むすびの神
横山信夫×横山ユキエ


急に決まった嫁入りまであと四日。父も母も、あまりに急転直下な話の運びに、
何をどう用意していいものやら右往左往している中、近くの村に嫁いだ二番目の姉の
ユキエが祝いに訪れた。
源兵衛とミヤコがそれぞれにまた用事を思いついてそそくさと去った後、ユキエは
あらためてフミエにお祝いを言った。

「このたびはおめでとうございます。・・・それにしても急な話だね。あんたが東京へ
行ってしもうたら、次はいつ会えるかわからんけん、顔を見に来たんだよ。」
「うん・・・。時間があったら、気持ちが揺れるかも知れんけん、かえってこの方が
ええんだわ。」

迷いが出る前に結婚してしまえ・・・そうとも取れるフミエの言葉に、ユキエはふと
表情を曇らせた。

「ええ人なの?村井茂という人・・・。」
「いっぺん会っただけではええ人かどうかわからんけど、もっと知りたい気がしたの。」

そう答えるフミエの顔は、頬は上気して瞳はうるみ、いつになくはなやいでいた。

(フミちゃんを不安にさせるようなことは言わん方がええね。・・・フミちゃんが
選んだ道なんだけん。)

ユキエは、のどまで出かかった言葉を飲み込んだ。

「・・・あれ?おばばの写真。これ、東京へ持って行くの?」
「・・・うん。東京にはアキ姉ちゃんもおるけど、そうしょっちゅうは会えんだろうし、
『お前のことは、ずーっと、おばばが見守っとるけん』って、亡くなる前に
言うてくれとったけん・・・。」

この小さな町が大好きで、温かい家族に囲まれて二十九年を生きてきたフミエが、
会ったばかりの男と遠い東京で暮らしていくことは、さぞかし不安なことだろう・・・。
ユキエは、自分が嫁いだあと、引っ込み思案ながら一生懸命みんなのために
がんばって来た妹の、遅い春を心から祝福してやりたかった。

「フミちゃんは、私たち夫婦の縁むすびの神だけんね。むすびの神にむすんで
もらったんだけん・・・って、ケンカしてもすぐ仲直りしてしまうんだよ。
そのむすびの神のフミちゃんが、幸せになれんわけないよ。・・・がんばってね。」
「・・・ユキ姉ちゃん。だんだん。」

若い頃のユキエは、評判のきりょう良しで頭の回転も速く、父の源兵衛が
『わしに一番似とる。』と言うとおりの激しい気性の持ち主だった。親の言うままに
見合いで結婚し、この田舎町で一生を送るような人生にはあきたらなさを感じ、
戦局のきびしくなる中でも、精一杯のおしゃれをしたり、源兵衛の目をぬすんで
デートをしてみたりする、大胆な娘だった。
そんなユキエが、近在の農家の跡取り息子の元へ嫁いだのにはあるいきさつがあった。
源兵衛に強硬に見合いをすすめられ、安来の港の叔母のところへ家出していたユキエは、
見合い相手の横山が断ってきたと聞いて現金に家に帰ってきた。
フミエから、横山が見合いを断ってきたのは、父と姉のいさかいを悲しむフミエに
頼まれたからだったこと、それにもかかわらず急病で倒れた母のミヤコのため、
医師の田村先生をおぶって走ってくれたのが誰あろう横山だったことを聞き、ユキエは
はじめて自分の愚かさと横山の広い心を知り、激しく揺れ動いた。
その後、横山とあらためて見合いが行われ、慌しく婚約がととのった。戦時中のこととて
万事簡素な婚礼に、黒引きの振袖のユキエは横山信夫のもとへ嫁いでいった。

嫁入りから数ヶ月が経つと、ユキエもずいぶん新しい暮らしになじんできた。
農作業を手伝いながらの家事は大変だったが、信夫は思ったとおり優しい青年で、
慣れない妻を何かと思いやってくれ、ユキエは幸せに暮らしていた。
とりわけ、ふたりだけの時間、やさしく愛されて深い陶酔をともにするとき、
ユキエはあらためて、自分が信夫に本当の恋をしていることを実感するのだった。
見合いをするまでの本当の経緯は誰も知らず、ただ、「信夫は嫁御の母親の命の恩人」
という一大ロマンスだけが村人の間にひろがっていた。そのことで冷やかされると、
信夫は照れくさそうに言葉を濁すだけだったが、その胸中にある想いを、幸せで
いっぱいのユキエはその時はまだ知るよしもなかった。

その日。信夫はいつもより口数も少なく、ユキエを避けるようなそぶりがあった。
ユキエが風呂からあがって寝間に行くと、信夫はもう布団に入って目を閉じている。

(もう寝とられるの・・・?疲れとるのかな。)

ユキエは、夫が抱擁どころか、おやすみの挨拶もせずに寝てしまったことを
少しさびしく思いながら、鏡台の前で髪を梳いていた。

「なあ・・・。」

寝ているとばかり思っていた信夫が、布団の上に起き直って話しかけてきた。

「!・・・寝とられとるとばっかり・・・。どげしたんですか?」
「い、いや・・・やっぱりええ。」
「いやだ。言いかけてやめるなんて。はっきり言うてください。」

信夫はさんざんためらったあげく、とうとう切り出した。

「・・・思いきって聞くが・・・。あんた、結婚する前に、好きな男がおったんじゃないのか?」
「え・・・。なしてそげなこと・・・。」
「新田のもんが言うとったんだ。・・・あんたが以前、街で男と逢引しとった・・・ってな。」

ユキエの顔から血の気がひいた。・・・この時代、安来のような田舎で、嫁入り前の娘が
親の知らない男と逢引したりしたら、『ふしだら』という烙印を押され、ひどい場合は
嫁入り後に離縁されても文句は言えなかった。

「・・・男の人と、二人きりで会ったことがあるのは本当です。」

このひとには、正直に話したい。ユキエは腹をくくった。

「おととしの夏ごろ、付け文もらって・・・。私が女学校の頃から見とった・・・って。
勤めの帰りに何度か会って話したり、一度だけ映画館にも行きました。」

信夫はと言えば、つらそうな顔をしてただ聞いている。

「けど、それだけです。好きも何も・・・。すぐに遠くの学校に行ってしまわれたし・・・。
今思うと、私、ただ自由恋愛いうものに憧れとっただけで、何もわかっとらんだった。
その人とは、本当に何もありませんでした・・・!」
「あんたが・・・わしが初めてだったのは、わしが一番よう知っとる。」

婚礼の日。、黒引きの振袖に純白の角かくし・・・十九歳の花嫁はまぶしいほど輝いていた。
憧れていた娘をその腕に抱く幸せ・・・一点の曇りもない白い肌に、信夫は
夢見ごこちで自分の肌をかさねた。灼熱のいたみにつらぬかれるユキエに心を
いためながらも、愛する女の純潔を捧げられた僥倖に震えるほどの感動を覚えた。
おのが男を濡らした鮮血を目にした時、「この女を生涯まもり抜かなければならない。」
と言う決意がわきあがった。

「・・・誤解せんでくれ。逢引したことを責めとるわけじゃないんだ。」

ユキエと別れるつもりなど毛頭ない。ただ信夫の心を苦しめているのは、結婚前から
ずっと抱いていたある疑念だった。

「わしがひっかかっとるのは・・・あんたが、おっ母さんのことで、わしに負い目があって
それで・・・それで、嫁に来てくれたんじゃないか・・・って。」
「・・・!そげな・・・ちがいます!」
「あんたとの縁談があった時な、写真見て・・・こげにきれいな人を嫁にもらえるのかと、
その晩はうれしくてよう寝られんだった。待ちきれんで、ウチでとれた卵持って
のこのこあんたの実家まで挨拶に行ったりしてな。そん時ちょうど困っとる
フミエちゃんに会って・・・、卵をやってしもうたけん、挨拶はできんだったけど。
だけん、フミエちゃんに、姉ちゃんがわしとの縁談をいやがって家出しとる、
と聞いた時には目の前が真っ暗になった。」
「・・・私、父にいきなり見合いせえと言われて学校もやめさせられてしもうて。
その後すぐ叔母の家に行ってしもうたけん、あなたの写真も釣書きもよう見とらんのよ。」
「・・・うん。それは後でわかったけん、ええんだ。おっ母さんのことがあって、それから
とんとん拍子に話がすすんで、結納から婚礼まで・・・。わしはその間じゅうずっと、
あんたはわしに恩義を感じとるからこの話を受けたんじゃないかと・・・そう思いながら
黙っとった。あんたが欲しかったけん・・・わしは、卑怯もんだ。」

律義者の信夫は、大変な罪を告白するように目を伏せ、顔をゆがめた。

「このままずっと一緒に暮らしていけば、情もわいてくる・・・そげ思っても、わしは・・・
それじゃいやなんだ。わしは、あんたのことが・・・。」

信夫は、感きわまったように、ユキエを抱きしめた。

「だけんあんたにも、ちょっこしずつでええから、わしを・・・好きになってほしいんだ。」

「・・・いったい、どげしたら好きになれるんですか。」

腕の中のユキエの言葉に、信夫はぎょっとして身体を離した。
ユキエの黒目がちな瞳の中に、青い炎が燃え、細い身体からはぴりっと電気が奔るかと
思われるほどの激情がほとばしった。

「・・・これ以上!どげしたら!?・・・あなたにはわからんの?好きでもない人に抱かれて、
『このまま死んでしまいたいほど幸せ』って思うわけないだないですか?」

夜ごと身体のとけあう中で、想いも届いていると思っていたのは、間違いだったのか。
ユキエは悲しくて、抱こうとする信夫の手を振り払ってわんわん泣いた。
・・・ユキエの抵抗はいつしかおさまり、信夫はユキエを胸の中でしばらく泣かせてやった。

「・・・不思議だな。わしも、あんたの中におる時、『このまま死にたいほど幸せだ。』・・・
って思うんだ。」

信夫の意外な言葉に、ユキエはハッとして顔を上げた。

「わしもあんたも、おんなじことを思うとったんだな・・・。」

二人は顔を見合わせて思わず笑った。

信夫の胸にもたれたまま、ユキエは静かに話し始めた。

「お母さんのこと、もちろんあなたが命の恩人やと思うてます。・・・けど、それと
あなたと結婚したこととは、全然別のことです。
私・・・あの時、何にも事情を知らんで、叔母とあなたの悪口言うてしもうたでしょ。
あなたはそれを聞いとったのに、命の恩人やのに、何の言い訳もされんだった・・・。
男らしい人だなあ・・・って思うて。いろんな想いが胸の中で飛びかって、その夜ひと晩、
寝られんだった・・・。それで、次の朝いちばんに、父に頼んだんです。
『あの人に会わせてください。』って。会って心から謝りたい・・・それから、
もっとあなたのことを知りたかったの。
父は、『それは見合いをする、ということになるぞ。』と言うたけど、それで
よかったの。・・・あなたの方からも仲人さんに話が来とる、と聞いたとき、どげに
うれしかったか・・・。」
「つまらんこと言って、すまんだった・・・。わし、あんたがそげな風に思うてくれとる
なんて、全然知らんで・・・。」
「ううん。かえって良かった。・・・あなたの気持ちがわかったけん。」

ユキエは腕の中から抜け出ると、まっすぐ信夫の目を見ながら言った。

「すき。・・・あなたが好き・・・信夫さん。信じてくれんかもしれんけど、私はあなたに
恋をして、お嫁に来たの。」

最後の方は涙声になり、気を張った顔がくしゃっと崩れた。そんなユキエを、信夫は
信じられない思いで抱きとめた。

「そげなこと言われたら・・・、幸せすぎてどげしたらええかわからんが。」

信夫は、ユキエをギュッと抱きしめると、泣き笑いの顔に口づけした。

唇をむすんでは離し、いとおしそうに互いの顔をみつめては口づけを繰り返すうち、
くるおしい情熱にのみこまれ、ふたりは抱きあったまま床(とこ)にたおれた。
帯をとき、浴衣を剥ぐと、あらわれたユキエの裸身は、二の腕から先や足先が真っ黒に
日焼けして、まっ白な肌身との対照が鮮烈に信夫の目に映った。

「日に灼けて・・・しもうて・・・。」

ユキエは恥ずかしがって胸を腕で隠そうとする。白い乳房の突端は、無垢だった頃よりも
濃く色づいて、青い果実を思わせた固い身体は、悦びを知って柔らかくほぐれていた。
日焼けも、処女から新妻へと変わった身体も、信夫との暮らしがもたらしたものだ。

「いや・・・すごく、きれいだ・・・。」

信夫は、ユキエを変えてしまったのは自分だと思うと、痛々しい思いの反面、
突き上げられるような凶暴ないとしさにかられ、胸を隠す腕を引き剥いで紅い実を吸った。

「あ・・・あぁん・・・。」

手を押さえつけたまま、下へと唇を這わせる。柔らかな茂みにたどり着くと、
両脚をひらかせ、そこに熱くあふれ出す泉を味わった。

「やっ・・・いやぁっ・・・!」

ユキエの手が、宙をかいて信夫の手を求めた。その手を握ってやると、

「いや・・・いや。そげじゃ、なくて・・・。」

信夫の手を引き寄せ、熱くささやいた。

「きて・・・来て。はやく・・・。」

早く、あなたとひとつになりたい・・・ユキエにもとめられ、信夫はたぎるような熱情を
おさえられなくなった。
ユキエの白い肌身に、信夫の細身だが鋼のように鍛え抜かれた裸身がかさなった。

「あ・・・あぁぁ―――――!」

ただつながっているだけで、はげしい快美と幸福感に全身をつらぬかれ、ふたりは
身動きも出来ず、つよく抱きしめあった。

「あ・・・ぁ・・・もう・・・。」

快を訴えるユキエの熱い吐息が信夫の耳に注ぎ込まれる。

「ゆ・・・きえ・・・。」

信夫はこのままユキエの中にほとばしらせてしまいたい衝動をこらえながら上体を起こし、
苦悶とよろこびの入り混じったユキエの顔をいとおしげにみつめた。
指と指をからませ、ゆっくりと責め始めると、甘い叫びを上げながらユキエも腰を
揺らした。
一方通行だったたがいへの想いが、ようやく混じりあい、ひとつの大きな奔流となって
荒々しくふたりを押し流していった・・・。

ユキエの美しさへの妬みもあって、狭い村では何かと噂する者もあった。
だが、お互いへの愛を確かめあったふたりが、信じあい、睦まじく穏やかに暮らすうち、
つまらない噂は消えていった。

・・・ユキエが、信夫の子供を身ごもったことに気づいたのは、それからまもなくの
ことだった。

「ユキ姉ちゃん・・・どげしたの?ボーッとして。」

妹の、もうすぐ嫁ぐ娘に特有のふわりと浮かぶような華やぎを目にするうち、
ユキエは自らの新婚のころを思い出していた。

「あ、ああ、ごめんね。ちょっこし考え事しとって。」

ユキエは照れ隠しに、目についた古い裁縫箱をつと手にとってふたを開けた。

「・・・私があげた『モロッコ』のパンフレット!懐かしいねえ。
恋人を追って砂漠を行くなんてロマンチック・・・って、憧れとったけど、考えたら
どげな運命が待っとるかわからんね。でも、それがこのひとの選んだ道なんだよね・・・。」

ユキエは、とおい日の夢のかけらをそっと裁縫箱にしまった。

「農家の嫁より、町でつとめ人の奥さんする方が楽だろうに、と言う人もおるけど、
どこでどげな人と暮らしても、苦労がない、ということはないと思うわ。
困ったことにぶつかった時でも『自分で選んだ道なんだけん。』と思えば覚悟もきまる。
私は信夫さんと一緒に、農家の女房として生きる、と自分で決めたけん。
信頼できる人と一緒なら、どげな苦労も乗り越えられるもんだよ。」

ユキエの経験から紡ぎだされる言葉は、あたたかくフミエの胸に沁みた。
子供の頃は、ユキエの気性の激しさ大胆さに、おとなしいフミエが振り回されることも
あった。美しく何でも出来る姉に、気後れを感じることもあった。
だが、子供たちの母となり、相変わらず細いけれども、野菜のいっぱい入った
背負い籠をせおって遠い道のりを歩いてくるたくましさを身につけた今のユキエは、
昔の驕慢さはなりをひそめて、穏やかに美しかった。

「婚礼にはもちろん出席するけど、東京へ出発する時も、見送りに行くね。
うちの人が、そうしてやれって言うんだわ。」
「だんだん・・・お義兄さん、相変わらずやさしいね。」
「うん。・・・あげにやさしい人は他におらんわ。」
「やだぁ、ユキ姉ちゃん。ひとの結婚祝いに来てのろけとったら世話ないわ。」
「あはは、ほんとだ。」
「・・・姉ちゃんと話しとったら、なんだか安心したわ。だんだん。」
「よかったね。・・・お父さんがええと言うひとなら間違いなーわ。・・・私が言うのも
ナンだけどね。」

ユキエのいたずらっぽい顔に、フミエは吹き出した。

ひとしきり思い出話に花を咲かせて笑い、ひさしぶりに姉妹のおだやかな時間を
過ごしてユキエは帰っていった。
急に動き出した運命に、戸惑いと不安を感じていたフミエの心に、ユキエとの
時間はほっとしたやすらぎを与えてくれた。

(東京へ行く前に、ユキ姉ちゃんと話せて、ほんによかった・・・。
自分で選んだ道なんだけん・・・か。私も、がんばるけんね。)

ユキエにもらった言葉を胸にきざみ、フミエは婚礼の日に持っていくトランクを
ぱちん、と閉めた。






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