけられる思いで、ユキエは信夫を
受け入れていた。

(ほんのふた月前まで、私はほんとうの恋を知らなかった・・・。)

・・・ユキエの脳裏に、信夫との出会いがうつし出された・・・。

風に秋の匂いがまじり始めたあの日、ユキエは初めて信夫に会った。それも
最悪の形で。

父の源兵衛は、見合い話に首を縦に振らないユキエに業を煮やし、無断で勤めを
辞めさせてまで強引に縁談を進めようとした。ユキエは大胆にも妹のフミエを
身代わりに仕立て、夜道を安来の輝子叔母の家まで走った。信夫の写真も釣書も
突っぱねて、見てはいなかった。自分をここまで追い込んだ見合い相手が憎らしくて、
いつしか罪もないその男を、父と同じ敵と見なす幼さだった。

「ユキエ、ユキエ・・・!相手の人、断り入れて来たげな!」

安来で所在無い日々を送っていたユキエは、飯田の家の向いの魚屋がことづかって
来た手紙を読んだ叔母の言葉に、晴れやかな笑顔を見せた。若い娘の現金さで、
翌日さっそく軽い足取りで輝子とともに大塚の家に帰って来た。

家の店先に入ると、祖母の登志と妹のフミエがみすぼらしい野良着を着た見知らぬ
若い男と話していた。その男が当人とも知らず、ユキエと叔母は見合い相手の悪口を
声高にしゃべった。

そもそもこんな縁談が持ち込まれなければ自分が騒動を起こすこともなかった
という思いと、自分がいやがっておきながら、相手が断って来ると、それはそれで
プライドを傷つけられたという、身勝手な気持ちがユキエにはあった。

だが、フミエから聞いた事実は、そんな思い上がった心を一気に引きおろした。
横山はフミエに頼まれ、何も言わず縁談を断ってくれた。そのうえ、そんないきさつにも
かかわらず、ユキエが家を出ている間に倒れた母を助けてくれたのだった。

泣きながら謝ったフミエの言葉に、横山が少しつらそうな、でも優しい笑顔を見せた
その時、追いついたユキエが妹の肩を抱いて、横山をまっすぐ見つめ、頭を下げた・・・。

その夜。ひさしぶりの自分の布団に入ったものの、ユキエはなかなか寝つけなかった。
自分は今、この家で一番年長の娘なのに、母が危険な時に何の役にもたてなかったこと。
いつも恐くて強権的な父が、今日はなんだか縮んで見えたこと・・・。それにもまして、
ユキエの心をかきむしるのは、今日初めて知った横山のことだった。

(私はあのひとを傷つけてしまった。それなのにお母さんを助けてくれたんだ・・・。)

横山がフミエに向けた、優しいけれどつらそうな笑顔が目にやきついて消えない。

(私、ほんとに子供だった・・・。)

消え入りたいような恥ずかしさと、申し訳なさ、それから名状しがたい胸のとどろきを
かかえ、ユキエはすがるようにあるひとつの考えに到達した。

翌朝。源兵衛はようやくミヤコの病床のそばを離れ、蜂の世話をしていた。

「・・・お父さん。あの・・・お願いがあるんです。」
「なんだ。」

ユキエの問いかけに、源兵衛はふり返りもせず作業を続けた。

「私・・・あのひとに・・・横山さんにもう一度、会わせてほしいんです。」

源兵衛は、少し驚いたようだったが、相変わらず蜂の巣箱を見つめながら言った。

「それは、見合いをする、言うことになるぞ。」
「それで、かまいません。私・・・どうしても、このままじゃすまされん気がして。」
「今度結婚を申し込まれたら、もう断れんのだぞ。」
「もちろん、そのつもりです。」

源兵衛は、ユキエの真剣な顔を見てうなずくと、また作業に戻った。

その日の午後、仲人の家におわびかたがた改めて縁談をすすめてほしい旨を
伝えに言った源兵衛は、上機嫌で帰ってきた。なんと横山家からも再度の
見合いが申し込まれているという。事情を聞いた仲人は、何事も無かったかの様に
いちから世話をするとうけ合ってくれた。

それから数日後。国民服を着た信夫と仲人の橋本は、飯田家の座敷にあった。

「せんだってはほんにお世話になりまして、お礼の申し上げようもございません。」

まだ床をはらえぬミヤコが挨拶に出てきて、丁重に礼を言って奥へ引っ込んだ。
座敷に残ったのは源兵衛と、一度会ったことのある祖母の登志である。ふたりとも、
心配になるほど相好をくずし、信夫の顔を穴が開くほどみつめるものだから、内気な
信夫は伏目がちになり、身体が硬直するのをどうしようもなかった。

「いらっしゃいませ・・・。」

そこへユキエが茶菓を運んできて、信夫の前に置いた。編みこんで結い上げた髪に
娘らしい銘仙の着物、モンペや国民服を見慣れた目にはことさら華やかに映った。

食糧難のなか、心づくしのごちそうと、飯田酒店の酒が出される。運んできたのは
手伝いに来た長女の暁子で、こちらにも礼を言われる。当たり前のことをしだけなのに
・・・こう命の恩人扱いをされては居心地が悪かった。

「えー、本日はお日柄も良く・・・まことにめでたい日であります。こちらの横山君と
飯田家とは浅からぬえにしのある様にうけたまわっております・・・。」

仲人の紹介は、まるで結婚披露宴のようだ。登志はよほど横山が気に入ったと見え、
ほれぼれと顔を見ているし、源兵衛は終始ニコニコしっ放しで饒舌だった。

一方、二人にはさまれたユキエはうつむいて黙ったままだ。母親、姉・・・会う人ごとに
礼を言われ、父親と祖母はまるで婿扱い・・・それにひきかえ肝心のユキエは静かなまま。

・・・信夫はいたたまれない気持ちになってきた。

そこへ、おはぎと食後のお茶を大事そうにささげ、フミエが入ってきた。信夫の前に
茶菓を置くと、恥ずかしそうに目くばせした。信夫は今日はじめてホッとした。

「・・・!こげな甘いもん食べたのは、ひさしぶりです。」

おはぎをひと口食べると、ずっと緊張していた信夫が破顔した。

「うちで作っとる蜂蜜でしてな。砂糖不足のおり、重宝しちょります。これの世話を
しとって、女房がエライ目に合いましたがな。・・・もっとも、おかげでこちらさんと
ご縁が出来たんですから、人間万事塞翁が馬と言うことですなあ。わっはっはっは。」

上機嫌の源兵衛に、祖母の登志がそちらを見てはしきりに咳ばらいをする。
源兵衛は(わかっとる!)と言うように急に真面目な顔になった。

「あー、おほん。本日は橋本様には仲介のご苦労をいただき、まことに感謝の念に
たえません。ついては、あちらであらためて一献差しあげたいと思います。えー、
・・・若いふたりは、まんざら知らない間柄でもないけん、少し打ち解けて話されたら
どげですかな?」

何やら段取りが出来ている様子で、仲人をうながして皆いなくなってしまった。
ユキエとふたりきりで座敷に残され、どういうことなのか、ますますいたたまれない。

「・・・あのっ!」

ユキエが初めて顔を上げて信夫の顔を正面から見、両手をついて深々と頭を下げた。

「今日は、本当に来てくださるのか、心配しちょーました。あげな失礼なことしといて、
あのままあなたにお詫びもお礼も言えんだったら、どげしようかと・・・。
あげなことになるなんて、思ってもみんだった・・・。姉は嫁いで家を出とるし、今、
私がこの家で一番年長の娘やのに・・・ほんに無責任なことして。妹に恥ずかしいです。
あなたがおられんだったら、母はどげなっとったか・・・本当にあーがとございました。」

お詫びと、お礼・・・ユキエが自分に会いたかったのは、そのためか・・・。

(わしは、何を期待しちょったんだろう・・・。)

張り詰めていた気持ちがゆるみ、信夫は心の中で苦笑した。

だが、こうして見合いの場で会ったからには、結論を出さなければならない。
見合いと言うものは、会うまでにほとんど決まってしまっているようなもので、
よほどのことがなければ、見合いのあと男の家が仲人を介して申し込み、女の家が
受けることで結婚まで行ってしまう。当人同士が直接意思を確認しあうことは、
見合いでは許されない。何かあった場合に双方に傷がつくことを避けるためだ。

(このひとは、自分に恩義を感じてその身を差し出そうとしとるのじゃないか?)

外堀を埋められようとしている今、ここで聞かなければ、聞く時がない。

『・・・あんたは、本当にそれでええんですか?このままだと、わしと祝言することに
なってしまうが・・・?』

全て仲人を通さなければならない作法を破って、ユキエの本当の気持ちを確かめようと
口を開いたその時。

「おほん!・・・話もはずんどるところ、失礼します。」

先ほどよりさらに少しきこしめしたらしい源兵衛と仲人が座敷に入ってきた。

これでお開きである。ユキエもまさか見合いの席で想いを告白するわけにもいかず、
信夫はそんなユキエのつのる恋心にはまったく気づかず・・・ふたりはともに心を残したまま、
見合いは終わった。

翌々日。居間に呼ばれたユキエが行ってみると、父母、祖母に叔母までがそろっていた。

「横山家から、ぜひにと申し込みがあったそうだ。」

見合いのあと、当日の信夫の硬い表情を思い出してはあれやこれやと気をもんでいた
ユキエは、朗報に浮き立つような嬉しさを感じた。

「あげなことがあったけん、会っといて断られたらどげしようと、もう心配で心配で。」

いてもたってもいられず駆けつけてきた叔母の輝子が、大げさに胸をなでおろすと、

「あの人はそげな人じゃなーぞ。器の大けな男だ。」

信夫にすっかり惚れこんでいる源兵衛がこわい顔をしてにらんだ。

「ほんとにええの?ユキエ。あんた、私のことで恩に着とるんじゃ・・・。」
「江戸時代じゃあるまいし、そげなことで人身御供になったりせんよ。あのひと、
本当にええ人だよ。だけん、心配せんで・・・お母さん。」

心配する母に、ほほ笑んで見せ、ユキエは居ずまいを正して父に頭を下げた。

「お受けします、と仲人さんにお返事してください。よろしくお願いします。」

またたく間に婚約がととのい、結納がかわされ、婚礼の日が近づいてきた。
夜、ユキエが部屋で縫い物をしていると、フミエがおずおずと顔を出した。

「・・・ユキ姉ちゃん。ほんとにお嫁に行っちゃうの?」
「なあに、フミちゃん。あんた、横山さんのこと気に入らんの?」
「ううん、大好き。でも・・・ユキ姉ちゃん、あげにお嫁になんか行かんって言うとったのに。」
「ふふ・・・それは、好きでもない人のところには、だわ。」
「え・・・?」
「フミちゃんにはいろいろ迷惑かけたけん、あんたにだけは教えてあげる。」

ユキエは、フミエのそばに寄ると、耳に口を近づけてささやいた。

「あのな・・・私、あの人のことが好きになってしもうたの。だけん、お嫁に行けるのが
うれしいんだが。」
「えっ?すき・・・?」

あっけにとられているフミエに、ユキエはちょっと照れくさそうに笑った。

「あげにフミちゃんに迷惑かけたのに、困った姉ちゃんだと思っとるだろうね。
でもな、恋というのはこげな風に、突然おそって来るもんなんだわ。・・・まあ、
フミちゃんはまだ小さいからわからんだろうけど。」

ユキエはフミエの小指に自分の小指をからめると、

「・・・このことはお父さんとお母さんには内緒だよ。・・・恥ずかしいけんね。」

指切りをして約束させた。母が用意してくれた反物で嬉々として男物の半纏を縫っている
ユキエは、幸せで輝いて見えた。

(恋・・・って、ようわからん!)

大人になったらわかるようになるのだろうか・・・フミエは混乱しながらも、とりあえず
姉が幸せそうなことに安心して、ユキエの部屋を後にした。

秋晴れの日。黒引きの花嫁衣裳に身をつつみ、純白のつの隠しをつけた輝くように
美しいユキエは、生まれ育った家をあとにし、横山信夫のもとに嫁いでいった。

(思ったとおり優しい人だわ・・・私、ほんに幸せ・・・。)

信夫の存在感を全身で受け止めながら、ユキエは温かい涙を流しつづけた。

(だけど・・・だけど・・・どげしよう・・・!)

新床の花嫁が、あまりまじまじと男の顔を見つめるのははしたないと思い、ユキエは
自分を散らしている男の姿を時おり遠慮がちに盗み見た。

(このひと、こげにええ男だったっけか・・・?)

あのようないきさつで出会い、急速に話が進んで、戦時中のこととて二人きりで
逢うこともなく今日を迎えた。時おり野菜などを背負って飯田家を訪ねてくれる
信夫は相変わらず野良着姿に分厚い眼鏡という素朴さ…ユキエはユキエでそんな信夫に
好意を覚えながらも家族の手前恥ずかしくて、それほどまじまじとこの男をみつめた
こともなかった。

『ゲーリー・クーパーみたいにええ男じゃないけどな。』

花嫁姿のユキエは、以前憧れていた映画のパンフレットを妹のフミエに渡し、信夫の
ことをそう言い放った。自分は信夫の人柄を好きになったのだ・・・そう思っていた。

(どげしよう・・・毎日こげにドキドキしとったら、一緒に暮らせんが・・・。)

頬が熱くなり、羞ずかしくてたまらない。祝言もあげ、まさに今自分を貫いている
男の容貌に今さらときめいている自分がおかしくもあり、ユキエはますます
どうしてよいかわからずにいた。

腕の中のユキエが、このように煩悶しているとはまったくあずかり知らぬ信夫は、
初めての痛みにさいなまれるユキエとは逆に、得も言われぬここちよさに我を忘れ
そうだった。

(いけん・・・まだ慣れんもんを・・・。)

欲望のままにユキエをむさぼりたくなる衝動をおさえ、新妻を気づかいながら
快感を追い、終わりに近づいていく。

「ぅ・・・くぅっ・・・ぅ・・・。」

好きな女との情交とはこれほどまでに魂を奪われるものか、と全身が痺れる思いで
咲きそめた花びらのなかにすべてを放った。

・・・まっ白な閃光に脳裏を射られる様な絶頂感が次第に去ると、信夫はユキエをいたわる
ようにそっと身体を離した。想いをとげた、という気持ちに満たされ、信夫は荒い息を
ととのえながらユキエの隣りに横たわった。裸身をさらしたままぐったりと動けないでいる
ユキエを見やると、今まで信夫が占めていた部分に、自分の痕跡が残っている。
信夫は枕紙をとって、それをふいてやった。

「い、いけん・・・そげなこと・・・自分でやりますけん。」
「いや・・・わしが出したもんだけん、わしがきれいにする。」

できるかぎり優しく指を動かしても、今初めて貫かれたばかりの敏感なそこに触れられ、
恥ずかしさと初めての感覚に、ユキエは耐えかねるように身をよじった。
そんなユキエの様子が、男の本能をあおりたてる。無垢だったユキエに男のしるしを
刻み付けたのは自分だと思うと、やさしい信夫にはそぐわない征服欲がわき起こった。

ふと見ると、ユキエを清め終わった紙は夜目にも赤く染まっていた。その純潔のあかしを
目にした瞬間、信夫の身の内がカッと熱くなった。

(わしは・・・あんたを、生涯まもり抜くけん・・・!)

めちゃくちゃに抱いてしまいたい衝動をおさえ、再び横になってそっと肩を抱き寄せた。
至近距離にあるユキエの顔が、恥ずかしそうに微笑みかけてくる。

生気に溢れた双眸、つんと上を向いた鼻、勝気そうな唇・・・結ばれるまで、朴訥な信夫は
ユキエの溌剌とした美貌に、惹かれながらも少し気後れを感じていたのだが・・・。

(なんだか、少しだけこのひとに近づけたような気がする・・・。)

全てを与え合った今、ユキエのぴんと水を弾くような固く張った肌はしっとりと潤いを
帯び、きゅっと結ばれていた唇は、ただ一人身をゆるした男に向って柔らかくほぐれて
いた。誘い込まれるように紅い唇を奪い、夢中でむさぼった。

「・・・んっ・・・んんっ・・・!」

しゃにむに唇をふさがれ、身体の下でユキエが呼吸を求めて身をよじった。

「あ・・・す、すまん。わし・・・いろいろ下手クソで、いけんな・・・。」

唇をはなすと、照れくさそうに告白した。

「嫁をもらう前に、どっかで練習しとけと言われたんだが・・・あんたに悪いような気が
して、よう行かんだった。」
「ほんなら、私が・・・初めて?」

ユキエは思わず信夫の顔を見た。

「こげな亭主じゃ、頼りないかな。」

信夫は照れかくしに、ユキエの背に手をまわしてきつく抱きしめた。

(このひとは、私のもの・・・。私だけの、もの・・・。)

信夫も初めてだったことを知り、ユキエの心に言いようのないいとおしさがわき起こった。

結ばれる前よりも、ぎこちなさが少しほぐれ、ふたりは身体を交わした男女だけが知る
口づけを繰り返しながら、夜にのまれていった・・・。

キンモクセイの香りが、部屋の中にもただよってくる。愛する人と肌をかさねる歓びを
知りそめたふたりを、甘いけれど清楚な香りがつつみこんだ。

信夫は、ユキエを深く愛しながら、自分はユキエに愛されていないと思い込んでいた。
身体も心も奪われる恋におちたユキエは、そんな信夫の心の内を知るよしもなかった。

本当はお互いにつよく愛し合っているふたりが、その想いを確かめ合うまでには、
もう少し時間が必要だった。






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