笑ひの効能
村井茂×村井布美枝


晩秋の陽射しは早くも傾き、少し肌寒い風が吹き始めた。赤や黄に紅葉した木々がうつくしい
小さな神社の境内を、フミエは人さがし顔で歩いていた。

「あれ?こげなところに骨董の市が立っとる・・・。」

久しぶりに戌井が訪ねて来てくれたのに、茂は例によってふらりと散歩に出てしまっていた。
遠慮する戌井を引きとめ、フミエは心あたりをさがしに家を出て、家の近所のこの神社まで
やって来たのだ。

ここは茂が時おり石段に腰かけて漫画の構想を練る、お気に入りの場所だった。ふだんは
あまりひと気がないのだが、今日はたくさんの人や物でにぎわっている。さほど広くない
境内には、所狭しと広げられた店々の敷物の上に、小箪笥やらひな人形、鉄カブト、サーベル、
勲章、果ては古い手紙や写真まで・・・価値のありそうなものから到底無さそうなものまで、
ありとあらゆる骨董品が並べられていた。

(こげなもの・・・誰か買う人おるんだろうか?・・・あ、うちの人なら買うかも。)

この手の物に、数寄者的ではない関心を寄せるであろう茂の顔を思い出し、フミエの顔に
微苦笑がひろがった。

年ふりた道具には付喪神(つくもがみ)というものが生じ、手足が生えて『百鬼夜行』
という行列を成して練り歩く、と茂に教えられて以来、フミエは古い道具がなんとなく怖く
なった。茂の見せてくれた百鬼夜行の図は、ひしゃくやら楽器やらに目や手足がついて
歩き出し、怖いというよりはむしろユーモラスで可愛くさえあったが、実際に自分の家の道具に
手足が生えて動き出したりしたら正気ではいられまい。一方、そんなことを教えてくれた
当の茂は、古いものに何ら恐怖を感じていないらしいのが不思議だった。

茂を探しに来た当初の目的をつい忘れ、フミエは珍しげにある店の前に足を止めた。
赤い毛せんの上に置かれた蒔絵の手箱の上に、いくつかの髪道具が飾ってある。こんな所に
無造作に置いておいていいのかと思われるような由緒ありげな品々の中で、とりわけひとつの
飾り櫛にフミエの目は釘づけになった。さほど古くはない、大正あたりの上流夫人が髪に
挿したであろう、和装にも洋装にも似合う意匠のものだ。目にした瞬間、まわりの喧騒も、
ここがどこであるかも消え失せ、世界にこの櫛とフミエのみになったような気がした。

「・・・奥さん。そんなにこの櫛が気に入ったかね?」

なんとなく不快な感じの声にハッと我に返ると、そこには法衣のようなぞろりとした物を
身につけた不潔な男が立っていた。なんとなく鼠を思わせる風貌である。

(お坊・・・さま?)

「安くしとくよ・・・うんと安く、ね・・・。」
「ええっ?!・・・そんな、買うなんてとんでもない!きれいだなって見とっただけで・・・。」
「まあまあ。安くしとくって言ってるでしょ。」

男は手を伸ばして、魔法のようにフミエのエプロンのポケットから財布をつまみ出した。

「そうねえ・・・こんなもんでどお?」

男はがま口をパチンと開けて五円玉を取り出し、引き換えにフミエの手に櫛を押しつけた。

「・・・ね?これで商談成立。あんた、いい買い物したね。」

男に勝手に財布を抜き取られ、五円玉を取り出され、櫛を売りつけられ・・・この間フミエは
金縛りにあったように何も出来なかった。『買うつもりはない。』と反論することさえも。

「ちょっ・・・待って!待ってください!!」

声が出るようになって、あわてて男を呼び止めようとしたが、すでに影もかたちもない。
何かの間違いではないかと手を見ると、鬱金(うこん)のきれの中にあの櫛がちゃんとあった。

(か・・・返さなくちゃ。こげな高価なもん、もらうわけにいかん・・・。)

この櫛をみつけた店・・・と振り返ってみたが、そこにはさっきとは似ても似つかないガラクタ
ばかりが山積みにされ、蒔絵の手箱も髪道具も見当たらない。フミエが怪訝そうに店番の
老婆をみつめると、数層倍するうさんくさそうな目つきでにらみ返された。

(困ったな・・・あの人、もう店たたんでしまったんかな?)

気づけば、短い秋の日はもう暮れかかり、たくさんあった店々もおおかたが店じまいを始めて
いた。帰り始めた人々の間に、あの法衣の男は見当たらない。

(そうだ、戌井さん・・・!お待たせしたまんまだし、もう帰らなきゃ。)

フミエはしかたなく飾り櫛を包んだ鬱金の布をエプロンのポケットに入れ、家路を急いだ。

(ん・・・あれ、フミエじゃないか?)

雑踏の中、フミエの赤いカーディガンの後ろ姿を見かけて、茂は声をかけようとした。だが、
間に人が入ったと思った次の瞬間、もうその影も形も見当たらなくなっていた。

(おかしいな。あいつがこげにすばしこいはずないんだが・・・。)

狐につままれたような気分で茂は人ごみの中に立ち尽くしていた。ふと気づくと、目の前に
奇妙な老人が立ちはだかっている。

「・・・これをとっておくがよい。」

老人は茂に一冊の本を押しつけた。

(・・・このじいさん、人間ではないな・・・。)

老人の声はカン高く、頭の上から降ってくるような気がした。子供のように小柄なのだが、
何か逆らいがたい迫力があり、茂は人ならぬ相手に警戒しつつもその本を受け取らざるを
得なかった。

「何かの役に立つじゃろう・・・。」
「お・・・おい。待ってくれ、じいさん・・・!」

老人はぷいと向きを変えると雑踏に消えてしまった。しばし茫然としていた茂はようやく我に
返って、押しつけられた本をあらためて見た。

「・・・これを、何の役にたてろと・・・?」

横長の和綴じの本を開いて中を見た茂は、意外な内容に驚いてもう一度さっきの老人の姿を
雑踏の中に求めた。だが、もうそこにいるはずもなく、茂はしかたなく本を手にその場を去った。

茂が戻った時、戌井はまた来ると言って帰ってしまった後だった。茂はそれを聞いても特に
残念がりもせず、また仕事部屋にこもってしまった。フミエは夕食の支度をしながらも、例の
櫛のことで頭がいっぱいだった。

(あの人に返さんといけんけど、市・・・来月まで立たんのかなあ?)

飾り櫛はとりあえず、おばばからもらった珊瑚のかんざしの入っている引き出しにしまったが、
どうにも気になって、もう一度引き出しを開け、鬱金の布を開いて確かめた。

本物の鼈甲で出来た流麗な馬蹄形の上に精巧な彫り模様や象嵌がほどこされ、巻きの厚い
真珠がいくつも嵌め込まれた櫛は、宝飾品といってもよい豪華さだった。

(本当にきれい・・・だけど。)

豪奢に過ぎて、たとえばフミエが持っている着物の中で一番上等の、母が嫁入りの時に持たせて
くれた朱鷺色の青海波にさえも似合わなさそうだ。

(私には、おばばのくれた珊瑚のかんざしがいちばん似合うとる・・・。)

これが自分の手元にあることは、何かの間違いとしか思えない。そう思いながらも、フミエは
手の中の櫛から目を離す事ができないでいた。

管弦のひびき、人々のざわめき、煌くシャンデリア・・・櫛が何事か物語を語りかけてくるようで、
フミエは魅入られたように櫛をみつめ続けていた。

「おい。飯はまだか?」

フスマがガラリと開いて、茂が声をかけた。

「は・・・はい。もうじきですけん。」

フミエはハッと我に返り、慌てて櫛を引き出しに戻すと、そそくさと夕食の支度に戻った。

その夜。フミエは夢の中で、見知らぬ屋敷にいた。重厚な材木がふんだんに使われた
部屋べやは、日本家屋なのに建具や照明がどこかハイカラで、大正あたりのかなり富裕な
邸宅のようだった。じゅうたんの敷かれた洋間の一隅にはマントルピースがしつらえてある。

ソファに座って刺繍をしていたフミエは、暖炉の上の時計が止まっているのに気づいて
立ち上がった。

(私・・・なしてこの家のことこげにわかっとるんだろう?)

いぶかりながらも、手は自然に動いて時計のねじを巻く。

「そんなこと、女中にやらせればいいだろう?」

驚いて顔を上げると、暖炉の上の鏡に映る見知らぬ女の背後に、これまた見知らぬ男が立って
いた。鏡のまん前に立っているのに、映っている顔が全く自分と似ても似つかないことに、
フミエの心は恐怖の叫び声をあげた。

「奥様はご機嫌斜めだな。・・・これで機嫌を直してもらえるかい?」

男があの飾り櫛をフミエの髪に挿した。ウェーブをかけてふんわりと結い上げた髪に、精緻な
細工の櫛はよく映え、鏡の中の女の顔が幸せそうに輝いた。豪壮な邸宅、贅沢な生活、優しい夫
・・・絵に描いたような幸福・・・だが、この後に恐ろしい事が待っていそうで、フミエは続きを
見たくなかった。

(いや・・・っ!なして私に見せるの?)

最後まで見たら戻れなくなりそうで、フミエは必死で抵抗し、夢から覚めた。けれど、眠りに
落ちるたび際限なく同じ夢を見せられる。頭がおかしくなりそうで、ついに起き上がって
タンスの引き出しを開けた。

(私に話しても、何にもしてあげられんよ・・・!)

飾り櫛を取り出して触れたとたん、手が操られるように動いて櫛を髪に挿した。櫛の思念が
冷たい水のようにフミエの心に流れ込んでくる。幸せな日々、出産、子供の死、口々にののしる
人々・・・心を病んだ妻を、夫は洋行に連れ出した・・・船べりから見下ろす青い海・・・飾り櫛だけが
甲板に残された・・・櫛の記憶はここまでだ。

(私はあんたの持ち主じゃない言うとるのに・・・!!)

必死の抵抗もむなしく、フミエの心は女主人をつよく欲する櫛に支配されていた。

「私・・・帰らんと・・・。」

フミエはふらりと立ち上がって、滑るように玄関を出た。

風が強い晩で、吹き流される雲に見え隠れする月が照らし出す風景は、昼間の牧歌的な
田園風景とはうって変わって不穏な感じだった。普段のフミエならこんな時間に畑の中の
一本道を歩くことなど出来ないだろう。だが、今夜のフミエは、何か強い力に引き寄せられる
ように、何処かに向って確信的な足取りで飛ぶように歩いて行った。

(ここ・・・知っとる・・・。)

かなりの素封家らしい大邸宅の前に立ったフミエはそうつぶやいた。高い塀と鬱蒼とした木々に
囲まれた重厚な門は深夜にもかかわらず大きく開かれ、灯りの煌々とついた玄関はフミエを
待っているかのようだった。

「おかえり・・・やっと自分の家を思い出したかい?」

夢の中で見た男が満面の笑みでフミエを出迎えた。フミエは心の中にわずかに残る自分自身を
必死で振り絞って答えた。

「わ・・・私は・・・あなたの奥さんじゃありません!」

男は、困った人だというように苦笑した。

「その櫛・・・よく似合っているよ。やっと見つけた・・・その櫛が君を女主人と認めているのが
何よりの証拠だ。さあ、君の仮の名を教えておくれ・・・もうそんな名は捨てて、僕のかけがえの
ない妻としてまた一緒に暮らそう。」

名前を捨てるなんてとんでもない・・・『私は村井フミエ以外の誰にもなるつもりありません!』
フミエは思わずそう叫びそうになった。

『名前を教えたらいけんよ・・・。』

耳元で、おばばの声が聞こえた気がして、フミエはハッとした。

「何も恐れることはないよ。うるさい親戚の奴らにももう邪魔はさせない・・・。」

男は何も言わないフミエに焦れて、距離をちぢめて来た。フミエは逃げようにも身体が
動かなくなっていることにその時初めて気づいた・・・。

「こらぁっ!!何をしちょる?!」

一喝と共に、何物かが飛んできてバサッと男の顔を直撃した。金縛りが解けたフミエは、
男から逃れようと後ずさった。脚に力が入らずよろめいたところを、受け止めたのは茂だった。

「あ・・・あなた・・・!」
「あんたは、ちょっこしのいちょれ!」

腰が抜けたフミエを庇うように前に出た茂の大きな身体の向こうに、男が見えた。

(・・・何かしら?あれ・・・。)

男は投げつけられた物を取りあげて、しげしげと見ていた。男の眉根が下がり、ふっと
微笑んだ・・・と思ったとたん、男の顔はさらさらと崩れ始めた。

「きゃあああ・・・!」

フミエは目の前の茂の脚にしがみついて恐ろしい光景から眼をそらした。男が消えていく
のと同時に、櫛は髪から抜け落ち、地面にぶつかって粉々に割れ、風化して飛び去った。

「・・・おい。立てるか?もう大丈夫だけん、帰ろう。」

茂の声に眼を開けると、男はもういなかった。手を引っ張ってもらって立ち上がると、
あたりの光景はさっきとは全く違っていた。

「え・・・お屋敷は?」

広壮な邸宅などどこにもなく、わずかに崩れた礎石の後が草むらの中に散見されるのみ。
フミエが玄関と思っていた場所には、立派な墓所が丈高い草にうずもれていた。

「見るな・・・!こげな所に長居は無用だ。」

茂はフミエの手を引っつかみ、怒ったようにずんずん歩いて行った。どこをどう歩いたのか
・・・まだ痺れた心のまま、フミエはただ茂の手のぬくもりだけを頼りに夜の道を辿った。

家に着くと、玄関に入ろうとするフミエを茂が制止した。

「わ・・・っぷ。何・・・するんですかっ?」

茂が塩の壷をフミエの頭の上で逆さまにした。ドサッという音と共に、大量の塩が顔に
降りかかってくる。それでは足りず、茂は大きな手でフミエの肩や背中をバンバン叩き
始めた。

「いた・・・痛いっ・・・しげぇさっ・・・やめ・・・!」

茂は亭主関白だが、フミエに手をあげたことなどない。何がなんだかわからず、フミエは
半泣きになって身体を庇った。

「ふー。こんなもんでええかな。もう入ってええぞ。」

茂は叩くのをやめると、さっさと家に入ってしまった。フミエはぐすんぐすん言いながら
髪の間に入り込んだ塩を庭で落とし、やっとのことで家に戻った。

「なんだ・・・何を泣いとる?」
「・・・叩くなんて・・・ひど・・・お塩も・・・もったいないし・・・。」
「あんた、自分がどげな危ない目に遭ったかわかっとらんのか?窮地はなんとか脱したが、
まだ何か憑いて来とるといけんから、浄めてやったんだぞ。」

茂はあきれたようにフミエの顔を見た。怒っているのかと思ったけれど、茂も必死だった
のだ。肩や背中の茂の手の痕がじんわりと温かくなり、瘴気に冷え切った心と身体を包んだ。
茂はやかんに水を汲んで湯をわかし、コーヒーを淹れる用意を始めた。

「・・・あいつと、何を話しとったんだ?」
「名前を聞かれて・・・。でも、教えませんでした。昔、おばばがしてくれた昔話で、魔物に
名前を教えたばっかりに、魂をとられてしもうた小僧さんの話を思い出して・・・。」
「ふうむ・・・おばばに感謝するんだな。名前を教えとったら、引きずり込まれとるとこだ。
あんた、危機感がないのにも程があるぞ。あいつの顔を見んだったのか?」
「え・・・?ハンサムな人でしたけど・・・。」
「俺が見たところでは・・・ガイコツそのものだったがな。」

それを聞いたフミエは、真っ青になってガタガタ震え始めた。

「やれやれ、今ごろ怖くなったのか・・・。これでも飲んで落ち着いたらどげだ。」

茂の淹れてくれた砂糖たっぷりのコーヒーは熱くて甘く、フミエは泣きたいような気持ちに
なって、茂に抱きついた。

「あー、わかったわかった。こら、そげにしがみつくな・・・コーヒーに塩が入ったでねか。」

茂は笑いながら、フミエの髪にまだ残る塩を払い落としてくれた。

腕の中で震えているフミエをあやしながら、茂は一冊の本をフミエの目の前に差し出した。
それは、先ほどフミエを捕らえようとしていた死霊の男に茂が投げつけたものだった。

「・・・やだ。何ですか?これ・・・。」

開いて見て、フミエは思わず本を茂に押し返した。多色刷りの浮世絵の中で、江戸時代の
風俗の男女がやけに淡々とした様子で抱き合っているが、下半身に眼を移すとしっかりと
媾合している。その局部は克明に描かれ、特に男性の物はあり得ないほど誇張してあった。

「まあ遠慮せんでよう見ろ。・・・実にええ顔をしとるだろう?」

言われて見れば、男女はなんだか猫のような表情で、駘蕩とした風情で事におよんでいる。

(こげな時は、もっとこう、必死な顔にならんもんかなあ・・・。)

茂に抱かれている最中の自分は、こんな余裕のある表情はとてもしていられない・・・そう
思ったとたん、甘い記憶がよみがえり、身体の中がざわめいた。一瞬、今夜の恐ろしい
出来事も忘れそうになる・・・だが、この本はさっきフミエを死霊から救った物なのだ。

「あの時、なしてこげな物を持っとったんですか?」
「今日、骨董市でおかしなじいさんからもらってな・・・。『何かの役に立つだろう。』と
言うとったが、何の役に立つのかさっぱりわからんだった。だが、あんたが夕方から
どうも挙動不審だったけん、追っかける時これを持って行ったんだ。」

茂も骨董市で見知らぬ人物から不審な物をもらっていた・・・フミエは不思議な符丁に
驚いて茂の顔をまじまじと見た。

「俺は、あのじいさんは神様じゃないかとにらんどる。俺の腹あたりまでしか背がない
くせに、頭の上から声が聞こえてきたし・・・それに日本の神様っちゅうのは、意外と
こげなもんが好きだったりするけんな。」
「でも・・・なしてこげな物で、死霊を撃退できたんですか?」
「これは春画、枕絵というもんだが、『笑ひ絵』とも言うてな、どげなお堅い人間でも、
ひと目見たらついつい笑顔になる。だけん、縁起ものでもあるんだ。昔の武将が甲冑の
中にしのばせたり、嫁に行く娘に持たせたりもしたらしい・・・。」

確かに、淫らな絵ではあるけれど、男女は幸せそうで、不思議と不快な感じはしなかった。

「それが、あの人・・・が消えたことと、どげな関係が?」
「あいつもこれを見て、ふっと笑ったんだ・・・。人間らしい心を取り戻したとたんに、
妄執から解き放たれたんだろう。何があったか知らんが、つよい執念に捕らわれて、
自縄自縛に陥っとったんだな。」
「・・・奥さんと同じお墓に入れんだったけん、ずっと探しとったんでしょうか・・・。」

フミエは、櫛に見せられた悲しい記憶を茂に語った。

「そげか・・・。幸福の度合いも、不幸の度合いも強すぎたけん、さほど古くもないあの櫛が
意思を持ってしまったんだな・・・あんたはあげな物騒なもん、どこで手に入れたんだ?」
「う・・・。」

フミエは言葉につまった。だが、話さないわけにはいかなくて、骨董市での出来事を
くわしく話した。櫛をくれた男のことも。

「ネズミ顔の僧形の男・・・鉄鼠かな?いや、死霊の使い走りなんぞするわけないか・・・。
だが、悪知恵のはたらく奴だ。たとえ五円でも金を取られたのはまずかったな。それで、
櫛とあんたの間には強い縁が出来てしもうたんだ。」

フミエは、法衣の男のぺらぺらとしたしゃべり方や素早い手の動きなどを思い出し、
つくづく隙だらけな自分を情けなく思った。

「・・・まあええ。それより、これからは気をつけろよ。あんたはフラフラしとるくせに、
ああいうもんと妙に波長が合ってしまうけん、危なくていけん。」
「はい・・・本当にすんませんでした。これからは重々気をつけますけん・・・。」

フミエは心からすまなく思ってうなだれた。

(・・・?)

深く頭を下げていたフミエが、紙の音に気づいて目を上げると、茂はもう例の本に
見入っていて、フミエの謝罪など聞いていない様子だった。

「・・・さて、これを役立てんといけんわけだが・・・。」
「え・・・?もうさっき役に立ったじゃないですか・・・。」

開かれた頁は、解説文らしき物がついた白黒刷りの、さっきとは少し趣の違う絵だった。
さっきほど叙情的でないひと組の男女が、ちょっと見ただけではどうなっているのか
わからないような複雑な体位で交わっている。

「これは四十八手と言うてな・・・。」
「しじゅう・・・はち・・・お相撲の決まり手ですか?」
「まあ相撲と掛けてあるんだが・・・四十八種類もないもんだけん、中にはかぶっとるのや、
挿入れることだけに意義があるようなのも混じっとるな。」

次々と繰られる頁には、ありとあらゆる男女の痴態が、律儀に分類され、解説されている。

「こげなことにこれだけの情熱を注いで研究するとは、この本の作者は俺みたいな人間
かもしれんな・・・実に好感が持てる。」
「はあ・・・。」
「この本はな、いちおう建前として、全部夫婦のこととして描いてある。」

・・・言われてみれば、描かれている痴態はどれも普通の家で行われているようで、
生活感がある。中には、仕事から帰ってきたばかりと見える職人風の亭主が、待ちきれず
あねさんかぶりの女房に後ろから襲いかかっているものまであった。

「・・・まあ、商売女は計算高いもんだけん、こげな酔狂につきあってくれるのは、
古女房くらいのもんだろう。」

フミエは、今ごろ茂の言わんとすることに気づいてドキドキしてきた。

「難度の高い技には、『日頃の夫婦和合ぶりが問われる。』と書き添えてある。」
「はぁ・・・夫婦・・・和合・・・。」
「まあ、あんまり難度の高くないやつからにしてやるけん、ほれ・・・。」

後ろから抱きしめられ、フミエは焦った。難度の高くないやつ『から』ということは、
徐々に難度が上がるということなのか・・・。それは困る。

「・・・こ、今夜は・・・あげなことがあった後だけん・・・。」
「だら。あげなことがあったけん、するんじゃないか。だいいちな、死霊に間男され
そうになった俺の身にもなれ!」
「まお・・・とこ、だなんて、そげな・・・。」

死霊の魔力に惑わされたとは言え、他の男に引き寄せられてしまった自分を、強い力で
取り戻してほしいと思う一方、四十八手とやらを試されるのには抵抗があった。

「で・・・でも、曲芸みたいなのは勘弁して・・・!」
「心配せんで、俺にまかせとけばええんだ。」

言いながらもう、その手は後ろから帯を解き、胸乳をまさぐりながら浴衣を剥いでいく。
露わになった背や肩の赤くなった肌に唇を這わされて、フミエがひくりと身体をすくめた。

「まだ・・・痛いか?」

フミエは返事をするかわりに首を後ろにねじ向けて、微笑みながら茂の唇を求めた。
茂は応えながら大きく硬起した男性をフミエの手に握らせた。

「んん・・・は・・・ぁ・・・は・・・。」

激しく唇を求め合いながら、布団の上に倒れこむ。素裸でうつ伏せにされ、高く腰を
掲げさせられたと思ったとたん、秘口に剛直が捻じ込まれた。

「ゃあ・・・ん・・・!」

あまりに性急な侵入に戸惑いながらも、内部は早くも順応して全身に快感を送り出す。
刺激的な絵を見せられ、怒張を握らされ・・・羞ずかしくもフミエの中心はとうに蕩け、
充たされるのを待っていた。

「ゃっ・・・ぁっ・・・んんっ・・・。」

やがて始まる抽送・・・突き上げ・・・フミエは布団に顔を押しつけて洩れ出る声を殺した。
今ではすっかり馴染んだ激しさに身をまかせていると、背中に体重をかけて押しつぶされ、
うつ伏せにされた。

「ひぁっ・・・?」

ふいに右腰の骨盤のあたりをつかまれてひっくり返され、茂の上に仰向けにさせられた。
急に上下が入れ替わり、自分が今どんな格好をしているのかわからずじたばたして
しまう。宙に浮いた右脚を、茂がつかんで自分の腰に巻きつけた。

「ぃやっ・・・こわい・・・。」
「さて・・・手はどげなっとったか・・・。」

ぺらぺらと頁を繰る音がする。

「へ・・・変な格好、させんでごしない・・・!」

フミエは世にも恥ずかしい体勢で、自分の下になっている夫に抗議した。

「変な格好、ではないぞ。先人の叡知を結集した、合理的な組み手だ。」

フミエの前面には何もなく、貫かれたまま大きく開かされた女陰が、つけたままの電灯の
あかりにさらされている。

「こげな・・・羞ずか・・・し・・・んぁんっ・・・。」

フミエの右側から顔を寄せ、茂が乳房に吸いついた。前にまわった手は、剥き出しに
なった核をもてあそぶ。

「ゃっ・・・んぁっ・・・ん・・・だめっ・・・!」

思わず前に逃れようとする腰をとらえ、茂がゆっくりといとおしむ様に揺すぶり始めた。

「ぁ・・・んん・・・ふ・・・。」

首をねじ向けて、必死で唇を求める。口づけを交わした瞬間、つよい幸福感に襲われた。

(は・・・羞ずかしいけど、これ・・・好きかも・・・。)

おかしな姿勢ではあるけれど、後ろからぴったりと抱かれ、唇を溶かしあっていると、
背後から責められる時につきものの寂しさを感じなかった。赤子のように自分に
抱きついている茂をいとおしく感じ、右手をまわして抱きしめた。

「も・・・ぃき・・・そ・・・ぁ・・・でも・・・だめ・・・。」

到達が近づいている。だが、身体を硬直させると抜け落ちてしまいそうで不安だった。

「だっ・・・ぬけ・・・ちゃ・・・ぅうっ・・・。」

茂が上になった脚に脚をからめて押さえ、腰をつかんで激しく打ちつけた。

「・・・ゃ・・・ぁああ―――――!」

茂の上に磔になったまま、フミエは身体をびくびくと痙攣させて達した。

・・・茂が上体を起こす気配にふと我に返る。まだ痺れている右脚を持ち上げられ、腕に
抱え込まれた。結合の角度が変わり、まだ脈動を繰り返している内部がざわめいた。

「だめっ・・・だめぇ・・・。」

またもや何がどうなっているのかわからず、フミエは哀願した。茂はそれにかまわず
脚を肩にかつぐようにして太腿を抱きしめ、ぐっと腰を入れた。

「ぃやぁああ―――っ!」

ふたりの脚が二本の松葉のように重なりあい、結合がより深くなる。いつもと違う
角度で押し拡げられ、子宮を突き上げられる。

「ゃ・・・ぁたっ・・・て・・・ぅあぅ・・・んん・・・ん―――っ!」

獣のような声が出そうになるのを、必死で掛け布団をつかんで顔に押しつけて消した。

声も出ず、高く掲げた脚を硬直させて震えていたフミエの身体が、ゆっくりと
ゆるんでいく。ぎゅっとつかんでいる布団をのけてやると、絶頂と布団に蒸された
のとで赤くなった顔が現れた。

「・・・ゆでダコみたいだな。」

言い返す気力もないフミエの脚を下ろしてやり、ゆっくりと上にかぶさって赤い顔に
口づけた。

「ん・・・ふぅ・・・んん・・・。」

深く口づけあいながらぴったりと抱き合う。フミエの脚が淫らにからんで、かすかに
揺れあうだけで強い悦楽がふたりの身体じゅうを走り抜けた。

「ぁ・・・ぁあ―――――」

つよく強く抱きしめ合いながら、茂もなまめかしい収縮の中へ熱く放った。

荒い息がととのうと、どちらからともなく求めあって、また深い口づけをかわした。
やがて顔を上げた茂が、おかしそうに笑った。

「あんた、あの絵と同じ顔しとる・・・日なたの猫みたいな。今にもゴロゴロ言いそうだ。
・・・そげに満足したか?」
「・・・やだ、もう!」

フミエは両手で顔を覆った。茂がその耳にささやいた。

「なあ・・・どのカタチが一番快かった?」
「もぉ・・・知らん!」

真っ赤になった顔をますます強く両手で隠した・・・その手をふいに温かいものが濡らす。
フミエの両手を顔から引き剥がそうとしていた茂が、涙に気づいて手を離した。

「・・・どげした?」
「・・・すんません・・・なんか・・・私、しあわせだなって思ったら・・・。」

フミエは赤い眼を無理に微笑ませ、両手で顔をこすって涙をぬぐった。

「あいつのことを考えとるんだろ・・・。あんたは、すぐそうやって他人に同情するけん、
あげなモノに寄ってこられるんだぞ。」
「はい・・・。でも、あの・・・人、あの世で奥さんに会えたでしょうか?」
「わからん・・・だが、くびきから自由になって、今は安らかだろう。女房とだって、
ひとつ蓮の台(うてな)と言うわけにはいかんだろうが、生まれ変わり経めぐって、
いつかはまた会えるかもしれん。」
「そげですか・・・。」

茂はこういう時、気休めのおためごかしは言わない男だ。それゆえに、その言葉に
含まれる一片のやさしさが心にしみた。

「一番ええのは忘れることだが・・・そげに気になるなら、あいつと女房が、一番幸せ
だった時の記憶だけ思い出してやるとええ。それにな・・・。」
「・・・それに?」
「あんたが、笑って暮らす、言うのが一番ええんだ。・・・それが功徳にもなる。」
「そげなもんでしょうか・・・。」
「うん・・・。満足した時は猫みたいな顔してゴロゴロ言う、とかな・・・。」
「まだ言う・・・!」

フミエは怒ってみせながらも目は笑って、茂の胸に顔をうずめた・・・。

「電気消すぞ。」
「・・・は・・・ぃ・・・。」

フミエはもう眠りに落ちようとしていた。苦笑しながら立ち上がろうとして、布団の
陰に落ちている例の本に気づく。

「・・・あんたらも、幸せそうだな。」

いにしえの時代から永遠に愛し合う姿勢のままの二人が、ふと微笑んだように見えた。






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